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エピローグ―中央大陸事変―


 中央大陸に新たな風が吹き込んでいる。

 魔術悪用を裁くベヒーモスが通った道は地面がえぐれていたが、そこを再利用。

 インフラに転用されて全て舗装、立派な馬車道が完成していた。


 太陽熱を魔力に変換する赤レンガの道は常に明るく。

 今回の事件をきっかけに更なる発展を遂げているデモモシアの街まで続いている――。

 そしてその赤き道に等間隔で建設されたのは、とある新しき神の神殿。


 そう。

 僕こと、<氷竜帝マカロニを祀る神殿>である!

 ちなみに、神殿がなぜ等間隔で設置されているかと言うと、旅人が距離を正確に測れるようにとの配慮である。


 僕の神殿では金さえ払えば宿泊可能。

 金がなければ祈祷や仕事で払える仕組みになっているので、お金に余裕がなくとも問題なし。

 旅もしやすくなり、流通も発展するだろうとは内政に優れたマキシム外交官の推測である。


 そうそう。

 ベヒーモスを天に送り返した僕の逸話は既に全土に広がり、僕のグッズは人気爆発。

 特にマカロニ印のマカロニ人形は子供に大人気で、僕を見かけると子供が近寄ってくるようになってしまったのが玉に瑕である。


 終わり良ければ総て良しとも言うが。

 中央大陸はこれで平和になったのだ。

 ああ、平和だ、平和だ。

 何も問題ない……。


 と、冒険者ギルドの執務室にて、保管と記載を求められた顛末書を書こうとしたのだが。

 額にあからさまな青筋を浮かべたカマイラ=アリアンテが叫ぶように言う。


「問題ないわけないでしょう! 問題大有り、大問題よ!」


 不正せずに実力でギルドマスターになっていた彼女は、傲慢で権威を重視する傾向にあるが、それでも優秀には違いない。

 こいつに冒険者ギルドを任せようと思っているのだが。

 羽毛をモフっと膨らませ僕は言う。


『何が問題なんだよ』

「あなたがあたしたちを騙して設置した<ペンギン印のウォーターサーバー>はどうするのよ! あれからもう二度と他の水が飲めなくなっちゃったんですけど!?」

『それの何が問題なんだ。ずっと契約し続ければいいだけだろ? 不当な料金でもないし』

「いざとなったら水を止められる、それって命を奪える……逆らえないのと一緒じゃないの!」


 まあ実際、そのための水だし。

 ふかふかクッションに腰掛ける僕は、足をビローンと投げ出したまま。


『だいたい、ちゃんと契約書を読まずに契約したのはそっちだからな。僕は一切悪くないぞ』

「説明をしないで契約させるのは違法でしょ」

『説明をちゃんと聞かなかったのはそっちだって聞いているが、違うのか?』


 うぐぐぐぐっとしているカマイラ=アリアンテであるが。


『まあ僕のウォーターサーバーが設置されている場所は、僕の支配地域。破壊されたら建物ごとマカロニ隊が直しに行くし、僕の傘下ってことで喧嘩を売ってくる連中も少なくなる。なにより水の質は本物だ。そう悪い話だけじゃないだろ』

「そりゃあそうかもしれないけれど……」

『実際、メンチカツがぶっ壊したギルドの中で、ウォーターサーバーが設置されてる場所だけは即座に復旧されてただろ? 安全を買ったって思うんだな』


 彼女が不満に思っているのはおそらく、その値段。

 手取り収入に応じて、レンタル料が上がっている件だろう。

 どちらにせよもうあの水は手放せないと知っているようで、カマイラ=アリアンテが<ウォーターサーバーの広告>を眺めて告げる。


「本当に安全性が増すんでしょうね?」

『ウォーターサーバーを設置する場所は僕の縄張り、それは保証するぞ』

「そうね、まあそう考えると一番安全な場所になるのかもしれないけれど……もうちょっと安くなったりしないのかしら」

『金持ちほど狙われやすいし危険が多いんだ、その上乗せ代金って思って貰うしかないな』

「はぁ……なんであたし、真っ先に設置しちゃったのかしら」


 それは背広マントな伊達男にして、実は午後三時の女神の使徒だったゲニウスの策略なのだが。

 ……。

 僕はふとカマイラ=アリアンテを見上げ。


『なあおまえ、一つ聞いていいか?』

「なによ」

『借金のカタにゲニウスに差し押さえられた”形見の品”ってなんだったんだ』


 問われたカマイラ=アリアンテは、しばしの間の後。

 過去を懐かしむような、もう二度と戻れない遠くを眺めるような顔をして。


「色々とあったんだけどね、一番悔しかったのは兄さんの形見かしら。兄さんね、すごく執着心が強い人で……いつも自分のモノをアイテム収納空間にしまい込んで、これは誰にも渡さない! なんて家族にも絶対取るなよって言っちゃう変な人で」


 でもね、と彼女は悲しそうに眉を下げ。

 けれど、もはや昇華した思い出とばかりに告げる。


「あの日の兄さんは違った。兄さんはなにか追われているような顔をしていて、でも何があったって聞いても何も言ってくれなくて……でも、これを預かっていろって、一番大切にしていたこの”古ぼけたタイピン”を寄こしてきたのよ」

『どれ、まあ……悪いけど、本当に”古いだけのタイピン”だな。子供用か?』

「ええ、そう。あたしも兄さんもまだ小さかった頃に、あたしが作ってあげたお守りだったの。これでもあたしも兄さんも貴族の出でね、兄さんは社交界が大っ嫌いで、あたしも嫌いで……けれど、どうしても参加しないといけないパーティーがあって、だから、あたしがせっかく作ったんだから絶対に行かないとダメ! って、説得してね。あたしと兄さんは、お父様についていったわ」


 彼女の瞳と記憶の奥では、その日のパーティーが蘇っているのだろう。

 錆びたタイピンに、僅かに彼女の顔が反射している。


「権力争いに負けたお父様は他の貴族様に借金をしたかったらしいのだけれど、全部失敗。結局うちは没落して、……って、こんな話をしても仕方ないわね。ともかく、没落しきって一家離散した後、どれくらいの年月が経っていたかしら。兄さんが不意にあたしに会いに来たのよ、これを預かって欲しいって」

『珍しいこともあるもんだって、受け取ったと』

「そう、けれど兄さんとはそれ以来会っていない。兄さんね、バカだし執着心が凄いから……うちを没落させた連中にケンカを売って、それでそのまま消えちゃったわ。本当に、バカな兄さんだった。けれど約束は約束だったから、わざわざこんな古ぼけたタイピンまで借金で持っていったゲニウスがムカついてね、借金も踏み倒して取り返したってわけ」


 そもそもその借金だって、例の貴族連中のせいだし。

 と、自分の正当性をアピールしてくすりと彼女は微笑んだ。


『つまり、おまえは借金も帳消しにできたし大事な預かりモノも取り返せた、と』

「力がないからあたしの家族は全てを奪われた、だからあたしは冒険者としての力をつけて取り返した。それだけの話よ」


 もし、仮にだ。

 その兄が生きていたとして、大事な妹を守りたいと願ったのならば。

 それこそ、この大陸では信じられていない神に、藁にも縋る思いで強く、心の底から願ったのならば。


 妹を、最も安全な場所へと願ったのならば。

 借金も帳消しになるようにと願ったのならば。

 そして、どんな形でもいいから、妹と再会し、守ってやりたいと願ったのならば。


 そーいうことか、と。

 一人納得した僕のクチバシが動く。


『おまえは兄を探さないのか?』

「探したわ。魔術探索の結果は死亡。貴族に殺されたってことでしょうね……あたしが強くなろうと思ったきっかけもそれ。もういいでしょう? 過去のことなんて、あまり語りたくないわ。いい、覚えておいてね。強い女は後ろを振り向かないものなのよ」


 まったく。


『口が回るくせに、そーいうところは不器用なんだな、あいつ』

「は? 何の話?」

『いや、なんでもない――ところで、せっかくだアフタヌーンティーでも飲んでいかないか?』

「そりゃあ御馳走してくれるなら喜んでもらうけれど……どういう気まぐれよ」


 時刻はもうすぐお菓子の時間。

 お菓子の時間の穏やかさを感じながら。

 僕は言う。


『ちょっとだけ、お菓子が大好きな女神の評価が上がってな。そーいう気分になっただけだ』

「まったく意味が分からないのだけれど」

『ゲニウスを呼んでもいいか?』

「えぇ……あたし、あいつ苦手なんだけれど。妙に人のことを見てくるし、妙に馴れ馴れしいし」


 いつか兄妹がちゃんとした意味で再会する日も来るのだろうが。

 それは僕の領分ではない。

 けれどだ。

 僕は何故か、兄妹の再会に心を強く打たれていた。


 だからだろう。

 もしここにゲニウスを呼んだら、どんな顔でカマイラ=アリアンテを眺めるのか。


 それが僕には少し気になり、共に午後三時を楽しむことにしたのだ。


 部屋に広がるのは――。

 僕特製の水で沸かす紅茶の香り。

 世界をやさしく照らす昼下がりの太陽が、僕らを温かく包み始めていた。






 エピローグ ―中央大陸事変・了―

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― 新着の感想 ―
[一言] ウォーターサーバーが問題? 大丈夫だ問題ない!! 説明も聞かずに飲んで契約したお前が悪い!!そんなんだから兄貴に気付かないんだよヴァカめ!!
[良い点] 作者様の描く世界はやはり優しいのですね。 [一言] あまり泣かせないでください。
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