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第40話 紙一重

 観客たちの想像に対して、試合の始まりは緩やかなものであった。

 怒りに顔を歪ませるウィンリーの構えは、その表情と反して恐ろしいほどに落ち着いている。

 その集中力は冴えわたっており、鋭い殺意が俺の身体を貫いていた。

 故に。


「――――シッ!」


 俺は地面を強く踏みしめ、勢いよく飛び出した。

 このまま相手の出方を伺っていては、戦況を支配される恐れがある。

 だから俺は、自分の意志でウィンリーに斬りかかった。


「フッ!」


 短い息が口から漏れると同時に、素早い動きで刃を振るう。

 まず狙うは、頭部。

 だが。


 ウィンリーは紙一重で俺の刃を見切り、緩やかに首を逸らす。


「君の攻撃は美しくない」


 その言葉が聞こえるよりも先に、俺は慌てて剣を縦に構える。

 続けて響く衝撃。

 カウンターで叩きこまれたウィンリーの一撃は、こちらの隙を見逃さないという意思表示でもあった。


「そうかよ」


 俺は即座に剣を両手に持ち替え、重量を増した力業に移行する。

 そして。


「オラッ!」


 体重を乗せた右下からの逆袈裟斬り。

 ウィンリーは咄嗟に刃を挟み込み、攻撃を受け止める。空中で爆ぜる火花。

 だが、両手の攻撃をそう簡単に受け止められるはずも無し。


「ちっ」


 軽く舌打ちし、ウィンリーは流れに身を任せるように後方へと飛ばされる。

 まだだ。


「シィッ!」


 再び地面を強く蹴り、ウィンリーに距離を取らせない。

 俺は続けざまに剣を真上に振り上げ、真っ向から斬り下ろす。

 しかし、その攻撃に対しウィンリーは刃の上を滑らせて軌道を逸らした。


「なるほど」


 そして。


「思い出したよ。君の剣は確かに、当たりさえすれば脅威だ」


 ウィンリーの瞳が、真っすぐこちらを覗き込む。

 瞬間、背筋に走る悪寒。


「当たれば、ね」


 そう言って、ウィンリーは剣を軽く振り上げた。本当に、軽い動作で剣を持ち上げる。ただそれだけの動き。

 なのに。

 俺の剣は完全に動きを阻害され、代わりに自由となるウィンリーの刃。


「凡人にしてはやる。君の剣はその程度さ」


 考えるより先に身体が動いていた。脳内に鳴り響く警告に従うように、俺は勢いよくその場から飛び退く。

 そして、視線のすぐ先。紙一重の距離で、ウィンリーの剣先が振り下ろされた。


「あっぶね!」

「……ふむ?」


 あと少し遅ければ直撃していた。その事実に戦慄し、思わず口から安堵の言葉が漏れる。

 その姿に対し、ウィンリーは何処か不思議そうに首を傾げた。


「おかしいな。以前の君ならば避けられなかっただろうに」

「……あ?」


 ウィンリーの言葉に、俺は何を言っているんだと眉をひそめながら口を開く。


「当たり前だろうが。努力してんだから、前より強くなってるに決まってんだろ」

「努力? あぁ、なるほど」


 何故か可笑しそうな表情を浮かべ、ウィンリーはゆっくりと言葉を紡いでいく。


「凡人でも、努力すればそれなりに成長するんだね。でも、虚しくない?」

「虚しい?」

「あぁ、そうとも。どれだけ努力しても超えられない壁が出てきた時、それまでの努力が水の泡じゃないか」


 ウィンリーが語る内容は、恐らく純粋な疑問。

 心の底から思っている、憐れみの感情なのだろう。


「凡人が努力しても結果は微々たるもの。その事実に耐えかねて、夢を諦めた人々を僕は何人も見てきた。僕はね、それが正解だと思うんだ」


 そう言って、今度はウィンリーが静かに剣を構える。

 片手で真正面に剣を握り、悠然と佇むウィンリーの姿。


「だってさぁ」


 その影が、突如ブレる。


「凡人は、身の丈に合った夢を見なくちゃねぇッ!」


 爆発的に加速したウィンリーが一瞬で俺の懐に潜り込む。

 判断の遅れが命取りになる場面で、初速を捉えきれなかった。

 その事実に後悔する暇もなく、下から繰り出される鋭い刺突。


 慌てて身を翻しながら横から剣を叩きこみ、突きの軌道を逸らす。

 しかし。


「だからぁ!」


 逸らされた勢いを利用して、ウィンリーは身体を素早く回転させた。

 そして、威力を増した一撃が死角から飛来する。

 まさかの回転斬り。想像していなかった攻撃に思考が停止しかけ――――


「君もいい加減諦めなよ!」

「グ……ッ!」


 肩に走る衝撃と鈍い痛み。

 幸いにも、直前で身体を逸らしていたお陰で致命傷は免れた。だが、勢いを増した一撃を喰らったことによる衝撃だけはどうにもならない。


 俺は無様に吹き飛ばされ、身体が土に塗れていく。


「うおおおおお!」

「やれやれぇ!」


 観客の興奮に満ちた歓声が降り注ぐ。

 彼らが求めていたのはこの光景。

 分不相応に英雄の座に居座る凡人に、天才が鉄槌を下す。その光景を拍手喝采で迎え入れる。

 彼らは許せなかったのだ。

 同じ才能がない人間が、無様に足掻く姿を見たくない。共感性羞恥にも似た感情を抱かせてしまうから。

 だからせめて、大人しくしていてくれ。これ以上、凡人として醜態を晒すな。


 そう思うからこそ、観客は今日も罵声を浴びせ続ける。

 身の丈に合った夢を見ろと、同族に現実を見させるために――――


「ふざ、けんじゃねえぞ」


 喉から振り絞る声は、悲しみにも似た苛立ち。

 誰も本当の気持ちを口にしない中で、それでも俺は言葉を吐き出す。


「身の丈? 諦める? 冗談じゃねえ。他人の夢に口を挟むとか、てめぇは何様のつもりだよ」


 ゆらりと立ち上がり、地面に転がった剣を手に取る。

 肩に血が滲み、未だ鈍い痛みが和らぐことは無い。それでも、まだ闘志が燃え尽きたわけじゃない。

 どれだけ土に塗れようとも、俺はまだ二本の足で立っている。


「あぁ、天才は凄ぇよ。見てるだけで絶望しそうになるほど、鮮烈で華々しい存在だ」

「だったらそのままぁ」


 ウィンリーは狂気的な笑みを浮かべ、同じように片手で真正面に剣を握り悠然と佇んでいる。

 そして。


「絶望してろォッ!」


 ウィンリーが再び爆発的に加速する。

 だが、今回は見逃さなかったぞ。凄まじい初速を、この瞳は捉えていた。

 だから。

 俺もウィンリー同様、地面を強く蹴り勢いよく飛び出す。


「それでも俺はッ!」


 その瞬間、轟音がコロッセオ中に鳴り響いた。

 空中で激突する互いの刃が火花を散らし、鍔迫り合いへと突入する。

 しかし。

 加速力は圧倒的にウィンリーの方が上。膠着状態も長く続かず、ウィンリーの刃が俺の首元に喰い込みかける――――


「努力を後悔したことは、一度も無いッ!」

「ゴフッ!?」


 その直前。

 俺は全力で、ウィンリーの鳩尾に膝蹴りを叩きこむ。

 予想していなかった攻撃に、ウィンリーは腹を抑えてよろよろと後退していく。


「凡人が努力した結果が、微々たるものだとしても――――」


 顔を青白くさせて痛みに悶えるウィンリーに対し、俺は不敵に笑いながら口を開く。


「その紙一重の差が、天才に届くことだってあるんだぜ」

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