第12話 聖陽院
「ふー……」
あらゆる複雑な感情と共に、長く深いため息を吐く。そして再び大きく息を吸う。
肺と脳内に空気が流れ込み、酸素が優しく体内を循環する感覚を抱く。新鮮な外気によって脳は冷まされ、ゆっくりと確実に回り出す。
「はー……」
それでも、ため息は出る。
もはや出さなきゃやってられないのだ。
「四聖騎士団、ね」
単語を呟きながら、クルードは思わず空を見上げる。
どこまでも広がる青天井。限界など知らない、底知れぬ高さにクルードは再びため息を吐く。
自分は七雄騎将に選ばれた。
そこに、どんな選考理由があったのかは知らない。ただ、反乱計画の首謀者であるボルカを撃破したことが要因の一つだろうとクルードは推測していた。
しかし。
反乱計画の黒幕は、ボルカなどでは無かった。いや、ボルカなど今にして思えば末端の末端。体のいい傀儡にすぎなかったのだろう。
それが意味すること。
それ即ち。クルードが七雄騎将に相応しいという証明は未だ為されていない、ということ。
「クソ。ほんっと、勘弁してくれよ」
自分の変わらない現状に、思わず悪態をつく。
確かに、自分は王立騎士団の麒麟児と謳われたウィンリーに打ち勝った。
しかし、それが七雄騎将に相応しいとは限らないのだ。
騎士大国たるキャメロン王国の、七雄騎将とはまた別の象徴。
王立騎士団、親衛騎士団、貴公騎士団、そして院立騎士団。
四聖を超えた先に、"騎士の頂"は存在する。
「……こんなとこで」
木陰の下に腰掛けながら、クルードは拳を握り締める。
そしてゆっくりと、天へ掲げる。
「躓いてらんねぇのに」
微かに震える拳をさらに強く握りしめ、クルードは迷いを断ち切るかのように勢いよく立ち上がる。
何かしなければ、始まらない。
そんな曖昧な感情と共に、クルードはゆっくりと足を踏み出した。
思い出すは、昨日の出来事。
デネットから語られた、王宮の顛末を振り返りながら。
☨ ☨ ☨
「聖陽院……?」
色々と聞きたいことがある。
どうしてこの話を自分にしたのか。一体、何が起こっているのか。
だが、一番に気になるのはそこでは無い。
「何だ、それ?」
デネットは素直な疑問を口にする。
今まで、聖キャバリス学院に在籍し、様々な授業を受けてきた。その中には文化関連の内容も含まれており、得意分野では無いとはいえそれなりに頭に叩き込んできたつもりだ。
しかし、聖陽院だけは見たことも聞いたことも無い。
これがどれほどの異常なのか、少し考えればわかることだろう。
王宮の、それも中枢に出入りできるほどの権力者。
それが一切の情報も無いその事実に、何か陰謀めいたモノを感じずにはいられなかった。
「だけど。そのライアードってやつの口ぶりからして、兄貴は知り合いなんだろ?」
「あの人の口ぶりからしてそうだと思ったのだが、実際のところはどうなのだ?」
クルードとデネットは示し合わせたように顔を見合わせ、同時にエレガスの方へと視線を向ける。
そんな視線を受け、エレガスは口を開く。
そして。
「……………………聖陽院、か」
少しの逡巡を見せ、再び口を閉ざしてしまった。
「お、おい。どうしたんだよ?」
「……そのライアードという男は、本当に聖陽院と口にしたんだな」
「あ、あぁ。間違いない」
「……そうか」
神妙な面持ちのエレガスに、クルードの胸中に不安が募っていく。
今まで、兄がここまで真剣に何かについて思考を巡らせている姿を見たことがあっただろうか。
無論、英雄としてのエレガスならば当然の姿なのだろう。
だが、クルードにとってエレガスは実の兄であり、導いてくれる学院の教師なのだ。そんなエレガスが初めて見せる英雄の表情に、クルードはどうしようもない焦燥感を募らせていく。
「……元々、ソレは名ばかりの"落伍者の集まり"だった」
そして遂に、エレガスは重い口を開き始める。
「王宮内でも肩身の狭い、権力の低い文官たちの溜まり場。徒党を組んで少しでも上位の者に対抗するという、なけなしの知恵の結晶。そんな彼らを嘲笑い、時に侮蔑し、無きものとして扱う。それが王宮内の共通認識だった」
「……ひでー話だな」
「よくある権力闘争さ。王宮では珍しくない。……そう、珍しくないはずだったんだ」
そうしてエレガスは、目の前のコップに手を伸ばし口をつける。
しかし、もう既に中身は無くなっている事に気付き、少し顔を顰めながら机に戻す。
「あの男が現れるまでは」
眼光を研ぎ澄まし、エレガスは言葉を紡ぐ。
「その男は、落伍者の集まりを"革命組織"へと変貌させたんだ。溜まり続けた鬱憤と醜悪な感情渦巻く人間たちを、奴は言葉一つで巧みに操り、支配した」
「それが……」
「聖陽院。宗教的な側面に沿った役職を設け、ただ合理性を追求する狂信者の集まりだ」
「ちょっと待て。キャメロン王国では、宗教行為を禁止しているはずだ」
「問題ないよ」
デネットの鋭い問いかけに、エレガスは当然のように言葉を返す。
「役割を寄せているとはいえ、そこに明確な意図は無い。あくまで肩書きを使っているだけさ。そう……例えば、『王を直接補佐する最高顧問』――枢機卿とかね」
そのあまりにも巧妙なやり口に、クルードは鳥肌を浮かべずにはいられなかった。
どこまで計算されているのか。境界線を見極めるその嗅覚に思わず背筋が凍る。
だが。
「そんな組織、どうして王家は見逃しているんだ?」
そう。
それほどまでに驚異的な規模になってしまったのなら、王家の権力によって解体されてしまってもおかしくは無い。否、むしろそれが普通のはずだ。
「見逃さざるを得ないんだよ」
「どういう、ことだ?」
「……その男、枢機卿ライアードの出自に問題があるんだ」
そして、一拍置いてエレガスは口を開く。
「本名は、ライアード・シエル・キャメロン。現国王陛下の実弟に当たる方だ」
瞬間、デネットの様子が一変する。
「――――痛ッ……!」
唐突に頭を抑え、短く苦悶の声を漏らすデネット。
その様子にクルードは思わず傍へと駆け寄った。
「お、おい! 大丈夫、ですか!?」
「あ……あぁ……」
真っ青になった顔色でデネットは静かに口を開く。
徐々に息は整い、顔色も回復していく。しかし、冷や汗を大量にかいたその姿は尋常のモノでは無い。
「どうしたんですか……?」
「い、いや。何故だろう。この話を、どこかで聞いた気がしたのだが……」
「それは、そのライアードと出会った時?」
「わからない。緊張と疲労感からか、最後らへんの記憶が曖昧でな……」
ひとまず大丈夫だ。そう言い放つデネットに頷き、クルードはそっと離れて自分の席に座り直す。
ようやく落ち着いたデネットの姿に、クルードはホッと胸をなでおろした。
そして。
「…………ホーネス?」
不気味な表情を浮かべ、黙りこくるホーネスにクルードは声をかける。
「ど、どうされました?」
「いや、そっちがどうした」
「なんでもございません」
「……そうかよ」
未だ、自分の本心を語りたがらないホーネスに、クルードは諦めたように冷たく言葉を放つ。
心の壁は、高く二人を分断していた。
「よーするに。王家の親族だから、中々手出しできないってわけだ」
「その通り」
「……でもよ、やっぱおかしな話だよな」
「何が?」
「だってよ。七雄騎将を動かしちまえば、抵抗の間もなく鎮圧できるだろ?」
「まだそれをするには時期尚早ということさ。彼らはまだ何もしていない。……少なくとも表面上はね」
それに、と。エレガスは重く閉ざされた口を億劫そうに開く。
「七雄騎将を二人以上も動かせば、それは戦争級の重大事件だ。今のキャメロン王国で、そんな内乱状態は引き起こせない」
「そ、それでも! たった一人いるだけで十分だろ!?」
「通常ならね」
クルードの発言は、至極当然のことであった。
七雄騎将。それは王国最強の七人――クルードやコバニ等の新鋭を除いて――であれば、対抗できる者など存在しない。
はずだった。
「相手が、同じ七雄騎将だったとしたら?」
「…………はぁ?」
エレガスの言葉に、クルードは呆れ混じりの声を漏らす。
あんたは何を言っているんだ、と。
「そんな奴、一体どこに――――」
そう、クルードが呟こうとしたその時。
ガタリと、椅子を蹴り飛ばす音が室内に鳴り響く。
「まさかッ!?」
驚愕の声と共に立ち上がったのは、蒼白な顔色を携えたデネット。
その声には、微かな納得と疑念の感情が混じっていた。
「そ、そうかッ。だからあの人は、あの人から同じ寒気がしたのは、そういう……ッ!」
「気付いたようだね、デネット」
「だが、何故!? 騎士団長は、七雄騎将に選ばれないと……」
「逆だからさ。まさか、七雄騎将にまで選ばれた人間が騎士団の親玉になるなんて誰が想像できた?」
クルードを置き去りにして進む会話。
語られる内容、その口ぶりから何やら途方もない事態が起こっている事だけは推察できる。
「何、だよ。あの人ってのは、一体誰なんだ……?」
「クルード。宿題は、しっかり終わらせてきたよな?」
エレガスの教師としての問いに、クルードは静かに頷く。
「なら、話は早いね」
そして、ようやく語られる。
エレガスの口から告げられた内容は、まさにキャメロン王国の歴史。現代の繁栄、その礎とも呼べるモノであった。
クルードは、この時はまだ気付かない。
その内容こそが、全てに通じているという事を。
今もなお続く因縁――その始まりは、ソコにあるという事を。
「【南方バルタニカ戦役】。――七雄騎将序列一位、スレイド。聖キャバリス学院、学院長ガレイン。その二人と共に、"三十年前の大戦"を経験した大英傑。――院立騎士団、団長ザハトは元七雄騎将だ」




