定期購入―細かい文字とかって読ませる気ないよね―
【SIDE:スナワチア国王】
まるで整理されていない魔道具屋のように積み上げられたアイテムの中。
魔術が込められた<魔力の羊皮紙>独特の、干した獣皮の匂いで満ちた部屋。
乾燥した室内。
そこはスナワチア魔導王国の王たる男……。
八代目のスナワチアこと、スナワチア王の執務室。
王は酒に溺れた狂王ではなく、遊戯を楽しむ享楽主義者の顔で――。
強大な特技、神の力を間接的に用いる魔術とは異なり自らの内で溜めた力を発動させる概念<スキル>を発動させていた。
そのスキルの名は<遊戯帝の盤上観察>。
魔道具を用い自らの支配地域を盤上に当て嵌める事で、遠見から観察する。
いわゆる遊戯者が得意とする、情報収集のスキルである。
スキルの発動により、王の執務室が魔力光で満たされていく。
光を反射する磨かれた遊戯版の上では、今、教会で行われている戦いの様子が疑似的に再現されていたのだ。
「さて、地の獣王ベヒーモスたるマカロニ殿と剛力たる聖女リーズナブル。どちらが勝つか」
第三者の目でほくそ笑む王は彼らの戦いをつぶさに観察、その様子を新たな魔道具開発の起点にすべく目を輝かせていた。
紛れもなく人類最強たる最高司祭リーズナブル。
彼女は生きた兵器であり――神の雷を発動する事のできる魔導船とはまた別の、スナワチア魔導王国を支える最高戦力。
生まれついての剛力に加え天の女神の寵愛を受け、更に長命なるエルフのその身は、まさに人類のための最終兵器。
そのフィジカルはどんな魔物や魔獣よりも上。
対する氷竜帝マカロニはおそらく物理特化の魔獣ベヒーモス。
大地を支配する神バアルゼブブの眷属であるが、ジズやリヴァイアサンとは違い魔術への造詣は低いと神話学者の中では考えられている。
ようするに三匹の獣王の中では物理担当なのだ。
勝算はかなりある。
「もし我が国の最強がその剛力を以てして、神が遣わせた獣王を調伏することができるのならば、ふふ、ふわははははは! だからこの世界は面白い! 地上生物であっても神にも届く力があるという事! 人類がどこまで神の身許へと近づけるか、まだまだ余の知らぬ領域は必ずあるはず!」
魔道具に囲まれた部屋。
届かぬ天を掴もうと、野心ある男は伸ばした手を握る。
もしここで獣王を討伐できれば――。
「神とて所詮は魔術に支配された存在であるという証明であろう!」
まるで獣のように嗤った王は、再び盤上に目線を落とす。
現実を写し取る盤上。
獣王と人類最強との戦いは続いている。
「しかし分からぬのはあの魔導船団をどうやってヤツが消し去ったのか」
おそらくあれは魔術による攻撃。
マカロニは人的被害を出さぬように魔導船のみを攻撃……おそらくは座標を操作し、船と世界に認識される座標のみを無へと書き換え消し去ったと考えられる。
「そのような魔術、あの老体と同等の魔術師が五百人ほど揃わねばできぬ技術の筈。ではこのベヒーモスの他にも顕現しておる獣王がいるという事であろうな。ああ、そうに違いない」
マカロニの力は本物だ。
今もこうして人類最強の女と戦いを継続している。
少なくとも他者に化ける力のある<模倣者>の使い手ではないだろう。
そうなると。
「二匹の獣王が既に出現しているとなると、厄介であるな――。一柱のみならば全人類が協力すれば討伐も容易いであろう。しかし、束となれば……致し方あるまい」
ならば。
大変心苦しいがここでマカロニ殿には消えて貰うしかない、と。
王は現場の周囲を囲ませていた魔術師に盤上から合図を送る。
スナワチア現国王の瞳に雷のような魔力が走る。
「良い――やれ我が駒たちよ」
王が駒を動かせば、それは戦争の合図。
魔術師たちが<支援の魔術>の構え。
対象は、人類最強たる最高司祭リーズナブル。
ただでさえ最強の存在を集団で強化する。
最強の個に全てのリソースをあて全ての敵を討つ、これも魔術ある世界で広がる戦術の一つ。
これで勝ちは確定。
再びベヒーモスがリポップ……他の魔物のように無限湧きするまでは猶予ができる。
強大な魔物や魔獣程、リポップサイクルは長い。
数分で湧く雑魚とは違う。
神の眷属たる獣王ならば、少なくとも数百年は目覚めないだろう。
その期間だけは無風、いわば凪。
間違いなく、平和が訪れる。
神のケモノに恐れる心配を人類はしなくてもよくなるのだ。
全ては人類のため。
それが男の本心でもあった。
道化の裏で狡猾なる一面を持った王は告げた。
「さらばだ、我が友よ。そなたと交わした酒は美味しかった、それだけは紛れもなく余の本心。だが、魔術の悪用を禁じるなどという曖昧な禁忌、その執行者たるそなたの存在を許容するわけにはいかぬ。王として、人類として――故に余は酒の友とてその首を刎ねよう」
王は盤上を操作し、マカロニを撤去しようとしたが。
何故だろうか。
現実とリンクしている盤面が動かない。
王直属の駒。
文官や武官とは別に私的に雇っていた魔術師団に強化されたリーズナブルならば、必ずや勝てる。
その筈なのに。
「バカな! 何故倒せん!」
遊戯帝を気取るスナワチア国王の瞳に狼狽が走る。
焦り王は盤面を眺める。
最高司祭リーズナブルへの強化は成功している、単騎で大国三つを滅ぼせるほどのまさに最強戦力の筈。
手を抜いている気配はない。
なのに。
急ぎ立ち上がった王は遊戯の中での景色ではなく、盤上の端で積み重なっている魔道具を掻き分け落とし。
普段閉め切ったままの重い窓を開け。
バン!
遠見の魔道具を発動しようとした。
だが。
開けた窓にあった景色は、ニヒィっとドヤ顔で勝ち誇るペンギンの姿。
その横には困った顔で頬を掻く聖職者。
マカロニと戦っていた筈の最高司祭リーズナブル女史。
マカロニがプププ!
器用に曲げた嘴に翼を当て。
『バァァァァァァァカ! 引っかかってやんの!』
「どういうことであるか!?」
『あのさあ、現実ってのはゲームじゃないんだから。状況を読み取る道具なんかに頼らずに直接見て動かないとってことだろうね』
「まさか――」
王ははっと遊戯の魔道具を眺める。
<遊戯帝の盤上観察>のスキルで用いる遊技台に、いつのまにかペンギン印が刻まれている。
『そう、それはとっくに僕の印を刻んだアイテム。つまりは僕の所有物ってことさ! 自分のアイテムなら、ありもしない光景をそこで発生させることも可能ってことだ。いやあ、お互い勉強になったね』
「いつのまにっ、そのような暇は一度たりとも!」
王は考える。
初めての邂逅の時か?
いや、あの時にそのような時間はなかった。
ならば、いつ。
考える王は乾いた喉を潤そうと水瓶に手を伸ばし、そして気が付いた。
この水は例の美味しい水。
氷竜帝マカロニが無償で設置して回っている<ウォーターサーバー>なる魔道具から供給されている水。
その水に定期的に交換する必要があり、王は定期購入に申し込みをしていた。
一度知ったら普通の水に戻せなかった。
だからあの日、魔導契約書にサインをした。
王は慌てて魔導契約書を魔術で取り出し。
やはりそして気が付いた。
ひと月の契約料、その桁が書き加えられていた。
そして、今日はちょうど契約料徴収の翌日。
肝を冷やす王は脂汗を浮かべたまま、契約書の細かく書かれた文字を見直す。
「一日でも支払いが遅れた場合は、定められた契約料を二乗した金額の賠償責任が発生。契約は自動的に遂行されるが、もし金額が足りない場合は――」
『契約者の所有物の差し押さえ、及び、即日の所有権の譲渡を約束するもの也』
重い窓から侵入した氷竜帝マカロニは悪い顔で。
『いやあ、王様。人類のために僕を討伐したかったみたいだけど残念だったね、この勝負は僕の勝ち。数字の付け足しに気付かないで調印するなんて、甘いなんてレベルじゃないね』
「このような契約はっ」
『違法じゃないんだよなあ、これが! 全部正式な書式に則った書類だってことは、うちの秘書アランティアのお墨付き。いやあ、ちょろいちょろい。この世界ってまだ詐欺に対する警戒意識も薄いらしくって、契約形態がガバガバだって気づいちゃってさあ~。それに、国家としての連携も取れていないから世界的な条約協定の基準もない。それって! 詐欺師ならやりたい放題できるってことじゃないか!』
既に多くの詐欺を働いていたのだろう。
存外にふわふわな羽毛の脇から、ドバァァァァァ!
マカロニは攻撃的で一方的な魔導契約書を顕現させ。
『というわけで! 名実ともにこの国は今日から僕のものだぁぁぁぁぁぁ!』
両のフリッパーを広げ、Yの字を作り。
ドヤァァァァァァァ!
その後ろから顔を出した最高司祭リーズナブルが、言う。
「王よ……これらの契約書は全て悪人。つまりは国の目を欺き民を貶めていた者たちから騙し取ったもの。あたくし達の教会としても、悪人から取り上げた金となると罰することもできませんので」
「つまりはどれだけ騙しても問題にならない悪人のみを狙い、詐欺を行ったと?」
「はい……その、確認いたしましたが書類上も問題なく。また、どの法にも引っかからずに巧みな契約を取り付けて回っていたようで。聖職者としても手を出せない状況でして」
善人には本当に無償、或いは適正価格で販売しているのでマカロニは良き商人。
だからこそ、一月の間に皆はマカロニを信用した。
実際、本当に良い取引なのだ。
皆が信用しているのならばと、悪人も契約をする。
その時点で既にマカロニの罠にかかっていた。
悪人相手には、マカロニは平気で詐欺をなす。
だって! 悪い奴なんだから、騙しちゃってもいいよね!
と。
しかし、このままではベヒーモスに国を乗っ取られることになる。
それだけは避けなくてはならない。
しかし、この状況を王は考えた。
獣王はこの国を欲していた。
しかしなぜここまで回りくどい手段を取った。
答えは簡単だ。
搦め手を使わなくてはならなかったという事。
ならば。
戦いとなれば。
「リーズナブルよ! こやつを討て! 全ての路地に余の配下が紛れておる、強化されたそなたならば」
勝てるはず。
此度の件の対処は、魔獣を討伐した後考えればいい。
その筈だったが。
聖女は首を横に振り。
「畏れながら、王よ――あたくしは負けたのです」
「負けただと!?」
「はい……密造酒を量産していた現場を押さえられ、戦いとなったのですが――」
人類最強が。
負けた。
「ありえぬ、余の計算では!」
「ですから、その計算の時点であなたはジズ様の翼の上で踊らされていたのでしょう」
「回りくどい言い方などせんでいいっ、何が言いたいっ!」
リーズナブルはどこか満足げに。
やっと枷から解放されたといった様子で、告げる。
「詐欺と同じです。この方は、自分の力を隠しておられた。初めから、あたくしよりもずっともっと強かった。あたくしは一瞬で倒され、起きた時には既に全ての悪事は暴かれていた。ただそれだけでございます」
人類最強ならば獣王とて相手にできる。
少なくとも良い戦いにはなるだろう。
そんな前提は空想、現実は違ったのだろう。
それすらも詐欺。
王の頬に汗が流れるが。
汗を流し、言葉を失っていたのは王だけではなかった。
あの戦いを見ている者が、他にいた。
それは密偵。
マキシム外交官の部下だった。