ご神託詐欺~疑っただけで不敬とかわりとクソゲーだよな、これ~
第二王子ジャスティンとの契約書を整理しながら僕はジロり。
こちらを大洪水と酸素消失状態で生き埋めにしようとしていた連中を睨んでいた。
第二王子と違い敵意も殺意も剥き出し、情状酌量の余地はないのだが――。
氷竜帝マカロニこと僕の目の前にはズラーっと、クラゲの触手に縛られた連中が並んでいる。
僕らは犯人を見ながらジト目で、んーむ……。
『あーと……? そっちが第一王女で、そこのが第三王子でそっちが第四王子で……そっちの隅で痺れてるのが第五王子。だっけか?』
「何言ってるんすか! こっちが第三で、こっちが第五で……あれ?」
僕とアランティアが混乱するのも仕方がない。
なんと僕たちを生き埋めにしようとしていたのは、複数の部隊。
しかも軍属の、正規の宮殿勤務の皆様だったというのだから困りもの。
捕らえた連中の装備を見ても明らかだろう。
彼らの多くは冒険者ではなく軍隊といった香りがプンプン。
具体的には、国旗にも掲げられている紋章が刻まれた、統一規格で安定クオリティーな装備品ばかりなのである。
『もうこの際、殺人未遂王族一同様でよくないか?』
メンチカツ隊を従えるメンチカツが”どーしようもねえな、こいつら”と言いたげな顔で。
『おいおい、普段王権争いで喧嘩してる連中がこんなときだけ協力して弟殺しか? ったく、相棒。やっぱこのまま埋めちまって良いんじゃねえか?』
ゴムクチバシを開いたメンチカツが示す先は、現在、これ以上のお客さんが来ないように通路を封鎖しているクラゲの壁の中。
僕が呼び出したクラゲなので、おそらく骨まで分解されるのは確実。
証拠は隠滅できるし、そもそも迷宮内で襲ってきた相手側が10割悪い。
よーするに、処分しようとの事なのだが。
唯一、僕と契約書を交わしている第二王子ジャスティンが必死に嘆願したいようで。
「お、お待ちください!」
『なんだよ、軍属の連中はともかく王族連中は仕方なく従ったわけじゃないだろう? 契約通り兵士共は見逃すが、おまえの弟とか姉とか、まあ具体的な間柄は知らないが王族連中を助ける気はないぞ』
「そ、そうでしょうが――め、迷宮での問題は各地の冒険者ギルドの管轄の筈です!」
『ああ、よーするに僕の管轄だな』
僕は中央大陸の冒険者ギルドのギルドマスターとして籍を残してある。
カマイラ=アリアンテが代表代理を務めているが、権力者は僕。
冒険者ギルドマスターの中でも最上位の証である証文を召喚し、僕は告げる。
『東大陸の冒険者ギルドは中央大陸の冒険者ギルドの傘下組織。つまりは僕の決定はそのまま東大陸冒険者ギルドとしての正式な決定となる』
「で、ですが……ここにいる王族を全員となると」
『あのなあ、こいつらはこっちを殺す気で襲ってきたんだ。僕やメンチカツはともかく、アランティア……も大丈夫そうだが。ギルダースやおまえらは死んでいた可能性もあったんだぞ? それを見過ごして無罪、なーんてした方がギルドとしては問題だろう』
アランティアが、ん? っと違和感を覚えたようだが、気にせず僕は言う。
『そもそもジャスティンだっけ、第二王子のおまえごと沈めようとしたんだぞ? おまえもそれでいいのかよ?』
「その、大変申し上げにくいのですが」
『なんだよ』
「わたしもこの状況を知りませんでしたが、やはり王族の魔術を持っていかれるとなると……こう、普段敵対している王族でも協力して、何を犠牲にしてでも守らないといけなくなってしまうのは。国家としてはふつー、ではないかと思うのですが、はい」
まあ一理はあるか。
無個性顔な王子は、他の王族とは異なる交渉上手な顔で続ける――。
「それにその、弟たちもギルダースを見たらこう思ってしまうのではないでしょうか。追放された王族が、怪物を連れて復讐にやってきた……と」
事情を知らないとそうなるのか。
吠えるようにギルダースが僕に言う。
「あぁぁぁぁ! じゃから嫌だと言ったんじゃ!」
『はぁぁ? いまさらそれはないんじゃないか? 最終的に一緒に攻略するって決めたのはおまえなんだぞ?』
「じゃかわしい! どぉせくだらんトラブルを起こすきにっ、ワシも見張っとらなあかんと動いちょったがっ、王族の半数を罪人にするんは、やりすぎじゃろう!」
ちっ、自分だけ常識人ぶりやがって。
横目で眺めていたアランティアが、ふーんと瞳を細め。
「本当にこれマカロニさんのせいっすかねえ?」
「なんじゃと?」
「確認したいんすけど、餌に釣られたみたいにここに集まってる王子様やら王女様ってのは、本来なら別の勢力なんすよね?」
問われた第二王子ジャスティンはアランティアに目線をやり。
「無論であります、普段からこのように協力できるのならば王権争いなど起こってはいないでしょう」
「つまりはこうなるように扇動した黒幕がいるって事じゃないっすか? そっちの人たちはどんな言葉で釣られたのか、話して欲しいんすけど――」
アランティアの言葉に反応したメンチカツとメンチカツ隊が、ポキポキ!
『カタギ様には手を出さねえが、悪党どもを締め上げるのは得意だぜ?』
回復と暴力による尋問の恐ろしさは知っているのだろう。
三十路手前らしい第一王女が顔を上げ。
「わ、妾は悪うない!」
『ちっ、女相手は気が引けるんだが――しょーがねえな』
気が乗らない様子でメンチカツはペタペタと近づくが、それを止めたのはアランティアだった。
「あたしがやりますよ」
『嬢ちゃんにできるのか?』
「まああんまり好きじゃないっすけどねえ。ただ相手は女性なんで――喋らないと肌が”一分で一年分”徐々に、でも永続的に老化する薬を使えば、まあすぐに語ってくれるんじゃないっすか」
なかなかエグイ薬である。
まあ本来なら調合に使う薬草畑に散布し、成長を促進させる薬品なのだが。
アランティアは第一王女の目の前に瓶を置き、わざと鑑定魔術を発動。
先ほど述べた効果を王女に見せつけ。
「喋る気になったっすか?」
「喋る! 喋ります!」
相手は完全に怯えている。
女の敵は女と言うが、ギルダースは完全に引いている。
まあ僕とメンチカツはわりとドライな部分もあるので、襲ってきた相手に容赦をするつもりもなかったので気にしていない。
第一王女の自白はこうだった。
「第一王子が朝の女神さまの神託を賜り、語った。呪われ闇に落ちた元王族、追放されし無能のギルダースがこの大陸に復讐に来た……っすか」
「そうよ、そうなのよ! あなたたちも騙されているのかもしれませんけど、そこの男はあたしたちの弟! 王族の恥! 自分が無能で追放されたことを逆恨みして復讐に来るだなんて、なんて浅ましい!」
第一王女の言葉に第三王子や第四王子も便乗し。
「そうです! こ、これは我が国の問題なのです! それに、朝の女神さまが長兄シャインに神託を下している事実がある以上、神々は我らを支持している!」
「わ、われらは間違ってなどいない! その無能が……――っと、なんだキサマ、二足歩行の魔獣が。われを誰だとっ」
散々な言葉にキレたのはメンチカツ。
彼はうるさい王族連中を睨み黙らせ――じぃぃぃぃぃい。
怒っていても一応分別はついているのか、無言で暴言を吐いた三人を掴んで。
ズズズ!
彼らをクラゲの壁に放り込んで、ポイ!
回復維持状態……つまりは徐々に回復状態の魔術を発動して放置。
回復するので死ぬ事はないが、クラゲにぶしぶし刺されているので激痛が走っているだろう。
なかなかエグイことになっているが、まあ自業自得か。
ちなみに、この辺は襲われた事への反撃扱いなので、魔術の悪用判定の対象外。
そもそも前回の事件でその辺の基準も見直し始めているだろうが、僕が直接会議に参加しているわけではないので、どうなっているのかはまだ不明だ。
第二王子ジャスティンがギルダースに助けを求める目線を送り。
廃嫡されている王族ということで、敬語でギルダースに問いかける。
「お、弟たちは大丈夫でしょうか」
「死にはせんじゃろ……このカモノハシは海と水の女神の眷属、回復魔術のエキスパートじゃからのう」
「そ、そうですか……ん? 海と水の……え? いま、なにか変な事を言いませんでした?」
「安心せえ、メンチカツ殿の回復魔術は本物じゃ」
ワイが保証すると、うんうん。
ベヒーモス退治の時にさんざん回復魔術を受けたので確信しているようだ。
ギルダースも過ぎたお人よしではないのか、兄や姉には散々な目に遭わされた過去もあるのか――クラゲウォールから助ける気はないようだ。
しかしメンチカツのやつ……。
無言でキレるとかなり怖いな……。
ともあれ、僕は言う。
『しかしそーなるとだ。よーするにこいつらは、第一王子シャインにまんまと利用されたってわけか』
「利用でありますか?」
『あ、だって朝の女神はそんな神託を下してないからな』
僕の言葉に王族の部下たちが、ざわっと声を上げ始める。
「ど、どういうことでしょうか!?」
『どうもこうも、僕たちはその朝の女神の依頼で東大陸にきているようなもんだからな。さっきまで天の女神にフォローされて気を鎮めてたが、それでも限度がある。勝手に神託を捏造された朝の女神がけっこうガチで呆れ始めてるっぽいし……そろそろまずいぞ、この大陸』
僕の言葉をいまいち理解していないようだ。
はて?
難しい言葉とは思えなかったが。
事情を知らないのか、第一王女やら第三王子やらの有象無象の部下が吠え始める。
「ジャスティン殿下! こ、このペンギンは……」
「いったい、な、なにを言っておられるのですか?」
「殿下っ、姫様をお救いください!」
一応の忠義は主人に向いているらしい。
ああ、そうかこいつらは――僕が誰かを知らないのか。
僕の視線に答えるように第二王子ジャスティンが動いていた。
「痴れ者が――! 口を慎み、傾聴せよ!」
王族としての威厳に満ちた怒声を上げたのだ。
第二王子がここまで声を上げるのは珍しいのだろう、空気はかなり引き締まり――。
耳を傾ける準備が整ったと判断した王子は、そのまま家臣らを一瞥し告げる。
「このお方こそがスナワチア魔導王国の王にして、天の女神アシュトレト様の眷属。人類が契約を破りし時に降臨するとされた伝説の魔獣王。契約の獣、氷竜帝マカロニ陛下であらせられる。以降、どのような些細な無礼も許さぬ。もし我の言葉に従えず愚を犯すならば、愚弟に代わり我が汝等に沙汰を下す。その首、胴から離れるものと知れ」
第二王子ジャスティンの言葉を疑う気はないのか。
あるいは、ジャスティンが王族として配下の部下を平伏させる<指揮系統>のスキルでも発動したのか。
有象無象どもは、全身を震わせ汗やらクラゲに掴まれた汁やらを垂れ流しつつも、土下座の構え。
ちょっと気分は良い。
そして僕の横でメンチカツがドヤる準備をしているが、言葉は降ってこない。
メンチカツが、ん? ん? とオレにも格好いい呼び方をしろとアイコンタクト。
第二王子ジャスティンの脛をトントンと尻尾で叩くが、王子は困った顔のまま。
ああ、どう説明したらいいのか分からないのか。
代わりに僕がコホンと咳ばらいをし。
『自己紹介が遅れてすまなかったな。まあ僕はさっき紹介に預かった通りだ、天の遣いだから”ジズの大怪鳥”ってことになるだろうな。で、こっちが海の女神ダゴンの眷属で僕の同僚。おまえたちがリヴァイアサンと呼ぶ海の遣い、獣王そのものだ。言っておくがさっきクラゲの壁に王族を押し込んだみたいに、僕と違ってこいつは結構キレやすい。あまり怒らせない方がいいと思うぞって助言だけはしておいてやるよ』
紹介した途端、第二王子ジャスティンの全身からじっとりとした汗が浮かび始めていた。
こりゃ……メンチカツの正体にはちゃんと気付いてなかったのか。
まあ獣王二匹がこうして顕現していて、なおかつ王族連中が襲い掛かったのだ。
こんな反応もするか。
なんとか口を開き、ジャスティン王子が言う。
「それでその、朝の女神さまのご神託ではないというのは……」
『僕たちは正真正銘の獣王だからな。当然、やろうと思えば天に聳える神の城”空中庭園”に出入りもできる。女神の声も聞こえるし、なんなら直接話を聞くこともできるからな。なんというか、朝の女神ペルセポネー本人がふつーにその神託を否定してるんだよ』
ようするに。
『おまえたち、第一王子に詐欺られたな』
女神の言葉を騙るのは容易いが、それを疑うのは困難。
なにしろ本当に神の神託ならば、それを疑うのは不敬。
けれどだ。
アランティアが言う。
「騙す側もまさか女神さま本人に聞いてくるなんて、ふつーは思ってないでしょうしねえ」
のほほんとしているアランティアだが、ここの連中にとっては死活問題。
女神の言葉を騙る背信者に騙され、よりにもよって獣王に手を出した。
その時点で、かなりの恐怖となっているだろう。
直接手を出していないが、恐怖は第二王子ジャスティンも同じだったようで。
唯一まともな交渉役となっている第二王子が、メンチカツも獣王なのかと聞きたそうにギルダースを振り向くと。
ギルダースは肯定するように頷き。
空気は完全に凍り付いていた。
ここにジズとリヴァイアサンがいて――。
ここの連中は神託を騙った国家の軍隊。
彼らも僕らが罪を裁く性質があるとは知っているのだろう。
僕らが本当に女神と会える獣王だと確信したようだ。
彼らは皆、完全沈黙。
文字通り地面に頭をこすりつけ、慈悲を願い、祈るように頭を垂れ続けている。
獣王二匹を前にしたらこうなるわな。
まあ正確に言うと、僕らは三獣が合成されたキメラなのだから六体分いるわけだが――話が複雑になるので黙っておこう。
ともあれ。
この後どうするか、どうなるかは、第二王子の交渉術次第だが……。
なかなか可哀そうな王子である。