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第43話 蛮勇凶化

蛮勇凶化ベルク・バーバリズム。天を討つために、人が創りし技。――――人技じんぎだ」


 その言葉を聞いた時、俺は正直にこう思った。


「……なんだそりゃ?」


 数ヶ月ぶりに授業に出席した日の放課後、俺はガレッソに特訓を付けてもらうべくいつもの屋上へと向かった。

 もはや立ち入り禁止など関係なく、ガレッソはこの屋上を秘密の訓練場にしたのだ。

 そんな場所で、ガレッソはその言葉を口にした。


「蛮勇、凶化? 人技? 言ってる意味が分からないんだが」

「まぁ落ち着け。お前には色々教えたいこともあるが、今はその時間すら惜しい」


 ガレッソはそう言って、静かに剣を抜いた。


「残り数週間で、お前は天才と渡り合う程の力を身につけなければならない。それは理解しているな?」

「……あぁ」

「では、お前に一つ質問だ」


 眼前で剣を握るガレッソの姿は、対峙しているだけで異様な重圧を感じさせる。

 その表情からは、何の感情も読み取ることが出来ない。

 無。

 怒りも憎しみも、殺意も感じない。

 にも拘わらず、何だ。この押し潰されそうになる程の、圧倒的な力の圧は。


「どうしても負けられない戦いに勝つために――――お前は未来を捨てられるか?」


 静かに告げられる言葉の内容に、俺は静かに喉を鳴らす。


「未来を、捨てる……」

「脅すようで悪いが、これは大事なことだ。生半可な覚悟では、今から教える技は授けることができ」

「分かった」

「……………………何?」


 微かに目を見開くガレッソに対し、俺は毅然とした態度で口を開く。


「捨てるよ。俺の未来」

「……おいおいルー坊。よく考えて答えるんだ。これは冗談でも何でも――――」

「俺だって、冗談でこんなことを口にしねぇよ」


 唖然と口を開けて驚きを隠そうともしないガレッソの表情を見つめ、俺は静かに笑った。

 ガレッソの動揺は痛いほど分かる。

 今、その言葉を聞いた時。俺は確かに心が揺らぐ感覚を抱いた。

 だが。

 次に心の底に浮かんできた感情は、自分でも驚く程に清々しいモノであった。


「仲間の信頼に答える。カッコいい騎士になる。そんな夢を叶えるためには、俺はこんなところで足踏みしてる場合じゃないんだ」


 だから。


「綺麗ごとなんていらない。俺は強くなる。そのためなら、俺は未来なんていらない」


 もう二度と、劣等感に苛まれなくて済むように。

 夢に手が届かない屈辱も、努力を惜しむ後悔も。俺を縛り付ける全てを乗り越えるために、俺は未来を捨てて今を取る。


「……ハッ」


 俺の言葉を黙って聞いていたガレッソは、静かに鼻で笑った。

 いつもの豪快な笑みはそこには無く、あったのは。


「イカれてるぜ、お前」


 称賛と期待。憐憫と悲嘆。それら全てが入り混じった、複雑な感情がそこにはあった。

 ガレッソが何を考えているのか、俺には未だに分からない。


「いいだろう。なら教えてやる」


 そして、ガレッソは告げる。


「古の戦士が生み出した、天上の厄災を滅ぼす禁忌の術を」


 その言葉の意味を、俺は後に理解することになる。

 キャメロン王国の歴史、その影に捨て去られた存在。

 彼らが天に抗うために生み出した技を習得するために、ガレッソと俺の過酷な訓練が始まった。


 ☨  ☨  ☨


「馬鹿なッ!?」


 椅子を蹴り飛ばし、青年はそれまでの不機嫌な表情を驚愕に歪める。


「あの技を、何故あんなガキが!?」


 青年が放った言葉には、隠しようのない焦燥と困惑が秘められていた。

 だが、驚いていたのは青年だけではない。


「これは、驚いたね」


 女性は涼しげに言葉を吐きながらも、頬に冷や汗を流していた。蛇のような笑みは固まり、静かに口角を震わせている。

 二人の動揺を尻目に、茶髪の男はゆっくりと口を開く。


「そうか」


 そして、嬉々として目を輝かせる。


「彼は、修羅の道を選んだのだね」


 淡々と呟かれたその言葉に対し、青年は声を震わせながら叫ぶ。


「何を呑気なことを言っている!? これがどういう事態を引き起こすか、知らぬ貴様では無いだろうッ!」

「あぁ。君たち以上に理解しているつもりだよ」

「ならば今すぐ御前試合を中止するべきだ!」

「それは許されない。既に戦いは佳境を迎えているのだから」

「しかしこれは――――」

「座りなさい」


 青年の言葉を遮り、男はひげを撫でながら緩やかに口を開く。

 しかし、その表情に反し身体から立ち昇る重圧感が青年の行動を縛り付ける。

 先程の男女二人の睨み合いが戯れに感じる程に、空気が歪み軋みを上げていく。


「試合を止めるのは我々ではない。王命だよ」


 座して待つ。

 そう言わんばかりに、茶髪の男は静かにコロッセオの中央を見つめ続ける。

 

「……何を悠長なことを。あれは――――」


 声を振り絞りながら、青年は言葉を紡ぐ。

 まるで信じられないものを見るかのように、目を見開きながら。


「あの技は、バルバリス帝国の……ッ!」



「今すぐ御前試合を中止せよ」


 玉座の縁を強く握りしめながら、国王は苦渋に満ちた表情で口を開く。


「は? いえ、しかし……」


 突然の発言に、側近は困惑した様子で言葉を漏らす。

 しかし、国王の態度に揺るぎは無い。再び口を開き、確固たる意志で命令を下す。


「王命じゃ。今すぐ御前試合を中止し、あのクルードなる輩を儂の前に――――」

「お父様。お止めください」


 国王の言葉を遮ったのは、その男を父と呼ぶ一人の少女であった。


「エリーゼ……」


 国王は少女、エリーゼに対して困惑した様子で口を開く。


「何故止めるのだ。あの技は……」

「バルバリス帝国の負の遺産。それは重々承知しておりますわ」

「では尚更、この試合を中止せねばならんだろう」

「いえ。その必要はございません」


 国王の発言を淡々と否定し、エリーゼは静かに微笑んだ。

 天使のように朗らかな笑みは、見る者の精神を落ち着かせる。まるで魅入られたかのように、国王の表情の歪みが徐々に和らいでいく。


「二度と、()()()()()()()を引き起こさない為に」


 言葉を紡ぎながら、エリーゼはその笑みを徐々に消していく。

 最後に残された表情は、心配。そして真剣な眼差しであった。

 エリーゼは口を開く。


「あの方は、私たちの手で管理しなくてはなりません」


 その言葉に含まれた、微かな劣情。

 ソレを感じ取ることが出来た者は、この場には存在しない。


 そして、彼らが違和感を感じることは無い。

 かつて古の時代。バルバリス帝国に反旗を翻し、七雄騎将と共にキャメロン王国を建国した美しき王女。

 その少女もまた、エリーゼと呼ばれていたことに。

 まるでその事実を許容しているかのような空間で、彼らは舞台の幕引きを待つ。


 御前試合に留まることの無い、激動の始まりを。



「ありえない……」


 土に塗れたウィンリーは、うわごとの様にブツブツと言葉を吐き続けていた。

 まるで目の前の現実を否定するが如く、起きてしまった事実から目を逸らし蓋をする。


「ありえないありえないありえないありえない」


 その姿は、まさに壊れた人形。

 ユラリと立ち上がりながら、ウィンリーは再び剣を握る。完全に冷静さを欠いた状態のまま、その身を低く屈めていく。

 そして。


「ありえないィィィッ!」


 爆発する殺意の奔流。

 まず賞賛するべきは、ウィンリーの基礎技術の高さか。

 平静では無いにもかかわらず、その刃の鋭さは陰りを見せない。以前と変わらぬ突進力で、ウィンリーは剣を振り上げる。


 刃が、再び陽炎のように影を揺らめかせる。

 そのまま俺の首元に伸びる、必殺の一撃を。


「…………は?」


 俺は、平然と受け止めた。


()()()()()


 俺の視界は真紅に染まっている。

 冴え渡る感覚と、研ぎ澄まされた動作。手足がまるで自分のものでは無いかのように、思うがままに動いていく。

 あまりに引き伸ばされた体感時間は、時の流れすら緩やかに知覚させていた。


「この技は、まだ未完成なんだ」

「な、に?」


 唖然とするウィンリーを見つめながら、俺は静かに口を開く。


「短時間で使いこなすには限界があると判断した俺の師匠は、俺に()()()()()を課した」


 その時の記憶を振り返り、俺は苦笑いを浮かべる。

 流石に厳しすぎたぜ、ガレッソ。


「それは、身体に極限まで痛みを蓄積し、脳を強制的に覚醒させること」

「何、を」

「危険信号を発し続けた脳は、一時的に限界を超えて機能を飛躍させるんだってよ。何言ってるか分かんねぇよな?」

「お前は一体、何を言っているゥッ!?」


 恐らくウィンリーが言っているのは、俺の言葉に対してでは無い。

 この理解不能の状況に対して、自然と発した疑問なのだろう。

 だから俺は、笑いながら告げてやるのだ。


「てめぇのお陰だぜ。ウィンリー」

「……は?」

「無駄に俺を痛めつけてくれたお陰で――――」


 鍔迫り合っていた二対の刃が、その均衡を崩していく。

 そして。


「俺は、お前に打ち勝つ牙を手に入れたッ!」


 火花を散らしながら弾き飛ばされる刃に、ウィンリーは驚きに目を丸くする。

 その思考が追い付く暇もなく、俺は続けて連撃を叩きこむ。


「シッ!」


 ウィンリーの腕部、胸部、肩部。その全てを剣で薙ぎ払う。かつての俺ならば不可能なほどの速度で、剣が嵐のように吹き荒れる。


「ごッ、がッ!?」


 痛みに顔を歪めるウィンリーが膝を付きそうになったその直前。

 俺は渾身の力で、腹を思いっきり蹴り飛ばす。


「グァッ!」


 地面を転がっていくウィンリーの姿を見下ろしながら、俺は不敵に笑いながら頭を抑える。


「はァ、はァ……。さあ、決着を付けようぜ」


 毅然とした態度を崩すことなく、俺はウィンリーを見つめ続けた。そして息を切らしながら、俺は静かに言葉を吐き捨てる。


「下剋上だ。天才野郎」


 ズキン

 頭に鈍く響く痛みに、気付かないフリをしながら。

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