迷宮の秘密、君主の想い出~勝手に盛り上がられても困るんじゃが~
氷竜帝マカロニこと偽神な僕が向かったのは、蘇生された君主ハインが休む部屋。
遺品となる筈だった調度品が並ぶ空間。
僕が扉を開けるより前、部屋の中ではなにやら重い声が流れ始めていた。
中を透視する僕がノックするか悩んでいる間に、彼らの会話は続く。
面差しにわずかな野性味を与える無精ひげを魔力照明で輝かせ、侍傭兵ギルダースが口を開いていたのである。
「魔術が没収されちょったというのは、どういう了見じゃ」
「マカロニ殿のお連れの方、あなたが何を仰りたいのか……」
「――しらばっくれんでええ、ここにはアンタとワイしかおらん。あの日ワイが王宮から追い出されてから、もう十年以上は経っちょるか。ワイがおらん間になにがあったんじゃ。ワイにはそれを聞く権利がある筈、そうじゃろう?」
いやぁ……二人だけじゃないんだが……んーむ、これ。
たぶんこのタイミングで入ったらダメなやつだろう。
ペンギンたる僕の瞳に映るのは、中の景色。
空気を読んだ僕は人払いの結界を張り、けれどその場にとどまり。
じぃぃぃぃぃ!
君主ハインは窓の外を眺めながら言う。
「その独特な訛りと、翻訳の差異……やはりあなたはあの時、我らが追放してしまったギルダース様でいらっしゃいましたか」
「なんじゃ、やはり気付いちょったんじゃな」
「忘れる筈もありません、あなたを直接に捨てに行った……あの船の責任者はこのわたしだったのですから」
なんか、かなり込み入った話のようで。
これで完全に入るタイミングを見失ってしまった。
「勘違いはせんで欲しいのう、ハインのオッサン。ワイ個人はアンタには感謝しちょる、アンタが口を出してくれんかったら無能者とワイは一生牢の中か、静かに殺されちょったか。どちらにしろ、今のように自由に生きてはおらんかったじゃろう」
「それでもわたしはあなたを守れなかった」
「卑屈さは変わっとらんな」
「――あなたは、変わりましたなギルダース殿下……、本当に、立派になられて」
君主ハインの声はか細く揺れていた、が!
殿下!? 殿下っていうと……。
こいつ、末端とかそんな感じの空気を出していたくせに、実際は王の隠し子とかそういうアレか。
まあたしかに隠したい子供を末席にするために、一番立場の低い王族の養子にさせるというのはよくある王宮処世術。
ギルダースもその類だったのだろう。
……あれ?
殿下を獣王とタイマンさせるために呪いの装備マシマシにして。
現在は影響ないように調整したが、外せない狂戦士化の呪いの装備をさせたのって……。
かなりまずいんじゃないか?
まあいいか。
「あのなぁ、いい歳しおったオッサンがめそめそ泣きおって――情けないと思わんのか」
「申し訳ありません、殿下」
「その殿下というのももうええ、ワイは既に除籍された王族じゃ。アンタらがワイと同情しついてきてくれおった従者を孤島へと捨てたとき、もうワイの中でこことの縁は切れちょるけん。泣かれてもただしんどいだけじゃ」
「お恨みになるお気持は重々承知にございます」
「あぁああああっぁぁ! うっとうしい! だから、そーいう辛気臭いのをやめろと言うとるんじゃ!」
神経の図太いギルダースが、ビシっと指を突き立てるが。
しみじみと君主ハインが言う。
「そう、でありますね。我らにはあなた様を思う権利はない……」
「もうええて言うちょるんじゃが! まあええ。それで、本当に何があったんじゃ――王族から魔術が失われているなんて噂、一度も耳にしたことがないんじゃが」
「魔術が必要な場面では魔道具を代用としておりましたので、外には漏れていないのでしょう」
「それで? どうしてこうなった、どうやってこうなったんじゃ」
いいから事実だけを告げろとばかりの淡々とした問いかけ。
応じた君主ハインの重い声が漏れる。
「何故、王が迷宮踏破を次代の王位継承者とすることに決めたのか、お分かりになりますかな」
「そりゃあ権力の使い方が上手い王族を後継者にするっちゅー、ふつうの理由じゃろう?」
「それもあります。けれど、最も大事な理由はほかにございます」
「もったいぶらんで早ぅ言わんか、ワイの気が長くないことは当時ワイを世話しおったアンタが一番しっちょるじゃろうが」
……ああ、育ての親的な部分もあるのか。
しかし、ギルダースの言葉にはあまり感情は乗っていない。
本当に孤島に捨てられたときに全ての未練を断ち、過去にしたのだろう。けれど、隠されていた王子を捨てた側の心は別という事か。
君主ハインの声には明らかに心が乗っている。
部外者の僕が気にする必要もないが、二人の間の溝が埋まることはなかなか難しいのだろうと感じるが。
ともあれ君主ハインは凛々しいながらも今は頼りなく感じる様子で、口を開く。
「迷宮の最奥には、封印された王族の魔術が隠されております。王はそれを取ってこさせたいのでしょう」
「迷宮の最奥にじゃと?」
「はい、わたしがやりました――」
聞かなきゃ良かったかもしれないと思えるぐらいの、直球の自白である。
「は!? なして、そげんな事を……!? いや、そもそもそんなこと、できる筈がないじゃろう!?」
「人間の手では、無理でありましょうな。だからあの日、あなた様を捨てたその日にわたしは昇る朝陽に向かい願ったのです。どうか、あの子を守ってあげて欲しい……そして、あのような残酷な決断を下した王族に神の罰をと――太陽に伸ばした手に、あの方は手を差し伸べてくださいました。哀れな男よ、と……憐憫を抱いてくださった」
それは神との契約。
それがもし心の底からの願いで、以前から敬虔だった信徒の願いであったのなら――おそらく女神はその願いに答えるだろう。
瞳をどこか狂信者のように赤く染め、君主ハインはまともな顔でまともではない言葉を繋ぎ続ける。
「わたしは王族が王族の血を媒介に扱う特殊な魔術体系、その魔術式を解明し……神に願い具現化させ、迷宮の奥へと大事にしまい込みました。誰にも、二度と封印が解かれぬようにと願ったわたしの願いをも、あの方は叶えてくださった。王族の魔術式の封印と妨害、それをなしたとき……あの方の幻影が降臨され――宣言された。わたしの代わりに、なぜ魔術が没収されたのかを分かる者には分かるように……。事実、王族からは魔術がほぼ失われた。王族は慌てふためき、畏れました。怯えました。なにしろ魔術が得意ではない王族は恥と、あなた様を追放したばかりでしたから」
恨むモノの顔で、ぞっとするほどの声で君主ハインは静かに告げる。
「彼らは魔術なき者の心を知らず、弱き者を不当に虐げた罰をようやく受けたのです。それがわたしの願い、わたしからあなた様を奪った罰。願望は正しく成就されました――」
君主ハインはそのまま過去を淡々と口にする。
「代償は、以後のわたしの人生全て。以降わたしは、朝の女神ペルセポネー様の地上を眺め、介入するための駒となりました」
「アホウなことをしおって……」
「それでも朝の女神さまはとても良識のあるお方、このような罪深きわたしにも同情してくださる天上の御方。あの方の眷属となったことを苦にしたことは一度たりともございません」
朝の女神がまともな存在だからこそ、君主ハインも真っ当な存在として民に愛されたのだろうが。
なかなかどうして、愛憎のこもった昔話である。
まあ王族の魔術が失われた原因のひとつが、この君主……殺されるようなことはしていたという事か。
「アンタが殺された理由もそれっちゅーことじゃな」
「迷宮最奥への攻略方法を教えろと拷問されましてな。一切口を割らないわたしに焦り、加減を間違えたのでしょう。やつらは王の密偵ですよ。以前にも拷問されたことがあるので間違いありません」
しれっと言っているが、まともな精神とまともな顔でこれを言ってのけるのだ。
結構怖いぞ、この男。
まあ蘇生されたばかりということで、精神のタガが外れやすい状況にもあるが。
どこかが狂いながらもまともな顔で美貌の偉丈夫君主は振り返り、ギルダースに腕を伸ばす。
「よくぞお戻りくださいました、殿下……どうか、このまま迷宮を攻略し王におなりください。それがわたしがあなた様にできる最大の贖罪。あなたへの罪滅ぼしなのでございます」
告げる男に、ギルダースはグヌヌヌヌヌ!
歯を剥き出しに三白眼を尖らせ。
「じゃかああしぃぃぃぃぃわ、こんボケカスが――っ!」
空気をぶっ壊す怒声と共に、君主ハインの頭にコミカルなチョップ!
見事ハインを気絶という名の睡眠状態へと移行させたが。
ま、そーなるわな。
まともでまじめな奴が責任を感じ狂うと、こうなるのだろう。
育ての親が勝手になんか苦しんで全ての王族に恨みを持ち、勝手になんか盛り上がって、勝手にいろいろとやっていて。
それで王になれと言われたら、とりあえず何言ってるんだおまえ……となって当然だ。
ギルダースが中を透視する僕を眺め。
「見ちょるんじゃろう、ペンギン陛下」
『なんだ、気付いてたのかよ』
「誰かのおかげで獣王を何度も倒したせいでレベルだけはあがっちょるからのう――相談なんじゃが……これ、ワイはどーしたらいいと思う?」
僕に相談されても困るが。
僕は言う。
『しょーじき……よその国の王権争いなんてくそ面倒そうだしなあ。もううちにくるか? 女神アシュトレトはおまえの顔を気に入ってるし、うちは天の女神信仰が盛んだからな。女神に好かれるおまえなら、たぶんかなり歓迎されるぞ』
「そうか、それもええかもしれんな――」
漏れていたのは疲れた男の苦笑である。
ま、そうは言っているが。
こいつは僕のウォーターサーバー計画に気付き、正義感からわざわざ首を突っ込んだ男だ。
このまま放置して僕の国に来るとは思えない。
とりあえず君主ハイン閣下を寝具に移し、部屋に戻った僕たちは普通に酒盛りを再開した。
人間、飲みたいときもあるだろうと、彼の酒に付き合ったのだ。