王家の真実~孤独な王さま? いや、どーでもいいから中身をだな?~
朝の女神ペルセポネーより神託を賜った君主ハイン。
女神の使徒とも呼べる美貌の中年が、当時の復讐にと王族の魔術をここ――迷宮の最奥に隠したのだが。
縛られた小悪党な第一王子シャインを中心に、第一王女や第二王子ジャスティン……。
その他の王族も宝箱を開封しようと手を翳すも無反応。
開封に失敗したらしい。
第二王子ジャスティンが商人としか思えない無個性顔で唸りを漏らし。
「いったい、どういうことでしょう――父は確かに王族ならば開けられると言っていたのですが」
「んー……もう一度鑑定して見ますけど……」
アランティアも鑑定の魔術を用い、瞳に魔力の赤色を走らせ……きぃぃぃぃん!
王櫃ともいえる封印の箱を調べるが、その表情は暗いままである。
再度、別の魔術系統の鑑定の魔術を走らせるが結果は同じだったようだ。
「やっぱり開封条件はイワバリア王国の王族の血が流れていることっすね」
ここで僕も到着し、なにやら更に怯えている第一王子シャインの顔を見つつ。
じぃぃぃぃぃぃい。
『もしかしたら”王族の血そのもの”がトリガーになってる可能性もあるか。この空気が読めない黒幕王子もたぶん……不義の子ではあっても王妃は王族判定だろう? こいつの血で開封できないか?』
「それももう試したんっすけどダメっすね」
『そうかもう試した……ん? おい、おまえ。具体的にどうやったんだ?』
問われたアランティアがキョトンとした顔で平然と言う。
「ふつーにイケニエの儀式っすよ? 宝箱の周囲に魂捧げの魔法陣を展開して……第一王子の首を掴んだメンチカツさんが、こう……家畜を絞めるようにグイってやって、ポキってしたんで」
『……なるほど、それでこいつはますます怯えてたのか。まあメンチカツほどの回復魔術の使い手ならイケニエを試した方が早いのも分かるが』
アランティアのやつ、相変わらず敵っぽい他国の奴には容赦ねえなあ。
メンチカツが回復の腕を褒めて欲しそうに、ん? ん? といつもの褒められ待ちをしているので凄い凄いと褒めつつ。
『それでも開封できないなら、そうだな――単純にこの第一王子じゃあ血の濃さが足りなかったって可能性もあるな』
「あたしもそう思ってそれを口にしたんっすけど、そうしたらそっちの第二王子ジャスティンさんと、第一王女さんも試してみるってことになりまして……」
ん?
『お、おい! まさかこいつらでもイケニエを試してみたのか!?』
「あ、あたしは止めたんっすよ!? けれどイケニエにされた第一王子が、その……完全に治療された場面を見てましてぇ……。治るなら構わないからやってくれって立候補してきちゃってぇ……」
『クイってやっちゃったのか……』
「はい、やっちゃいました……」
僕の目に映る二人は完全に治療された状態なのだろうが。
すごい度胸である。
僕は恐竜を彷彿とさせる瞳を細め、じぃぃぃぃぃ。
第二王子と第一王女を注視すると……。
あ、まじだ……クイってやられた時にドピュっとしただろう血痕が、鎧やドレスに薄っすらと残ってやがる。
僕は二人に目をやり。
『よくやる気になったな、僕なら絶対に断ってたぞ』
第二王子ジャスティンが王族の顔で凛と告げる。
「今回の混乱は我ら王族に責任がありますので、可能性があるならば試してみるべきと判断しました」
「妾はこの献身を減刑の材料にしようとな!」
第二王子は純粋な心から。
第一王女は純粋な打算からの行動だったようだ。
王族らしい行動といえるだろうが、結果だけを見据えたメンチカツが言う。
『ま、結局は開かなかったんだけどな』
『おかしいな、こういう宝箱は条件さえ合ってれば問題なく開封される筈なんだが――』
実は……少し言いにくいのだが。
僕はひとつの答えに辿り着いていた。
人間という生物は獣人や魔物と比べると理性や規則、規律やルールに厳格な種族だ。
だが、一つの例外を一度でも認めてしまうと、なし崩しに例外が例外ではなくなってしまう危うい精神性も持っている。
もし第一王子シャインが不義の子、つまりは王妃が不倫して孕んだ子供ならば……。
そしてその例外がもし、第一王子だけではないとしたら。
そもそもだ、老齢の王は多くの王妃や側室を囲っていただろう。
その全ての花に目が行き届いていたとは思えない。
その証拠と言っては何だが、王はあまり思慮深くはないと僕は考えている。
こんな混乱した状況を作り出してしまったのは、王なのだ。
そもそもだ。
第一王子シャインによる神託改竄を見抜けなかったか、或いは見抜いていても放置していたのも王。
老齢の王を責めるのは酷だとは思うが……無能と言ってしまっていいだろう。
無能な王を、はたして王妃は愛せただろうか?
それも三十過ぎと思われる第一王子シャインの年齢を考えると、五十前後で王妃を娶っている計算になる。
王はおそらく、王妃や側室の心を射止めてはいないのだ。
自分が高齢になってようやく、跡継ぎを残すためだけに女たちを召し上げた可能性もある。
無能な王なのだ、おそらくは反意や憎悪を抱かせるやり方もあっただろう。
その結果が――ここに並ぶ王子と王女たちなのではないかと、僕は考えたのだ。
僕は、獣王の力をもって彼らの血筋を鑑定した。
……。
ま、そういうことだったようだ。
僕がナニカに気付いたことに気付いたのだろう。
アランティアが僕の側近としての役割を果たし始める。
「魔術の条件自体がブラフだったのかもしれませんし、開かないモノを戦力として考えても仕方ないっすからねえ。”魔術が眠る王櫃”だけ回収して戦の準備を進めるしかないっすね」
ナイスフォローである。
僕はこの話を持ち出す気がなかったので、話を切り上げようとするが――。
第二王子ジャスティンが言う。
「お待ちくださいマカロニ陛下」
『いや、待ったって仕方ないだろう? いいか! これはもう開かないんだ! 僕たちには時間がない。これ以上、これに無駄な時間をかけるのは愚策だって分かるだろう?』
「ならばこそ、開けてしまいましょう――おそらく、陛下はもう気付いておられるのでしょう?」
僕は、なにいってんだこいつ……、と、詐欺師のスキルで表情を偽装するが。
第二王子はまるで、王宮に出入りする優秀な商人のような顔で言う。
「わたしは父とあまり似ておりません。母とは少し似ております……そして、母が御用達の印を授けている豪商と……なぜでしょうか、似ていると思われることがあります。体型も骨の目立つ長身の父とは違い、歩くことに慣れた遊牧民と近く、なにより平たくあまり個性のないわたしの顔は……出入りしている母お気に入りの商人とよく……似ております」
薄らと自覚があったのか、第一王女も後ろめたさとも違う顔で、ふぅ……。
言葉を床に落としていた。
「そーいうことじゃろうな。妾も父とは似ておらぬ。そして妾の顔立ちは……近衛騎士団長殿とよく似ておる」
『あぁん!? 何の話をしてるんだ、こいつら』
メンチカツには伝わっていないが、この場にいた者たちは既に察していたようだ。
ギルダースにも伝わったようで――彼は長い訓練の傷跡がいまだに残る大きな手で、首を掻き。
「ワイらは全員、不義の子供……親父殿の子ではないんじゃろう」
『は!? 全員、女房や愛人が王以外と不倫してたって事か!?』
おいおい、すげえなと妙に感心しているメンチカツであるが、実際、本当にどーしようもない答えだとは思う。
だがおそらくギルダースは勘違いしている。
詐欺を生業としている僕には、少しだけ――この国で起こっていた王家の葛藤が想像できていた。
もはや観念したのか。
何か知っている様子の第一王子シャインが告げる。
「このままでは大陸が滅ぶだけ、か……ならば言わねばなるまい。ギルダースよ、おまえならばおそらくこの王櫃を開封できる筈だ」
「何を言うておるんじゃ、ワイらは全員――」
「だいだいだ、なぜ我がお前を消そうと思ったのか、考えたことはなかったのか? そして親父殿の事も、ちゃんとみてはいなかったのか? 長男として生まれ幾星霜……我は一度たりとも親父殿が魔術を用いた場面を見たことがない。ジャスティン、おまえもそうなのであろう?」
第二王子ジャスティンが言う。
「なるほど、そういうことでしたか。やはり、父上も魔術が……」
「なにを訳の分からんことをっ、この大陸で魔術がろくに使えん王族は無能じゃ! 王ともあろう親父殿が魔術が使えぬ筈がないじゃろう!」
叫びに近い声だけが広い迷宮に響き渡る。
まじめな顔をしたアランティアが言う。
「……、今は優秀な魔道具も増えていますからね。戦争や内乱が起こったとしても、指揮を中心に行う国王が魔術を行使する機会はあまりないです。だったら、その……ここにいる魔術を失った王族の皆さんがやっていた事と同じように、魔道具を用い……魔術が使えるように誤魔化すこともできたんじゃないっすか」
「そのような事、できるはずがっ」
「できるであろうな――事実、我はこうして魔術を使ったフリをし続けた」
今の言葉は第一王子シャインである。
縛られていた筈の体を魔術で解除して見せた黒幕の男は、そのまま逃げることなく――すぅっと口を開きソレを覗かせていた。
第一王子シャイン、その舌の付け根にあるのは魔道具。
魔術を別人に詠唱させる魔道具を舌の下に隠していたのだろう。
これが、王族の中で一人だけ魔術を失っていなかったと噂された理由か。
彼もまた魔術を没収されていたのだ。
ただ、王権争いを有利に進めるため――老陛下と同じように魔術が使えるフリをしていただけ。
だがおそらく、ギルダースは違う。
彼は無能な王と同じく、王族でありながら低級魔術しか使えなかった、無能の烙印を押された追放者。
ようやく話の流れをつかんだのだろう。
メンチカツがカモノハシ顔を上げ、狼狽するギルダースにゴムクチバシを向ける。
『他の王族が全滅だったが、てめえがやってこの箱が開きゃあおまえだけは王の直系って事だろう。違ったら違ったで問題ねえだろ? 女神と戦うならこれは絶対に必要だ。開けてみろ』
メンチカツに本気で睨まれては、さすがに断れない。
ギルダースは恐る恐る、王家の血を引く者しか開けられない王櫃に手を伸ばし。
そして――。
ギィィィィィィ!
王櫃の蓋は重い音を立て、開き始めた。
ギルダース。
無能と呼ばれた彼こそが――そして彼だけが無能な王の子供。
正当な王位継承者だったのだろう。
今この瞬間こそが、継承の儀。
このイワバリア王国の次代の王が決まった瞬間でもあった。