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第38話 妄執の獣Ⅲ

 その後、主犯格の男は警備兵によって連行。死傷者を出したことによって地下牢に投獄されることとなった。

 他の仲間たちも自らが招いた最悪の事態に自首をする形となり、聖キャバリス学院からおよそ十人ほどの退学者を出すという異例の結果に、王都中から驚愕や疑念の声が上がることになる。

 そして奇しくも、そんな事件の中心人物であるクルードの名は『三年生複数を相手に一歩も退かない、新進気鋭の一年生がいる』という噂によってその名が広まるのだった。



「ふんふん、ふーん」


 鼻歌響く、小さな料亭。ラビッツの店主であるリトは、以前とは打って変わって明るい表情を浮かべるようになった甥っ子に疑いの眼差しを向ける。

 言い争いをして家を出ていったコバニが、とても清々しい笑顔で戻ってきた時にはむしろ恐怖しか感じなかったリトであった。しかし、それからコバニは明らかに笑顔を見せるようになった。

 以前よりもさらに見た目に気を使うようになり、新しいドレスや化粧品が増えていく様を見るに考えられる理由はただ一つ。

 

「…………恋、なのか!?」


 姉貴。コバニはついに、色を知る歳となったよ。

 そんなことを考え、微かに涙ぐむリトに一切視線を向けることなく、コバニは鏡の前で百面相を浮かべる。


「よし」


 そして満足そうに頷くと、一振りの剣を携え悠々と扉へと進んでいく。


「今日も、帰り遅くなるから」

「あ、ああ。気を付けて行ってらっしゃい」


 リトの返事に軽く手を振り、スキップをしながら店外へと飛び出して行ったコバニ。その背中があまりにも楽しそうなものだから、思わずリトは顔を綻ばせてしまう。


「……ま、良い変化かな」


 普通を知る。

 復讐に駆られるだけの人生は虚しいものだ。ましてやコバニはまだ若い。もっと多くを学び、経験し、人生を楽しむ権利だってあるはずだ。

 母の仇を討つことを、忘れたっていいとリトは思う。誰も責めやしないし、否定する権利など誰にもありはしないのだから。

 願わくばどうか、このまま平和な日常に身を投じて欲しい。そう願うのは、叔父の独り善がりな願いなのだろうか。


「任せろ、コバニ」


 ふと、リトは手元に視線を下ろす。

 店のカウンターに置かれた一通の手紙。それは七雄騎将の権限を最大に活用して調べ上げた、王国外部の調査報告書であった。


「姉貴の仇は――――俺が取るから」


 不穏分子の気配アリ。

 その文言を、リトは凍てついた瞳で貫くのだった。



「くっそ!」

「ほら。踏み込みが足りないよ」


 風切り音が耳元で鳴り響く中、紙一重で刃を躱しながらコバニは穏やかな声で言葉をかける。

 初めて二人が出会った裏通りの広場にて、クルードとコバニは剣を交える。あの一件以降、二人の集合場所は自ずとここに決まったのだ。学院の休みである週末に集まり、クルードはコバニに教えを乞う。それが二人の新たな日常であった。


「どらッ!」

「お」


 不意に、クルードが取った行動に驚きの表情を浮かべるコバニ。クルードはコバニの前足の甲を踏むことで、回避する動きを制限しようとしたのだ。

 実に合理的だ。コバニは素直にそう判断した。

 しかし。クルードの放った一撃がコバニに当たる直前、剣はピタリとその動きを止めてしまう。


「くっ!?」

「想像通りの軌道だね。それじゃあ簡単に止められるよ」


 刃では無く、クルードの腕を掴むことによってその一撃はいとも簡単に防がれてしまった。

 華奢なコバニの腕で止められたとしても、力を加えれば即座に刃を押し込むことが出来るだろう。しかし、強者の前でその一瞬の隙は命取りになることをクルードはよく知っていた。


「ほ」


 コバニは後ろ足を踏み込み、そして勢い良く前に突き出した。


「グェッ!」


 コバニの脚力によって飛び出した膝蹴りはものの見事にクルードの鳩尾に突き刺さり、苦悶の声と共にクルードは後退を余儀なくされる。

 ふっと力の抜けた腕から手を離し、コバニは自由になった両手で剣を握りしめた。


「そこで気を抜かない」


 厳しい声色と共に、コバニは両手の力で剣を振るう。華奢な身体から放たれる一撃は、本来であればクルードにとって脅威ではない。

 しかし、今は鳩尾に膝蹴りを喰らって逃げ腰の状態。それでいて、コバニが振るうは両腕の力による剣技。

 そんな状態で避けられるはずも無く、クルードの脳天に迫るコバニの一撃。


「ごほッ!?」


 バコーンと、脳内を揺さぶる衝撃によってクルードは白目を剥く。

 背中から倒れて動かなくなった少年の姿を見て、コバニは冷静に剣を鞘へと納めていく。そして、静かにため息をつくのだった。


「……前途多難」


 ピクピクと痙攣する初恋の相手に対して、コバニは呆れた表情を向けるのだった。



「っててて……」


 床に座り込み、頭を擦るクルード。若干涙目になりながら、ぷっくら膨らんだ頭頂部を撫でるその表情はまさに年相応であった。

 そんなクルードの横に腰を下ろし、コバニは呆れ混じりの言葉を吐く。


「本当に、君が学院の首席なの?」

「うるっせえなあ。この質問何度目だよ」

「だって、あまりにも弱すぎる。というか、学院のレベルが低すぎるんじゃないの?」

「いやいや、どう考えても逆だろ! お前が強すぎるの! いったい何者なんだよ!」

「それこそ何度目の質問? ボクは傭兵として戦場を経験したことがあるんだから、学院の温室育ちより強いのは当然」

「はいはい、わーったよ」


 何回も躱したことのある会話の内容に、クルードは投げやりな様子で言葉を返す。


「ほんっとに、物騒な()だな」


 そして、クルードはため息交じりにそう呟くのだった。

 そう。コバニは、クルードに素性を隠していた。現七雄騎将であるリトの甥っ子であること。御前試合で、何度もコロッセオで勝利を重ねる歴戦の騎士であること。何より、自分が男であること。

 クルードを集団リンチしていた主犯格の男は、コバニの顔を見覚えがあると言っていた。

 それもそのはず。学院の三年生であれば、ここ最近頭角を現してきたコバニの顔を知らないはずが無い。クルードが知らないのは、単に学院の一年生としてまだ御前試合を見たことが無いからである。

 だから、コバニは徹底して素性を隠した。クルードと出会って以来、コバニは決闘の際には顔を隠すようになった。

 せめてクルードにはバレないようにと、仮面で顔を隠しながら。


「…………そんなことより」


 話を逸らそうと、コバニは咄嗟に別の話題へと切り替える。


「君、毎週ボクとの練習に時間使ってるけどさ。週末とかどこかに出かけない訳?」

「…………ぐ」


 その質問に、クルードは声を詰まらせる。あまりにもわかりやすい反応に、コバニは続けて言葉をまくしたてる。


「友達、いないの?」

「は、はあ!?」

「だって、君から学院の話を全くと言っていいほど聞かないし」

「いやいやいや! 俺だって友達の一人や二人いるし!」

「じゃあ、どういう人?」

「ぐぐぐ……ッ!」


 その反応が既に答えだろうと、コバニは心の中でツッコミを入れる。しかし敢えて言葉に出しはしない。コロコロと表情を変えるクルードが面白いからである。

 フッと微笑むコバニを見て、クルードはイラっとした表情を浮かべる。


「……じゃあ、お前はいるのかよ。友達」

「……………………え?」


 そして、クルードから返された質問にコバニの表情が凍る。


「…………いや、ボクはいらないし」

「つまり、いないってことだな」

「違う」

「何が違うんだよ!」

「あえて必要ないから作らないだけ! 君みたいに、できる環境にいて作れないのとはわけが違うんだよ!」

「んだと!?」

「なに!?」


 火花を散らして睨み合う二人。

 ぐぬぬと眉間に皺を寄せるコバニの珍しい顔に、クルードは険しい表情を浮かべ続けるものの、次いで堪えきれないように吹き出してしまう。


「……っぷ」

「何がおかしい!」

「ったはは! いや、悪い。お前もそんな顔するんだなって」


 晴れやかに笑うクルードの顔があまりにも楽しそうで、コバニは思わず毒気を抜かれて呆然とした表情を浮かべる。


「……ふん」


 そして照れくさそうに顔を背けるコバニに対し、再び笑みを浮かべるクルード。


「そういえば一人、友達じゃないけどお前みたいな奴が学院にいたわ。憎まれ口をたたいて、よく突っかかって来る生意気な奴」


 瞬間、ちくりと鈍い痛みがコバニの胸中を襲う。


「入学当初からずっと俺のことが気に入らないみたいでさ。何でか知らないけど毎度毎度勝負を挑んで来るんだよなあ。いや、悪い奴じゃ無いんだけど、赤髪を振り回して睨みつけてくるアイツの顔がなんとも怖くて――――」

「そんなこと、どうだっていいでしょ」


 クルードの言葉を遮り、コバニは苛立ち混じりに言葉を吐き捨てた。

 胸の奥がジクジクと痛み、激しい感情が頭の中をゆっくりと駆けまわっている。思わず乱暴な口調になってしまいそうな気持ち必死に押さえつけながら、コバニは自身の感情に純粋な疑問をぶつける。

 これは、何だ?


「……そろそろ、続きをやろうか」

「っし! 次こそ一本取ってやるよ!」


 完全に意識をこちらに向けたクルードに、溜飲が下がっていくのを感じるコバニ。

 そうだ。君はボクだけを見ていればそれでいいんだ。他は、見るな。


「ボクに勝てたら、そうだね。一回だけデートしてあげるよ」

「デ、デデデ、デート!?」


 からかい混じりの言葉を投げかければ、途端に慌てふためくクルードの姿にコバニは小さく笑う。

 この瞬間がずっと続けばいいと、そう願っていた。



「コバニ。機会がやってきたよ」



 この時までは。

 あれから幾度となくクルードと逢瀬を重ね、それが習慣化し日常となっていた。そんなコバニにとって、忘れかけていた本来の目的に一歩近づくチャンスが舞い込んだ。


「今度の御前試合は、七大英雄杯に繋がる大事な一戦だ」


 それは遠い未来で、クルードもその舞台に立つことになる闘い。


「お前の実力を加味して、他に相手はいないと判断されたが故の相手だ。……過去に類を見ない強敵。恐らく、上層部はここでコバニの実力を見定めておきたいんだろう」

「……望むところだよ」

「でも、ここで爪痕を残せたなら。お前は間違いなく次の七雄騎将に選ばれる」

「…………相手の名は?」


そして。七雄騎将()()()、紫電のリトは口を開いた。


「七雄騎将()()()。黄金の世代、若き双獣が一人。――――黄蛇おうじゃのラミエだ」

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