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第29話 扉越しの想い

 俺はただ、誰かに自分の存在を認められるのが嬉しかったんだ。

 それが期待、信頼という名の依存だったとしても。

 俺は、満たされていた。


 だが、結果としてみれば分かり切っていた事実が一つ。

 彼らが見ていたのは、英雄としてのクルード。

 それが英雄として相応しくないと分かれば、途端に手の平を返す。

 あまりにも、その決断は正しい。

 正しすぎるが故に、俺は耐え切れなかった。


 英雄として相応しくないという事実も、彼らの期待がかりそめのモノだったという事実も。


 だから、俺は逃げた。それが一番楽な選択だったから。

 嫌な記憶に蓋をして、現実から目を背けて。

 不良英雄として過ごす日々は、ある意味で期待されていた時よりも精神的に落ち着いていた。


 そして、現実はやって来る。

 いつか必ず、対峙しなければならない瞬間は訪れると分かっていたはずなのに。

 俺は、その事実にも耐えられなかったんだ。


「……騎士とは、何か」


 自問自答を繰り返していた。

 俺にとっての、騎士とは何か。


 実兄エレガスに抱いていた憧れ?

 皆から寄せられる期待に応えること?

 それとも、純粋に誰よりも強い存在?


 考えていくにつれて、もはやその形すら分からなくなってしまった。

 意義か、使命か、概念か。

 俺は一体、騎士というモノに対して、何を求めていた?


「…………俺、は」


 思考するたびに、沼に陥っていく。

 抜け出せない檻のように、答えの無い迷路のように。

 俺の思考は螺旋に呑み込まれていく。


『本当の仲間から向けられる信頼の重みってのはな、意外と気持ちがいいもんだぜ?』


 ふいに、ガレッソの言葉が頭に浮かぶ。

 本当の仲間、か。


「誰だ」


 俺にとっての、本当の仲間。

 一番最初に頭に思い浮かんだのは、ホーネスの悪人面。どこまでも俺の後を追いかけ、誰よりも慕ってくれる悪友のような存在である。

 次いでエルマーナ、そしてエレガス。

 どれも、こんな俺に期待してくれる大切な人たち。

 しかし。


「重みが、気持ちいい? ……ハッ」


 冗談じゃない。期待される重みを、そんな風に捉えることなんて出来やしない。

 何故なら、ホーネスやエルマーナ、エレガスから向けられる信頼を感じるたびに。


 裏切ってしまったらどうしようという、不安が先行するのだから。


 だから、俺は怯えている。

 人の目を気にしている。

 どうして、こんな俺に期待してくれているのか理解ができないから。


「……眠いな」


 睡魔が来ていない自分の身体を騙すように、俺は小さく呟いた。

 考えることは疲れることだ。

 俺にとって、この時間とは睡眠の妨げ。思考しても答えが出ないのに、どうして考え続ける事など出来ようか。

 そう思いながら、俺は静かに瞳を閉じた。 


 コンコン


 その時、暗闇に飛び込もうとした俺の耳にドアを叩く音が届く。

 そして。


「ごめんください! クルード先輩いらっしゃいますか?」


 聞き馴染みのある声が響き渡る。俺は、驚きに目を開きながら。


「帰ってくれ」


 そう言い放った。



「帰ってくれ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心が小さく揺れる。

 覚悟を決めてきたはずなのに、いざ声を聞くと、私のやろうとしていることは正しいことなのかと心が揺れ動いていく。

 これは自己満足で、何の手助けにもならないと――――


「帰りませんっ!」


 わたしの思考を遮るように、カミュの声が轟いた。

 ふと横を見れば、微笑みを浮かべるカミュの表情。反対に視線を向ければ、目を閉じて静かに佇むホーネスの姿。

 そして、彼らは同時に。

 トンッ、と私の背中を押した。


「イリスさん。大丈夫です」

「何かあれば私が止めます」


 二人の表情にはそれぞれ別の感情が浮かんでいたが、それでも言葉に込められた想いは一つ。

 恐れず、踏み出せ。

 そうだ、私はここで言わなければならないんだ。


 話さなきゃ、伝わらないのだから。


「……クルード先輩」

「…………その声、イリスか」


 扉の向こうから、少し驚いたクルードの声が聞こえてくる。

 私がいるとは思っていなかったのだろう。

 本当はここにホーネスもいることを知ったら、クルードはどんな表情を浮かべるだろうか。


「私、先輩に伝えたいことがあるんです」

「伝えたいこと? なんだ、また罵りにでも来たか?」

「ち、違いますッ!」

「…………冗談だ」


 なんてわかりにくい冗談だ。

 そう思うと同時に、いつものふざけたやり取りが出来たことに微かに安堵する。

 そして、私はゆっくりと口を開く。


「クルード先輩は、騎士ってなんだと思いますか?」

「ッ!」


 息を呑むクルードの声。

 私はその一切合切を無視し、淡々と話し続ける。


「この学院にいる人たちは、少なからず騎士を目指して入学しますよね。そしていずれは英雄に、七雄騎将になりたいと願って」


 それが叶うか叶わないかではなく、人は高みを目指していく。

 自分がなりたいと、心の底で願っているから。


「でも、私はそうじゃなかった」


 その言葉に驚いたのは、クルードだけではなかった。

 横に立つ二人もまた、微かに目を見開く。


「騎士になりたいなんて思ったことも無かった。英雄なんて興味なくて、ずっと私には遠い世界の話だと思っていた」


 その考えが、周りの価値観と合わないことは分かってる。

 そして、それ自体が傲慢だということも。


「先輩は、私のことが苦手ですよね? 性格もそうだけど、何より――――大嫌いな天才と同じ人種だと思っているから」

「…………お前、気づいて」

「分かってましたよ。昔から、そういう目に晒されて生きてきましたから」


 性格の部分を特に否定されなかったことにショックを受けつつ、私は懸命に言葉を紡ぐ。

 相容れない私たちだからこそ、言葉にしなければ伝わらないと信じて。


「そんな私が騎士に憧れるようになったのは、今から2年前」


 天才と凡才?

 後輩と先輩?

 そんなこと、どうだっていい。今はただ、イリスとクルードとして。


()()()()()()()()()()()()あの時から。私はあなたに憧れてる」


 一人の少女と、一人の騎士として。


 私だけの英雄譚。

 私だけの王子様。

 これは、暗闇の中にいた私を救い出してくれた、騎士あなたの物語。

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