プロローグ~神を連れし追放者~
どんぶらこっこ、どんぶらこっこと商業ギルドの商船は東へと進む。
商業ギルドの代表たる僕も当然、その船に乗っていて――。
周囲に広がるのは、潮の香りと磯の香り。
ペンギンの僕としては、このまま海に入って狩猟でもしたい気分だが……まあ漁業権とか、この地域のそーいうルールが分からないので保留中。
氷竜帝マカロニと愉快な家来たち……僕らが東大陸イワバリアの港に到着したのは、中央大陸の復興が終わった翌年の事だった。
入港ももう間近。
停泊している港は狭く……潮風と湿気も強い。
さわやかな気候とはお世辞にも言えないだろう。
今は入港許可を取ろうと側近のアランティアが、町娘の姿で書類申請中。
せっかちカモノハシな毒竜帝メンチカツも、アランティアと共に先に入港。
貿易許可書を提示している筈なのだが……。
なかなかに時間がかかっている。
今回もメンバーは僕とアランティア。
どうせ泳いでやってくるだろうからと、同行することになったメンチカツ。
そしてこの東大陸イワバリアの王族だという侍傭兵ギルダース。
彼はいまだに呪われたままだが、変化はちゃんとあった。
一年もすると呪われた装備にも慣れてきたらしいのだ――。
敵を求めて狂戦士化することはなくなっている。
その筈なのにだ。
ギザ歯の王族、侍傭兵ギルダースが口を三角にし……じぃぃぃぃぃ。
鋭い視線を僕に向け、告げる。
「で? なしてワイの帰国に悪の枢軸スナワチア魔導王国の国王陛下がついていらっしゃってるんじゃ?」
『仕方ないだろう、僕の一応の主人である天の女神アシュトレトがおまえを気に入っちゃってるし、その呪いの装備も結局外せてないし……神として責任を果たせって上の連中にニヤニヤされちゃってるんだよ』
まあ呪いの装備の件は僕のせいでもある。
だが――!
僕は天を見上げて神に向かいメガホンスピーカーを向け、嘴をガガガガ!
『なあ! ちゃんと呪われてても理性を維持できるように調整したんだから、もう僕がいなくてもいいんじゃないかー? 責任は果たしただろー!』
『なーにを言うておるか妾のマカロニよ! そのギルダースには妾の加護を施した、いわば妾の眷属じゃ! 先輩眷属のおぬしがちゃーんと面倒見てやらねばならぬであろう!』
今の声はアシュトレトである。
どうも彼女と主神は僕を東大陸に連れて行きたいらしい……。
潮風を受けて”しょっぱく輝く”羽毛をウォーターサーバーの水で洗浄しながら、僕は言う。
『なぁギルダース。本当に僕がついていって意味があるのか?』
「意味もなにも、なぜにおんしらがワイの国に来るのかその時点でよう分からんのじゃが? そもそもなにゆえにワイがこげん変な連中に絡まれなければならんのじゃ!?」
『いや、僕にだって分からんし。おい! 女神! そこんところはどーなんだよ!』
天がペカーっと光りだし。
『妾は眷属を愛する、美しき者を愛する。それは外見の美醜だけではなく、心の美しさも含まれるという事じゃ。妾が力を貸してやる故、安心せよ。これがご安心保険というやつじゃ』
『いや、意味分からないし。いきなり不審な女神に言われてご安心できるわけないだろ……』
僕は入港許可がなかなか下りない港町を見ながら。
『そもそもだ、ギルダース。王族のおまえがなんで中央大陸になんていたんだよ。冒険者としてはそれなりに活躍してたのも、ちょっと暴走気味だが正義感で行動してたのも知ってるが』
「……この国イワバリアでは魔術が使えんモノの立場は低い。ワイはあまり魔術が得意じゃないけん、追放されたんじゃ。しかもご丁寧に、追放の罰じゃと手首の筋まで奪われてな」
まあそれでも、今では武器も握れちょるし――基礎レベルも上がって並の魔術程度なら使えるようになっちょる、と。
手首の筋をクイクイしながら魔力を操作して見せるが。
その握り拳には武器による鍛錬の痕と、治療の痕。
魔道具を装備し、魔力操作を繰り返し鍛錬した名残だろう痕が浮かんでいる。
『ああ、こーいう部分がアシュトレトに評価されたのか、おまえ……可哀そうな奴だな』
「同情は好かん。ワイが追放されたのはこの国に合わんかったからじゃ、そしてこの国にとって魔術は絶対じゃ。王族のワイが魔術をうまく行使できない、それは王族の権威を失墜させる大罪。それだけで死罪でもおかしくなかったからのう。仕方なかったのじゃ――じゃからな、この国の連中のことは嫌ってはおらんのじゃ」
うわ、地味に重い話題でやがる。
彼を気に入った女神アシュトレトも、そーいう部分で何かフォローしたいのかもしれない。
だが!
眉間にちょっとした皺を作り、ジト目で見上げて僕は言う。
『いや、僕が同情してるのはあのアシュトレトに好かれたって部分だぞ?』
「そーはいうが、女神様なんじゃろう? この国でも女神アシュトレト様といえば、天の女神にして美の女神。恩寵を賜ったという事は名誉なことであると認識しちょるが」
『まあおまえがそれでいいなら僕は構わないが……知らないっていいことかもしれないな……』
どうせなら夜の女神様だったら良かったのにと突っ込むと、天から隕石でも降ってきそうなのでやめておこう。
しかし、僕も少しはこの男について見えてきた。
『しかし、そうかなるほどな。その不安定な訛りとか方言は魔術操作が苦手なせい、翻訳魔術を制御できていないせいなのか』
図星のようである。
愛嬌のある精悍と言えなくもない無精ひげ男が、プイっと顔を逸らし。
ふん!
「そもそもじゃ――他の大陸の言語をふつーに喋る連中がおかしいんじゃ! ワイのせいやないじゃろうが」
『そーは言うがなあ。この世界での基本会話はほとんど翻訳魔術っぽいからな。魔術が苦手だと苦労もしてたんだろうが……それならいっそ翻訳魔術を通さず、ふつーに覚えればよくないか? その方が簡単だろう』
告げる僕をじっと睨み、腕を組んだギルダースが目を尖らせ。
「はぁぁぁ!? アホぬかせ! 言語を覚えるのがどれほど大変か知らんのか、こんペンギンが!」
『そうか? 僕はちゃんと自分の大陸の言語も、中央大陸の言語も覚えたぞ?』
「はん! 口ではどーとでも言えるきに、なんの証明にもなっちょらんわ!」
そー言われると思っていたので、僕はサラサラサラと”東大陸の言語”を空に刻み。
グペペペペ!
様々な種族の言語で言葉を放ってみせていた。
『どうだ! 見たか! 努力すれば届くってことが証明されたな!』
「な!? ほんとうに、意味の分からん詐欺ペンギンじゃのう……本気で覚えよったんか!?」
『詐欺を生業にするならニュアンスや言語は大事だからな。翻訳に齟齬がでると契約魔術にも齟齬がでる、こっちにくるまでに一年の猶予もあったからな。簡単だったぞ?』
「いいや! 絶対になにかズルをしたにきまっちょる!」
失礼な奴である。
まあ実際、この言語学習には確かに種があるのだ。
『おまえらの大陸では種族が多すぎて言語が統一されていないんだろ? だが基本は一緒だからな、一つの種族の言語を覚えれば後は多少ずらすだけで問題なくいけたんだよ。実際にここの全部の言語を覚えきったわけじゃない』
「一つの言語を一年で覚えただけでチートじゃろうが、チート。しれっと天才アピールか、いけすかんペンギンじゃのう! いつも偉そうでムカついちょった兄を思い出して腹が立つんじゃが!?」
『お前の兄なら王族だろう? そりゃ偉そうじゃなくて実際に偉いだろ』
なに当たり前のこと言ってるんだ?
と、僕は揶揄うように見上げたままである。
相手が目線を逸らしたので僕の勝ち!
チッと舌打ちをしたギルダースは、そのまま呪い甲冑の隙間に手を入れ。
煙草を取り出し一服。
空を泳ぐ煙を眺め、自嘲気味に言う。
「だいたい、なんでワイがここに戻らんとあかんのじゃ。追放された身じゃきに、長居などする気はないんじゃが」
『女神に言ってやれ、全部あいつの指示だ。僕も知らん』
「これが天啓や神託っちゅーやつじゃろうが、女神さまは何を考えておられるんじゃ」
その肝心のアレはもう反応してこない。
本当に、自由な連中だと僕は思う。
『ま、おまえはおまえで好きにすればいい。僕は僕で利益を追求する――中央大陸から来た商業ギルドの代表として、こっちの大陸にも挨拶しないわけにもいかないしな。せいぜい利用させて貰うぞ』
「利用も何も追放された王族じゃと何度も……」
『ああ、別にいいんだ。血さえ本物ならこっちは問題ない。交易に必要な証明書に添付する資料に一滴垂らして貰えば”王族”ってことの証明だけはできるからな』
言って、僕はこちらに持ち込んだ<ペンギン印のウォーターサーバー>の販売許可申請書を取り出し。
鳥足で背伸びし、ググググ!
『ってことで、ここに血判頼めるか?』
「押すわけないじゃろうが! きさんがやっておった詐欺、ワイはまだ許しておらんのじゃぞ!」
『人聞きが悪いな、あれは対等な契約。ウォーターサーバーを設置する前にちゃんと注意事項が書いた紙はつけるし。契約書にも書いてあるぞ?』
「”もう二度と他の水が飲めないかもしれない! それほど美味しい魔導水!” そう書いちょるこれのことか?」
ちゃんとした注意事項である。
『なにか問題があるのか?』
「これじゃあただの謳い文句! 本当にもう二度と飲めなくなるとは思わんじゃろう!」
『はいはい、正論です正論です。まあこれくらいいいじゃんか、おまえを追放した国なんだろう? こっちはちょっと王族のお墨付きが欲しいだけなんだ。血判ぐらい押しちゃえって』
「アホ抜かせっ、ワシはたしかに追放されたが王族として民を思う気持ちは残っちょるんじゃ!」
使えないやつである。
いや、まあ王族にしてはまともな倫理観があるともいえるが。
こちらが証文やら許可証に血判を欲しがり、ガァガァ! 交渉していたのだが、ふと僕たちのやりとりが止まりだす。
魔力の流れを感じたのだ。
この魔力は……ああ、うん。
メンチカツだ。
魔術の腕は並しかないが、魔力を読むのには長けているのだろう。
ギルダースが言う。
「おい、待てペンギン……この魔力は」
『まあメンチカツが暴れてるんだろうな』
申請書類自体にミスはなかったはず。
そしてメンチカツがキレやすいといっても、さすがに難癖をつけられなければこうはならない。
何かトラブルがあったのだろう。
まあ訳アリの王族を連れ帰ったのだ。
何か起こるとは思っていたし、起こるならとっとと騒動を起こした方がいい。
だからこそ、あの二人に行かせたのだが――成功だったようである。
が、そんな策士の僕を見て。
じぃぃぃぃぃぃ。
ギザ歯をぬぅっと尖らせたギルダースが僕の顔を覗き込み、あぁん!?
「ちょっと待て、おまん……わざとじゃな?」
『そんなことより、ほらとっとと合流するぞ』
僕はどさくさに紛れて誤魔化し。
騒動現場へと走り出した。
これが東大陸イワバリアの騒動の始まりであり。
僕たちが巻き込まれる王位継承争いの始まりでもあった。