決着ベヒーモス ~マカロニの奇策と完全勝利~
僕が現場を目にすると、そこにあったのは死闘。
呪われし侍傭兵ギルダースと、呪われし獣王ベヒーモスの戦いは続いていた。
敵味方関係なく襲う<混乱状態>ではなく、敵だけを狙い続ける<狂戦士状態>のギルダースは月の如き弧を描き、ベヒーモスの魂を切り裂き。
フーッフーッ!
戦意高揚の能力補正を受け、死したベヒーモスに向かい吠える。
「次の敵はどこじゃぁああぁぁぁぁ!」
が、次の瞬間にはベヒーモスの周囲の時間が巻き戻り、リセット。
ベヒーモスが蘇生されていく。
はい、時魔術の――それも時間を戻す系のヤツ確定である。
狂戦士状態のギルダースはそのままリセットされたベヒーモスを倒すので、無限ループ状態になっている。
まあ……こちらは全員でギルダースを強化することが前提の作戦なのだ。
いつかこちらのリソースが切れて負けるのだが。
性格に難があると言われがちなマカロニ隊が、そんな心配はいらないと商業ギルドのカードを見せびらかしながら店舗を召喚。
魔力回復薬や疲労回復アイテムを販売。
この大陸を守りたいなら、買わない手はないよね~? と冒険者や騎士団を煽ってフリッパーと尾羽を振っている。
鳥類を愛するデモモシア=アシモンテ公爵閣下としては、なかなかに良い光景らしく満足そうにしているが。
どこからどうみても、世界の危機を利用した金稼ぎにしか見えないだろう。
まあ悪い事ばかりではなく――金銭を払えば貢献できるという事で、活躍できる者達もいる。
商人系の冒険者や商業ギルドに所属している露天商などは今が好機と、この状況を利用してはいるようだ。
錬金術師などもその場で回復薬を生成し、マカロニ隊の露店や露天商に納品。
その場で世界平和に貢献しつつ、自分の利益を得ている者もいる。
これ、後で貢献度やらの問題で揉めるだろうなあ……と思いつつ。
そんな状況は無視して、僕は女神バアルゼブブの介入のみを問題視し。
じぃぃぃぃぃい。
神をも睨む<氷竜帝の冷たい眼光>にて、冷ややかに天を見上げ。
『なあ……午後三時の女神、おまえらって恥ずかしくないのか?』
『……こんなときに金稼ぎをしているあなたたちに言われたくはないのだけれど?』
『いや、負けたくないからか構って欲しいからか知らんが――わざわざベヒーモスを装備で強化して、そのうえで禁忌の筈の時間巻き戻しをやらかしてる、おまえたち女神の方がよっぽど恥ずかしいだろ』
正論で返してやった。
『ああ、もう! 言わないで頂戴……! あたしもわりと周囲を振り回す方なんだけど、アシュトレトとバアルゼブブの邪悪コンビの前には霞んじゃうんだから……!』
『あのなあ……やらかす連中がいるなら一回、主神からちゃんと叱って貰えよ、割と真面目に』
僕の中にある主神のイメージはモフモフ好きの胡散臭い変人なのだが。
『それが一番だとあたしも思うのだけれど……。例の三女神、天のアシュトレトと地のバアルゼブブと海のダゴン。あいつらが主神の育ての親だったりするし……主神レイド本人も神話の時代と比べて大らかになったし、そもそもあの方自身がけっこうやらかすタイプの存在だから。まあ、うん。そのね、色々とあるのよ……あ! でも! あの方はやる時はちゃんと格好いいし、凛々しいのよ! それだけは信じて頂戴! やればできる神なんだから!』
んな、うちの子は本気を出せばやれる子なの!
みたいな、お母さん的なフォローをされても反応に困る。
やっぱりこの世界、ろくな神がいねえな。
ともあれ。
何度もベヒーモスを倒し、経験値がとんでもないことになっているギルダースを横目に僕は言う。
『アランティア、ここまでの戦闘で人類が獣王と戦う際のノウハウは積めたと思うか?』
「んー……まあ大丈夫なんじゃないっすか。それこそマカロニさんみたいな厄介な獣王が出現したら、戦い方うんぬんじゃあどうしようもないでしょうし」
『しれっとバカにされた気もするが、まあいい。ゲニウス! ベヒーモスによる土地買い占めの方は抑えることができたか?』
背広マントな伊達男は契約書の束をペラペラとさせ。
「すべて順調と言えるでしょう! 具体的には土地の売買に介入……伝説のタヌヌーアの長、マロン殿の采配により王の権限で全てを差し押さえてございます。ご安心を!」
『よっし、よくやった! やっぱり王に権力が集中してる国家は王を落とすに限るな』
そんな言葉に耳を動かしたのは、一人のギルドマスター。
絶賛、強化魔術を束ねて効果を倍増中。
溜めた力を用い、ギルダースを定期的に強化しているカマイラ=アリアンテが服の裾を魔法陣の風に揺らしつつ、ジト目で言う。
「なにさらっと怖いことを言ってるのよ……あなたたち、まさか陛下になにかなさったの?」
「おんやぁ、おやおやおや! まさか! カマイラ殿は知らなかったのでありますかな?」
「うげっ、ゲニウス。やっぱりあんたが話に一枚噛んでるのね!」
そういえばこのカマイラ=アリアンテとゲニウスには、何やら因縁があるとか言っていたか。
たしか……借金のカタにゲニウスがカマイラの家族の形見を差し押さえ、カマイラが借金を踏み倒し取り返したとか……。
そーいうなんとも微妙な事件だったと、結構最初の方に聞いている。
その事もあり、ゲニウスの提案で真っ先に汚染対象、僕の<ペンギン印のウォーターサーバー>を設置するギルドになったのだが。
……まあこいつらの因縁なんてどーでもいいか。
『人類同士の馴れ合いなんてどーだっていいだろう? おまえはちゃんと強化魔術の合成に集中しろ』
「いやいや! 王家への介入はどーでもよくなんてないでしょう!」
『はいはいはいはい、緊急時なので聞こえませーん!』
この糞ペンギンっ、と憤っているようだが無視。
強化魔術やスキルを重ね掛けし続けているここの人類も、そろそろ限界が近い。
マカロニ隊が販売している魔力回復薬も完売に近いので、稼ぎはまあ十分だろう。
『おーい、もんじゃ焼き! 利益は出したかー!』
個体名を貰っているマカロニ隊の”もんじゃ焼き”はバッチリですよ!
と、札束が詰められた袋を振って勝利のダンス。
『んじゃ、とっととベヒーモスをどうにかするか』
「どうにかって言っても……どうするつもりなのよ」
カマイラ=アリアンテの疑問に答えるべく、僕は異世界の神の魔術を使用できる<逸話魔導書>を開き。
魔導書から発生する揺らめく輝きをクチバシに受け。
『あのなあ、僕はこれでも獣王なんだ。それも生まれたばかりのベヒーモスよりも先に生まれている先輩だぞ? 経験とかレベルの差が結構あるんだよ』
「つまり、あなたではアレに勝てない……と?」
『おい、僕をどんだけ下に見てやがる!』
カマイラ=アリアンテが言う。
「そ、そうは言うけれど。そりゃああなたはあたしたちよりは強力な存在よ? でもやってることが商業ギルドの買収だったり、せこい詐欺だったり、強奪品の転売だったり、冒険者ギルドのシステムの粗探しだったり、ろくに戦ってないじゃない!」
「ぷぷぷー! 言われてますよマカロニさーん!」
こんな状況でも笑い出すアランティアのマイペースは無視して。
『そりゃあ僕は詐欺師で戦闘向きじゃないが、まあ本当に戦えるし戦い方だっていっぱいあるだろう? 悪いがおまえはアランティアと協力してギルダースの退避を担当してくれ』
「退避って言われても」
『アランティアが転移魔術でギルダースを回収する直前に、あいつにかけている強化を解除すればいい。強化されまくってる状態のギルダースを転移した時に、巻き込まれて死者が出るのは面倒だからな。で、だ。解除した強化魔術は僕がコントロールするから、それまでは魔術効果を保存しておけ。それともなんだ、中央大陸のギルドマスター様はそんなこともできないのか?』
言われたことを理解はしているが、意味が分からないといった様子の顔である。
カマイラ=アリアンテは髪に指を突き入れ、掻き乱し。
「ああ! もう! 分かったわよ! どうなってもあたしは知らないわよ! 合図で強化を解除して、保存しておけばいいのね!」
「あたしの方はいつでもいけるんで、マカロニさん! やっちゃってください!」
言われて僕は詠唱を開始。
無限に戦い続ける狂戦士と地の獣王の戦場をターゲットとし。
僕が開き詠唱するのは、新しき神。
美の女神によってこの世界に降臨させられた、黄金の飾り羽を持つマカロニペンギンが表紙に刻まれた<逸話魔導書>。
そう、僕の魔導書である!
中央大陸の連中が魔大陸だの魔境だのと呼ぶ地では、既に僕は神扱い。
そして僕はこの世界から見れば異世界人。
ならばと僕の存在を神として認識し、アイテム生成により僕の魔導書が存在すると偽証し魔術そのものを騙し……実際に発動させてみたら。
なんというか、本当に僕の<逸話魔導書>が作れてしまったのである。
まだ名もなきグリモワールだが、僕はこの書に刻まれた獣王にして神たるペンギン。
その効果は偽証や話術に特化している。
僕はメガホンを装備し、僕自身の力を借りた魔術を解き放つ。
『<ていうか、ベヒちゃんさあ。神の方がよっぽど魔術を悪用してるし、悪用を裁くなら天を目指した方が良いんじゃないか?>』
ちなみに、これが本当に魔術名である。
魔術名なんて飾っても仕方がない、その場で効果が発揮できればなんだっていい。
実際、僕の魔術はベヒーモスに直撃したようで――。
正論で諭されたベヒーモスが、グモモモ?
ハリモグラのキュートな顔の真ん中、つぶらな瞳をぐるぐるさせた混乱状態になる。
よっし! 成功!
『いまだアランティア! おっぱい女! ギルダースの回収を!』
「いきますよ!」
「解除するわ! ……っておっぱい女ってなによ!」
悪態をつきつつもカマイラ=アリアンテが強化魔術の流れを断ち。
その瞬間にアランティアがギルダースを転移で回収。
暴れそうになっているギルダースを、ゲニウスのマントが包み込む。
残されたベヒーモスは僕の魔術を受け、ある意味で正気に戻ったのだろう。
グモモモモモモンォオオオオオオオオオォォォォ!
と雄たけびを上げ――天に向かい、猛ダッシュで突進していく。
ギルダースは回収済みなので、獣王が天へ昇る際に発生する衝撃波は受けずに済んだ。
そりゃあこの世界で誰が一番魔術を悪用してるかとなると、ぶっちゃけ女神たちだろうし。
僕はこの機会にと、ちょっとした復讐をするべく。
保存してある強化魔術に細工を施し、時魔術のリスタート地点を弄り――とりゃ!
『これは餞別だ、ベヒーモス! 人類の強化魔術を受け取って暴れてこい!』
午後三時の女神の声が響く。
『え!? ちょっと! あなた! なにしてくれてるのよ、ベヒーモスが空中庭園に……っ』
『やかましい!』
『あぁぁぁ! あたしたちは獣王に直接手を出せないんだからっ、こんな強化状態の子が暴れたらっ』
『だいたい魔術の悪用って言うがなっ、おまえらがちゃんと人類への戒めを伝承させるための努力を怠ったせいもある! 逸話を維持するように導かなかったのも悪いんだろ! 自業自得だ!』
たまには反省しろ!
と、僕は再度ベヒーモスに強化を施し見送って。
後は知らん顔。
天に聳える空中庭園では、ドッタンバッタン!
魔術の悪用を行った女神たちを裁くベヒーモスが暴れまわっているようだ。
直接手を出せないが、間接的に倒すことも可能だろう――が!
倒しても時魔術でリセットされて蘇る。
それも僕がリスタート地点を弄ったので、天で暴れる状態からの復帰となっている。
あぁあああああああああああ!
気分が良い!
そもそもこれを魔術の悪用とするのならば、真っ先に地の女神が叱られるので僕のせいじゃない!
珍しく慌てふためくアシュトレトの声が響く。
『こ、これ! マカロニよ! 妾まで巻き込むとはどーいうことじゃ!』
『むしろあんたに反省を促すためにやってるんだよ!』
『レイド! おぬしも主神ならばベヒーモスを止め……っ、はぁぁぁぁぁ!? 可愛いから愛でていたいじゃと!? それにマカロニさんが言うとおり、少しあなたたちも反省すべきだと言われてもっ、妾は……』
よーし!
主神による説教も入った!
これぞ、完全勝利!
しばらく人類の魔術により強化されたベヒーモスが天で暴れまわったが。
本当に自業自得なので、僕は一切気にすることはなかった。