第32話 憧れの騎士
「よかった、怪我は無いんだな」
私の顔を覗き込み、ホッと胸をなでおろす青年。
だが、私からすれば意味の分からない光景であった。
ようやく死ねると思った矢先に、見知らぬ新しい騎士が邪魔をする。
冗談じゃない。
「どいて! 放って置いてよッ!」
「は? 何言ってんだおま――――」
私の言葉に、青年は間抜けな声を漏らしながら首を傾げようとしたその時。
「うおっ!」
背中から振り下ろされる一撃を察知し、間一髪で避ける青年。
そして、ゆっくりともう一人の騎士に向き直る。
剣を振るった騎士と言えば、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「またお前かッ! なんてしつこいガキだ!」
「生憎と、諦めの悪さが取り柄なもんでな」
二人の言葉は、まるで互いをよく知っているかのような口ぶりであった。
恐らく、それは間違いでは無いのだろう。
彼らは互いに睨み合いながら、ゆっくりと距離を取っていく。
「お前一人でどうにかなるとでも?」
「さあな。やってみなきゃわかんねえだろ」
もはや二人の視界に、私は映り込んでいない。
互いの一挙手一投足を伺いながら、彼らは言葉を交わす。
「ハッ! 学生風情が、この俺に勝てると!?」
「この俺ってどれだよ。隣国から追放された犯罪者野郎が」
「いいや、俺は手土産を持って帰還するさ。この村で、上質なガキを連れ去ってなァッ!」
男が先に動く。
剣が風を斬り裂き、凄まじい速度で青年の首元を狙う。
「ちっ!」
青年は身を逸らし刃を躱すと、今度は自分から剣を振るう。
だが、男は余裕を持ってその攻撃を躱した。
初めて騎士の戦いを見る私でも分かるたった一つの真実。
この二人には、明らかな力量差が存在していた。
「オラオラどうしたァッ!?」
男が振るう剣は、まるで嵐のように止まらない連撃。
それに対して青年は、一方的な防戦を強いられていた。
「所詮は口だけか! 威勢は良くとも、才能が見合ってなきゃ話にならんなァッ!」
男の放つ言葉に、私の心が嫌な音を立てて軋んでいく。
また、才能か。
どこまでいっても纏わりついてくる呪いの言葉。
こんなところで、私は目の当たりにすることになるのか。
私が嫌悪する、才能という名の暴力の片鱗を。
「俺はかつて、嵐撃のボルカと恐れられた天才! 天技は使えぬが……、貴様のような血気盛んな凡人など山のように葬ってきたわッ!」
自分をボルカと名乗る男は、その異名通りの連撃で青年を追い詰める。
彼の口にした単語に何やら耳慣れないモノがあったが、今はそれどころではない。
腕、肩に傷を増やしていく青年の姿に、私は思わず目を背けた。
見ていられない。
こんな殺戮劇を見せられてしまっては、認めるしかなくなってしまうではないか。
世の中は結局のところ、才能が全てであると――――
「うるっっっせぇッ!」
そんな私の思考を吹き飛ばす、青年の一喝。
そして、微かに見えた青年の表情を目の当たりにする。
青年はまだ、諦めてなどいなかった。
「天才だの凡人だのうっせえな! だから、やってみなくちゃ分からねえって言ってんだろうがッ!」
その瞬間、二人の動きが止まる。
青年は自らの剣を両手で握りしめ、男の連撃を喰い止めたのだ。
身体中に傷を作りながら、死に物狂いで隙を探った?
なんて、不細工な方法。
「俺はな、こんなところで負けてられねえんだよ」
でも。
「何故なら、俺は英雄になる男だからなッ!」
どうして、彼の背中はあんなにも輝いて見えるのだろう。
傷だらけで、血まみれで、どう考えても醜いはずなのに。
その姿に、私は視線が吸い込まれる。
「このっ、ふざけたことをッ!」
男が苛立ちの声と共に、青年の剣を振り払う。そして、再び連撃を繰り出そうと剣を構え始める。
しかし。
「させるかよッ!」
「ぬぅっ!?」
青年は、男に身体ごとぶつかっていく。
その行動は文字通り、命がけの体当たり。そんな予想外の行動に、男は青年と共に地面を転がった。
土に塗れる二人の騎士。
「こ、のクソガキィ!」
怒りに顔を歪め、立ち上がろうとする男の顔面を。
「オラッ!」
青年は思いっきり殴り飛ばした。
「ぐ!?」
もはやそれは、私の知る騎士の戦い方ではない。
騎士と言うよりもソレは、まるで泥臭く闘う戦士のような。
勝ち方にこだわらない青年の動きに翻弄される男。
「ふざ、けんなァァァッ!」
ついに怒りの限界を超えた男は、我を忘れて剣を握りしめる。
そして、無我夢中で剣を振るっていく。
だがその攻撃は先程よりも精彩を欠いたモノであった。
「俺は、俺はァ…………ッ!」
その隙を、決して彼は見逃さない。
否、それをきっと待っていたのだ。
「悪いけど」
キンッ
甲高い音と共に、天高く舞い上がっていく剣。
青年の繰り出した一撃が、男の剣を吹き飛ばしたのだ。
その瞬間、男は全てを理解した。
自分はまんまとしてやられたのだ、と。
「俺の目指す背中は、お前よりも遥かに高いんだ」
青年の言葉には、様々な思いが込められていた。
その発言を聞いた男は、静かに口を開く。
「……貴様、名は?」
そして、青年の刃が天高く振り上げられ――――
「クルード」
男の首元に、深く剣が突き刺さる。
吹き上がる真っ赤な血液に、力なく倒れ込む男の肉体。
初めて見る人の死に様に、私は思わず目を細めた。
だが。
「嵐撃のボルカ。勝ったのは俺だ。…………でも、あんたの方が強かったよ」
青年が吐いた言葉に、私は思わず顔を上げる。
私には、彼の言葉の真意は分からない。だが、その意図する内容は理解出来た。
この勝負、本来であれば実力差は歴然。十回戦いを挑めば、九回は負けていただろう。それが、才能の差。
しかし、彼は残りの一回を自力で掴み取った。
どんなに泥臭く、醜い方法であったとしても、彼は実力で才能の差をひっくり返したのだ。
「騎士……」
ずっと、呪われていた。
特別、異常、天才。
そんなレッテルを貼られ、運命に定められた道を歩くしかないと思っていた。
だが、そうじゃないと。
才能だけが全てじゃないと、この人は身をもって証明してくれた。
「いてて……。悪いな、巻き込んじまって」
そう言って笑いかける彼の表情は、既に太陽が沈んでしまった影響でハッキリと見ることが出来ない。
「何があったか知らないけど、怪我が無くて良かった!」
だが。その姿は紛れもなく、おとぎ話で見た英雄そのもので。
「ひゃい」
心臓がうるさい。顔が燃えるように熱い。
クルード。
才能を否定してくれた、英雄の卵。
私だけの、憧れの騎士。




