第19話 お似合いの二人
「本当にごめんね、カミュ……」
「だ、大丈夫ですよ……! 気にしないでください!」
もう何回目かわからない謝罪の言葉を述べるイリスに、困った様子で笑うカミュ。
繁華街の通りを歩きながら、俺たちは目的地である演劇会場に向かっていた。
辺りはすっかり人通りも多くなり、少し目を離せばすぐにはぐれそうな程である。
故に。
「心配するなカミュ。俺たちがしっかりと見張ってるからな」
俺とホーネスは、イリスとカミュのすぐ後ろを歩いていた。
視界からイリスの姿が見えなくなった瞬間、すぐさま捜索できるように。
「私は幼い子供か何かですか?」
「実際同じようなもんだろ」
なんならそれよりもたちが悪いかもしれない。
学院きっての天才少女の正体が、こんなポンコツ迷子娘だとは。
俺があの時に感じた才能の片鱗は偽者だったんじゃないかと思いたくなる。
いや、だからこそこうして普通に接することが出来るのかも知れないが。
「それにしてもだ」
俺は話題を逸らすように口を開き、カミュに対して疑問をぶつける。
「よくカミュはチケット持ってたな。イリス曰く、結構な人気演劇なんだろ?」
「その通りです! 英雄ラブロマンス活劇と言えば、当日完売だって珍しくない人気タイトルですよ!」
それは余計に気になる。
というか、やっぱり改めてガレッソはなんで持っていたのか気になるところだ。
マジで今度問いただしてみよう。面白い話が聞けるかもしれない。
「あー、それはですねぇ」
俺たちの話を聴いていたカミュは、何やら言いづらそうに言葉を濁していた。
そして。
「実は……私のお父様が経営しているのが、その劇場でして…………」
「え!?」
「何!?」
「ほう?」
その言葉に驚きを隠せない三人。
まさかカミュの実家がそんな有名なところだとは考えもしなかった。
なるほど、道理で一般市民のわりに言葉遣いが上品だと思っていたのだ。
「つまり、お嬢様ってことか」
「え。カミュさん、いえカミュ様って呼んだ方がいいのかな?」
「や、やめてください! 普通に接してほしくて隠してたんですからぁ!」
ぶんぶんと首を振るカミュの表情は真剣だ。
どうやらカミュは上流階級扱いされるのが苦手らしい。
ならお言葉に甘えて、今まで通り普通に接するとしよう。
「で、何でお前はそんなに演劇が好きなんだ?」
「え、私ですか?」
「そりゃそうだ。お前、七雄騎将とか興味ないタイプじゃなかったか?」
「それとこれとは話が違います!」
俺の何気なく発した言葉に対し、イリスは食い気味に答える。
「私が興味あるのは、英雄じゃなくてラブロマンスです! 立場の違う二人が運命に抗いながら段々と惹かれ合う恋模様! 時に衝突を繰り返しながら愛を育んでいく姿を見ていると、何だか胸の奥がキュンキュンして……」
「わかるッ!」
イリスの語る内容に、共感のあまり思わず声が大きくなってしまう。
まさかこいつ、話が分かる奴か?
「普段は喧嘩ばかりなんだけど、ふとした時にドキドキする感じがめちゃくちゃたまらないんだよな! なんかこう、不意打ちを喰らったみたいな?」
「そうなんですよ! 認めたくないのにどうしようもなく惹かれ合っていく……。たまらないです」
「見直したぞイリス。まさかお前がこっち側だったとはな」
「先輩こそ。中々見どころがありますね」
フッと笑い合う俺とイリス。
まさかこんなところで同志に出会うとはな。
恋愛教本を読み漁っている俺の思想に並び立つ猛者がいるとは、世界はまだまだ広いということか。
「いや~、やっぱりな」
「えぇ、そうですね」
そして俺たちは、同時に思いの丈を口にする。
「そういう恋愛をしてみたいよなぁ」
「そういう恋愛を眺めたいですよねぇ」
ん?
「……いや、ああいうのは自分を当事者に置き換えて楽しむもんだろ」
「……何言ってるんですか? 私たちは壁になってその空気感を楽しむんです」
その瞬間、俺たちは理解した。
あぁ、こいつとはマジで話が合わねえなと。
「この、裏切りもんがァッ!」
「背信者は死すべしッ!」
争いは、同じレベルでしか発生しない。第二弾。
「今日も平和ですな」
「そうですねぇ」
段々と二人の会話に慣れてきたホーネスとカミュは、もはや何も突っ込まず微笑ましくその様子を眺めていた。
喧嘩するほど仲がいいというべきか。
一周回ってお似合いの二人であると、保護者二名は感じ始めていた。
「あ、そろそろ見えてきました!」
そんなこんなしていると、カミュが一際大きな声を上げる。
その言葉に俺たちも顔をその方角に向けると、何やら巨大な建物が聳え立っているのが見て取れる。
まさか。
「あの、でっかいやつか?」
「はい! あれがお父様の劇場ですぅ!」
「凄すぎるだろ」
そして俺たちは劇場の入り口に到着した。
間近で見ると、より建物の迫力に目を奪われる。
眩しいほどゴテゴテに装飾された外装に、上品な雰囲気を感じさせる流麗なフォルム。
まさにそれは、高級店と呼ぶに相応しい光景であった。
「やぁ皆さま、お待ちしておりました」
その時、物腰の柔らかい声が響き渡った。
劇場の入り口、その横に佇む恰幅の良い男性。
一目で金持ちだと分かる身なりの良い服装に、整えられたヒゲが印象的な紳士はこちらを見つめてニコニコと微笑んでいる。
「お父様!」
「おぉ、カミュちゃん。久しぶりだね」
流石親子と言うべきか、纏う雰囲気がカミュとそっくりである。
柔らかな空気感のまま言葉を交わす二人の様子を眺めていると、突如カミュ父は俺に向かって笑いかけてきた。
「君がクルード君かぁ。カミュがお世話になってます」
「あ、いえいえ。こちらこそ」
「ガレッソさんからも話は聞いているよ」
カミュ父から告げられた言葉に、俺は思わず驚いて声を上げる。
「え、あの人から?」
「うん。今日は君のために特別な席を用意したんだ」
そう言って、老紳士は優雅に頭を下げる。
その姿は大変様になっており、劇場の品格を象徴しているようであった。
「ようこそ、シュバルツ王立劇団へ。君たちを歓迎するよ」




