夢守りの塔
閲覧ありがとうございます。「冬の童話祭2024」参加作品です。
冬の童話祭参加は5年ぶりです。
ここは夢守り、白亜の塔。一夜の夢が、無数の小部屋を成す所。夢が悪夢へ成り果つるのは、小部屋に潜む悪魔の仕業。魔女は夜な夜な小部屋を訪ね、部屋に巣食った悪魔を祓う。
魔女しか知らない夢守りの塔。毎晩魔女は塔を駆け、祓い続くは悪魔達。魔女が目指すは塔の上。全ての悪魔を祓うため―――
月明りの中、杖を片手に黒いローブを纏った女は巨大な塔の前で途方に暮れていた。
「え~、これ…私一人でするの?」
目の前の塔は余りにも高過ぎて。入り口の前で空を見上げても、その頂は彼女の目に捉えることできない。塔の前に立つ彼女の感情などどうでもいい、と言ったところだろうか。天に浮かぶ満月は只々、己と目の前の塔の白さを夜空に示していた。
「はぁ~。」
女の口から吐き出された溜息が白く光った。女の纏うローブは寒さを防いでくれる特別製だが、如何せん、今は真冬の夜中だ。外気と愛用の杖から指先の体温がじわじわと奪われていく。
「体が冷え切ってしまう前に、とりあえず中に入ろうかな。」
女はローブのポケットから塔の鍵を取り出すと、入り口の扉を開けた。
ギギギギギ・・・
塔の扉はきちんと手入れされているはずなのに、いかにも古めかしい音を軋ませた。女は塔の中に入ると、周囲を確認した。塔の中は中央が吹き抜けになっており、壁沿いに螺旋階段が延々と続いている。壁には白い扉が等間隔に並んでいた。見渡す限り扉である。
「ちょっと、ここの仕事が『楽勝』だって言った奴!頭おかしいんじゃないの?どう考えても朝までに終わる訳がないじゃない!」
女はこの依頼を受けた時のことを思い出した。そうは思いたくないが、奴に嵌められた…のか?
『あなたなら楽勝でしょう?それとも、貴方の実力でこの仕事は無理かしらぁ~?んふふ。』
同僚の口車に乗せられて、この仕事を受けてしまったことを女は激しく後悔した。しかし、その同僚に文句を言いに行きたくても、実際に文句を言いに行けるのは目出度くこの仕事を完遂してからである。兎に角にも、この仕事を終わらせるしかない。
「まずは、開ける必要のある扉をはっきりさせるんだったわね。」
女は下から上へと杖を大きく振った。杖の先から淡いピンク色の光が塔の壁まで広がると、光の帯が塔の下から上へと昇って行った。光の帯が通った後に、幾つかの扉が白からピンク色に変わっていく。女は見える範囲で色の付いた扉の数をざっと確認した。
「あら、今日は少な目かしら?今日こそ、この仕事を完了できるかも?」
女は自分の荷物と体の状態を確認した。
「杖良し、ポーション良し、身体強化良し!目指せ今日こそ塔の上!」
女は愛用の杖を片手に螺旋階段を駆け上がり始めた。身体強化の魔法を掛けているので、階段も五段以上を飛ばして登っていく。女の首には白く大きく輝く石の首飾りが跳ね、後ろには下ろしたままの長い髪がたなびいている。
女が首から掛けている首飾りは、友人の魔道具職人に頼み込んで作ってもらった特注品だ。魔法使いの命ともいえる杖を無くさないよう、使わない時に首飾りとして持ち運べるように加工してある。
「今日最初の扉はここねっ!」
女は勢いよく色付きの扉を押し開けた。扉の中は小さいベッドが置いてあり、ベッドの上では男児が魘されていた。男児の胸の上には、鍵尾を持つ小さな悪魔がほくそ笑みながら胡坐をかいていた。
「お前のような奴に、この子の眠りは邪魔させない!」
女は一瞬で首飾りの杖を元の大きさに戻すと、悪魔を杖で打ち祓った。悪魔の姿が消えると、男児は穏やかに眠り始めた。
「さあ、この調子でどんどん行くわよ!」
女は次の色付き扉を目指して螺旋階段を駆け上がった。魔法で身体強化をすることは許されても、螺旋階段を登らずに他の方法で色付き扉の前まで行っても、なぜだか扉が開かないのだ。女は螺旋階段を駆け上がりながら次々と色付きの扉を開け、部屋の悪魔を祓っていく。
何度も悪魔を祓っていく中、女は一際濃いピンク色の扉の前で足を止めた。
「ここはちょっと厄介そうね。」
女は腰に付けたポーチから魔力回復のポーションを取り出すと、一気に呷った。空瓶をポーチに戻すと、女はポーションで濡れた口の端をローブの袖でグイっと拭いた。ゆっくりと濃いピンク色の扉を開けると、瘦せ細った少女が眠る枕元で女よりも大きな悪魔が機嫌良さげに浮遊している。
「おう、姉ちゃん。今日は随分と早いお出ましじゃねえか。」
悪魔は馴れ馴れしく女に声を掛けた。
「あら、お褒めの言葉をありがとう。あんたねぇ~、いい加減その子から離れなさいよ。」
「いやぁ、この子の夢、美味くて堪らないんだね。ここまで美味な夢も、中々ないからさぁ。」
悪魔は今しがた口にした夢の味を思い出し、じゅるっと舌なめずりをした。
「う~わっ、涎垂れてるじゃん。汚っ。」
女は杖に魔力を纏わせると、目の前にいる悪魔の胸に魔力の塊を突き刺した。
「おい、食事の余韻位、楽しませろよっ。」
女の魔力を受けた悪魔は姿を薄くしながら女に文句を言った。
「人の夢を食べに来てる時点でアウトなんだってば。分かってる?」
女は悪魔に問うたが、女が問い終わった時には相手の悪魔は消えているため応えはない。
「はー鬱陶しい奴。やっぱりああいうのって嫌いだわ。次行こ、次。」
女は再び螺旋階段を駆け上がり始めた。今日はいつもよりも身体が軽く感じられて、何だか調子が良い。
「え、あれって、もしかして塔の一番上?」
女は階段を駆け上がりながら、初めて塔の最上部にある深紅の扉を見つけたことに歓喜した。もうすぐ、もうすぐだ。女は最後の力を振り絞り、塔の最上部まで駆け上がった。
女は塔の最上部に到達すると息を整え、深紅の扉に手を掛けた。静かに最後の扉を開こうとして―――螺旋階段はそのままに、女の手からすっと扉そのものが消えた。
「嘘ぉぉん、ここでまさかの時間切れえぇぇぇっ?!」
そう、時間切れ。夜が明けたのだ。
「ぐ~や~し~い~!あとちょっとだったのにぃぃぃ~っ!」
女は塔の最上部でひとしきり地団太を踏むと、扉の消えた螺旋階段を静かに降り始めた。
夢守りの塔の悪魔祓いを引き受けてしまった女が、その依頼を完遂するまであと少し。
「残酷な描写あり」はR15程ではありませんが、一部の表現が童話ジャンルとして残酷と解釈される方もいらっしゃるのではないかと筆者の判断でつけてあります。
良かったらこちらの拙作にもお付き合い頂けると幸いです。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
「冬の童話祭2019」参加作品『逆さ虹の森 最後のどんぐり』
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