第34話 逆転の一手
あの日も、同じような夜だった。
星空の輝きが地上を包み込み、涼しい風が優しく背中を押してくれる。
それだけじゃない。以前と違い、うだうだ考えるのは止めた。俺には、信じ合える仲間がいる。
だから、怖くない。
「おう、来ると思ったぜ」
屋上の片隅で、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる大男。
ガレッソはまるで俺が来ることを予見していたかのように、堂々と佇んでいた。
「あぁ、来たぜ」
そんなガレッソに対し、俺も口を開きながら笑みを浮かべる。
「なんだ。随分といいツラするようになったじゃねえの」
「お陰様でな」
「いんや、俺じゃないだろ。――良かったな」
「そう、だな。本当に、良い仲間を持ったよ」
もう一度踏み出す勇気を与えてくれたのは、間違いなくアイツらだ。
うじうじ悩む俺の心に、優しく丁寧に光を灯してくれた。
でも、それだけじゃあ俺は前に進めない。
「ガレッソ。いや、ガレッソ先生。俺は――――」
「ちょいまち」
俺の言葉を遮り、ガレッソは静かに足を踏み出した。
瞬間、ゾワリと背筋が震える。音も無く、俺たちは同時に剣を抜く。
「グっ!?」
重い。
振り払われた一撃を受け止め、俺はその剣の重圧に顔をしかめる。
ガレッソが放った一撃は紛れもなく俺の頭部を狙っており、剣で受け止めていなければ惨事となっていたことだろう。
だが、俺は剣で防いだ。剣を、抜くことが出来た。
「ハァ、ハァ……」
若干腕が震え、息も乱れているが問題ない。
俺は今、ようやく自分の意志で前に進むことが出来た気がした。
「ふむ、悪くない。上出来だ、ルー坊」
「奇襲かけてきて何を偉そうに……。でも、ありがとう」
そう言って、俺は静かに頭を下げた。
この人が悩みを見抜いてくれたから、俺はこうして震えながらも前を向ける。その事実だけで、ガレッソには頭が上がらない。
「…………俺はただ、自己満足で口を出しただけだ」
ガレッソは少し照れくさそうに顔を背ける。
そして、頭をガシガシ掻きながらゆっくり剣を納めた。
「何はともあれ、これで問題解決――――」
「でも、まだだ」
言葉を遮られ目を丸くするガレッソを、俺は真剣な眼差しで見つめた。
これで終われない。何故なら、ここから始まるのだから。
トラウマを完全に捻じ伏せるために、俺にはやらなければならないことがある。
「お願いします」
俺は、剣を地面にそっと置いた。
「俺を鍛えてください」
そして頭を地面に擦り付け、心の底から懇願する。
「俺は弱い。天才じゃない。ウィンリーの言う通り、本来なら英雄に選ばれる資格も無い凡人なのかもしれない」
才能が無いと苦しんできた。
奴らとは人種が違うと、目を逸らし逃げてきた。
たまたま七雄騎将に抜擢されただけの偽者の英雄が、俺だ。
「それでも俺は、俺に期待してくれる奴らに報いたい」
ゆっくりと顔を上げ、驚きに表情を歪めるガレッソの瞳を見つめ返す。
「そのためには、強くならなきゃいけない。凡人とか天才とか、今はどうだっていい。俺は、仲間たちに誇れるような騎士にならなきゃいけないんだ」
喉から震える声が溢れ出る。言葉にして初めて理解した。
これが、俺の本音。
周りの意見に左右されない、俺が思い描く理想の姿が、これだ。
「……ルー坊。お前に問う」
ガレッソが浮かべる表情は、学院の教師のモノでは無い。
一人の男として、騎士として。ガレッソからクルードに投げかけられる問答。
「お前にとって、騎士とは何だ?」
その言葉に、俺は間髪入れず口を開く。
「仲間から信頼される、かっけえ存在」
イリスが教えてくれた。
無様でも、醜くても、土に塗れてもいいのだと。それでも前を向く姿こそが、憧れであると。
だから。
「そうなるためには、俺一人の力じゃ限界がある。これから先、どこまでいっても超えられない壁は現れ続けるだろうし」
「…………お前の想いは分かった。だが、一つだけ気がかりな点がある」
納得したように頷きながら、どこか腑に落ちない表情を浮かべるガレッソ。
「どうして俺なんだ? エレガス先生だっているだろう?」
「それは……」
ガレッソの当然の発言に、俺は一瞬息を呑んだ。
そして、強い意志を込めて言葉を紡いでいく。
「あんたが、その術を知っていると思ったからだ」
同じ凡人であると、ガレッソ本人が口にしたから。
もしもそれが真実ならば、これほどまでに指標となる人物も他に存在しない。
俺が目指す先は、決まっている。
「頼む」
キャバリスの白鬼。最強の老兵の次の言葉を、俺は静かに待った。
ガレッソは暫くの間、顔を伏せ。
「ガッハッハ!」
豪胆に笑った。
「よし、わかった!」
「え! いいのか!?」
「何だ、お前から頼んできたんだろ?」
「いや、そうだけど……」
まさかこうも簡単に願いをかなえてもらえるとは思っていなかった。
俺の戸惑いを理解しているのか、ガレッソはそんな俺を眺めながら意地悪な笑みを浮かべる。
「ただし――――」
そして。ガレッソが口にした条件を聞き、俺は静かに瞳を閉じた。薄々覚悟はしていた。いつか、必ずこの時が来るだろうと。
上等だ。やってやろうじゃねえか。
俺は必ず、逆転の一手を掴みとってやる。




