正体バレ~このペンギン羽毛が目に入らぬか!~
時は夕刻前。
場所はダンジョン都市ハイン周辺を治める君主の居城。
城に着くまでに何度かの襲撃を受けたが、僕とアランティアが全て撃退。
御者をやっていたおどおどした王族、マルメタラ君は戦闘に関してはさっぱりなのか、襲撃に気付いていない様子だったが――ともあれ。
腐敗や亡霊による干渉を防ぐ、聖職者の結界が冷厳な空気を発する中。
君主ハインの遺体が安置されていた祭壇にて。
神秘的な空間に、海を讃える詠唱が走り出していた。
いつもは強面で間抜け面という、相反する性質を持っているメンチカツがまじめな顔でゴムクチバシをグワグワグワ!
獣毛を、濃淡が分かるほどに魔力で輝かせ。
カカカカ!
『全ての命の源よ、荘厳なる慈悲たる大海よ。我が名、我が願いを聞き届け給え。我が名はメンチカツ、毒竜帝メンチカツ――彷徨える哀れな犠牲者に命の息吹を捧げしケモノ! 女神ダゴンよ、我は汝の眷属にして海の如き抱擁を伝えし、代弁者なり!』
うわぁ……すげえ良い声での詠唱だし。
マジでまともだ。
と、思っていたのだがメンチカツさんは邪悪なヤクザ微笑を浮かべて、にひぃ!
『はは、これで誰が殺したか事情が聞ける。そいつらはぶっ飛ばしていいんだろ? さっさと蘇りな、人類の君主よ! 上位蘇生魔術<毒竜帝の恩赦>!』
メンチカツの解放した蘇生魔術が、祭壇に安置された君主ハインの遺骸の損傷を修復。
その迷える魂を現実世界へと呼び戻す。
まあ、ようするに蘇生は成功だ。
安置されていた君主ハインはたしかに、眉目秀麗。
女神アシュトレトが気に入りそうな美形……いわゆるイケオジらしく、よくやったぞメンチカツよ! と、アシュトレトのご満足の声が聞こえてくるが無視。
半身を起こした君主ハインが、蘇生された直後の不安定な状態で顔を顰め。
手をワキワキ。
血が通い始めたおかげかせいか、指先が通常よりも熱く感じているのだろう。
「これは……いったい、わたしは死んだ筈では……」
「叔父上!」
「その声はマルメタラか、いったいほんとうに、どういうことだ……これは、それにこの……」
イケオジな君主閣下は僕たちを見て、目を擦り……俯き。
再度顔を上げ、やはり僕たちを目視で確認し告げる。
「こちらのカモノハシにペンギンの魔獣は」
ま、そーなるわな。
僕だって暗殺者に殺されて、目覚めたらいきなりカモノハシとペンギンが顔を覗き込んでいたら――とりあえず正気を疑うか、悪夢だと勘違いするだろう。
蘇生を成功させドヤ顔なメンチカツが僕に向かい、ん? ん? っと褒めて欲しそうにアピールしているのでそれも無視。
『とりあえずあんたを蘇生させた存在ってのは確かだろうな。ああ、報酬や感謝は後でいいぞ。こっちも損得で動いているだけだからな』
「……貴殿はもしや、あの魔境と呼ばれし恐ろしき大陸の」
『へえ! なるほどなあ、東大陸にも僕の話は伝わっているのか。あるいはあんたが有能だから情報が広いのか。どっちにしろたぶん想像通りの存在だ、で、こっちがカモノハシのメンチカツ。僕の同類だよ』
君主ハイン閣下は顔面蒼白となっているようだが、マルメタラくんは僕が獣王で異国の王さまペンギンだと気付いていないようだ。
「叔父上? この方々とお知り合いだったのですか?」
「知り合いも何も……いや、マルメタラよ……よもやこの方々に無礼は働いておるまいな?」
「申し訳ありません、実は――」
マルメタラくんは王族としては未熟な顔で、だが純朴そうな顔で事情を説明する。
暗殺され短期間で、港町がどこかの王族の派閥に取り込まれた事。
海外からの船を脅していた事。
国家全体が不安定になっていることなどを告げ、最後に僕たちとの経緯を語り。
「大まかな報告は以上となりますが……」
蘇ったばかりでただでさえ青褪めている君主ハイン閣下の顔から、サァァァァっと血の気が引いていく。
ぶっちゃけかなり可哀そうではある。
白く大きな手が顔を覆っているが、その心痛は相当なものだろう。
「そうか、手遅れであったか――我が国の愚かなモノたちが大変な失礼をした、マカロニ殿。事態を把握できていない上に大きすぎる問題ゆえ、公式な謝罪は後日とさせていただきたい。本当に、申し訳ない。ただただ、頭をおさげするしかこちらにはできぬのだ、すまない」
偉い人のガチの頭下げである。
それも暗殺されて蘇生されたばかりでこれだ。
『おい、相棒……』
『分かってるよ。えーと君主ハイン閣下――僕らは今回、国家としてやってきているわけじゃない。あくまでも名義もあんたらが魔の大陸と呼ぶあちらと、中央大陸、二つの商業ギルドの代表取締役として交易に来ただけ。最悪の事態だけは一応避けられてるぞ』
後ろのギルダースが、三つの大陸の商業ギルドを取り仕切っている大富豪にケンカを売った時点で、大ごとじゃろ……とギザ歯を三角にしているが。
ともあれ。
「そちらの侍傭兵殿は……」
『中央大陸にいる僕の連れだ。ああ、僕は中央大陸のギルドマスターも兼任してるから部下にもなるのかな?』
「中央大陸に進出しているとは耳にしておりましたが、よもや二つのギルドを押さえていらっしゃるとは……それに、そちらのお嬢さんはまさか」
おっと、この閣下。
アランティアが雷撃の魔女王ダリアの娘という事も察知していそうである。
ここまでくると、何らかの女神の加護を強く受けている可能性もあるな。
マルメタラくんが言う。
「叔父上、この方はいったい……わたしにとても親切にしてくださったのですが」
君主ハイン閣下が僕に言っていいか――。
確認するような目線を寄こしてきたので、僕は祭壇の魔力照明で羽毛を輝かせ頷き返す。
「悪の……いや、大国たるスナワチア魔導王国についてはおまえも聞いたことがあるだろう。この方はおそらくあの国家の現国王、氷竜帝マカロニ陛下。本来ならば王族の末端のおまえとて、頭を垂れたまま、許しがない状態では一言も口を開いてはならぬほどのお方だ」
「あのスナワチア魔導王国の!?」
「口を慎め!」
「も、申し訳ありません……っ」
こーいう反応をされると困ってしまうのだが。
僕の後ろの問題児二名、アランティアおよびメンチカツは、わりとドヤ顔である。
ギルダースはあまりこの君主殿と顔を合わせたくないようだが……。
『まあそーいうことだ、詳しく事情を聞かせて貰うぞ。こっちは実は朝と天、二つの女神の命でやってきている。問題ないな?』
「は――! 全て陛下の御心のままに」
周りを見る能力にも長け、礼節も弁えた有能のようだ。
さすがの僕もこの君主を弄る気にはならず。
本当に配慮をした対応をすることにした。