神々の後始末 ~望まぬ鳥の大出世~
神々が住まう空中庭園にて暴れたベヒーモスは、グーグースピー!
女神に魔術悪用の判定を下し、暴れまくり裁いて満足し睡眠。
今はちょっと大きなハリモグラサイズとなり、文字通り主神の膝元で眠っているのだが。
僕は崩れた神殿やら祭壇を一瞥しながら、女神たちをじぃぃぃぃぃいっと睨んでいた。
氷竜帝マカロニこと僕は実はいま、かなり忙しい。
中央大陸で起こった事件の後始末を任され、デモモシア=アシモンテ公爵を通じ急ピッチで体制の立て直しを行っている。
それなのに――。
本日は主神レイドの名で呼び出しという名の天啓を受け、それでも無視していたらこの強制召喚である。
空中庭園に広がる、僕を呼び出す召喚魔法陣。
その輝きの中で、僕はあからさまな不機嫌顔で恐竜眼光。
主神を中心に集うのは、六柱の女神たち。
彼女たちは皆、それぞれの祭壇を玉座とし……帳ともいえる神のヴェールに包まれ鎮座していた。
見覚えのある魔力は天の女神アシュトレトに、海の女神ダゴン。
そして唯一かなりまともな夜の女神様。
残りの三名が、今回の騒動の発端ともいえる地の女神バアルゼブブ。敵か味方かかなり曖昧な昼の女神こと午後三時の女神ブリギッド。
そして、僕にはほぼ面識も知識もない、朝の女神だろう。
主神だけがそのまま姿を晒し、ハリモグラっぽいベヒーモスのお腹を撫でて、うっとり。
モフモフしか頭がなさそうな、残念美形で胡散臭い糸目である。
中央大陸の復興時のどさくさに設置する予定のマカロニ神殿。
その設計図を抱えながら僕は言う。
『で? 呼び出しってのは何なんだ? こっちはあんたたちと違って忙しいんだけど?』
『突然すみません、もしかして怒っていらっしゃいますか?』
『はぁぁぁぁ? 怒ってなんていませんよ? 怒れるわけないじゃないですか? 女神さまや主神様に呼び出されたのなら仕方ないですからねえ。まあ? 怒りはしないが? 呆れてはいるかもしれませんけどお!』
主神に向かっても態度を変えない僕に反応したのは夜の女神だった。
『はは、おめえは相変わらず神をも恐れねえペンギンだな』
『夜の女神様――この度はご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありません』
尊敬する女神に対する礼節はちゃんと持っているのだが。
いつものアレが、んぬ! っと声を上げ始める。
『これマカロニよ! そなたは妾の眷属であろうが! なぜいつもキュベレーだけを敬いおる! そなたには妾という素晴らしき主人がおるではないか!』
『あのなあ……あんた、自分の行動を振り返ったり顧みた事はないのか? どこをどーしたら尊敬できるんだ!?
『妾は存在するだけで美しく、美しさとは存在するだけで癒しとなろう。妾が此処におり、輝いておる。それだけで尊敬せねばならぬ筈。分かるであろう?』
『あいからわずだな……あんた』
ちなみにこいつ、たぶんギャグではなく本音である。
水の揺らめきと共に女神ダゴンが言う。
『マカロニさん、いつもあたくしの眷属がお世話になっております。あの子も少しは役に立ったかしら?』
『あんたもあんただ……マジでなんであんな能力値にしたんだよ』
『それはその、フフフフフ。いつもあなたははっきりと仰いますね、だからこそ旦那様はあなたを楽しく拝見なさっている。感謝いたしますわ』
水と海の女神ダゴン、こいつもこいつでわりと享楽主義である。
帳の玉座の奥、幼女が大人を指さすようなシルエットを作り、午後三時の女神が言う。
『ペンギンさん! あなたねえ! 協力者のあたしも巻き込んで解決ってのはどーなのよ!』
『あの時も言っただろ? そもそもおまえらも悪い』
『どこがなのよ!』
『人類が長い時の経過と共に伝承を失い、魔術悪用への戒めの契約を忘れる……そんなこと、少し考えればわかるだろう? そこをケアせずに人類だけを悪く言うのは、正直どーかと思うぞ?』
うぐぐぐっと午後三時の女神は幼女声で唸り。
『だ、だからあたしはわりと協力してあげたじゃない!』
『ゲニウスの話を聞く限り、おまえもおまえでいろんな国家に干渉したりギルドに干渉したりと、わりと享楽主義らしいが? どうなんだ?』
『なっ、ゲニウスのやつ、喋ったのね!』
『いや、カマをかけただけだ』
『なっ、ななな、酷いじゃない!』
しれっと言い切り羽毛を膨らませた僕に、午後三時の女神はキィィィィっとしそうになっているが。
僕はすかさず午後三時の女神が使っていただろう”手駒”を魔術で、表示し。
『バニランテ女王のところにいたこいつも、お前の駒だろう? で? どこまで干渉してたんだ。事と次第によっては、僕はおまえと敵対する』
『はぁ……やっぱりあたしの手駒を回収してたのはあなたなのね、ペンギンさん。でも、主神に誓ってもいいわ。あたしはそこまで干渉していない。ただ見ていただけなのよ』
おそらくは真実なのだろうが、判断できない。
どうなんだ? とばかりに、僕が二番目にまともな女神ダゴンに目をやると。
『昼の女神ブリギッド。かつて午後三時の女神と呼ばれた国潰しの幼女神……そうですね、神話時代の彼女はたしかに――国を使った駒遊びが好きでした。けれど、誤解はしないで上げてくださいまし。この世界は旦那様とあたくしたちが生み出した世界、自らの子供たちにそのようなことはしないでしょう。純粋に、不慮の死を遂げてしまった人類と契約を交わし、駒へと変換。その瞳と意識をもって、内側から眺めていただけかと』
『なるほど、ダゴンが言うならそうなんだろうな』
納得し、午後三時の女神を信じる僕を睨む視線がある。
いつもの例のアレ、アシュトレトである。
僕は、あぁん? とメンチカツさん並みの皺を寄せ。
『おい、なんだその目は。帳ごしでも分かるぐらい睨むんじゃない』
『マカロニよ、ちと妾は思うのじゃが』
『なんだよ』
『夜の女神と海の女神に対する評価と、妾たちへの評価が違い過ぎはせぬか?』
『前にも言ったかもしれないが、日頃の行いって言葉を知ってるか?』
我が主人たる天の女神さまはしばし考え。
ペカーっと後光を照らし上機嫌な言葉を降り注がせる。
『うむ! ならば妾は最も尊敬される女神であろうて――! ほれ、照れずともよい。主人たる妾を崇めてみせよ。許す、疾く褒め称えよ!』
『あらあらまあまあ、アシュトレトはいつも変わらないわね』
くすりと微笑んでいるだろう女神ダゴンのお言葉である。
そのままダゴンは地の女神バアルゼブブが座っているだろう<帳の玉座>に目をやって。
『マカロニさんの言葉じゃないけれど、バアルゼブブちゃん。今回のあなたはやりすぎよ、時魔術もそうだけれど構って欲しいからと言って獣王を暴れさせるのは、ね?』
地の女神バアルゼブブだろう。
蟲の羽音のような、くぐもった声が断続的に響きだす。
『で、でも……』
『も、もとはと言えば』
『アシュちゃんと、ダゴンちゃんが、あ、あたしたちに黙って、自分達だけ獣王のキメラを作ったせいなんだよ?』
まあ、それも正論だろう。
『そ、それにね? ブリギッドちゃんも』
『み、みんなに内緒で、し、死んじゃった人間と契約して……じ、自分の魔道具と入れ替えてたよね?』
『ぼ、僕だけ、あ、あたしだけ、じゃないよね?』
そう、天と地と海の女神と午後三時の女神はそれぞれ既にやらかしているのだ。
やらかしていない夜の女神が、帳を揺らす勢いで周囲を威圧し。
『おめえらなあ! 部外者な立ち位置のこのペンギンが呆れて説教したくなるのも分かるだろう!? ちったぁ反省しろよ!』
『あら? あなただって王女の弔いをイケニエと勘違いして厄介な状況を作ったじゃない?』
『んだと!?』
夜の女神と午後三時の女神がバチバチと目線をぶつけているが。
僕は断然、夜の女神さまの味方なわけで。
『ともかくだ! 僕は外からきた一つの魂として提案するぞ! 女神さま達さあ……神様なんだから本当に、もう少しどうにかならないのか?』
『一理ある……であろうな』
そう重厚な声で発言したのは僕があまり関わってこなかった、最後の女神。
この世界の神話が正しければ、その逸話から読み解ける性質は厳格なる女王。
かつては夜の女神と呼ばれていたらしいが、今は”朝の女神”とされる神性。
半身が死者の国の女王、半身が現世を生きる女神の娘としての性質を持った、朝の女神ペルセポネーである。
神話学的に言えば、春と冬の擬神化の存在と思われるが。
朝の女神が告げる。
『氷竜帝マカロニよ、朕の名はペルセポネー。春と冬、生と死を司りし女王たる女神。そなたの活躍、しかと目に焼き付けておる。度々苦労を掛けてすまぬな』
お、どうやらまともよりの女神のようである。
まともな相手には敬意を表すべく、僕は姿勢を正し、黄金の飾り羽が揺れる程に頭を下げ。
尾羽と腰の羽毛ラインをピッとさせ。
『もったいなきお言葉、ありがとうございます』
『朕は見ておった。朝の微睡みの中、昼の温かさを経て、夜の静寂を超え……全てを、そう全てを眺めておった』
なかなか古風な言い回しが好きな神のようだ。
そのまま朝の女神は、光輝く<帳の玉座>の奥で告げる。
『それゆえに、マカロニよ。そなたの提案を妾は肯定しようぞ。朕ら女神は、少々この世界の運営について話し合う必要があろう。魔術の悪用についても、神殿を通じ……獣王が降臨する前に再度の警告を促すべきだと朕は考える。いかがか?』
『僕は外からの異邦人なので』
『そうか、なれどそなたは一つ勘違いをしておるぞ。外の世界より舞い降りた一羽のペンギンよ』
勘違い?
『と、おっしゃいますと』
『そなたは既に逸話魔導書に刻まれし存在。それはすなわち神。神性を手にいれた汝は朕たちと同等たる存在。朕はそなたを認めよう。この玉座に並ぶ、この世界の新しき神であると。意見を述べる権利もあると朕は考える』
朝の女神の言葉に夜の女神さまが口を挟む。
『ちょっと待てペルセポネー! こいつは確かにいいやつだが、神となると話は別だ! 外からの魂に神の責任を押し付けるのは反対だ』
『キュベレーよ、汝の意見も理解はしよう。なれど、もはや遅い。氷竜帝マカロニ、その魂はいずれ、いや近い内に創世の女神と同格になるであろう。ダゴンよ、そなたの意見を聞きたい』
まともな女神よりの海の女神ダゴンは言葉を受け。
水の帳が流す囁きの中で告げる。
『……ええ、マカロニさんは少し特別。既に逸話魔導書を四冊保持し、世界を騙し自らを神……偽神へと昇華させた特殊な神性を持っている。それだけにとどまらず、マカロニさんは魔術の祖たる旦那様の属性……魔術式さえ組めればどんな魔術さえ発動可能な<始祖の魔術>を扱えるのですから』
女神アシュトレトが珍しくまともな声で、すぅっと唇を開いたのだろう。
『偽神マカロニ、ふふ、なかなかどうして妾の眷属としては勇ましき名ではないか。妾は氷竜帝マカロニの主として、その神格、神性を認めようではないか』
『待てよおまえら! 本人を前に勝手に決めるんじゃねえ!』
勝手に神に認定しようとする女神たちに、やはりまともな夜の女神さまが突っ込むが。
午後三時の女神が、くすりと微笑んだような声を漏らし。
『そうね、いいわ! そもそもあたしを出し抜いてベヒーモスを暴れさせたんですもの、今はまだ実力不足でも、そのうちに届くって事だけは認めてあげる!』
ん? なんだこの流れは。
何が言いたいのか、少しわからない。
コテン? と、ペンギン仕草で思わず首を横に倒し羽毛をぶわっとさせる僕に、朝の女神さまは言う。
『氷竜帝よ――そして偽神の名を冠するマカロニよ。そなたが告げたように神ならばこそ、その責任も果たさねばなるまい』
『何が言いたいんだ』
『そなたが呪いの装備を身につけさせたあの男、あれは中央大陸より離れた場所――東大陸の王族だ。アレが死ねば、東が荒れる。そなたが巻き込んだ男ならばこそ、そなたが責任を持ち――その行動を導くことが道理。偽神故に世界に直接干渉できる氷竜帝よ、責任を果たされよ』
ギルダースのことだろう。
……。
あぁああああああああああぁっぁあ!
こいつら!
知ってやがったな!
『おい、おまえら! また僕を嵌めやがったな!』
『なーにを言うとるか、妾たちは干渉できぬからな。あのギザ歯を巻き込んだのは紛れもなくそなた、そして外せぬ呪いの装備をさせたのもそなたら。妾ら女神の意向はそこにない。我が夫に誓ってもよい、本当にそなたのせいじゃ』
夜の女神さまの帳に目をやると。
どうやら頬を掻いて頷いているご様子。
事実なのだろう。
『朕らも反省をする必要があろう、それは汝も同じこと。偽神マカロニよ、新たな神となった汝の行動――朕はしかと観察しようぞ』
『おい地の女神バアルゼブブ! 今回は僕の勝ちだろう!? せめて僕のペンギン化の呪いを解け!』
地の女神が言う。
『もう、解いてるよ?』
『は? そんな筈ないだろう!』
僕の姿はいまだにマカロニペンギンのまま。
吠える僕の動画を撮影し続けている主神が何よりの証拠。
地の女神が告げる。
『た、たぶんね?』
『マ、マカロニちゃんが……自分で自分を、偽神として世界に登録しちゃったから』
『キ、キミが戦闘で使った逸話魔導書のせいで、マカロニペンギンで固定されちゃったんだと、思うんだ』
……。
僕は海の女神ダゴンの帳に首を、ぐぎぎぎと向ける。
『なあ、おい』
『申し訳ないのですが、<逸話魔導書>を管理しているのはネコの足跡銀河を超えた先、三千世界に住む特殊な存在、次元図書館に暮らすとされる”赤き魔女猫姫”なの。次元と時間を超えて世界にグリモワールをばらまく彼女にもいろいろな通り名や逸話があるのだけれど、共通しているのは時間軸を超越した存在ってことでしょうね。あたくしたちでもあそこに干渉するのは無理なのです』
あ、これ。
ガチで詰んだんじゃないか。
項垂れる尾羽を下げる僕に、主神が言う。
『まあ、交渉次第で何とでもなると思いますが。それよりもおめでとうございます、あなたの種族としての職業は<大いなる君主マカロニペンギン>から<偽神たる大いなる君主マカロニペンギン>に進化しました。神へと進化するとは実に素晴らしい、あなたのこれからの活躍に期待しております』
『おめでとうじゃない!』
『さて、元の世界に戻る事やペンギンから人間になる話は一旦おいて』
置くな!
『ギルダースさんについて、あなたも責任ある行動をお願いします。話の続きはそれからとなりましょう――では此度は突然の召喚、失礼いたしました。あなたが東大陸の騒動を解決した後に、またお会いしましょう』
言って、主神は僕より遥かに強い力でペカー!
光を放ち、僕を強制転送。
僕は中央大陸の商業ギルドへと戻されていた。
アランティアが何事かと寄ってきたので、僕ははぁ……。
憎々しさを隠さぬ顔で天を睨みながらも、事情を説明した。