女神の敗因~荒野会議とブラック女神の恐怖~
語り始めているゲニウスの前。
元商業ギルドCEOが神の使徒と知った者たちが、騒然とする中。
正直、権謀術数とか言われてもなあ、と思いつつ。
昼の太陽に黄金の飾り羽と羽毛を膨らませた僕は、じっと昼の女神の使徒たるゲニウスに目をやっていた。
今回に限っては、僕はそこまでうまく動いたわけじゃない。
「――我が女神はそこの魔獣王マカロニ殿と、この中央大陸を盤上と見立てたゲームを楽しみたかったようなのです!」
『ゲーム、なあ……』
「本来ならあなたがこの中央大陸の駒のみを使い、ベヒーモスを倒させることができるかどうか。女神ブリギッド様はそれを試したかったようで、小生は逆にそれを邪魔する役割を仰せつかっておりました」
『逆? まさかこの大陸をベヒーモスに破壊させたかったのか?』
直接介入ではないが、正直それはいただけない。
だが、ゲニウスはノンノンノンと指を左右に振り。
「いいえ! あなたがベヒーモスを倒す勢力を作るより先、小生がこの中央大陸の駒を動かしベヒーモスを討伐する。どちらが先にベヒーモスを倒すか、そーいう遊戯だったのですが、いやはい……あなたさまの奇抜な行動で始まる前から頓挫してしまいまして」
『いや、ふつうに協力し合えばよくないか?』
「小生もそう提案したのですが、我が女神はへそを曲げてしまいまして……あなた様より先にベヒーモスを倒してやるんだからと無駄にやる気になられまして。商業ギルドを乗っ取られたなら冒険者ギルドで動けばいいじゃない! と言いだされたのですが、それも先回りされてしまい。はぁ……」
結局はまあ、ベヒーモスをどうにかしようとしてはいたらしい。
とりあえず話に夢中になり、油断しているゲニウスの身柄を確保したいところだが。
慎重に行動しないとおそらく、天からみている昼の女神ブリギッドが動き出す。
こっそりと氷の檻を召喚すべく、僕は尾羽で魔法陣を刻み始める――が!
『だぁぁぁ! 話がなげえ!』
短気なメンチカツさんがペタ足を踏み出し。
『――てめえの昔話なんざっ、捕まえてからすりゃあいいことだろうがよ!』
『あぁあああああああぁぁぁ! バカ! 戻れメンチカツ!』
『大丈夫だって、こんなやつオレが一瞬で……っ』
メンチカツさんの言葉が途切れたのは、午後三時のお茶を楽しむような表情のゲニウスが……ふぅっと、マントの裾から魔導書を召喚。
魔術詠唱をしたからだった。
術の構成からすると昼の女神ブリギッドの力を借りた、昼属性の魔術だろう。
『させるか――!』
『だから待てって言ってるだろう! ゲニウスは絶対、おまえ相手に有利に戦ってくるタイプだって』
『”カモノハシ体術秘奥義! <紅蓮山茶花・三閃>”!』
人の言うことなど聞きはしないメンチカツが、シュシュシュゥゥゥゥン!
一度の攻撃で、三カ所同時攻撃。
空気摩擦で火を発生させ、”炎を纏った正拳突き”をするという、神業を見せたのだが。
案の定、メンチカツの神速攻撃が、ゲニウスのマントの中に吸われていく。
装備するスーツの方でもなにやら反応があり、”幸運を弄る魔術”が自動で発動されているように見える。
おそらくは”回避成功判定”が出るまで”判定を繰り返す”、そんなからくりだろう。
周囲に空の焦げる香りが広がり、僕は嘴をブスーっとさせていた。
しかし、このゲニウスよく避ける。
これは……まあ他にもなんか仕掛けがあるのだろう。
「おっと、当たったらほぼどんな相手でも即死級の一撃ですな! それは痛い、それは嫌だ! なので小生も対処させていただきましょう! 竈の女神よ、我に力を!」
『おい相棒、当たらねえぞ!?』
『たぶんこいつの装備のせいだろうな――そのマントは物理攻撃を吸収し全て受け流す性質があるっぽいぞ。女神が下賜した外套神器だと思うが、たぶんどれだけやっても絶対に当たらないからそれくらいにしとけよ』
んー……やっぱりそこそこ強いっぽいなゲニウス。
メンチカツさんの攻撃はマントに吸われ無効化。
そして回避しながら魔導書を片手にするゲニウスの詠唱も終わっている、術の効果はおそらく――。
「昼魔術:<午後の微睡みを貴方に>」
睡眠。
暖かい陽射しが、メンチカツを照らし出す。
おなかがちょうど良い感じにいっぱいになった時に、正午のぽかぽか太陽を浴びたらどうなるか。
それはとても眠くなる極上空間。
この魔術はそんな眠気を最大限に誘う状態異常魔術のようだ。
なんとなく紅茶の名前っぽい魔術名だが……。
厄介なことに、広範囲睡眠&睡眠が効かなかった相手への脱力魔術である。
まあ僕には無意味だが。
メンチカツには<状態異常耐性装備>を重ねて装備させているが、無効化とはいかず、やはりどうしても状態異常攻撃が弱点となっている。
完全に睡眠状態にはかかっていないが、メンチカツは半目で眠そうに。
『て、てめえ……っ、意外とやるじゃねえか』
「……というか、マカロニ殿……!? このカモノハシふつーに怖いのですが!? なんとかしてくれませんか!? 直撃したら塵すら残らない! 一撃必殺の攻撃を躊躇なくはなってくるなど! あの……かなりドン引きなのですが!?」
『あん!? 相棒を裏切ったんだ、当然の報いだろうが!』
あーこいつ。
僕を裏切ったことに腹を立ててるのか。
「裏切ると仰いますが、正直これでも小生――被害が出ないようにかなり尽力していたのでありますよ? そもそもです、こちらの身になって考えていただきたい! ブリギッド様から天啓が下った時には既に王族はタヌキに陥落……急ぎ動こうとしたら、いきなり相手の大ボスたるマカロニ殿が転移しやってきて、商業ギルドを買収しだし……っ。逆らえばそちらの陣営から追い出されるのは確実。この大陸の人類を思えば獣王に好き勝手にされるわけにはいかないと、なんとか小生も内側に入り込むように動いてですな!」
目を真っ白にして、虚空を見ながら愚痴をブツブツブツブツ。
「初手で詰んでるのにっ、女神さまはああだこうだ命令してくるわっ。いきなり全人類を支配できるような水洗脳の片棒を担がされるわっ。小生の胃へのダイレクトアタックが酷過ぎる!」
かなり大変だっただろう様子である。
人工生命体といっても胃はちゃんとあるのか……。
発狂しかけているゲニウスに、アランティアが同情の目線を向け。
「――まあ女神にこき使われているっぽいこの人にしてみれば……マカロニさんは別の女神の使徒で、しかも魔術の悪用を禁じる契約の獣王。いきなり買収に来て、めちゃくちゃ慌てたでしょうねえ」
「その通りであります、お嬢さん!」
「んー、なんか動きを見る限り……ゲニウスさんはこの中央大陸の人類は守りたい感じなんすか?」
「小生は確かに動くマネキンに分類されるでしょうが、それでも心も情もございますれば――はい、その通りにございます! だいたい! 女神がろくな性格ではないことは、あなたがたもよくご存じなのでは!?」
女神非難に反応したのだろう、天から声が落ちてくる。
『ちょっとゲニウス! 何よそのいい方は!』
「事実でありましょう! 我が女神よ!」
『あたしのどこが悪いって言うのよ!』
「まず計画性がなさすぎる! 人使いが荒いくせに給料を払わない! 報連相もできない! 判断を仰ぎこちらから連絡をしてもお菓子の時間だから♪ と反応しない!」
うわ、かなりの直球である。
そうとうストレスが溜まってたんだろうな。
天から、うぐぐぐぐ! 昼の女神ブリギッドの子供っぽい声の反論が響きだす。
『う、うるさいわね! だってっ、だってっ、こっちはのんびりゲームをしようと思ってるのに、そこのチートペンギンが悪いのよ! だいたいっ、いきなり商業ギルドにやってきて、買収スキル<札束ビンタ>で落とすってありえないでしょう!? あたしの手駒が商業ギルドのトップだってアシュちゃんから聞いたんじゃないでしょうね!?』
神はカンニングを疑っておいでだが。
『あのなあ、他国を落とすなら普通まっさきに経済を狙うのが基本だろ? この世界の魔術は基本なんでもあり、買収だってスキルでできる。商人系のスキル対策をちゃんとしてなかったそっちの怠慢だろうが』
『だってだって! そんなにお金を持ってるなんて思わないじゃない!』
『こっちはこれでも一国の王だぞ? それくらい持ってるって思わなかったのかよ』
この世界の女神クオリティーは相変わらずである。
『く、国のお金を私欲で使うなんてダメなんだから!』
『あいにくだが、これは僕のポケットマネーだ。国庫からは一切使ってない』
『くぅぅぅぅ! もう怒ったのだわ! ゲニウス! あなた、ベヒーモスを先回りして倒してきてちょうだい! いますぐに! そうしたらあたしの勝ちなんだから!』
どうやら人を使うのはあまり得意ではないようだ。
僕は、えぇぇぇぇ……っと神に呆れているゲニウスを見て。
『なあ、おまえとアレの契約ってどーいう感じになってるんだ』
「小生と女神さまとの契約でありますか? 小生、実は元となった存在がありまして、彼が死の際に誰ともなく願った想いを昼の女神ブリギッド様がお拾いになり……小生という彼のモノの魂を移した<生き人形>を作成。その契約に従い動いている状態にありますが。それがなにか」
『つまりは契約者本人は死んでいるってことになるな』
言いながら僕はサラサラサラと契約書を速攻で自作。
詐欺師のスキル<私文書作成>のスキルを発動、書いた契約書に公的証明効果を刻印し。
ゲニウスの前へ。
彼はそれを眺め内容を確認し、サラサラサラ。
「これでよろしいですかな?」
『あぁあああああああああぁぁぁあ!? ちょっと! ゲニウスはあたしの駒なんですけど!?』
『ははははは! バーカ、これを見ろ! 今さっき僕の部下になったんだが!?』
契約されていないのなら、こーいう事も出来てしまうのが契約魔術。
詐欺師の僕が得意とする魔術体系でもある。
『あたしを裏切るって言うのゲニウス!』
「裏切るとは人聞きが悪い! マカロニ殿は小生に給料雇用を約束してくれたのですぞ!?」
『きゅ、給料だってあたしだって払うのだわ!』
「一度も払われたことがないのですが!?」
『たった二十年ぐらいタダ働きしたぐらいで騒がないで欲しいのだわ! ちゃんと五十年間隔ぐらいで払うつもりだったんだから! せっかちすぎるわ!』
五十年って……。
寝惚け眼のメンチカツが空を見上げ。
『そりゃあ二十年も給料払わねえでこき使ってたなら、こーなるだろ……』
「あぁ、エルフとか長命の種族によくある価値観の違いっすねえ、これ」
神の感覚では五十年間隔で給料を渡せばいいのだろうが、人間の感覚だと論外。
人工生命体とはいえ、元となった存在が人間よりらしいゲニウスにとってはやはり非常識。
僕は天を見上げて、グペペペペペ!
『どうやら、この勝負――僕の勝ちのようだな!』
そもそも文字通り勝負になってなどいなかったし、何がやりたいのか分からない女神だったが。
とりあえず僕は神にドヤ顔をしてやった。
はー、終わった終わったと事件解決を喜びたいところなのだが。
様子を眺めていたデモモシア=アシモンテ公爵が言う。
「……それで、ベヒーモスはどうするおつもりなのか?」
……。
そうなのだ。
結局、昼の女神もベヒーモスを倒すつもりだったらしいので、根本的な解決にはなっていない。
ここで女神相手に勝ち誇っても意味がないのである。
場の空気を整えるつもりなのだろう。
公爵がこほんと咳払いをし、僕に頭を下げ。
「こちらはマカロニ陛下の要求を全て飲むつもりであります。あなたがたに悪意はなく――こちらが誠意を尽くせば応えてくださる方だと、共に酒を交わしたから知っておりますのでな。できれば助けていただきたいと願っております。無論、恩には必ず報いますので、どうか――」
飲み仲間のメンチカツが、クイっと僕の羽毛を掴み。
『おい、相棒――』
『分かった分かった、僕もせっかく乗っ取った大陸を潰されても嫌だからな。僕の神殿やグッズ販売を進めることを対価にする方向で、契約を始めようか』
結局、こーいう人情というモノは最も強力な交渉材料なのだ。
これは魔術があってもなくても変わらない。
そう考えるとメンチカツと交流を深めた公爵こそが、この中央大陸の救世主と言えなくもない。
僕は両者の意思によって書類を製作する”契約魔術”を発動させる。
何故か契約書に、メンチカツのぬいぐるみ展開の草案も添付されているが。
これは、公爵の趣味だろうなぁ……。
こいつら、やはりガチで仲良くなってやがる。
正直、メンチカツが信仰されると暴力装置に磨きがかかるだけな気もするが。
まあ僕だけのグッズという名の偶像を販売するよりも、セットの方が売り上げは伸びそうだ。
単純な話、ぬいぐるみが売れれば売れる程、ご神体が飾られるわけで。
それはこの世界では信仰と同一視され、僕らの直接的な能力ブーストに繋がる。
イコール! 女神をぶっ飛ばしやすくなる!
という作戦だったりするのだが。
問題はベヒーモスの方。
『おい、昼の女神。まだ見てるんだろう!?』
『なによ!』
『おまえが一応この地の人類を守りたいって思ってるってのは分かってる。このまま退場じゃあ、本当にダメな女神で覚えられるだろ? そうなりたくなかったら力を貸せ』
『ふーん、あたしに力を借りたいってことかしら? ふふ、やっぱり所詮はペンギンなのね! どーしようかしらねえ』
ジト目で僕は言う。
『いや、おまえ……このままじゃたぶん、アシュトレトにぼろくそにバカにされるだろ……』
『うっ……それはまあそうだけど』
『アレが調子に乗るのはなんかムカつくし、どうだ? その辺りの利害は一致してるだろ』
『はぁ……まあそうね。いいわ、ちょっとは協力してあげる。けれど、直接介入はできないからそこは弁えて欲しいのよ』
やはりこいつも今の人類を滅ぼすのには反対のようだ。
だが素直に人類を助ける気はない。
なのでここでこちらからの歩み寄り……理由と大義名分を与えてやって、こっちが願う形ならばちゃんと答える。
よーするに、くっそ面倒くさい性格なのだろう。
『とまあ、こういうことになったが他の連中はどうだ? 異国の王の力を借りたくないって言うなら、僕も退散してもいいが。後で文句を言われるのは嫌だからな、嫌なら今この場でちゃんと言ってもらうぞ。発言がないなら全員が同意ってことで契約書を作る。いいな?』
僕を崇め、ペンギンぬいぐるみを全国展開するだけで助かるのなら安い買い物だろう。
この場で反対意見を述べる者はだれもいなかった。
荒野で始まる僕らの会議は順調に進み。
ベヒーモス対策はちゃんとした形となり始めていた。