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第23話 逃れられぬ因果

「おお、フラン。戻ったかい」

「戻ったか、じゃありません! なんでこんな女と……」

「ちょっと落ち着きたまえ。何の話だ?」


 フランと呼ばれたその女は、イリスのことを親の仇でも見るような瞳で睨みつけている。

 その視線に込められた憎悪は、並のモノでは無い。

 柑橘色の髪の毛を後ろで結びながらファサッと髪をなびかせるフランの姿は、見て分かるプライドの高さを物語っていた。


「この女は、私と同郷なんですよ」

「……久しぶりね、フラン」

「気安く話しかけないでもらえる!? アンタとこんな場所で再会するなんて、ほんっと最悪」


 フランの言葉から感じられる嫌悪感。

 そして話の内容に、俺は以前イリスから聞いたことを思い出していた。

 キャメロン王国の最南端に位置する、ブーテン村。イリスはそこの道場出身だと言っていた。

 つまり、このフランという女もそうなのだろう。


「ふむ。君がここまで言うとは、何があったんだい?」


 ウィンリーは興味を隠すことなくフランに問いかける。

 その言葉に対し、フランは顔を歪めながら口を開いた。


「人の才能を奪う、疫病神。それがこの女についた忌み名です」

「ほう?」

「ウチの道場は小さいながら、活気のある場所でした。……でも、この女が来てからおかしくなったんですッ!」


 そう言ってフランは、恨みの込められた言葉を吐きながらイリスに対し指を差した。


「将来を期待されてた門下生たちが次々と道場を辞めるようになり、次第に道場は廃れていったんです。この女さえ、疫病神さえ来なければッ!」

「私はただ、一生懸命剣を学んでいただけ」

「……はは、アンタにはわかんないでしょうね」


 イリスの否定を受け入れることなく、フランは歪んだ笑みを浮かべる。

 そして。


「人間のフリをした異常者が、知った口聞いてるんじゃないわよ」


 吐き出された悪意の塊が、ドロリと吐き出される。

 それはあまりにも、人の尊厳を踏みにじる発言であった。


「おい」


 気が付けば、俺は声を出していた。

 先程まで全身を襲っていた震えは、もう感じない。

 あるのはただ一つ。自分でも分からない、苛立ちの感情。


「それは、言いすぎだろ」

「は? 誰よ、アンタ」


 どうして、俺がイリスを庇っているんだ。

 俺自身も、イリスのことを同じ人種では無いと思っていたじゃないか。

 それが今になって、俺が前に出てどうする。

 まだ、自分の中の答えを見つけることすらできていないのに。


「お、随分かっこつけるじゃん? クルード君さぁ」

「クルード……? え、もしかしてこの人。以前ウィンリー様がボコボコにしたっていう、あの負け犬英雄ですか!?」

「そうそう、あのクルード君だよ」

「キャハハ! やだ、嘘、本当!? こんな怯え切った眼をした男が、七雄騎将とかウケるんですけど!」

「フフフッ、あまりそう虐めてやるな。可哀想だろ」


 純粋なる悪。

 いや、きっとこいつらは自分達のことを悪だとは思っていないのだろう。

 純然たる事実だけを述べているだけ。何も悪いことはしていないと。

 ソレを否定することが、今の俺には出来ない。

 その悔しさが、情けなさが、どうしようもなく腹立たしい。


「あぁ、そうそう。今のうちに言っておかなきゃね」


 俺の心を知ってか知らずか、ウィンリーは世間話をするかのような声色で口を開く。


「一ヶ月後、御前試合がある。僕たちの思い出が詰まったあの試合。僕は再び――――君に挑戦する」


 悪夢からは逃げる事など出来やしない。

 ウィンリーの語る内容に、俺は目を見開いた。

 唇が乾燥していく。脳裏に蘇る記憶を、必死に押さえつける。

 頼む、今は思い出すな。

 そんな俺を無視し、ウィンリーは立て続けに口を開く。


「本来であれば、七雄騎将になるためには()()()を申し込まなければならない。年に二回行われる騎士の祭典を、僕も待とうと思っていた――――が、気が変わった」


 そしてゆっくりと歩きながら、俺の耳元でウィンリーが囁いた。


「自分から英雄を辞退したくなるように、もう一度(いじ)めてやるよ」


 俺の耳元で豹変する、ウィンリーの声色。

 獣じみた笑みを浮かべながら、どこまでも俺を見下すその視線。

 全てが憎い。

 全てが、怖い。


「と、いうわけさ。頼むから逃げないでくれよ? 英雄、君」

「キャハハ! じゃあね、疫病神と負け犬さん」


 ウィンリーとフランは、当てつけのように俺たちの横を素通りしていく。

 一方的に投げつけられた挑戦状を、俺は未だ受け入れられずにいた。

 もう一度、俺が、ウィンリーと?

 また、あの悪夢を味合わなければならないのか。

 こんな状態で、剣も握れない俺なんかが、舞台に立ってどうなる。


 そうなれば、今度こそ夢の終わりだ。


「先輩! 大丈夫ですか!?」


 俺の肩を揺らしながら、イリスが心配そうな表情で声をかける。


「クルード様、お気になさらず」

「そ、そうですよ! あんな言葉、聞いちゃダメですぅ」


 ふと横を見れば、ホーネスとカミュも神妙な面持ちでこちらを見つめている。

 今、俺はどんな表情をしているだろうか。

 人様に見せられる顔を、保てているだろうか。


「…………ごめんな皆。さぁ、帰ろうか」


 俺は言葉を振り絞りながら、ゆっくりと歩み始める。

 顔を伏せ、視界を狭めながら、俺は帰路につく。


 周りの観衆たちから向けられる視線に、気づかないフリをしながら。

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