第24話 期待と失望
休日から一夜明け、次の日の聖キャバリス学院にて。学年問わず、生徒たちの間でとある噂が広まっていた。
七雄騎将クルードが、御前試合に出るらしい。
その噂を聞いた生徒たちは、口々にこう言った。
「また?」
その言葉は、期待に満ちたモノでは無い。
興味を失った者の、呆れかえった声色。
2年生、3年生の間では特にその空気感は強くなっていた。
詳しく知らない新入生たちは、担当の先輩に話を聞いていく。そして、同じように失望の表情を顔に浮かべるのだ。
「なんだ、大したことないじゃん」
そう言葉をこぼしながら、彼らは日常に戻っていく。
誰も期待などしていない。何故なら、もう既に終わった話なのだから。
昨年の御前試合で繰り広げられた惨劇。
ソレを見て、クルードに期待する者は誰もいない。
つけられたあだ名は、鍍金だらけの不良英雄。
落ちこぼれの、兄の七光りであると――――
☨ ☨ ☨
「どいつもこいつも、馬鹿馬鹿しいッ!」
学院の中央に広がる、雄大な中庭。
その中心で、怒りの雄叫びが響き渡る。
怒髪天を衝くほどの勢いで、イリスは苛立ちに顔を歪めていた。
「何も知らないにわか共が、噂だけで好き勝手言いやがって……ッ!」
「お、落ち着いてイリスさん。キャラがブレてます」
口悪く他生徒を罵るイリスに対し、カミュは冷静に言葉をかける。
それと同時に、心の中でカミュは静かに驚いていた。
クルードを馬鹿にされて、ここまで怒るだなんて。普段は口喧嘩ばかりしているから気が付かなかったけれど、もしかして。
「イリスさん」
「……何?」
怒りを落ち着かせようと、イリスは水筒に入った水を口に含む。
「クルード先輩のこと、好きなんですか?」
「ゲホッ!?」
そして盛大に吹き出した。
「ゴホゴホッ、エッホッ! いきなり何言ってるの!?」
驚きと怒りに顔を歪めながら、表情を真っ赤に染めるイリス。
その様子を見て、カミュは確信を深めていく。
あぁ、やっぱり。
そしてニコニコと優しい笑みを浮かべながら、イリスの肩に手を置いた。
「隠さなくてもいいんですよ。私は応援しています」
「その微笑み止めて! 違うから!? そういうのじゃないからぁッ!」
満面の笑顔で肩に手を置くカミュに対し、イリスは動揺しながら激しく否定する。
「えー。じゃあ一体、どうしてそんなに怒ってるんですか?」
「……逆にカミュは、なんでそんな冷静な訳?」
「わ、私ですか? なんでって言われても……」
じろりと疑いの目を向けながら、イリスはカミュに問いかける。
その言葉に対しカミュは少し逡巡した後、ポツリと呟いた。
「私は、クルード先輩が悪い人じゃないって信じてるから…………ですかね?」
混じりけの無い純粋な瞳で、そう答えるカミュ。
そんな姿を見て、イリスは驚きに目を見開く。
その言葉に嘘は感じられない。心の底から思っている、彼女の本音であることが節々から感じ取れた。
どれだけ大人しそうに見えても、カミュの中には確固たる信念がある。だから、周りの言葉に踊らされない。
それが、カミュという少女。
「……私だって」
目を伏せながら、イリスは小さく呟いた。
カミュの動じない姿勢を見て、感情に振り回される自分の幼さが恥ずかしい。
それでも、負けたくない。
「あの人はどうしようもないくらい変人で、先輩らしさなんて欠片も感じないけど――――」
初対面の時、あの人がクルードだなんて信じられなかった。
すぐ人のことを煽るし、子供っぽいし。
けれど、誰かのために一歩前に出るあの人は、やっぱり私の知るクルードその人で。
本当は気付いてた。あの人が剣を握るたびに、手を震わせていたこと。
理由は知らない。
尋ねようと思ったけど、すぐに止めた。これは私が介入していい話じゃない。
だから私は、ただ信じ続けるの。
「私はずっと、あの人に憧れてる」
その気持ちは、2年前から変わらない。
☨
「フッ…………フ……ッ!」
部屋の片隅で、小さな息遣いが響き渡る。
軋む床の音に気付かないふりをしながら、クルードは無心で身体を動かし続ける。
こうでもしなければ、罪悪感に押しつぶされてしまう。
だから身体を鍛えることに集中して、少しでも現実から目を逸らす。
嫌な記憶から、逃げるように。
「ハッ……ハァ…………ッ」
それでも、永遠に動き続けられるわけじゃない。
昨夜から一睡もできず、無我夢中で身体を動かし続けた。
気を抜いたら気絶するであろう寸前で、クルードは限界に抗い続ける。
『自分から英雄を辞退したくなるように、もう一度虐めてやるよ』
蘇る昨日の光景。耳元で何度も、ウィンリーの声がこだまする。
『君は七雄騎将に相応しくない』
何度も、何度も、何度も。
繰り返し再生される壊れたラジオのように。
脳裏にこびりついて離れない、呪いの言葉。
「グッ!?」
瞬間、クルードは急いで立ち上がり、すぐさまトイレに駆け込んだ。
そして便器に顔を突っ込み、こみ上げる吐き気のまま腹の中をぶちまける。
ビチャビチャと汚い音を出しながら、クルードは吐き続ける。
ずっと我慢してきた。
どれだけ吐き気がこみあげようと、実際に吐いたことは無かった。
それもこれも、あの時のことを思い出そうとしなかったから。
しかし、限界はついに訪れる。決壊したダムのように、悪夢が降り注ぐ。
フッと、クルードの意識が暗転する。身体がついに、限界を迎えたのだ。
嫌だ、眠りたくない。しかし、どんなに足掻こうとも結果は変わらない。変わってはくれないのだ。
気絶するように、クルードは倒れ込んだ。
消えゆく意識の中で、蘇る記憶。
蓋をしてきた悪夢が、今幕を開ける。




