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第11話 七雄騎将

 キャメロン王国。

 今となっては騎士大国として名を馳せるようになったが、以前はそうでは無かった。

 戦乱の火種が(くすぶ)る、かつて栄えた帝国の時代。

 全てはそこから始まった。


「キャメロン王国が建国される以前、この地にはとある大国が君臨していた」


 エレガスは片手に教科書を開きながらゆっくりと口を開く。

 あれ、そういえば。

 慌てて周りを見渡せば、皆教科書を持っているではないか。


 ヤバい、私教科書持ってきてない。


「イリスさん」


 その時、隣からカミュの声が聞こえてきた。

 そちらに視線を向ければ、カミュが教科書を半分こちらに貸してくれていた。

 天使?


「ありがとう……!」

「どうして持ってきてないんですか……!?」

「寮に忘れてきちゃって……!」


 ヒソヒソ言葉を交わしながら、カミュに感謝して教科書を覗き込む。

 そこには、挿絵さしえと共にある国の名前が書かれていた。


「バルバリス帝国」


 エレガスが告げる、国の名前。

 その名を、私は初めて聞いた。


「知らなかったという人もいるでしょう。何せ、今は滅び去った国ですから」


 教科書に書かれている内容は、帝国の名前と僅かな歴史のみ。


「帝国などと言われていますが、残された史実によると完全実力主義の蛮族の集まりであったと記されています」


 なんだそれは。

 今の王国と全く異なる、騎士のかけらも感じない悪魔のような国ではないか。


「バルバリス帝国の蛮行の中で、今現在まで残っている制度があります。それが、雌雄闘争しゆうとうそう。聖キャバリス学院における()()()()、キャメロン王国における()()()()の元となったものです」


 エレガスは淡々と言葉を紡いでいるが、その表情はあまり優れない。

 どちらかと言えば、困った内容のおとぎ話を読み聞かせしているような。

 そんな顔をしていた。


「……ですが、この雌雄闘争は酷いモノであったと記されています。弱者を一方的に処刑するための、戦士たちの娯楽。そういう扱いだったそうです」

「最低…………」


 思わず口から独り言が漏れてしまう。

 ふと横目でカミュを見れば、彼女も嫌悪感に口元を歪めていた。

 騎士を志す者にとって、その行いは決して許容されるものでは無い。


「我が国に現存しているコロッセオでは当時、日夜問わず戦士たちが闘争を繰り広げていました……――――ところが」


 その時、エレガスの口調が変わる。

 陰鬱としたものから、明るい雰囲気へと。


「この現状に不満を抱いた、七人の戦士たちが立ち上がる。そう、彼らこそ! 今なお語り継がれる英雄たちの始祖、七雄騎将しちゆうきしょうですっ!」


 高らかに声を上げ、顔を少年のように輝かせるエレガス。

 周りの生徒たち、主に男たちも同様に色めき立っていた。

 あぁ、そうか。

 結局この人たちも立場は違えど、英雄に憧れる一人の騎士なのだ。


「彼らは雌雄闘争の中でも選りすぐりの強者たちであり、その力やカリスマ性に惹かれた人間も数多くいました。そんな英雄たちでしたが……、ある一人の女性に出会います。次のページ」


 エレガスの言葉に従い、教科書をめくる。

 するとそこには、とある肖像画が描かれていた。


「バルバリス帝国王女、エリーゼ殿下。彼女もまた、国の方針に不満を抱く一人でした」


 七人の騎士が、一人の女性に(ひざまず)く光景。

 美しい白髪をたなびかせ、その背中からは後光が差す。

 そんな一幕を切り取った、荘厳で美しい肖像画であった。


「彼女の崇高さに敬意を抱いた英雄たちは、バルバリス帝国に反旗をひるがえします。そして激しい戦いの末、英雄たちはその命を以て悲願を成し遂げました」


 美談として語られる、七雄騎将の反乱。

 しかし、私はその結果に驚きを隠せない。

 選りすぐりの強者であるはずの七人が、最後はその闘争によって命を落とす。それは確かに英雄的な最後だろう。

 だが、私はそこに強い違和感を覚えた。


 それが何故だか、私は言語化できない。


「彼らの勇姿を称え、その後に建国されたキャメロン王国では七雄騎将という名を名誉的なものとし、その神聖さを歴史と共に後世に残しています」


 ふぅ、とエレガスは一つため息をつく。

 長々と解説していた疲労をほぐすように、首や肩を回していく。

 そして。


「こうして過去の蛮行を繰り返さないようにと、決闘では宣誓と口上が必要になりました。これは立場に問わず、どの騎士も行うことを義務付けられています」

「せんせー! 質問いいですか?」


 エレガスの説明を聞き、一人の女生徒が手を挙げる。


「それは七雄騎将の人たちもですかー?」

「はい、そうですよ」

「でもでも、七雄騎将の人が決闘してるところなんて、そもそも見たことが無いんですけど?」


 あ、確かに。

 女生徒の言葉に納得し、思わず頷いてしまう。

 入学前にもそんな話など聴いたことが無ければ、何処で行っているかも知らない。

 ぶっちゃけた話、だから七雄騎将にあまり興味を持たなかったという訳だ。


「良い質問ですね! 彼らの決闘は、限られた人しか見ることが出来ません。そしてなんと……、聖キャバリス学院に入学した皆さんはその権利を手にします!」

「おぉぉぉぉッ!」


 生徒たちが興奮にざわめく。

 七雄騎将の闘いを生で観戦することが出来るのだから、その感情も理解できる。

 しかし、一体どこで?


「彼らが基本的に行う決闘は、先程もお話したコロッセオで開かれます。その中には、王族の方々も見に来られる御前試合ごぜんじあいなどなど」

「いつやるんですか!?」

「どういう形式でやるんですか!」

「はいはい、順番にお答えしますね。まずは――――」


 矢継ぎ早に質問が飛び交う教室内で、エレガスは一つずつ説明していく。

 だが、私はその話を聴きながら別のことを考えていた。

 七雄騎将の一人であり、私の憧れでもあったクルード。

 彼もまた、今習った通りの闘いを繰り広げていたのだろうか。

 だけど。


「英雄、ね」


 ポツリと呟き、思い返す。

 私は、あの時に見せた表情が忘れられないでいた。


 剣を握りしめながら、震える手足。

 蒼白の表情を浮かべるあの人の姿は、英雄のそれでは無かった。

 あれはそう。

 もっと何か、別のモノに怯えているような。


 殺気にさらされてなお、私を庇ってくれた豪胆さ。

 あの背中は、さすがの私も少し心が揺らぎそうになってしまうかっこよさがあった。

 でも、私は一つ気付いていた。

 きっと誰にも言ってはいけない、人を傷つける真実。

 嗚呼、そうだ。これは知らない方が良かったんだ。そうすれば、私はこんな疑問を抱かずに済んだ。

 何故なら――――


 彼が繰り出した剣に、人を惹きつける輝きは感じられなかったのだから。

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