決戦準備~家臣の願いと想定外な誤算~
迷宮最奥の祭壇に封印されている王家の魔術。
その封印を解けるのは王家の血を引く者だけ。
だから第一王子シャインは最奥に辿り着いても王家の魔術を回収することができず、王家の誰かがやってくるのを待っていたようだが――。
結果はこれ。
既に迷宮最奥はその広さを僕に利用され、”朝の女神”対策の作戦司令室に改造されていた。
縛られて放置されている流言飛語を得意とする黒幕を眺め、じぃぃぃぃぃい。
呆れ顔のメンチカツが言う。
『ったく、面倒なことをしてくれやがって――おまえ女神がどんだけ厄介な存在か知らなかったのか?』
「ひぃ!?」
この黒幕王子。
さすがにあれほどいがみ合っていた王族が全員協力しているとは思っていなかったらしく、完全に委縮しているのだ。
女神の神託を騙った存在、ようするに戦犯であるこの男はもはや言い逃れはできない状況だと悟ったようではある。
やっていたことが悪辣なので無罪放免というわけにはいかないだろう。
『んだよ、ひぃひぃ怯えやがって。なあ、どーする相棒。こんなやつ生かしておいても仕方ねえだろう、どうせ逃げたら逆恨みしてやらかすタイプだ。今のうちにやっちまうか?』
しれっと物騒なことを言うメンチカツであるが、まあ同じ意見の者はそれなりにいるようだ。
だが。
僕は迷宮最奥と各拠点とをつなぐ転移門を形成しつつ、羽毛に魔力の輝きを反射させて言う。
『戦後、どんな結末を迎えようと誰かに責任を取ってもらう必要があるからな。だったら分かりやすい悪人は生かしておいた方がいい、ちょっと語弊や誤用になるかもしれないが――王族の権力が落ちた後のシビリアンコントロールがしやすくなる』
『シ、シビ……なんだって?』
『……まあよーするに、分かりやすく裁ける悪人がいると民衆を納得させやすいってことだよ』
同じく、通常よりも効果が持続するように床にチョークでカキカキカキ!
複雑怪奇な転移門を刻むアランティアが顔を上げ。
「このシャインって人、相当やらかしてたみたいなんで――絶対に王族への不満と不審は爆発しますからねえ。民の声に応えて王子を罰したって形を作りたい、そういう分かりやすい御旗って結構大事なんすよ」
『へぇ、そーいうもんなんか。ま、頭脳労働はてめえらに任せるが――ギルダース、おめえはそれでいいのか?』
問われたギルダースは火打石と風の魔術を組み合わせ、煙草に火をつけ。
ふぅ……迷宮内を走る風を目で追いながら、煙に言葉を乗せていた。
「もうワイには関係ない話じゃけん、いまさら兄がどうだこうだを考える気になれんわ」
『まあおまえさんがそれでいいなら構わねえが――それよりおめえ、あの箱を開けてこなくていいのか?』
「箱?」
んぬ? っと眉を顰めるギザ歯の男にメンチカツも、んにゅ? っと眉を顰め。
『ここがダンジョンの一番奥なんだろ? オレたちは王家の魔術だか王族の魔術だかを回収に来たんだろうが。はーん、てめえ、実は結構忘れっぽいな?』
「ワイが開けんでも、兄連中が開けるじゃろう……正直、関わりたくないきに。ワイはワイでイワバリアの連中はイワバリアの連中じゃ。線ははっきりと引いておきたいんじゃ」
まあこの国の王は当時一番若かっただろうギルダースを、容赦なくこの国から追い出した。
魔術がろくに使えない王族は恥と、孤島に流したのだ。
それも育ての親に捨てさせた。
王子と王女が彼の帰還を訝しみ、復讐に来たと勘違いしてしまうのも理解ができる境遇ではある。
それに王族の血を引いているなら誰でも開けられるっぽいので、ギルダースがわざわざ開けに行く必要も確かにない。
転移門を次々に形成しながら僕はペペペペペ!
『ま! 僕は王家の魔術さえ回収できれば、他はどーでもいいけどな!』
「おんし、もう少し私欲を隠せんのか?」
『隠すことが美徳だって意見もあるだろうが――欲しいものははっきりと欲しいと言わないと伝わらない、言葉にしたり口に出すって結構重要だぞ?』
僕が持論を展開していると、アランティアとメンチカツがなにやら目線を交わし。
ごにょごにょごにょと相談。
なにやら企画書のようなものをアランティアが魔術で生成し――それを受け取ったメンチカツがニヒィ!
獣毛をぶわぶわに膨らませペタペタペタ。
スナワチア魔導王国の”戦略砦”と、こことを繋ぐ”転移門”を接続し終えた僕の前にやってきて。
ニコニコ笑顔で企画書を広げ語りだす。
「あたしは魔導図書館を新設して欲しいっす。んで、マカロニさんさえ良かったらマカロニさんが取得した魔術を所蔵して欲しいんすけど。どうっすか?」
『オレは自動で酒が生成される地下ダンジョンが良いなって思うんだが、どうだ? 迷宮ってのは勝手にアイテムもわくんだろ? ダンジョン内で熟成されたワインはぜってえうめえに決まってる! どうだ相棒!? おめえも迷宮ワインが欲しいだろう!?』
こいつら……。
アランティアはスナワチア魔導王国の土地に既に建設予定地を決めているようだし、メンチカツはこの迷宮を改造しようと僕に提案しているようだ。
『あのなあ、おまえらが欲しいものを言っても別に用意したりはしないからな』
「えぇええぇえええぇ!? マカロニさんが言ったんじゃないっすか! 欲しければちゃんと口にしろって! 約束破るんっすか!?」
『約束はしてないだろう……』
まあ欲しいモノとはつまりは餌。
僕はしばし考え。
『じゃあ、朝の女神との戦いにちゃんとおまえらが協力して、勝てたら考えてもいいが』
「え!? マジでいいんすか? 考えた結果却下とかはなしっすよ!?」
『僕がそういう詐欺をするわけな……いとは言わないが、安心しろ。ぶっちゃけそこまで勝率ないしな』
そう、相手は神なのだ。
それも半分以上は遊びや、試練感覚だった女神ダゴンの時とは違い、今回の朝の女神ペルセポネーは心から嘆いて動いている。
こちらが消滅することはないだろうが、一時的に殺されてしまう事は普通にありえる。
メンチカツとアランティアはそれでもやる気が出たようで、ドヘヘヘヘっと品のない笑いを浮かべている。
僕はギルダースに目をやり。
『あいつらにだけに餌を見せつけるのもなんだからな、ギルダース、おまえもなんかあるなら言っとけよ? 実現できる範囲でなら本当に考えてみてもいいぞ』
「ならとっとと、この呪われた装備をちゃんと解呪して欲しいんじゃが?」
僕は首をこてんと横に倒し。
クチバシに手を添え訝しむ。
『は? なんでだ? もう装備が外せない以外のデメリットはないだろう? 人類が装備できる中でも間違いなく最上位の装備だ、強いんだからそのままでも――』
「常に呪いのエフェクトがでまくっとるこれを外せないっ、それこそが最大のデメリットじゃろうがっ!」
『分かった分かった、まじめに解呪できるか検討してやるよ』
まあこればかりは検討の結果、やっぱり無理でしたというのも本当にある。
現実的な範囲でできることと言えば、僕の手持ちの一冊か。
異世界の魔導書、聖なる主神としての側面もあるらしい<白銀魔狼の逸話魔導書>を研究し、消費魔力を抑えて最上位の解呪の奇跡を発動できれば、あるいは……。
まあ、後回しでいいか。
ごまかすように僕は話題を変えていた。
『それよりも、あの王族連中から王家の魔術を受け取って来てもらえないか? さすがにこの状況だ、持ち逃げとかはしないだろうから任せてあるが……そろそろ封印も解けただろう』
「気が乗らん。ワイじゃなくて嬢ちゃんや暴力カモノハシに取ってこさせ……いや、それもアレじゃな」
僕とギルダースは二人同時に、じぃぃぃぃぃぃ。
例の、能力だけは本物だが性格に難のあるコンビを眺め。
じとぉぉぉぉぉぉぉ。
「しゃあない、ワイが行ってくるが――さっきの話、ちゃんと覚えちょれよ? 面倒だから後回しとか言いおったらさすがにキレるからの?」
勘のいいやつである。
こちらもそろそろ作業は終了、必要な施設との転移門での接続が完了するのだが。
なにやら向こうでトラブルがあったようで、アランティアが困り顔でやってきていた。
「……ちょっと来てもらっていいっすか?」
『なにがあった?』
「その、なんつーか……王家の魔術の封印が解けないみたいなんっすけど」
……。
それは想定していなかった。
一応は王家の魔術も戦力として計算していたし、なによりもだ。
戦後に王家に高く売りつける算段をしていたのだから、これは大問題。
僕はしばし考え、周囲を見渡し静かに告げる。
『――んじゃあもうおまえが開錠の魔術で開けちゃっても良いんじゃないか? 一応、王位継承権争いに含まれる封印ってことで付き合ってやったが、結局はただ厳重に封印された宝箱でしかない。おまえの魔術なら簡単に開けられるだろ』
「それが――こっそりやってみたんすけど」
アランティアが首を横に振りながら、手のひらの先から魔術式を提示。
僕の魔術練度ほどではないが、かなり高度な開錠魔術の式なのだが――。
『は? これで無理だったのかよ!?』
「ああああぁぁぁもう! だから来てもらいたいって言ってるじゃないっすか!」
王権争いなどどーでもいいが。
これは大事な金策の一つ。
開封できないのは困ると、僕もペタ足で駆け付けた。