第28話 馬鹿
月明かりと星々の煌めきが、平等に地上を優しく照らす。
しかしどんなに空が輝こうとも、地上は無情にも暗闇に包まれている。
街灯が立っているとはいえ、この時間はまだ暗い。学院の生徒が外に出ていい時間では無いのだ。
「おや。イリスさん、カミュさん。どうも、お久しぶりでございます」
だから、私たちはその人がいたことに驚いた。
どうしてここに、一人で立っているのだろうか。
その悪人面からは想像もつかない紳士的な振る舞いで、ホーネスは静かに微笑みかけてきた。
「どうも」
「ホ、ホーネス先輩! お久しぶりです……!」
「はい。先日はありがとうございました」
私はずっと、このホーネスという人物がよくわからなかった。
見た目は不良そのものなのに、話してみればただの好青年。クルードを心から尊敬し、彼のことになると少し熱くなる性格。
そして、どこか一歩引いた目線で私たちを見守るその表情は、どこまでも優しくて。
「ホーネス先輩」
私は、静かに口を開く。
「そこを通してください」
「お断りします」
私の言葉に考える余地もなく、即座に拒否を示すホーネス。
その発言に、私たちは再び驚きの表情を浮かべる。
「わ、私たちはクルード先輩に用があって!」
「そうでしょうね。ですから、お断りしますとお伝えしたのですよ」
いつものように紳士的な笑みを浮かべながら、ホーネスは残酷に言葉をはねのける。
「……どうしてですか?」
私の知る限り、このホーネスという男はこんな威圧感を発する人間では無かったはずだ。
なのに、今目の前に立つホーネスの瞳は、微かに剣呑な感情を帯びている。
まるで、侵入者を阻む門番のように。
「この道は、クルード様が住まう特別寮に続く道です」
私の疑問に対し、ホーネスはゆっくりと口を開く。
「七雄騎将に選ばれたクルード様に対し、学院が用意した隔離部屋、と言った方が分かりやすいですかね。あの方は、様々な騒動に巻き込まれやすい方ですから」
そう呟いたホーネスの表情は、どこか儚げなものであった。
「故に。今この状況で、クルード様に手を出そうという不埒な輩は数多く存在します」
「つまり、ホーネス先輩はそれを止めるために?」
「そのように思って頂ければ」
その言葉に、私たちはようやく理解した。
ホーネスは常に、クルードを第一に考えて行動する。それは、まだ出会って日が浅い私たちでも理解できるほどに。
だからホーネスは、一人でここに立っているのだ。
文字通り、敵から主人を守る門番として。
「ご理解いただけましたか?」
「えぇ」
そう言って、優しくこちらに微笑みかけるホーネス。
なるほど。確かに、その行動の意味は理解出来た。
しかし、だからと言って。
「それでも、私はクルード先輩に会いたいんです」
ここで退くわけにはいかない。
「……ふむ。何かそちらも訳があるようだ」
「はい。だから、私は――――」
「それでも、ここを通す訳にはいきません」
私の言葉を遮って、ホーネスは確固たる意志を示す。
嗚呼、そうか。
どうやら、これ以上は歩み寄れないらしい。
「わかりました。それならば」
私は静かに、腰の木剣に手を伸ばす。
その行動の意味を悟ったのか、ホーネスも静かに木剣を手に取った。
別にこの人が嫌いなわけじゃない。
だが、この人がどうしてもここを通さないというのなら。
「痛くはしません。ただ、怪我は覚悟してくださいね」
「我が命を懸けて、ここは死守します」
そして私たちは、同時に剣を――――
「バカーーーーーーッ!」
その時、辺り一帯に罵声が響き渡った。
「ば」
「か?」
私たちは、突然大きな声で叫ばれた言葉に目を白黒させる。
視線の先で、顔を真っ赤にして息を切らしたカミュは、怒りを露わにした表情で口を開く。
「なんでそうなっちゃうんですか!? 馬鹿なんですか!?」
「ちょ、カミュ。落ち着いて――――」
「イリスさん! 私たちは何のために来たんですか!? こんなところで剣を抜くなんて、ポンコツなだけじゃなくて、頭まで脳筋なんですか!?」
「の、のうきん……」
まさかカミュの口から脳筋、ポンコツ呼ばわりされる時が来るとは。
地味に気にしていたところを指摘され、私はすっかり意気消沈してしまった。
「ホーネス先輩っ!」
「は、はい」
「言いたい気持ちは分かりましたが、やり方が大人げなさすぎます! ただでさえ顔が怖いのに、中身まで凶暴になってどうするんですか!?」
「くっ!」
それは痛い。
私は思わずホーネスに対し、カミュが口にした言葉の威力に同情する。
想定外の所から痛いところを突かれたホーネスは、胸に手を当てて一歩後ずさる。
気が付けば、私たちは一人の少女の一喝によって戦意喪失させられてしまった。
「そんなに心配なら、ホーネス先輩も一緒に来ればいいじゃないですか!」
そして、カミュが提案する内容は、至極真っ当なモノであった。
「そうすれば私たちも会いに行けるし、ホーネス先輩も何かあれば動けるでしょう!」
「い、いえしかし、クルード様とはあの日以来私もお会いしておらず、まだ心の準備が…………」
「じゃあ覚悟を決めてください!」
「は、はい……」
すっかり上下関係が出来上がってしまっているではないか。
あんなに確固たる意志を示していたホーネスが、お怒りカミュの前ではたじたじである。
こうして、私たちは揃ってクルードの元に向かう事となった。
「そういえば、気になることがお一つ」
ホーネスが小さな声で、私に向かって語りかけてくる。
「どうしてここにクルード様の家があると?」
「それはですね……」
前にズンズンと歩いて行くカミュの背中を見つめながら、私はポツリと呟いた。
「歩いていた人に片っ端から、カミュが居場所を聞き出したんです」
「あぁ、道理で……」
納得したように頷きながら、私たちは同時にため息をついた。
大人しそうな見た目からは考えられない、カミュの強かさ。
どうやら私の初めての友達は、誰よりも強い女性なのかもしれない。




