失われた魔術~女神の逆鱗~
蘇生された君主ハイン閣下を連れ、僕らは祭壇から城内に。
出迎えたのは、あまり多くない騎士や家臣、そして使用人たちだった。
彼らは城主が死んでもこの地に残っていた忠臣たちなのだろう。
少数だが、それでもその顔にあるのは安堵と僕らへの感謝の表情。
「旦那様っ!」
「ああ、神の奇跡がここに……女神さまは我らをお見捨てにはならなかった、そうなのですね」
主人の蘇生に感極まって泣き崩れる者もいる。
このハイン、本当にまともな君主なのだろう。
美の女神アシュトレトが気に入るほどのイケオジだということか。
まだ血の気が戻っていない君主ハインは、老いも一つのアクセントに変えてしまうほどの美貌で破顔。
「どうやら、苦労を掛けたようだな――この通り、わたしは帰ってきた。彼ら、いや、この方々のおかげだ。どうか丁重におもてなしをしてやってくれ」
「畏まりました、坊ちゃん」
と、最年長と思われる執事長が、涙をこぼさぬように表情筋を揺らし僕らに礼をする。
「すぐに最高の客室をご用意いたします」
「あぁ、えーと……あたしらはゆっくりでいいんで、まずは君主様の方をお願いできます? あたしたちもこの人がちゃんと落ち着いた状態にならないと、落ち着かないっすからねえ」
あのアランティアがまともな反応を示す辺り、この君主ハインのカリスマ性は本物だろう。
……。
まあ、だからこそ消されたと考えるべきか。
王族の末端であるマルメタラ君が御者の真似事をし、従者もつけずに僕らを迎えに来たという状況を考えると……人員はかなり不足しているはず。
そのカリスマ性を妬まれたのか危険視されたのか。
まあどちらにしても偉い人に睨まれて、君主でありながら置かれた状況もあまりよくないのだろう。
また狙われる可能性が高い。
その証拠とばかりに、僕は城の周囲をじとぉぉぉぉぉ……。
メンチカツも周囲を見渡し。
『ハインさんよ。どうやら、あんたが蘇ったことを嗅ぎ付けた連中がいるみてえだな。城の周囲に変な気配があるが、敵か味方か分かるか?』
「我が城の諜報員かもしれん……すまないが、まだ死んでいたときの状況が分からないのでなんとも」
『ああ、そりゃそうだな。ま、ぶっ飛ばしておいて味方だったら治せばいいか』
言って、ポキポキと器用に指の関節を鳴らすように水掻きを鳴らすが。
もちろん論外。
僕はグイっとフリッパーを伸ばし、クイクイっと柱の陰に合図を送る。
マキシム外交官の無駄に美形な密偵を借りていたので、彼に命令したのだが。
それを察したメンチカツが、ぬーんと顔を近づけ僕を睨み。
『なんでやらせてくれねんだよ!』
『おまえさあ……手加減できるのか?』
『あぁん!? 蘇生すりゃ一緒だろ? 嗅ぎまわってる方が悪いんだ、それぐらいは問題ねえよ』
フン! フン!
と、組んだ腕の獣毛を揺らしているが、絶対にやらかすことは分かっている。
僕が告げると角も立つので、僕は側近たるアランティアに目線をやっていた。
仕方ないっすねえ、と微妙にドヤりながらアランティアがまじめな顔で。
「待ってくださいっすよ、メンチカツさん。この規模のお城でこの人数の家臣って絶対におかしいですし、たぶん君主閣下以外にも死者がいるんじゃないっすか? 勝手な憶測なんで、違っていたら謝りますが」
と、アランティアは城内を一瞥し。
「たぶんっすけど、ここはダンジョン都市なんで……ダンジョンの方で何かあると騎士や援軍を派遣する必要があったりして、その都度、家臣は疲弊。重要な役職にあった人も大怪我を負ったり引退したりでジリ貧状態。ここにマカロニさんよりも回復魔術が得意な誰かがいれば、心強いと思いません?」
『なるほど、確かにオレは相棒よりも回復に長けているからな。そうだな、嬢ちゃんの言葉にも一理ある』
「周囲のスパイだか斥候だか監視は密偵の方とマカロニ隊に任せて、犠牲者の方をなんとかする。マカロニさんもそれでいいっすね?」
勝手に決めてしまったようだが、異論はない。
僕は冷蔵庫を召喚し、パンパン!
拍手するようにフリッパーを鳴らし、眷属召喚。
『おーい! マカロニ隊! ででこーい、仕事だぞ!』
言われたマカロニ隊は冷蔵庫の扉をバンと開け。
グワグワ、ガァガァ! ペペペペペ!
アデリーペンギンの愛嬌のある顔に邪悪な欲望を覗かせ、ギラり!
ダダダッダー!
アデリーペンギンの群れことマカロニ隊は猛ダッシュで城内を走り回り、ここは僕の縄張りだぞー! と、入り込んでいる人間を氷漬けにして回り始めていた。
ペタ足で猛ダッシュしているせいだろう、城の床に敷かれている絨毯にペタ足の痕が残っている。
『ハイン君主、勝手に僕の部下を徘徊させて悪いが――まあ安全のためだ。事後承諾で悪いが、問題ないだろ?』
「はい、助かります……。それよりも、本当に我が城になにかがいる、ということなのですか?」
『あんたら王族とか貴族なんだろう? 使用人たちはしょうがないだろうが……この国の王族は魔術至上主義って聞いていたんだが? そーいう探査魔術もちゃんとできていないのは問題なんじゃないのか』
僕の言葉に君主ハインはかつてを思い出すような、深く複雑な面持ちで息を漏らす。
「たしかに、そういう時期もありました。けれど、かつてそのせいで追放された子供の王族がいて……その、色々とありましてな。最終的には朝の女神さまの不興を買い、我ら貴族、特に上に立つ者は魔術の多くを失っているのです」
君主に続き、マルメタラ君が神話を語るように言う。
「その日、朝の女神さまは降臨なされ告げられたのです。『愚かな……魔術なき者の苦しみが分からぬと言うのならば、朕が教えてやろうぞ。呪われよ、悍ましき欲に囚われた血族よ。我が主の慈悲により授けられたその魔術、返して貰おうぞ。汝らが反省を示す……それまでは』と。以降、この大陸の王族からは魔術が失われ、ほぼ基礎的な魔術しか発動できなくなっているのです」
うわぁ……ここの連中。
あのまともそうな朝の女神を呆れさせたのか。
あんまり関わりたくないぞ、おい。
まあ、今回は朝の女神の頼みでもあるので、僕に火の粉が降りかかることはないだろうが。
どうやらやはり、この城でも朝の女神ペルセポネーを祀っているようで……。
あの女神が僕に話を持ち掛けたのは、敬虔な信徒を救いたかったということもあるようだ。
『ま、ここの王族の魔術がどうなろうと僕には関係ないが、乗り掛かった舟だ。怪我人や蘇生可能な家臣の治療は協力してもいいぞ?』
「お礼の方は、後ほど確実に――」
『ああ、その辺も気にするなとは言わないが……そうだな、とりあえずうちのマカロニ隊をこの城でしばらく住まわせたい。その世話を頼めるならそれを報酬にしたいんだが、どうだ? ウチのあいつらはしょーじき、かなり面倒だからそれでも良かったらだが』
僕の提案に、君主ハインも従者たちも承諾。
よーし!
これであいつらを押し付けることができる!
僕とメンチカツ、そしてアランティアは協力して治療を開始した。