僕らの受付小競り合い ~鑑定すりゃ答えも分かるぞ~
公開されていない筈の君主ハインの死。
けれどそれは一部の連中にとっては公の事実だったのか、君主ハインが隠れたと同時にやりたい放題やっていた輩は多かったようだ。
これもそのひとつ。
現在、僕たちは迷宮の入り口。
受付にて入場料詐欺にあっていた。
いかにもチンピラと言った様子のヤツらではなく、明らかに貴族や王族に仕える騎士が僕らの前に立ち。
「異国の方ですね、迷宮と共にある大陸イワバリア王国へようこそいらっしゃいました。入場料は共通金貨、あるいは再利用した際に金貨と同等の価値のある通貨で、20万枚となっております」
むろん、入場料がそんな高い筈がない。
他の勢力が入れないように、けれど入場自体は禁止していないという言い訳のために法外な値段を吹っかけているのだろう。
清廉潔白みたいな顔をした騎士団なのだが、まあよくやる。
白々しいほどに太陽を反射し輝く白銀の鎧軍団を見上げ、ジト目で僕は言う。
『おまえらさあ、どこの信徒だ? 女神さまに恥ずかしいとは思わないのか?』
「なにを仰います、これは朝の女神様の命でもあるのです」
どうなんだ? と僕が天を見上げると、答えはNO。
まともな神である朝の女神が本当に呆れているようだ……。
それも、うちの空気が読めない天の女神アシュトレトが『じ、人類とて全てこんなやつらではない筈じゃぞ!?』とフォローするほどに……。
ともあれ、罪マシマシである。
『そうか朝の女神さまは守銭奴だって言いたいわけか、あんたら勇気あるなあ』
「そのようなことはございません。女神さまは我らが第一王子を次代の王へと定め、その手助けをしてくださっているのです。異国の方よ、あまりすぎる発言をなさると不敬罪で極刑となりますよ?」
清々しいほどの脅迫である――。
これも世間一般から見れば、清廉潔白な騎士が生意気なペンギン魔獣を諫める姿に見えるだろう。
絶対に暴れるなよとメンチカツに事前に頼んでいなかったら、とりあえずこの騎士の顔はベコンとジャガイモのように腫れあがっていただろうが。
ともあれ。
本来なら量の意味でも即金で払えない筈の金額だが、僕はアイテム空間から四つの袋に分けた金貨80万枚を取り出し。
受付にドン、ドン、ドドン!
ちゃんと金貨が覗けるようにしたので、周囲が何事かと注目している。
『ま、あんたらがそーいうならそれでももいい。ほら、人数分の入場料だ。貰ってないとか言いだされても困るからな、ちゃんと領収書を寄こせよ』
「え……っ」
『は? えってなんだ、えっ……って。四人分の入場料だから80万金貨だろう? どうぞお納めくださって構わないから、ほら、早く領収書を寄こせ』
僕のフリッパーが、クイクイ!
ここでちゃんと証拠を回収すれば後に有利になる。
そしてなにより、この光景は全てアランティアが撮影している。
領収書を発行するかどうか――どちらに転んでも問題ない、僕がこの国全体を差押える方針となった時に利用できるのだ。
相手はやはり軍属なのか、こちらの要求に何かを感じたらしくニッコリと微笑み。
「少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
『具体的な時間は?』
「そ、それは……少々であります」
『じゃあ却下だ、ここに手書きでいいから書いてくれ。時間もかからないだろう?』
僕はにっこりと塩対応。
『まさか自分から金額を提示しておいて、払ったのにそれは想定外なんてことはないよな? もし他国のモノを迷宮にいれたくないから法外な値段を設定してるっていうのなら、ちょっと問題になると思うがどうなんだ? イワバリア王国の総意だというのなら、それはそれで構わないけど?』
「だから待てと言っているだろう! このペンギン魔獣風情が!」
よーし! 暴言の証拠も確保!
僕がニヘァ! っとクチバシの端を蠢かしたことで罠に気付いたようだが、もう遅い!
「し、失礼しました! しかし本当に待っていただけませんか!? 上のモノに確認を……っ」
『あのなあ、こっちは正規の騎士が請求してきた正規の入場料を払った。そっちは仕事をした、何の権限があって僕らの迷宮攻略を邪魔してるんだ? なに、あんたらお貴族様かなんかなのか? それともこの国の騎士様は一般人を個人的に邪魔していいとかそーいう権限でもあるのか?』
そろそろメンチカツがキレそうなので終わりにしたいのだが。
「このような事態に、いったい何の騒ぎだ!」
それは怒声に近い大声だった。
入り口を守る騎士たちの奥、迷宮内にテントを張っていた一団がやってきてこれである。
大声を発したのは従者のような集団を従える黒髪の男。
ギルダースより少し年上だと思われる……身なりのよい騎士姿の青年だが、おそらくは王族だろう。
ただ正直、ハイランクな騎士鎧とは不釣り合い。
商人が試着するために鎧を装備したといった感じの……地味であまり個性のない男でもある。
受付連中とは紋章の違う鎧を輝かせた王族騎士は、僕らを一瞥し……。
「この者たちがどうかしたのか!?」
「それが、その」
「物乞いなら銅貨でもくれてやって追い払え! 今はどれほどに時間が惜しまれているか、おまえたちとて知っているだろう!」
年下の王族騎士に怒鳴られた受付騎士は多少ムッとした顔を見せている。
「お言葉ではありますが、我ら末端には何も知らされておりません」
「なに!? いや、そうか――そうであったな。先ほどの言葉は訂正しよう、しかしキサマ上官に向かって無礼であろう?」
「これは失礼を、魔術を失った王族の方々にもまだそのようなプライドがあったのですね」
「わたしへの無礼は許そう、なれど――王族全体となると話は変わるぞ。それに、そのような虚言もまた罪となろう。理解したうえでの発言と受け取って良いのだな?」
なにやら上司である筈の王族騎士さんと、迷宮の入り口を囲う騎士団との間には溝があるようだ。
ま、どーでもいい。
『あのなあ、そっちでどれだけ揉めて貰っても構わないがとっとと領収書を出して貰えないか? これ以上はさすがに待てない。商業ギルドとして正式に抗議……ついでにこの大陸に卸している道具を、全部回収させて貰うことになるがいいか?』
「商業ギルドとしてだと? ペンギン、きさま何者だ」
『先に領収書だ』
僕が折れないと目で悟ったのだろう、四人分と確認した王族騎士は金額を書き。
「これでいいだろう?」
『は? なに、あんた。王族っぽいのに金額をごまかす気か? 三桁違うんだが?』
「何を言っている、キサマわたしを謀る気か!? 入場料は管理費用と死体回収費用の先払い、合わせて金貨200枚。それを四人分なら600金貨だろう!」
いや、それが正しくても800金貨なのだが、素で間違えるなよ。
『はぁぁぁぁ!? 僕らは一人20万金貨を要求されたぞ!?』
「なに? キサマラ、どういうことだ!」
上の人間の筈の王族騎士に指摘されても彼らは悪びれもせず。
ズラズラと徒党を組み始めて、下卑た笑みを浮かべて語りだす。
「申し訳ないのですが殿下、我らはあなたの派閥ではありませんので」
「なるほど――不当な料金を設定し、中に異国のモノを入れなくさせようとしていたのか。愚かな――」
「愚かとは言ってくれますな。我らは全て神の意志の下、大いなる朝の陽光に従いこの使命を果たしているだけ。次なる王は第一王子シャイン様と決まっておりますので。我らの忠誠もあの方のみに向かっております」
どうやら彼らは彼らで自らの忠義に従っているようだ。
朝の女神がその第一王子シャインとやらを支持していると、本気で思い込んでいるようである。
受付で集まっていた騎士団は第一王子派、そして迷宮の中にテントを張っているこの王族騎士とその連れたちは別の一派ということか。
王族騎士が言う。
「兄上がこうしろと命令されたのか?」
「いいえ、我らの自主的行動です。シャイン様だけが王族の中で唯一いまだにまともな魔術が扱える。それはすなわち、あの方こそが朝の女神さまに認められているという証! 他の王族は皆、魔術をほぼ失い滑稽に剣を振りかざす蛮族。そう思われても仕方ないのでは?」
人の口には戸が立てられない。
どうやら魔術を失っている事実は徐々に浸透しはじめているようだ、その結果が魔術が弱くなった王族への軽視。
女神が与えた罰なのだろう。
なかなかどうして言いまくる騎士であるが、今は王権争いの真っ最中。
派閥が違うならこうもなるか。
しかし、僕は実はけっこう重要というか、重大な事実に気が付いていた。
200×4の計算すら間違えるこの王族騎士をフォローする気はないが。
なんか第一王子派が地味にむかつくので、僕は真実を告げてやる。
『てか、魔術がいまだに使えているのならそれはそれで問題じゃないか? 朝の女神はちゃんと王の血族全員から魔術を取り上げている、これは事実だ。なら条件を考えるとだ――第一王子殿は既に王族から除籍されているか。それじゃなかったら不義の子。ようするに不倫した王妃が別から持ってきた血であって、”王の血が流れて無い”んじゃないか?』
そう。
たぶん、本当に王族の血が流れていないのだ。
わざと周囲に聞こえるように言ったので、空気は完全に凍り付いていた。
アランティアがさすがペンギンの魔術士、氷属性が得意っすね!
と、くだらないことを言っているが気にしない。
僕の後ろでは顔を片手で覆ったギルダースが、こんペンギン畜生めが……言ってはならんことを言いおったと、呆れていた。
ちなみに、メンチカツは大爆笑である。
僕らの小競り合いは続く。