武具はちゃんと装備をしないと効果がない~自動最強装備で邪魔になるアレ~
時刻は昼の女神の力が最も強くなる、午後三時前後。
ベヒーモスも目前に迫る戦場となる地。
女神ブリギッドの陽気に包まれた荒野にて――。
土煙と混じった強化魔術の香りが僕のクチバシを揺する中。
タイマンの強化対象に選ばれた侍傭兵ギルダースは、何故かグギギギギ。
首を軋ませ振り返り。
「なんでワシなんじゃ!?」
『だっておまえ、一応正義感が強い側の人類だろ? 周囲を攻撃に巻き込む所やら考えなしな部分は非常にマイナスだが、僕の例の水を止めに来たのはおまえだけだ。変な奴が英雄視されるのは面倒だし、なんか面倒になってきたし。適任者の中からテキトーにサイコロを振って選んだら、ギルダース、おまえになった。理由は以上だ』
僕のありがたい説明に意外にモフ味のある髪を逆立て、ギルダース氏はギザ歯で唸る。
「そーいう意味での、なんでじゃないじゃろう!? だいたいワシはこの大陸の人間じ……」
『はいはい、その辺の事情は僕にはどーでもいいんだよ!』
「いやいやいや!? どーでもよい事ないじゃろう!? そもそもワシは異国の」
『だーかーらー! 分からないやつだな! この僕は! 氷竜帝マカロニにとっては! 僕の支配する大陸に一切関係ないなら、人類同士の国や大陸同士の駆け引きや複雑な事情なんてどーでもいいんだよ! この大陸にいる人類の中でおまえが一番タイマン適性が高いんだから、やれ!』
決まったことを掘り返そうとするのはNGと、僕は話をスルーしようとするが。
職業上、情報通らしいゲニウスが、ふーむと道化仕草で息を吸い。
「しかし、このギルダース氏が異国からやってきている冒険者なのは確か。その職業は侍傭兵ですからな。中央大陸の技術体系、職業体系とは異なる枠組みの人類。はたして、力を与えてしまっていいものか……っと、マカロニ殿? 聞いているのですかな!? なんでいきなり呪われていそうな<激しく狂える妖刀村雨>を取り出しておられるのですかな!?」
『いや、タイマンさせるなら強い装備をさせた方がいいだろう? うちの国の倉庫から持ってきただけだ』
いいながらも僕は羽毛のアイテム収納空間をガサガサゴソゴソ。
僕の横でも、僕と合流する前には女神の命令で色々な魔物を討伐していたメンチカツが、獣毛の中をガサガサゴソゴソ。
『おう相棒! これなんて装備できるんじゃねえか? たぶん数値が一番たけえぞ、これ』
『頭に装備する<狂人の面兜>か。よし、採用!』
鑑定の魔術を瞳に光らせるアランティアが言う。
「大丈夫っすよゲニウスさん。これ、装備性能自体はめちゃくちゃ凄いっすよ!」
「舐め腐っとんのか、魔女王の娘! ワシとてこれでも上位冒険者じゃ! 簡易鑑定ぐらい使用できるっ! これ、全部呪いの装備じゃろうが!」
「何言ってるんすか、ムラサメブレードっていったら冒険者の憧れじゃないっすか! あたし、侍や忍者がムラサメブレードを求めて迷宮を徘徊してるって物語、母から聞いたことありますよ?」
「じゃからそれは普通のムラサメブレードの話じゃ!」
アランティアはじぃぃぃっと<激しく狂える>の枕詞が付く妖刀村雨を眺め。
「村雨っすよね?」
「明らかに呪われちょるじゃろうが! なんじゃ、激しく狂えるの文字が見えんのか!? 触れようとすると骸骨のエフェクトがでるんじゃが!?」
そのままアランティアが眉を下げ。
禍々しい光を纏っているムラサメブレードの柄に手を当て。
「大丈夫っすよ――バーサーク状態って言ったらいいんすかね。戦闘中は<狂人化>状態で全能力を強化してくれますし、基礎装備性能も高いですし。まあ、リスクはちょっと呪われてるぐらいですから」
「リスクが高すぎる!」
「そもそも、マカロニさんが渡したそのムラサメブレードを装備した時点で呪われてますし、呪いのリスク”自体”はたぶん重複しないんで。せっかくなら呪われてる代わりに装備性能自体は強い……そんな厄介な装備を付けまくっちゃえばいいんじゃないっすか?」
マカロニ隊や僕が一度襲われたこともあるからか、アランティアは彼にわりと辛辣である。
メンチカツも普段勝手にいろいろと迷宮を回っているのか、あるいは女神ダゴンの命を受けて迷宮攻略をしているのか――なにやら禍々しい装備を大量に取り出し――。
強制装備。
『はん! なかなか様になってきたじゃねえか!』
そこにいるのは侍としては最強に近い装備をしたギルダース。
全身呪い装備でコーディネートされた侍傭兵は、生気が抜けた白い顔で、助けを求めるように天を見るが。
そこにペカーっと、一つの天の光が差し始める。
これは……。
どうやら美を尊ぶアシュトレトの合格判定を得たらしく、微妙に天の女神の加護を受け取ったようだ。
僕の賢い頭脳に、賢くない女神の声が響く。
アシュトレトだ。
――うむ! その少々世情に疲れ”やつれた顔”と無精ひげに、サメの野性味を彷彿とさせるギザ歯。気に入った、妾はたいへん気に入った! こやつは死なせるでないぞ! 死なせても即蘇生じゃ、妾の眷属マカロニよ!
と、僕の脳内に直接話しかけてくる女神アシュトレトに僕は辟易しつつも、瞳と頷きで了承する。
変に逆らっても面倒、というやつだ。
ギルダースを生贄に捧げるともいう。
――なんじゃ嫉妬せんのか? 妾がそなたのほかに目をつけておるのじゃぞ?
はいはい、と僕は無言のままフリッパーで、しっしっ!
と、追い払う仕草であっちいけアピールをしてやる。
――ふふ、そのつれなき所も良いぞ良い。懐くだけが全てではなかろうからな。じゃからこそ助言を一つくれてやろう。我が家族女神バアルゼブブがベヒーモスになにやら仕掛けをしおった、あやつは少し変わり者じゃ……時に加減を失う時もあるからな。重々気をつけよ。ではな!
なんか、すごい面倒なことを言っていたが。
これは女神アシュトレトなりの僕への気遣いだろう。
アランティアが言う。
「マカロニさん、今のって……」
『ああ、神託が下った。とりあえずそこのギルダースが女神の目に留まったってのと、後は、どうやら地の女神がベヒーモスに細工をしたらしい。僕の予想の上をいかれる可能性もでてきたってことだ。おいアランティア、いざとなったら転移魔術の準備をしておけ。それと町の連中の避難ができるように、マロンとキンカンに伝えておいてくれ』
「えぇ……あたしはそこまで別の大陸に干渉しようとは思わないんですけど」
ぷふーっと揶揄うような笑みを作り、アランティアが言う。
「マカロニさんって、やっぱりお人よしっすねえ!」
僕が存外にお人よしなら、こいつは逆に、結構はっきりとした線引きをするタイプ。
敵と味方とそれ以外で明確に対応を変えている。
まあ出会った時を考えれば、そう成長せざるを得なかった状況も容易に想像もできる。敵だらけの環境でそういった価値観が育つことも仕方がないし、それ自体も悪いことではないだろう。
価値観なんてものに正解はない。
だが!
僕はジト目で言う。
『お人よしって言うがな――それは勘違いだ』
「えぇぇぇ、どこがっすかあ」
ニヤニヤ笑いながら、人の飾り羽ごと頭をペシペシっと軽く叩く無礼者を見上げ。
『僕は子供が嫌いなんだよ。キンキンうるさい声も、助けを求めれば何でもやってもらえるって思ってる賢しいところなんて特に反吐がでる』
「う、うわぁ……本音だって分かるだけに、マジでドン引きなんすけど」
『仕方ないだろ、本当に苦手なんだよ。泣き声もうざいし』
「外道ペンギンの顔になってるっすよ!? てか、本気で他の人に聞かせちゃいけないヤツっすよ、これ!?」
悪態をつく僕に珍しくアランティアが動揺している。
「じゃ、じゃあなんでスナワチア魔導王国でちゃんと子供育成の法案とか通してるんすか!? わりと子供優先な法律作りまくってますよね!?」
『ガキが泣き喚かないようにとっとと教育して、とっととまともな精神性を持たせるためにな』
「じゃあ、しょ、食糧支援とかの法案を通したのも」
『ガキってのは腹が減った時にいちばんうるさくピーピー泣き喚くんだよ! あぁぁぁあぁぁあ! 思い出させるなよ! 本当に嫌いなんだ。神経がざわつくあの声を思い出すたびに羽毛が逆立つっ、僕はただ、やつらが喚かないように泣く前に動いただけだ』
うわぁ……っとアランティアがやはり引いているが。
ん? っと顎の下に細い指をあて考えこみ。
「あれ? マカロニさんって獣王の卵から生まれたんすよね?」
『あ? それがどうした』
「どこでトラウマになるくらいの子供の泣き声を聞いたんっすか?」
どこって。
……。
そーいやたしかに……。
『それもそーだな、たぶん氷漬けで死んだときの記憶の欠如のせいだろうが……記憶が欠如してもトラウマになるって、生前の僕ってよっぽど子供に怯えてたのか。なんか情けなくなってきたぞ……おい』
僕が、うへぇ……っとなってる横。
ギルダースに呪われた強装備を強制装備させるメンチカツが言う。
『おい、相棒! こんなもんでどうだ!』
『ん? あ、ああ。じゃあ荒野の中心に設置しておいてくれ。後でギルダースを中心に魔物を呼ぶ魔道具を全部同時に発動させるからな』
子供がどうのこうのは今は関係ない。
『とにかく! 話を戻すぞ! 戦闘員は仕方ないにしてもだ、まあ民間人とかが死ぬのは僕の気分がなんとなーく悪くなるからな。これは気分の問題だ。アランティア、悪いが従って貰うぞ!』
「はいはい、マカロニさんには恩もありますからねえ。命令ならちゃんと従いますし、全力を出しますんで安心してください」
まともな顔で言った後。
心の底からだろう、アランティアは大爆笑し。
「ぶひゃはははは! 本気で子供が苦手なんて、まじで受けるんすけどぉ!」
こいつっ。
ベヒーモス戦後に仕事を大量に押し付けてやろう。
とりあえず準備はほぼ完了。
呪われた装備の狂気に囚われ、フー! フー! と、強化状態ギルダースが口の端から戦意高揚の息を漏らしながら、ぶんぶんとムラサメブレードを振り回し始めている。
まあ後で解呪すれば問題ない。
少しギルダース氏が可哀そうにもなってくるが、はじめに僕らに攻撃してきたのは向こう、ようするに勝手に巻き込まれに来たのだから僕らは悪くない!
それにまあ、これは虐めでもなんでもなく、立派な作戦。
なのだが。
ギルダースを設置し終えたメンチカツが言う。
『ところで相棒、これどうやって解呪するつもりなんだ?』
『どうって、おまえができるだろ?』
『いや、ここまで重ねて装備をした”装備系統の解呪”は持ってねえぞ? 魔術やらスキルで発生した呪いを対象とした”解呪”ならできるが』
……。
僕はさきほど見せて貰ったメンチカツの能力を遡り。
あ、まじで呪われた装備の解除魔術はもってねえなこいつ。
……。
いやいやいや。
僕がネコの行商人ニャイリスから買った魔導書のうちの一冊、結界と解呪が得意な”異界の白き魔狼”の力を借りた魔術なら……。
僕は後ろを向き、こっそりと異界の魔導書を開き。
『あ、僕の最大魔力が足りないな……これ』
解呪に必要な魔力に届いていない。
いやいやいや。
僕は消費魔力が現実的な、ペンギン大王の方の書を開き……。
ああ、ねえな。
解呪魔術。
迷宮を作成する魔術とか、アイスクリームを生み出す魔術とか意味の分からない魔術もあるのに、なぜ解呪がないのか……。
最後の一冊、回復と状態異常を得意とする”異界の白き神鶏”の魔導書も開くが。
あ、こっちも解呪系の状態異常回復魔術には魔力が足りないな。
あとはこの世界の主神の力を借りた、僕のオリジナル魔術系統で可能性を探るしかないが……。
ゲニウスが言う。
「どうかなされたので?」
まあ、大した問題じゃないか。
神話の獣王を倒せるなら些末、些末。
『いや、まったく問題ない。気にするな』
過ぎたことは考えても仕方ない。
そもそもやはり、向こうから僕にかかわってきたのだから自業自得と。
女神アシュトレトの目に留まった男に”呪われているが強力な守りの護符”を追加で張り付け、ペタペタペタ。
僕はそのまま押し切った。