氷竜帝を崇めよ~時価は危険で、悩んだ時が買い時で~
ダンジョン都市ハインの迷宮深く。
クラゲから香る海のにおいに包まれた空間。
二匹の獣王を目の前にしたら、さしもの王族たちも平伏はしたようで――。
クラゲの壁の中から引きずり出された王族三人だか四人も事情を聞き、一応の降伏は誓ったようだ。
もはや逆らう気などない彼らに目をやりアランティアが言う。
「それでこの人たちはどーするつもりなんすか? 事情はどうあれ、迷宮内で大洪水を起こすのはわりと大罪の筈っすけど」
『そこはまあ超法規的措置、金で解決すればいいだろ』
「え? まーだお金貯めるつもりなんすか……?」
もういっぱい持ってるじゃないっすか……とアランティアですら呆れているほどに確かに僕は金を持っている。
だが!
そろばんを装備した僕は、ネコの行商人ニャイリスの販売魔導書リストを召喚し!
『金銭ってのは力だからな。魔力がないと魔術発動できないのと同じ、世の中ってのは金の元手がないとできないこともあるんだよ。ってわけで、そっちの第一王女と、第三王子と第四王子と……第五王子……あと他にも王族が紛れてるんだろ? ちゃんと金銭で解決するって契約を結ぶなら、本当に不問にして部下の命は見逃すがどうする?』
絶対にニャイリスならば前回の倍以上の値段を吹っかけてくるっ。
金はあればあるほどいいのだ!
第一王女が叫ぶように言う。
「なぜ部下共の命の嘆願などせねばならぬ!」
『だってこいつらはおまえの命令で迷宮に連れてこられたんだろう? だったらそれは上司の責任、おまえが払うのも当然だろう?』
「道理じゃな、なれどこやつらは妾の命令できたのではない! こやつらもこやつらで迷宮の宝を漁り、私腹を肥やすために志願してきた外道どもじゃ! 普段裏からあの手この手の嫌がらせや根回しをするために雇っておっただけ、そしてこやつらもまた妾の権力を利用し欲望の限りを尽くした畜生ども! 部下ならば妾も金は払おう、妾が養うのも道理。じゃが! こやつらとは対等な取引相手、こやつらの分を払う気はないというておる!」
まあたしかに、その言葉が本当なら一理はある。
上下関係に厳しそうな顔でメンチカツが眉間にしわを刻み。
『なんだ? こいつらてめえを慕ってついてきた部下じゃねえってのか?』
「笑止にして、戯けじゃな。言っておくが、妾に人徳などない!」
うわぁ言い切りやがったよ。
まともな第二王子ジャスティンが言う。
「確かに、彼女の言葉は本当です。彼らは王都の近隣に居城を構えている盗賊の一味でしょう、騎士団よりも戦力があるゆえに、手を出せずにいたのですが……まさか裏で繋がっていたとは」
「ふん! なんとでも言うがいいわ! 王族全員どころか教会や寺院すら騙しおったシャインよりはましじゃろう」
メンチカツがシャイン? と首をかしげているが、まあ王族連中が多いので名前だけでは一致しないのは仕方がない。
アランティアがこっそりと第一王子のことですよと告げる横。
僕は全員の顔の前で契約書をペラペラしながら――。
『おまえらの事情なんて僕には関係ないからな。命だけは無個性王子との契約で救ってやるが、やらかしたことへの懲罰を避けたいなら契約だ』
重要事項説明書の情報もちゃんと提示し、後で聞いてないとの言い訳も封印。
『これでも本当にスナワチア魔導王国の現国王で、商業ギルドCEOで冒険者ギルドの最高ランカー……つまりは最上位のギルドマスターだ。今すぐに契約をするなら――僕の加護というか、信徒として認めてやるよ。そうすれば裏からじゃなく表から堂々と揉み消すことができる。おまえたちも一生豚箱には入りたくないだろう?』
契約書を確認し終えたのだろう。
正直区別のつかない第三王子だか、第四王子だかが顔を上げ。
「いくらなんでもこれはっ……」
『なんか不満か?』
「子々孫々に至るまで永続的にマカロニ神殿への寄付の義務付けとは、さすがにやりすぎであろう! それに、王族たる者が、ペ、ペンギンの着ぐるみを装備しビラ配りをしろと!? そもそもなんだっ、そのマカロニ神殿とは!」
どうせ没落してお金は取れなくなるだろうと踏んで、信仰で返して貰おうと思っているのだが。
メンチカツが、あぁん!? といつものヤクザ顔で名前も覚えられない王子のどれかの前で、ヤンキー座り。
『てめえ、オレと相棒の神殿を知らねえのか?』
「われらは朝の女神ペルセポネー様に仕える身、得体のしれないペンギンとカモノハシを崇めることなどできぬ!」
「妾は構わぬぞ? 布教活動で命が助かるのならば安いものじゃろう」
「おまえはいつでもそうだっ、長女としての義務を果たさず――朝の女神さまへの祈りも足りぬ背教者めが!」
現実主義な第一王女と信仰者としての側面もある王子のどれかが、バトっているようだが。
アランティアが言う。
「てか――そんなに信心があるのに、なんで騙されちゃったんです……?」
「なんだと!?」
「あの、ふつうに考えて、あの朝の女神さまがこんな神託を下すわけないっすよね?」
「そ、それはそうだが……」
王子さん、苦虫を嚙み潰したような顔である。
「確かに王子の言葉を疑うのもご神託に懸念を抱くのも不敬かもしれませんが、少しぐらいおかしいとか思わなかったんです? 確かめようとも思わなかったって、どーなんすか?」
うわぁ、言っちゃったよ。
「てか、高位聖職者の誰かがシャイン王子に代わって、神託の儀とか託宣の儀とかを執り行えば騙されずに済んだんじゃ……なんでやらなかったんです?」
ちなみにアランティアは簡単に言っているが、人類サイドから神託を求めて答えて貰える可能性はそう高くない。女神がケチなのではなく、電波が遠い携帯電話を想像して貰えばいいだろう。
それでも高位聖職者――。
それこそうちの暴力装置二号こと最高司祭リーズナブルなら可能だろうが。
ようするにアランティアにしてみれば普通の話でも、ここにいる聖職者や王族は違う。
レベルや器の差を見せつけられたようなものだった。
この中には朝の女神を崇拝している者も多いのだろう――信仰度が高い者ほど、唇を震わせ嘆きと嗚咽を漏らしている。
「え? ちょっと!? なんなんすか! いきなり!」
『おまえなぁ……ナチュラルな煽りが一番効くんだぞ……』
「あたしのせいっすか!?」
メンチカツですらメンチカツ隊と共に頷いている状況を見て、やっと気づいたようで――アランティアはかぁぁぁぁぁっと顔を赤くしている。
フォローするように第二王子ジャスティンが告げる。
「陛下の連れのお嬢さん。女神さまとの交信など我らにとっては遠き過去に失われた魔術。そもそも我ら王族は魔術を罰で失っておりますからね。そして今現在……女神さまとの交信が可能な者は、神に愛されたほんの一握りの選ばれた人間だけなのです」
つまり女神と交信できる魔道具を作れば。
めちゃくちゃ売れるんじゃないだろうか?
そんな下心を隠しつつ、僕は言う。
『で、どーするんだ? 契約してもしなくても僕はどっちでもいいぞ。さっきも言ったが第二王子との契約が先にあるからおまえらの命は取りはしない。僕は契約は守るタイプの詐欺師だからな』
契約をすれば投獄を免れるし迷宮で他の冒険者を襲った罪は問われない――けれど子々孫々に至るまで僕を崇め、神殿に寄付する契約が発生する。
契約をしなければ数年間は投獄されるが、子々孫々への義務はなくなる。
後者を選ぶ者も結構多いだろう。
僕もこれでアリバイ――。
というか、一応は手を差し伸べたぞという事実が欲しいのだ。
断ってもらった方が楽なので、そっちに流れて欲しい気もするが……。
アランティアがなぜか僕をじっと見ている。
僕はついつい目線を逸らしてしまう。
するとわざわざ首の角度を変えてきたこいつは、じぃぃぃぃぃぃぃ。
なにやら探られている僕は、ジト目で首を上げて羽毛をカキカキ。
『なんだおまえ、僕の顔を覗き込んで』
「マカロニさん、なんか隠してます?」
『はぁ? 隠してるに決まってるだろ、僕は詐欺師だぞ?』
変に隠しても仕方がないので素直にバラしていたが。
アランティアが不意に何かに気が付いたのか、契約を悩む王族連中に言う。
「ちょっといいっすか?」
「なんじゃ小娘」
「第一王女の……まあ名前なんてどうでもいいっすね。あたしと取引しませんか?」
「取引じゃと?」
何を言っているのか分からない様子の第一王女やイワバリアの連中であるが、まずいな……アランティアめ、気付きやがった。
「なーんかマカロニさんが隠してるみたいっすからねえ、王女様が持ってる宝石系の魔道具をあたしに全部、魔導実験用に寄付してくれるなら――女神さまに願いあたしがこの場で神託を賜る……ってか、女神さまに聞いてみてもいいっすよ?」
反応したのは第一王女ではなく敬虔な信徒らしい他の王子だった。
「ご神託を!? できるのか!?」
「ええ、まあ――ただ朝の女神さまご本人と繋げられるかどうかは別っすけど。誰かは応えてくれると思いますんで」
「頼む! 後生だ! 朝の女神さまのご意向を、どうかあの方に執り成しを!」
あくまでもアランティアが欲しいのは魔道具の実験に使える貴金属のようで、視線は第一王女に向いたままである。
視線に気づいた第一王女が長い髪を揺らし言う。
「構わぬ、どうせ投獄される身ならば貴金属も奪われるであろうからな」
「んじゃ、ちょっと女神さまに聞いてみますんで――」
言ってアランティアは膨大な魔法陣を狭い空間で展開する。
空中庭園にいる女神に連絡を取っているようだが――その間に僕は先ほどの契約書に修正を加え始めていた。
正直、これからの展開は読めているので条件を変更したのである。
アランティアによる女神通信は成功し。
そして、彼女の口からは案の定、素っ頓狂な声が飛び出し始めていた。
「は!? え!? ちょっと待ってくださいよ! 東大陸を一度全部沈めるって、マジっすか!?」
慌てるアランティアの言葉にメンチカツもギルダースも、は!? と驚きの表情を浮かべている。
「いや! そうっすけど! だってそれって直接的な介入になるんじゃ……え? あ、はい……そ、そーいうことっすか。ええーと、伝えるのは良いんすけど……」
大問題が起こった電話を受け取った新人社員のような顔で、アランティアが僕に言う。
「あの、いまブリギッドちゃんから聞いたんすけど――朝の女神さんが静かにガチキレして、創世の女神の座から降りても構わないからって主神に宣言……ルールを破ってでもこの大陸を全滅させる気みたいなんすけど……マカロニさん、知ってました?」
『だから言っただろ、静かでまじめでまともなヤツがキレると一番怖いんだよ』
告げて僕は書き換えた契約前の契約書を、皆の前に並べ。
『惜しかったなお前ら、さっきまでの条件なら子々孫々からの利益を得るために僕がなんとかしてやってたんだが、もう時間切れだ。条件は切り替わった、契約をするなら僕の神殿を祀るだけじゃなく――それ相応の対価を上乗せして貰うことになる。なにしろ相手は本物の女神』
僕は女神の幻影をミニチュアサイズにしてフリッパーの上に呼び出し。
獣王の顔で告げる。
『創世の女神が一柱、朝の女神ペルセポネーなんだからな』
そう。
朝の女神のやつ。
本気でキレてしまったようなのである。