第17話 お相手探し
「は? 演劇? アタシがそんなの見る訳ないじゃない。パス」
「だよな!」
ガレッソに演劇のチケットを貰った俺は、まず保健室にいたエルマーナを誘うことにした。
姉のような存在のエルマーナなら特に恥ずかしくもなく、気兼ねなく誘えると考えたからである。
しかし、結果は予想通りの撃沈。
この女、本は読む癖に芸術関係にはこれっぽちも興味が無いのだ。無駄に学者みたいな恰好しやがって。
「……なんか文句あるわけ?」
「コホン」
ジトっとこちらを睨みつけるエルマーナの視線を無視し、俺は誤魔化すように咳払い。
慌てて話題を元に戻した。
「とは言っても、他に誘える女性となるとなぁ……」
「何言ってんのよ。いるじゃない」
頭を悩ませ必死に脳内で検索をかける俺に対し、エルマーナは何かを思いついたように口を開く。
「え、誰?」
「後輩ちゃんズよ」
「却下」
エルマーナの言葉を一蹴し、俺は呆れた表情を浮かべる。
「なんで俺が休日にまで後輩の面倒を見なきゃいけないんだよ」
「あら、じゃあアンタに他の候補でもいるわけ?」
それはいない。だが、しかし。
煽るようなエルマーナの表情に苛立ちを覚えながら、俺は静かに思考する。
確かに、俺が他に誘えるような女性の知り合いなどいないだろう。
かと言って、わざわざ演劇に後輩を誘う?
いや、無いだろ。
「……仕方ない。今回の所は諦めて――――」
ガレッソには申し訳ないが、運が味方しなかったという事だ。
俺は悔しげな表情を浮かべながら、諦念の想いで口を開こうとしたそんな時。
コンコン
「すいません、夜分遅くに失礼します」
「失礼しますぅ!」
ノック音と共に、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
まさか。
俺が恐る恐る振り返ると、もはや見慣れた白髪少女が扉を開けていた。
そしてタイミングよく、視線がかち合う。
「あ」
「え」
何でここにいるんだ。
そんな思いを隠そうともしないイリスの表情。
自分の顔を見ることは出来ないが、きっと俺もこんな表情をしているのだろう。
「クルード先輩! お疲れ様です……!」
「お、おぉ。カミュもお疲れ」
「はい! 先輩はこんなところで何を?」
「いやー、ハハハ」
純真無垢なカミュの視線がこちらを貫き、俺は誤魔化すように乾いた笑みを浮かべる。
言えるはずが無い。
演劇を一緒に見に行く女性を探してましたなんて言おうものなら、隣のイリスがどんなことを口走るか分かったもんじゃない。
「エルマーナ先生。担任のエレガス先生からお届け物です」
「あら、ご親切にどうも。あ、これね。はいはい……」
そんな心配事をよそに、イリスは俺を無視してエルマーナに話しかけていた。
俺に対してはいつも生意気なくせに、先生の前では随分と大人しいな。
と、その時であった。
「あ、そうそう。あなたたち、演劇に興味とかな――――」
「ちょっ、エマ先!」
妙な事を口走ろうとしたエルマーナの言葉を遮り、俺は咄嗟にエルマーナの袖を引いた。
「何勝手なことしようとしてんだ!」
「甲斐性無しのアンタに代わって、私が一肌脱いでやろうと思っただけよ」
「余計なお世話だっつーの」
「あ、わかった。女の子をデートに誘うのが恥ずかしいんでしょ?」
「ち、ちげーし!」
ヒソヒソ
小声で言葉の応酬を交わしながら、俺はエルマーナの発言を強く否定する。
冗談じゃない。
こんなことくらいで恥ずかしがる訳が無いだろう。
「……随分とお二人は仲がいいんですね?」
そんな風に二人で内緒話をしている姿を不審に思ったのか、イリスが訝し気な視線を向けてくる。
「エマ先は兄貴の先輩にあたる人なんだよ」
「エレガス先生の?」
「そうなのよ~。こいつら兄弟は昔から生意気でねぇ。ま、今も生意気なのは変わらないけど」
「うるせ」
どの口が言うんだ、どの口が。
いい年した大人の癖に、子供みたいに人のことを煽りやがって。
俺がエルマーナを睨みつけていると、その視線に気づいたイリスが納得したように頷いた。
そして、ニヤッといやらしい笑みを浮かべる。
「へ~、クルード先輩のことは昔から知ってるんですね! てことは、何か恥ずかしいエピソードとか知ってたり?」
「な……ッ!」
こ、こいつ! エルマーナから俺の弱みを探るつもりか!
そんなイリスの思考をエルマーナも悟ったのか、同じようにいやらしい笑みを浮かべながら口を開く。
「もちろんよ! こいつのことなら兄以上に詳しい自信があるわ」
「わー、クルード先輩の色んなお話聞きたいな~」
「わ、私も聞いてみたいです!」
最悪の組み合わせが誕生してしまった。
純粋な悪意で過去を深堀ろうとするイリスと、純真無垢な好奇心で追い打ちをかけるカミュ。
とんでもない方向に相乗効果を生み出そうとしてるぞ、この女共。
「お、俺はそろそろ失礼しようかな……」
早くこの場から逃げなければ。
そう思った俺は、半ば強引に立ち去ろうとイリスの横を通り過ぎようとした。
ただ、そこで俺は焦り過ぎたのだろう。
ひらりと、制服のポケットから何かがこぼれ落ちた。
「あ、先輩、何か落として――――」
イリスが俺のポケットから落ちたモノを拾い上げ、なんとなく視線を向けた。
そして、表情を一変させる。
しかし、それは俺の想像していた反応とは真逆のものであった。
「こ、これは英雄ラブロマンス活劇!? 滅多に手に入らない超人気演劇チケットを、どうしてクルード先輩が!?」
「え? あ、あぁ。知り合いから貰ったんだよ」
「貰った!?」
「お、おう」
なんだこの反応。
今までの雰囲気からは考えられない、興奮した様子でイリスは目を輝かせる。
そんなに有名な演劇なのか、この英雄ラブロマンス活劇。
というか、そんな人気チケットを何でガレッソは持ってたんだよ。
「いいな、いいな」
欲しいモノを目の前にした幼子のように、イリスは欲望のまま言葉を口にする。
ちくしょう。
そんな姿を見せられて、無視するなんて出来る訳ないだろ。
「じゃあ一緒に行くか?」
「え、いいんですか!?」
「俺もちょうど行く相手を探してたんだ。別に嫌だったら――――」
「行く! 行きます!」
俺が最後まで言い終わる前に、イリスは被せる様に言葉を発する。
ふと視線を横に向けると、こちらを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべるエルマーナと視線が合った。
そんな目でこっちを見るな。
「あ、でもカミュ……」
その時、イリスが呟いた言葉で俺は我に返る。
そうだ。
勝手に二人で決めてしまったが、結果としてカミュをハブいているような構図になってしまった。
大丈夫だろうか。そんな思いで俺はカミュに視線を向ける。
「じゃあ、みんなで行きませんか?」
しかし、返ってきた言葉は再び俺の予想を裏切るモノであった。
「え、でもこれは人気チケットなんだろ? 俺は一枚しか持ってないし……」
「そしたら……」
俺とイリスは申し訳ない表情を浮かべながらどうしたものかと顔を見合わせる。
だが、カミュはその場にいた全員の想像を飛び越えていった。
「私もそのチケット持ってるので大丈夫ですっ!」
その時、俺は心の中で呟いた。恐らくだが、隣のイリスも同じことを思ったのではないだろうか。
何だ、この娘。




