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第18話 ドタバタWデート(仮)

 雲一つない快晴の青空。

 燦然と輝く太陽の日差しが、街中を明るく照らしている。

 俺の視界の先で、水が光を反射してキラキラと輝いた。


「変じゃねえかな……」


 俺はソワソワと髪の毛を弄りながら、街の待ち合わせスポットである噴水の前で佇んでいた。

 なんだか妙に落ち着かない。こんなに緊張するなんて、一体いつぶりだろうか。

 いや、別に緊張とかしてねぇし。

 せっかくだから、ちょっとオシャレして気分を上げようとか思っただけだし。


「そんなに気になさらずとも、クルード様はいつだって男前でございます!」


 その時、横から聞こえてきた声に俺は思わず視線を向ける。

 赤髪坊主に悪人面という、どこからどう見ても不良少年と言う風体の男。

 ホーネスはいつも通り、むず痒い言葉で俺を褒めたたえている。


 そう。

 昨夜の一件から、急遽ダブルデートのような状況になってしまった今回の騒動。

 何故かもう一枚持っていたカミュのチケットを使い、俺はホーネスを特殊召喚したのだ。


「チッチッチ。分かってねぇなぁ」


 俺は人差し指を立てながら、ホーネスに対して呆れた視線を向ける。

 こいつはデートの何たるかをまるで理解していない。


「どんな奴が相手だろうと、デートというのは気を抜いちゃいけないんだ。まさに俺たちは戦場に立っていると思え」

「いや、そもそもこれってデートなんですか……?」


 何を馬鹿な事を。


「女性と出かけたら、それはもうデートだろ?」

「…………ちなみにそれは、どこ情報で?」

「ふ」


 よくぞ聞いてくれた。

 俺は得意げな表情を浮かべ、無知なホーネスに教えてやる。


「昔エマ先に借りた本に書いてあったぞ。女性とのお出かけはデート、すなわち戦争であるとな」

「あぁ、道理で…………」


 何やら一人で頭を抱えているホーネス。さっきからこいつはどうしたというんだ。

 嗚呼、そうか。

 ホーネスも俺と同じ、女っ気のない枯れた男。

 つまり緊張してるんだな。


「心配すんな。俺がデートのなんたるかを教えてやる」

「ア、ハハハ。楽しみにしてますね……」


 引きつった笑みを浮かべるホーネスに、俺は内心安堵していた。

 よかった、緊張しているのは俺だけじゃないんだと。

 仲間がいれば心強い。

 そんなことを思いながら、俺は静かにイリスたちが来るのを待っていた。

 しかし。


「…………遅いな」


 もう既に、待ち合わせの時間になったというのに。

 イリスたちの姿形、その影すら見えやしない。


「まぁいいさ。俺は待てる男だからな」


 そう、今日の俺は一味違うのだ。

 何故なら昨夜、俺は何度も脳内シュミレーションを行った。

 そして部屋にある恋愛教本《少女マンガ》を何度も読み漁ったのだ。

 結果、俺はついに一つの真実にたどり着いてしまった。


 大人の振る舞いが、一番モテるということを。


「ふふっ」


 さぁ、早く来るがいい。

 俺の大人っぷり、目にものを見せてくれるわ。



「…………いや遅くないか!?」


 思わず漏らした心の叫びに、周りの視線が一斉に集まる。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。


「もう小一時間経つぞ!?」

「そうですねぇ。もしかしたら準備に手間取っているのかもしれません」

「だとしてもだろ!」


 女性は色々と時間がかかる生き物だというのは本を読んで知っていた。

 しかし、こんなに時間がかかるとは予想外だ。

 演劇が始まる時間は決まっているというのに、こんなところで立ち尽くしているのは勿体なさすぎる。


「待てる男はどこに行ってしまわれたのですか……?」

「奴は死んだ」


 この時、俺はまた一つの真実にたどり着いた。

 物事には限度というモノがある。


「一体どこで何をして……」

「あ、アレじゃないですか?」


 俺が内心やきもきしていると、突然ホーネスが遠くの方を指差した。

 その言葉にバッと顔を上げ、その方角へ目を細める。

 すると、確かに遠くの方でそれらしき人影が二つ、こちらに向かって走ってきているのが見える。

 だが、どうも様子がおかしい。


「前の方にいるのは、カミュだよな?」

「えぇ、恐らく」


 カミュと思わしき人物が、イリスの手を引いて全力疾走している。

 その顔はいつもの可愛らしい雰囲気から一変、焦燥感と疲労感に満ちていた。

 そしてようやく、二人は俺たちの前に到着する。


「お待たせ……しま…………した」


 激しく息を切らしながら言葉を発するカミュの姿に、怒りよりも先に心配が口から飛び出した。


「えっと、大丈夫か?」

「大丈夫じゃ……ないかも、です」


 一体何があった。

 静かに首を横に振るカミュに尋ねたいが、この様子じゃ回復するまで時間がかかりそうだ。

 仕方なく、俺はその後ろで顔を背けているイリスに声をかける。


「おい、何があったんだ?」

「………………いえ、その」


 しかし、イリスは頑なに何があったか話そうとしない。

 しかも謎に視線を逸らしている。

 まるで何か後ろめたいことでもあるかのように。


「なるほど……。大変でしたね、カミュ様」

「あ、ありがとうございます……」

 

 俺の隣に立っていたホーネスは、全ての事情を察したのか憐れみの言葉をカミュにかけている。

 ハンカチを差し出すホーネスの姿は、その外見を除けば紳士そのもの。

 一体何があったんだ。

 俺は必死に頭を悩ませ、可能性を一つ一つ考えていく。

 そして。


「…………まさか」


 瞬間、脳裏に思い返されたのは初めて出会ったあの時。

 そうだ。

 こいつには、致命的な悪癖があったではないか。


「お前、迷子になったろ」

「ギクッ」


 俺の言葉から逃げるように、イリスはさらに顔を背けていく。

 こいつマジか。


「またか!?」

「しょ、しょうがないじゃないですか! 私はまっすぐここを目指してました! それがたまたま反対方向だっただけです!」

「どこをどうしたら、学院から一番近い街の広場と反対に向かうんだよ!」

「う、うるさいですね! 細かい男はモテませんよ!」

「誰が非モテじゃ!」


 ワーワー飛び交う罵倒の嵐。

 噴水の前で大騒ぎを繰り広げる二人の様子は、周りの視線を集めるには十分なものであった。

 しかし、当の本人たちにその自覚は無い。


「ポンコツ娘!」

「ノンデリ男!」


 争いは、同じレベルでしか発生しない。


「これは、先が思いやられますね」

「前途多難、です……」


 呆れた声を漏らすホーネスとカミュ。

 ドタバタデートは、まだ始まってすらいない。

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