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第33話 計画の全貌

 キャメロン王国の王城へと続く道はたった一つしか存在しない。

 上級街を突き進んで最奥、大理石で作り上げられた一本橋。かつて七雄騎将ヴィクトが反乱を起こし、仲間の英雄たちに囲まれて没した場所。この巨大な石橋こそが、王城に侵入する上で避けては通れない検問所であった。


「急げッ!」

「急ぐってどこに!?」

「いいから足を動かせ! 王国の一大事だぞ!」


 そんな石橋の上を、今にも崩れてしまうのではないかと心配になる程の人の群れが次々と渡っていく。そんな彼ら一人一人に目を向ければ、身に纏う鎧がバラバラな事に気付くだろう。

 会合の日。緊急事態に対し指示を仰ぐ時間がもったいないと判断した現場の人間は、一部を先遣隊として動かしたのだ。色とりどりの鎧の群れが橋を越え、上級街を練り歩く。


「上級街にお住まいの皆様、即刻避難されたし!」

「邸宅へお戻りを!」


 騎士の掛け声によって慌てて家に逃げ帰る上流階級の人間たち。彼らは何が起こっているかまるで理解できないまま自宅に鍵をかけて引きこもる。否、何が起こっているか正確に理解できている者など騎士団の中に存在しないだろう。

 上級街に騎士団以外の人間が居ないことを確認すると、彼らはさらに部隊を二手に分けた。待機組と、対応組である。


「行くぞッ!」


 対応組に割り振られた騎士は足並みも揃わぬまま、反乱鎮圧に向けて進軍する。残された待機組は上級街にて警備に当たる。

 ここまで迅速かつ的確な対応。まさに現場の指揮が優秀であった証拠だろう。後は上層部の指示を仰ぎ、団長と合流して事態の鎮静化に当たれば任務達成。誰もがそう考えていた。


「がッ」


 この瞬間までは。


「なッ」

「ゴッ」

「グェっ」


 次々と辺りに響く呻き声と地面に沈んでいく騎士。数人も倒れ込めば嫌でも事態に気付く。


「な、なんだ!?」

「総員、気を付けろ! 伏兵が潜んでいるぞ!」


 腰から剣を抜き放ち、各自周囲を警戒していく。しかし肝心の犯人の姿が見当たらない。唾をゴクリと飲み込みながら、騎士の一人が足を僅かに動かした。

 その瞬間、音も無く突風が吹き荒れる。


「かはッ」


 その騎士は後頭部に強い衝撃を覚え、意識を暗転させた。自分の身に何が起きたのか理解できないまま地面へと倒れ伏す。しかし、周囲の騎士はその光景を一部始終目撃していた。

 小さな黒い影が、一瞬にして騎士の後ろに回り込み一撃を加えたのだ。


「見つけたぞッ!」


 剣を構え小さな影に狙いをつける。そして、その姿に顔を歪めるのだった。

 

「黒装束……!?」


 子供のように小さな影。しかし身に纏うものが示すのは、以前より王国を脅かす反乱者の証である黒装束。騎士たちは事態の重さを再確認する。

 

「遂に動きに出たかッ!」


 因縁の相手が凶行に出た。その事実に怒りを露わにし、騎士たちは再び強く剣の柄を握り締める。

 しかし、どうも様子がおかしい。小さな影はその場から微動だにせず、ただ茫然と突っ立っていた。しかもその手に握られているのは鞘付きの剣で、当然ながら一滴の血もついていない。

 誰もが怪訝な表情で見つめる視線の先、小さな影の主は誰にも聞こえない声で小さく呟いた。


「早く」


 何かを待ち侘びるように。


「さっさと早く出て来いよ」



 一方、対応組が向かった先でも異変が起きていた。

 反乱鎮圧と意気込んで上級街の外へ足を踏み出したはいいものの、既にそこには誰一人として立っていなかったのだ。いや、人はいる。同じく騎士団に所属する警備兵が二人、啞然とした表情でそこに佇んでいた。


「おい! ここで何があった!」

「あ、あぁ」


 肩を揺すられ、ようやく意識を浮上させた警備兵。その表情はどことなく、心ここにあらずと言った様子であった。


「いや。さっきまで、目の前に英雄エレガスとデネット団長がいたんだけどな……」

「それは知っている! 大群を率いて反乱を企てたのだろう! それがどうなった!」

「あー、いや、それがな」


 訳が分からない、と言いたげな表情で警備兵は街道の奥へと人差し指を向ける。


「突然、あちこちに散らばって逃げていったんだよ」

「………………………………は?」



「どうなっておるのだッ!」


 顔を憤怒の表情に歪め、荒々しく語気を強めながら言葉を放つライアード。既に冷静さなど欠片も無く、とめどなく溢れる情報に翻弄されるしかない状況であった。


「そ、それが。情報が錯綜しており、どれが真実か判断するのに時間を要しており……」

「確定している情報は無いのかッ!」

「は、はい。現在の確定事項として、上級街にて侵入者が発見されたこと。反乱分子が突然撤退したことが挙げられます」

「なんだ……何がしたいのだ……!」


 血が滲む程に拳を強く握りしめ、ライアードは思考を巡らせる。老獪な怪物は今、とめどない情報量によって無力化されていた。

 そんな状況を冷静に眺めながら、内心で安どのため息をついている者が一人。この計画を描いた張本人、七雄騎将のリト、その人である。

 ここまでは序章。計画のほんの始まりに過ぎない。とはいえ、始まりがここまで順調に進むとはリト自身思いもよらなかったのだ。ここま出だしが好調な理由、それは一つしかない。

 眼前の光景を尻目に、リトは先日の光景へと意識を向けるのだった。


 ☨


「リトさんが考えている計画。それに、私も参加させてください!」


 僅かに赤らんだ目元を気にすることなく、開口一番にカミュはそう言い放った。隣ではうんうんとイリスが何やら頷いている。


「えーっと。つまりどういうこと?」

「リトさんが考えている反乱計画。私はイリスさんの付き添いだけで、詳細を聞くことは殆どありませんでした。……でも、気が変わったんです」

「ほほう?」

「覚悟が決まった今の私なら言えます。この作戦、私ならもっと成功率を上げられます……!」


 なかなか面白い。静かに紡がれるカミュの発言には確かな芯を感じる。それは以前までの彼女には見られなかった光景だ。それに、カミュの放つ言葉には興味を惹かれる部分がたくさんある。どうやら、勢いだけで言っている訳ではないようだ。

 リトは顎に手を当てながら、カウンターから少し離れた丸テーブルの椅子に深く腰を掛けた。


「聞かせてもらおうか?」

「そもそも今回の反乱計画。リトさんが何でそんなことを考え始めたのか。それはクルード先輩やコバニ……さんが七雄騎将から除籍されそうになったから――――ではありませんね」

「うん、その通り。申し訳ないとは思うけど、俺はクルード君やコバニが……いや、誰が七雄騎将を辞めようと関係ない。俺が目指すのはただ一つ」


 カウンターに肘をかけ、柔和な微笑みと共にリトが口を開く。


「聖陽院の壊滅。そしてライアードの失脚さ」


 そして遂に暴かれる黒幕の名前。

 彼女らは未だ知らない。そのライアードという男がホーネスの血のつながった実父であり、クルードが姿を消すことになった元凶であるということを。ゆっくりと、しかし確実にパズルのピースは揃っていき、今事件の真相が解き明かされようとしていた。


「一月前。聖キャバリス学院の長、ガレインが拘束された」

「知ってます。私はその場にいましたから」

「理由はなんて聞かされてる?」

「……反王国勢力との内通が疑われたため、です」

「なるほどね。聞いた話ではあの時、黒装束の出現にタイミングよく姿を消した教師もいたらしいし、ガレイン様が手引きされたと判断されてもおかしくはない……か」


 姿を消した教師。それがガレッソのことを差しているとカミュとイリスはわかっていた。だが重要なのは今回そこでは無い。

 二人の視線に先を促されるように、リトは決定的な一言を放つ。


「でもね、その全てが真っ赤な嘘。ガレイン様は、エリーゼ王女殿下の指示で王宮に()()()()()()んだ。地下牢獄に幽閉されているというていでね」

「匿う……?」

「あの人は人生そのものが歴史書のようなものでね。三十年前の南方バルタニカ戦役――それ以降に起きた(あやま)ちを知る、唯一の中立的存在なのさ」

「はっ。中立とは随分と耳触りの良い言葉ですね」


 突如として割り込んできた意地の悪い声色に、三人は店のカウンターへと視線を向ける。そこには隅の方で興味なさげに宙を眺めているコバニと、そこから数席離れた位置からこちらを見下ろすウィンリーの姿があった。


「英雄ガレインといえば、戦後処理の諸々を後輩であったはずのスレイドに押し付け王宮を離反した、【腰抜けの英雄】などと揶揄されていますが?」

「そんな彼が後に設立した学院が、王国を代表する英雄たちを輩出しているんだ。俺はあの人なりに何か考えがあって辞めたんじゃないかと思うけどね。……ま、確かに当時の七雄騎将の中で生き残っている三人の内、スレイドさんは現在も七雄騎将の序列一位として君臨し続け、ザハト様は院立騎士団の長として王宮を守護している。二人に比べられたら色々言われるのも仕方ないさ」


 やれやれと肩をすくめるリト。


「でも今回重要なのは、どの勢力にも所属していないガレイン様だからこそ。王家派閥のスレイドと、聖陽院派閥のザハト。彼らの口では証言足りえないからこそ、ガレイン様はその身を狙われるんだ」

「ちょっと待ってください。狙われるってそんな、一体誰に……」

「ライアードだ。奴はガレイン様を矢面に立たせ、とある代物と両立して歴史の闇を暴こうとしている」

「とある代物?」

「……それは今はいい。とにかく、近々開催されるだろう王宮会合の際にライアードは行動を移すだろう。チャンスはそこしかないからね。だから俺はどうしてもその計画をぶっ壊さなきゃいけないんだ」

「そのための反乱計画、と」


 カミュの問いかけに頷くリト。 そんな様子に対しカミュは冷静に思考を回す。

 反乱計画、その動機はわかった。リトにはリトなりの大義名分があり、この計画の成否によって王国の行く末が決まると言っても過言では無いだろう。

 だが、やはり疑問が残る。何故、どうして。


「一つ、聞かせてください。誤魔化すことなく、正直に」

「なんだい?」

「王女殿下がその身を庇い、ライアードとかいう人がその身を狙う。そこまでして狙われるガレイン様が持つという情報って――――なんなんですか?」


 瞬間、店内に静寂が奔る。それまでカウンターに座り、自由な体勢で話に耳を傾けていたコバニとウィンリーの表情が鋭さを増していく。リトはやや瞳を薄く細め、カミュの表情を覗き込んでいる。眼光は鈍く輝き、カミュの精神の奥深くまで潜り込んで来ようとしているような、そんな錯覚に陥らせた。

 怖い。純粋な強者たちの圧が、カミュの双肩に重く圧し掛かる。きっとこれは、簡単に踏み込んではいけない領域。これ以上知ってしまったら、二度と後戻りは出来ないと教えられているような、そんな感覚を抱かせる。

 それでも。


「カミュ」


 背中に触れる小さな手。名前を呼んでくれる親友の声が、徐々に体の震えを和らげてくれる。だから怖くない。


「お願いします」


 凛と響くカミュの声色に、瞳を僅かに見開いたリト。そしてゆっくりと瞼を閉じ、ため息をつく。


「……若さって怖いね。成長しすぎだよ」


 ポツリと呟かれた言葉には万感の思いが込められていた。数日前までは一歩踏み込むことを恐れ、どこか他人事のような、それでいて疎外感や劣等感に苛まれていた少女だったのに。今では一人の女性として、心に折れない剣を持った騎士として眼前にいる。

 眩しい少女の姿に微笑みながら、リトは諦めたように口を開く。


「南方バルタニカ戦役。三十年前に勃発した大戦争は、その規模からは想像もできない程の短期間――僅か半年で決着がついた」


 それは、キャメロン王国の誰もが知る歴史。


「これ以上の不毛な被害を防ぐため。バルタニカ皇国とキャメロン王国は停戦協定を結び、大陸に束の間の平穏が訪れた」


 もしかしたら、歴史上最も平和な時代。互いに剣を向け合うことは無く、対話を以て戦争を終わらせた。その事実は多くの者に安らぎを与え、これから来るであろう穏やかな時代を夢想させた。


「そこから一年後。平穏は音を立てて崩れ去り、再び疑心暗鬼の時代に突入する」


 それは、キャメロン王国の誰もが知る歴史。


「この一年間の間に起きた悲劇は、今もゆっくりと王国を蝕んでいる」

「悲劇……?」

「それは物であり、場所であり、概念であり、歴史でもある」


 コレは、隠蔽され――秘匿され――誤魔化され続けた偽りの歴史。知る者はごく僅か。国民に知らされることは無く、王国上層部が隠してきた負の遺産。

 そのベールが、紐解かれる。


()()()()()()()


 全てが繋がっていく。


「俺たちはそれらを総じて、【王国の影】と呼んでいる」

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