第21話 騎士とは
舞台の上で、一人の少女が踊っている。
どうやらあの少女が、題目にも書かれているお転婆姫のようだ。
物語は、少女が一人の騎士と出会うところから始まった。
[まぁ、こんなところでお昼寝だなんて!]
[いいじゃないですか。どこで寝ても]
庭の木の下で昼寝をしている騎士が、姫の問いかけに仏頂面で答えていく。
流石、王立の劇場なだけあって役者も一流だ。
一つ一つの仕草が躍動感に溢れ、どんどんと物語に惹きこまれてしまう。
「あの騎士の人、先輩に似てますよね」
「お前もな。姫様の口うるさいとこなんてそっくりだ」
そんな軽い言葉の応酬を交わしながら、俺は何だか浮ついた感情を抱いていた。
こんな風に休日を過ごすのはいつぶりだろうか。
学院に入学してからずっと、休日はいつも鍛錬に時間を費やしてきた。
トラウマで剣が抜けなくなってからも、それは変わらない。
だからこそ、何もしない一日というのがこれほど新鮮に感じてしまう。
「わっ!」
隣でイリスが小さく言葉を漏らす。
舞台の上で、姫がバランスを崩して階段から落ちてしまいそうになっている。
いくら演技とはいえ、あの高さから頭を打てば無事では済まない。
イリスは固唾を呑んでその光景を見守っていた。
[姫様ッ!]
[キャッ!]
「キャーッ!」
階段から落ちた姫を、騎士が抱きしめて受け止める。
短く悲鳴を上げる姫の声に被せる様に、イリスも甲高い声を上げた。
もっとも、イリスの場合は歓喜の黄色い声だろうが。
「騎士、か」
隣のイリスにも聞こえない声で、俺は小さく呟いた。
思い返すのは、先程問い掛けられたラミエの言葉。
俺にとって、騎士とは何か。
視界の先で、姫と騎士は徐々に絆を深めていく。
騎士に対して信頼を寄せていく姫に対し、仏頂面で何を考えているかわからない騎士。
役者の騎士道というものを垣間見ようとしたものの、その演技の上手さに為すすべもない。
そんなとこまで完璧に演技しやがって。
俺は内心歯噛みしながら、どこまでも物語の虜になっていた。
「騎士ってカッコいいですよね」
そんな時、隣のイリスが小さく口を開く。
まるで心を読まれたのかと思うほど完璧なタイミングに、思わず胸が高鳴る。
「……そうだな。特にこの国では、幼少から騎士が身近に存在する分、憧れも抱きやすいんだろう」
「いやそうじゃなくて、もっと純粋に」
「純粋?」
その言葉に、俺は意味が分からず問い返す。
暗闇の中、イリスの表情は見ることが出来ない。だが、その声色は何処か弾んで聞こえた。
「剣一つで大切な人を守る。その在り方が、私にはとても美しいように思うんです」
「大切な、人を」
イリスの言葉を、口の中で反芻させていく。
それはあまりにも原始的な、物語の中の騎士のイメージである。
だが、イリスにとってそれが騎士とは何かについての答え。
嗚呼、とても高尚な考え方だ。
『騙したな!』
瞬間、脳裏によぎる罵倒の言葉。
咄嗟に抑えようとするが、身体は小刻みに振動を始める。
その震えを、同じソファに座るイリスは見逃さなかった。
「……先輩?」
今、この場所が暗闇で良かったと、心の底から思う。
こんな無様な表情を見せずに済むのだから。
「……なんでもねえよ。ほら、演劇に集中しろ」
「…………はい」
イリスが前を向いた雰囲気を感じながら、俺はゆっくりと息を吐いた。
もう既に身体の震えは止まっている。
俺は嫌な記憶を振り払うように、舞台の上へと視線を向けた。
[ゲハハッ! 姫はいただいていくぜぇ!]
物語には、必ずと言っていいほど悪役が存在する。
数多の悪役の種類があり、その物語の性質によって役割も変質していく。
だが騎士物語、英雄譚においては少し違う。
このキャメロン王国において、悪とは何か。それを全ての物語では、共通して描かれることが多いのだ。
「バルバリス帝国の戦士か」
俺は少し顔を歪めながら、予想していた展開に口を開いた。
この国にとって、バルバリス帝国は悪そのものである。
故にあらゆる物語には、必ずと言ってもいいほど帝国の戦士が登場する。
だが、俺はその風習に嫌気がさしていた。
「……授業で習った内容ですね」
「あぁ。この国では未だに差別意識が根強いからな」
「それにしても、これは…………」
イリスが少し言いづらそうに口をつぐむ。
それもそのはずだ。
俺たちの視界の先では、騎士と戦士が姫を巡って剣を交えていた。
しかし。
一方的にやられる戦士に、追い打ちをかける騎士。
その様はあまりにも惨たらしく、哀れにも感じられるモノであった。
「仕方ないさ。これが、国民の求めてるものだ」
俺は口を開き、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
眼下に広がる観客席を覗けば、その光景に沸き立つ観衆の姿が見て取れる。
その残酷性に、思わず反吐が出そうになるのを慌てて抑え込む。
ガレッソ、これが俺に見せたかったものなのか?
「――――――――醜悪だな」
吐き捨てるように呟きながら俺は舞台を見つめる。
騎士と姫は互いを抱きしめ合い、愛の言葉を交わしていく。
何て感動的な場面なのだろう。
いつもの俺ならば、純粋にこの光景を見て心から拍手していたことだろう。
だが、俺の意識は別の場所にあった。
舞台の端で、惨めに倒れ伏す帝国の戦士。
見向きもされず、観衆から罵倒されるだけの悪役。
その存在に、俺は自分を重ね合わせていた。




