第10話 歴史の授業
「イリス様。昨日は、本ッ当にありがとうございました……!」
「え、えぇ」
目の前で深々と頭を下げる少女に、困惑しながらも言葉を返す。
腕やそこらに包帯を巻きつけた少女は、昨日痣だらけになっていたカミュであった。
「カミュさんこそ、無事でよかったで――――」
「敬語はやめてください!」
私の言葉を遮り、カミュは目を輝かせながら口を開く。
「色々とお話を聞きました。イリス様は私の恩人です! 敬語なんて使わせません!」
「いやいや、しかし……」
「お願いしますぅ!」
もはや土下座をする勢いで頭を下げるカミュ。
その姿を眺め、頭を悩ませ、そしてため息をつく。
「…………ハァ、わかった。じゃあせめて、そのイリス様はやめてくれる?」
「え~! そんなぁ」
「い・い・か・ら!」
「…………わかりました」
今度はこちらの猛攻に押され、カミュは渋々頷いた。
唇を尖らせながら顔を伏せるカミュの姿は、やはりどこか可愛げがある。
口を開かなければ、普通にお淑やかで可愛い少女なのに。
「ではイリスさん、お隣失礼しますね……!」
そう言うや否や、返事を聞かずにカミュは隣の席に腰を下ろした。
やけに距離が近い。
これはもしかしなくても、懐かれたというやつだろうか。
「ところでイリスさん、クルード先輩が担当だったんですね」
「えぇ、そうなのよ! これがも~ホントに最悪で!」
以下、スーパー説明タイム
「――――ってことがあってね!」
「へ、へぇ~。そ、そうだったんですねぇ…………」
長々と語られたイリスとクルード、その最悪な出会いから今日にいたるまで。
ありとあらゆる不満と愚痴を爆発させる姿に、カミュは笑みを引きつらせていた。
「なんであんな人が、あのクルード様なのよぉ……」
あまりの悲しみに、机に顔を伏せる。
私にとって、憧れの象徴であったクルード様。
それがまさか、あんな傲慢変態だとは思ってもみなかった。
瞳を閉じれば、あの人を小馬鹿にした笑みが浮かび上がってくる。
ムカつく。
「でも、私は噂より優しい人だなって印象を受けましたよ?」
カミュの言葉に顔を上げ、その顔に視線を向ける。
その表情は真剣そのものであった。
「噂って?」
「えっ!? ご存じないんですか?」
失礼な。
まるで私があの人のことならなんでも知っているような、おとぎ話に出てくるヲタクみたいな言い方をして。
「クルード先輩は――――」
カミュが驚いた表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いたその時。
「はーい、席に着いてください」
「チィッ!」
前方から聞こえてきた声に、私は大きく舌打ちする。
どうしてこの人は、まるで図ったように現れるのだろう。
「誰ですか、舌打ちしたのは?」
そして、エレガスの声に知らんぷりをする。
何やら強烈な視線を感じるが、私は関係ありませーん。
やがて諦めたのか、エレガスはため息をついて視線を逸らす。
勝った。
「さて、皆さん。学院生活には慣れましたか? まぁすぐに慣れる人も中々いないかと思います」
エレガスは涼し気な瞳で生徒たちを見つめ、教壇に手をついた。
優しい微笑みを浮かべるその表情は、間違いなく誠実なイケメンといっても良い印象を与える。
現に、周りの女生徒たちは顔を赤らめながらヒソヒソと何やら話している。
まったく、羨ましい。
私は初日の印象が強すぎて、猫の皮を被った獅子にしか見えないというのに。
「そこで、今回は皆さんに歴史の授業をしていきたいと思います」
そう言うと、エレガスは黒板に向かって文字を書いた。
「七雄騎将、ご存知の方も多いでしょう」
その単語に、私は驚きを隠せなかった。
まさか昨日の今日で七雄騎将のことについて学ぶ機会を得るとは。
それも、かつてその地位にいた本人から。
「かくいう私も、お恥ずかしながらかつてはこの地位にいたこともあります」
エレガスの言葉に驚きを示す生徒はいない。
ということは、昨日クルードに言われた通り、その情報を知らなかったのは私だけなのだろうか。
「そうそう。内容に入る前に、一つ話しておかなければ」
突然、エレガスの瞳が一瞬こちらを向いた気がした。
「昨日、とある新入生が騒ぎを起こしたそうですね。そのことについては詳しい事情を聴きましたので、責めるつもりはありません」
そこまで口にしたエレガスの表情は、穏やかなものであった。
「ですが」
しかし、その表情が一変する。
「学院決闘は、相手をいたぶるためにあるのではありません」
冷酷な瞳に、微かな怒りを滲ませる表情。
その言葉に思わず息を呑む。
「…………ですので本日は、七雄騎将と学院決闘。これらの歴史と関連性について授業していきます」
そして再び、穏やかな表情に戻るエレガス。
だがこちらからしてみれば、未だに心臓の鼓動が収まらない。
一瞬にして雰囲気を切り替える、この二面性こそがエレガスの真に恐ろしいところである。
私はそう思った。
「始まりは、キャメロン王国建国の時代に遡ります」
ゆっくりと口を開き、エレガスは歴史を語っていく。
それは、私も心の底で気になっていた疑問。
そもそも、七雄騎将とは何なのか。
この問いに答えてくれる内容であった。
「遥か昔。七人の騎士が一人の少女と出会った時から、全ては始まりました」




