商品説明~無駄に有能なだけに普段のこれが残念過ぎなんだよ、おまえら~
町ぐるみで海外からの商船に私的な関税をかけていた、東大陸イワバリアの港町。
騒動の火種を発火させたのは向こうなわけで、こちらは一切悪くない。
とりあえず王族がいるという場所で、話し合い、となり町を発ったのだが――どうなることやら。
なんか後からずっと、ダダダダダ!
こっそりとしかし猛ダッシュで、ついてきている気配もあるし……。
ともあれ。
僕らは用意された馬車に乗り込み、ガタガタガタ。
港町で引き揚げられた魚介類が腐らない距離にある大きな隣町、ダンジョン都市ハインへとやってきていた。
このハインがダンジョン都市と呼ばれる理由は単純。
町の中心に大きな迷宮が存在しているのである。
とても賑やかな街なのは行き交う人の数が証明している。
国の客人を招待する馬車が珍しいのか、すれ違う人々は皆振り返っているが――そこに悪意はない。単純に物珍しいだけといった印象である。
窓から見える町並みにあるのも、談笑しながら歩く戦闘職の群れ。
迷宮を使い都市を成功させた様子だが、この馬車が向かう先は迷宮や宿ではなくダンジョン都市ハインを治める君主の居城だった。
平和な街並みとは裏腹に平和ではない扱いを受けた僕は、馬を引く御者の男に言う。
『それで、僕らをダンジョン都市の君主様の元にお連れして、どーするつもりなんだ? 言っておくが、契約は契約だ。びた一文まけたりしないし、武力行使で黙らせようってんなら僕の用心棒のゴムくちばしが黙っていないぞ?』
用心棒ということになっている毒竜帝メンチカツが、ふんふん!
茶色い獣毛を輝かせ、ムフー!
『そういうことだな、相棒。こいつらがなんか企んでやがるなら、オレは一切の容赦なく暴れていいんだろ?』
『いや、まあ手加減は必要だろうが……そーいうことだ。それも契約に含まれてるから安心しろ』
御者の男が、ぎょっとした様子で背中を揺らす。
身なりだけは良いがまだ若い、おどおどとした印象の御者である。
年齢は高校生ぐらい、といったところか。
「あのぅ……こちらに悪意はないので、本当に勘弁していただけないでしょうか?」
『あぁん!? 悪意がないならなんで積み荷をわざと崩しやがった?』
「そ、それは……その。大変申し上げにくいのですが、この国では現在王権争いが起こっておりまして……」
おうけん?
と、カモノハシな顔をうにゅっとしているメンチカツに教えるべく、僕はクチバシをフリッパーに当てながら咳払い。
『王位継承権の争い、よーするに次の王様は誰かって話だな。なんだ、何代目かは知らないがイワバリア王が崩御でもしたのか?』
「いえ、まだ崩御の報告は受けてはおりません。ですが、王も既に八十を超えた御高齢。次代の王を選定するのはまだ頭が働く今しかないと、継承権を持つ王族全員に難題を与えまして……」
馬を操る御者の青年は、はぁ……と背筋を丸めて重い息を吐き。
「この迷宮都市のダンジョンの最奥に到着し、秘宝を回収した勢力に<王の玉璽>を継承させると宣言されて、この有様ですよ」
『ぎょ、ぎょくじ?』
『文化が違うから絶対とは言わないが……たぶん王が公務で使う<印章>の事だ。僕だって商業ギルドの代表として書類にでっかい印鑑みたいなのを押してるだろ、あれみたいなもんだ』
よーするに王権を引き継いだ証になるのだが。
アランティアが言う。
「迷宮の最奥ってことは完全攻略って事っすよね? ここの王族ってそんなに強いんすか?」
「……おい嬢ちゃん。なんでワイをみちょる、ワイは知らん」
「あれ、だってギルダースさんは」
あぁあああああああぁぁ!
さらっと秘密をばらしそうになるアランティアを妨害するように、じろっと睨んだ僕は話にクチバシを挟み。
『御者さんさあ、それでどうなんだ? 印鑑をペタペタしてる系の王族にダンジョン攻略なんてできるとは思えないが』
「力と言っても色々とありますからね……人を雇い迷宮を攻略させるのも力ですし、優秀な人を雇うのにも金か人望、どちらかは要る。顔が広いことも王の力でしょうし、派閥を利用できるのも王の力。ようするに、結局は最終的に迷宮を踏破できるならば王の資質あり、王はそう判断したのでしょう」
なるほど。
『それで手段を選ばないどっかの勢力が、外国からの助力を邪魔しようとあんな嫌がらせをしていたと』
「はい、お恥ずかしい話その通りでございます」
『相棒、どーいうことだ?』
話を聞いていたギルダースが、すぅっと瞳を細め言う。
「こんイワバリア王国の中だけで強い勢力をもっちょる連中にとっちゃ、外から入ってくるものは全部が他の勢力の助力判定になっちょるんじゃろ。だから邪魔をし、二度と入ってこんようにする」
『はぁ!? そんなことしていいのか? 王権を継いだ後に交易がメチャクチャになってるのも困るだろうが』
「そーいうのが見えない王族もいるって事っすよ、ああ嫌だ嫌だ。あたし、こーいうのはあんまり好きじゃないっすねえ」
王権を優先するか、国を優先するか。
ま、僕には関係のない話か。
今は宰相みたいな動きをしているマキシム外交官が、このまま王となっても大丈夫でありますよ? と、頑張ってくれてるし。
賑やかな街から離れ、迷宮に近づいてくると景色も変わってくる。
直接的に争ってはいないが、喧騒が漏れ伝ってくるようになっていた。
どの勢力が迷宮を踏破するか、その辺で縄張り争いのようないがみ合いが発生しているようだが――。
それを不機嫌そうに眺めたギルダースが、無精ひげを擦りながら言う。
「こげん感じじゃ、まだワイらへの嫌がらせはあるじゃろう。ハインの街も似たような感じじゃろうな。なあペンギン様よ、いちいち他所のゴタゴタに付き合っても時間の無駄、用が済んだらとっとと帰ってもええじゃろ」
『まあ賠償金を回収したら、そーするか』
女神たちには一身上の都合により、帰国しますとでも言えばいいだろう。
羽毛の脇から取り出したコップに、水と氷を召喚しチュルチュルチュルとしていると――おどおどとした御者が目線だけで振り返り。
「そのぅ……」
『なんだ?』
「蘇生回復アイテムを破壊されたという話は本当なのでしょうか?」
『あぁん!? 相棒を疑うってのか!?』
瞬間湯沸かし器なメンチカツさんをステイさせ。
『違う違う、たぶんこの人は蘇生なんてできるのかって聞きたいんだろ』
「は、はい。誤解させてしまい申し訳ありません。それでその、本当に死者をよみがえらせることができるんでしょうか!」
なかなかに声を張り上げていたので、馬車の外の連中も「なんだ?」と振り返っている。
自分でもあそこまでの声を出すつもりはなかったのか、おどおどとした御者はカァァァッァアっと顔を赤くし。
「す、すみません……」
『まあそーいう効果があるってのは本当だ。ただし使用条件もかなりあるから万能の蘇生回復アイテムとは言えないぞ』
「条件、というのは」
開発に携わったアランティアが言う。
「まず遺骸の欠損が激しいと蘇生してもすぐ死んじゃいますし。魂が輪廻する前に蘇生回復アイテムを使わないとやっぱり遺骸だけが元に戻って、即座に邪霊とかに憑依されちゃうんで意味ないですし……まあようするに死んだ直後、ダンジョンとかで使う用っすね」
『風邪とか死んじまった場合は蘇らせても同じ原因で即死んじまう、まあ僧侶や神官みたいなヒーラーがいりゃあこれで時間稼ぎしているうちに病気を治療するって手もあるだろうが――寿命やら老衰で死んだりしてたんなら、それこそあんま意味ねえな』
うわ、なんかまともに見える。
僕が見直すというより、普段もそれくらいまともでいろ……という、ジトォーっとした目線を向けていたからだろう。
奴らは揃って、ジトーな目線をこちらに返してきている。
「マカロニさん、前々から思ってたんすけどあたしたちの事バカにし過ぎじゃないっすか?」
『気のせいだろ。そんなことより、御者の兄さんさ。誰か蘇らせたい人でもいたのか? 無駄に期待させちゃったなら、少し悪いと思ったんだが』
おどおどとした御者が言う。
「それがその……周りには言わないでくださいね? な、内緒ですよ?」
『そりゃ、時と場合によるが……』
「実はその……いま向かっている城の君主ハイン様が、先日、何者かに殺されてしまいまして……」
あ、うん。
けっこうなおおごとでやがるな。
『それはなんというか、お気の毒だが……それにしては町が落ち着いてるな。普通君主がなくなったならひと月ぐらいは半旗を掲げたり、喪に服すもんじゃないのか』
「だ、だから内緒ですよと言ったじゃないですか」
『おいこら! 僕たちを巻き込もうとしてやがるな! そんな事情なら帰るぞ!』
咆哮を発する僕に反応し、馬がヒヒンと跳ねる中。
「ま、待ってください! あなたたちに頼るしか道がないんです!」
『そっちの事情なんて知るかぁぁぁああぁぁぁ! こっちから首を突っ込むならともかく、権力争いに巻き込まれるのはごめんだぞ!』
「お願いしますっ、お願いしますっ!」
お願いされてもさすがにこれは無理判定。
アランティアも複雑そうな顔で、んー……と唸り。
「あたしたちは部外者っすからねえ。事情をよく知らないで勢力バランスを崩すのも良い事か悪い事か、判断できないんっすよ。だいたい、なんであたしたちを?」
「朝の女神さまが、あなたたちならなんとかできると天啓をくださったんですっ」
……。
女神案件か……。
しかし、朝の女神は比較的まともな部類の女神だった。
メンチカツが言う。
『ほう、中央大陸と違って、こっちじゃあちゃんと女神信仰があるんだな。で? どーするんだ、相棒。オレはどっちでもいいぜ』
『正直、責任問題になる介入はしたくないんだが。ギルダース、おまえはどうなんだ?』
必殺、答えを他の誰かに言わせて責任回避の術!
「君主ハインはまともな男じゃ、まともだから殺された。ワイが生きているのも、ハインのおかげじゃ。そー考えると、思う所はある……それが本音じゃな」
がっつり関係者か。
どっちでもいい僕は天を見上げ、今回の事件に僕を関わらせているアシュトレトの指示を仰ぐが。
帰ってきた反応は、美形のイケオジだから蘇生させよ! とのこと。
『上からの指示だ、そのハインって君主の件だけはどーにかしてやるよ。それで、そんなことを知っているおまえは一体誰なんだよ? ここまで秘密を知ってるんだ、まさかただの御者ってわけじゃないんだろ?』
「は、はい! 失礼しました!」
おどおどとした御者は、背筋をピッと伸ばし。
「わたくしは、ハインおじさんの従者で甥のマルメタラ=フォン=ハインリヒ。王位継承権には該当しない、分家の王族です」
うわ、そこそこの地位の貴族というか王族だった。
ならば、後ろにずっとついてきている気配は、この青年を狙っていた可能性もあるか。
王族を名乗った途端に、殺意が発生している。
『聞きたいんだが、後ろの野蛮そうな連中はお前の知り合いか?』
「後ろの連中? なんのことですか?」
『いや、知らないならいいんだが。少し待ってろ』
僕はこのマルメタラ君に天啓を下した朝の女神に、ビビビっと念を送信。
そっちの意向に従うと指示を仰ぎ、またしても責任回避!
反応はというと、この青年を助けてやって欲しいとのこと。
どうやらやっても問題なさそうだ、と僕は恐竜のような瞳を赤く輝かせ……とりゃ!
両のフリッパーを胸羽毛の前で合わせ、パン!
朝の女神の力を借りて、魔術を組んで罠を設置。
地面を溶かす泥沼と、踏むと氷柱を発生させる仕掛けを作り知らんぷり。
追撃者たちが泥沼にハマった、その瞬間。
氷柱で散弾攻撃――膝から下だけを壊死させる勢いで、泥沼を氷漬けにしていた。
アランティアが言う。
「うわ……あの足、たぶん普通のアイテムや治療じゃ一生治せませんよ……えぐすぎないっすか?」
『朝の女神の指示だ、僕のせいじゃない』
「……ほんとっすか?」
そもそもウチの商品なら治るし。
高く売りつけてやることも可能だったりする。その辺を含めて、エグイといっているのだろうが。
『相棒の言葉じゃねえが、オレにも女神の声が聞こえるからな。そっちの小僧をどうにかして助けてやってくれってニュアンスだったのは本当だぞ』
「まあメンチカツさんが言うなら嘘じゃないんでしょうが……」
メンチカツは嘘をつきにくいし、ついたとしてもすぐに分かる。
その言葉をアランティアも信用したようだ。
よっし!
無関係なら全部女神に指示を仰ぎ、責任を押し付ければいいじゃない! 作戦はけっこう使える。
こちらのやりとりをマルメタラ君は理解できていないようだが、まあ命を狙われている自覚もなかったのだろう。
僕らを乗せた馬車は、君主ハインの居城へとたどり着いた。