中央大陸戦記 ~女神とスパイとペンギンと~
王族サイドは既にタヌヌーアとコークスクィパーが掌握。
公爵閣下も既にこちら側。
商業ギルドも冒険者ギルドも僕が乗っ取ったので、中央大陸のほぼすべての勢力を乗っ取ったと言っていいだろう。
関係各所の主要人物を集めた場所は、公爵閣下の計らいによって用意された演習場。
ここを言葉で表現するならば広大な荒野だろうか。
王国の騎士団や魔術師団の”大規模な模擬戦”に使われる場所であり、一般人が入り込まないように到着手段が非常に乏しい場所ともなっている。
が――!
この僕、氷竜帝マカロニの手にかかれば一瞬で移動も可能!
今現在、各町の冒険者ギルドや商業ギルド、各町の詰め所や会議が行われる空間はすべて、ここに繋がっている状態になっている。
僕の魔術実験とも言うが。
昼の日差しが照らす中。
日に焼けた大地の香りが鼻孔をわずかに揺する空間。
地平線が確認できる広い土地にて――。
玉座に座する僕の周りを侍るのは、アランティアにメンチカツ。
デモモシア=アシモンテ公爵閣下に商業ギルドの代表代理のゲニウス、そして冒険者ギルドの代表代理に任命したカマイラ=アリアンテ。
ついでにタヌヌーアとコークスクィパーのそれぞれの長も、タヌキとキツネの姿でちょこんと座っている状態にある。
王族への根回しは既に完璧。
というか、ベヒーモス騒動の時に中央大陸の密偵が忍び込んだ直後、既にタヌキは動いていたらしく……僕の上陸時点で、王族の殆どを傀儡にできる程の介入を済ませていたらしい。
冒険者ギルド側にも商業ギルド側にも、なんなら騎士団にも両種族の気配を感じる。
僕はちらりと、平然と僕の従者列に並ぶマロンのモフ耳に目をやり。
じぃぃぃぃぃぃい。
こいつ、ブレーキを掛けるやつが身近にいないと絶対やりすぎるタイプである。
まあ、冷静な顔をしつつもどこかが誇らしげな狸マロンと僕を眺め、キツネがお任せくださいと礼をしているので、その辺りの調整はコークスクィパーの長キンカンがなんとかしてくれるだろう。
僕と同じく状況が見えているようで……。
アランティアがぼそりと言う。
「そりゃあ……あんな短期間で暗躍を完了。ほぼすべての王族を傀儡にできるんじゃあ、絶滅させられかけますよねえ……」
『んで、狙われたことを恨んでいるから容赦もしなくなって国を滅茶苦茶にする。んで、国を滅茶苦茶にされたから人類も必死になってタヌキ狩りをする……と。嫌なループが起こってたんだな』
「どっちが悪いってわけじゃないんでしょうが、なんともですよねえ」
アランティアはそのまま狐の長キンカンにも目をやって。
「てか、常識人ぶってますけどコークスクィパーもたぶん似た感じっすよ?」
『だろうな。互いに時代の権力者に化け忍び込んで暗躍する獣人、種族対立の始まりはその辺からだろうが。神の連中にしてみればそれも自然の流れ、魔術の悪用じゃないなら問題じゃない。食物連鎖やら生存競争の一環に過ぎないんだろうな』
「変身の魔術で忍び込んでる時点で魔術の悪用になりそうなもんなんですけどねえ」
神の基準はテキトーすぎて本当に困る。
なにはともあれ。
僕は集まった連中に向かい、<かくかくしかじか>を発動する。
◇
『――というわけで、もうすぐベヒーモスが顕現しておまえらの契約違反を裁きに来る!』
ざわざわっと声が響く中、僕は続けざまに言う。
『今回の襲撃後、魔術の悪用をしなければもう獣王が襲ってくることはない筈だ! だから今回の事件を乗り切った後は無暗に魔術で人を襲ったりしたらダメだぞ!? ただし、禁じると言っても本人が正当防衛と判断したとかなら問題ないからな! そこは安心していい、以上! 後は、まあ! 頑張ってベヒーモスを倒してくれ!』
かくかくしかじかで大体のことは伝えている。
だからこれで僕もお役御免……なわけもなく。
僕を眺める者たちから上がるのは、力になってくれないのかという声。
毒竜帝メンチカツが、あぁん!? と前に身を乗り出し。
<毒竜帝の咆哮>を発動!
『だぁあああああああああぁぁぁ! うるせえぞ、おめえらっ!』
当然、レベル差により全員が昏倒する。
地に伏す彼らを見下ろしながらカモノハシが、平たい”あんよ”でペタペタペタ!
『だいたいっ、オレも相棒も獣王だって分かってねえのか!? オレたちはてめえらを見逃してやってるだけにすぎねえっ、なのにそんなに力があるなら獣王を倒せと思ってやがるだろう? 甘えるんじゃねえ! てめえらがあのクソ女神どもとの契約を忘れたせいでこーなってるんだろうが!? ええ!? どうだ、違うか!?』
結構本気の咆哮だったので、泡を吹いて倒れている者も多い。
僕はベシっとメンチカツの頭にフリッパーチョップ!
『やりすぎだ、バカ!』
『だってよぉ、相棒』
『おまえもこの地の魔術の悪用でイライラしてるのは分かるが、こいつらに倒れられると結局僕たちが倒さないといけなくなるぞ? 言っておくが、僕はこの中央大陸にネコの行商人を呼んで、前に買えなかった魔導書を買うつもりなんだ。簡単に滅びられてもそれはそれで困るんだよ』
アランティアが言う。
「あいっかわらず私欲全開っすね」
『あのなあ、僕の性格を知ってるだろう。私欲でもない限りとっとと旅立ってると思わないか?』
「それもそうっすね。んじゃあとっととこっちの条件を提示しちゃいます?」
『ああ、そうだな――よく聞け中央大陸の人類共! 僕がおまえたちに提示するのは契約だ! この危機をどーにかして欲しいのなら、この中央大陸全土にこれを建設、維持経営することを約束して貰う!』
僕が告げた瞬間に、アランティアが演習場の荒野の空に映像を投影。
ギルドの代表代理に就任している女性カマイラ=アリアンテが、はぁ……? と眉を顰め。
「なにこの、悪趣味な神殿は」
『僕を崇め奉る神殿だ! って! そんな顔をするな、正直僕もこれはどーなんだって内心ではバカにしまくってるんだからな!』
天一面に投影される企画書にあるのは、氷竜帝マカロニを神と崇める神殿の数々。
そう、僕は神への信仰が消えたこの中央大陸にて、僕を崇めさせる政策を取るつもりなのである。
空を眺めていた侍傭兵ギルダースが、呆れ顔で言う。
「きさん……こーいう趣味があっちょったのか、素直に引くんじゃが?」
『まあ話を聞け。神って存在はどうも人類からの信仰を受けることでその能力を増すらしいからな、形だけでもいい、神としてでなくてもいい。おまえたちを救ったペンギン王として永遠に語り継いでくれれば、僕の能力は大幅に上昇することになる』
「は!? まだ強くなるつもりなんか!?」
『まあ強いと言っても限度がある。実際、僕はまだ弱い。強くならなきゃあいつらに吠え面をかかせることができないからな』
言って、僕はフリッパーで天を指差し。
『宣言しよう! 僕はこの世界の新たな神となる! もっともっと強くなって、神々の座で好き勝手やってるあいつらに説教してやるつもりだ!』
それは神々への宣戦布告。
普通ならば恐れ多い事なのだが、ここの連中は神々を知らない。
つまりは僕という存在を神と崇めることが可能で、なおかつ本当に救ってやったら神認定しやすい土台がある場所と言える。
どうせ救うならば、ここでしか取れない最大限の見返りを要求したというわけだ。
カマイラ=アリアンテがやはり眉を顰めたまま。
「って、この世界って本当に創世の神々がいるのでしょう!? 御伽噺と言われていたあの物語は真実だっていったのはあなたじゃない! それなのに、神に逆らっていいと!? あたしたちだって危なくなるのじゃないかしら!?」
『まあもっともな疑問だな! ならばこそ聞こうじゃないか、どうなんだゲニウス。神がどういってるか、おまえが代わりに答えてくれていいんだが。どうだ?』
不意に話を振られたゲニウスは、はて……?
と小芝居をしながら首をかしげているが――。
天から声が響く。
『なんだペンギンさん、その子があたしの手駒だって知っていたのね。面白いけれど、生意気じゃない。ゲニウス、いいわよ語ってあげて頂戴』
それはまるで少女と言った様子の声だった。
だが、ただの声ではない。
悍ましい魔力にメンチカツはその声だけで獣毛を逆立て――。
アランティアは、はっと結界を張り。
タヌヌーアの長マロンは急ぎ、銀杏の種を地面に植え一対の巨大樹木を召喚し始める。
様子が分からぬと言った仕草でギルダースが吠え――。
「なんじゃ!?」
「ちょ、ちょっと!? 説明しなさいよ! 魔境の連中だけで話を進めないで!」
カマイラ=アリアンテが動揺を隠さず狼狽え叫び。
デモモシア=アシモンテ公爵閣下の護衛の、かつてトップ冒険者だった男が主君を守るかのように武器を抜き放つ。
そんな臨戦態勢を平然と眺めるのは……かつて商業ギルドのCEOだった伊達男。
ゲニウスはこの緊張の中でも余裕の顔で天を見上げ。
「小生の正体を隠すのもこの辺りまで、ですか。本当にもうよろしいのですかな?」
『だって、遊び相手のペンギンさんにバレてるんじゃあ意味ないですもの。あたしの事はとっても格好よく、そして素敵に紹介してくれないとダメなのよ? 分かってるわね!』
「致し方ありません。それでは、失礼させていただきましょう――」
告げてゲニウスは元の姿に変身しようとするが。
おそらく決めシーンになるだろうと先読みした僕は、ニヒ!
クチバシを開きすかさず告げていた。
『ゲニウス、おまえ――朝と昼と夜の女神……その真ん中、昼と竈の女神が作り出した人工生命体。ホムンクルスとか動くマネキンとか、そーいう部類の魔道具だろう?』
口上を告げて再登場する筈だったゲニウスが、ビシ!
完全に固まり、ぐぎぎぎぎぎ!
「あのぅ……先にネタバレをなさるのはいかがなものかと」
『あのなあ、なんで僕が女神の遊戯に付き合ってやらないといけないんだよ。どーせ、地の女神バアルゼブブの二番煎じ、僕が構ってくれないからとか……アシュトレトやダゴンが調子に乗ってるから面白くないからとか。そーいう理由で動いている女神がいるんだろう? でだ、天と地と海の女神は僕も知ってるから除外、夜の女神さまはそーいうことはしないまともな女神、消去法でいくと朝と昼の女神のどちらか。で、朝の女神は夜の女神さまと敵対傾向にあるらしいが、本人そのものは理知的で思慮深いって神話に書いてあるから、こんなくだらない茶番もしないだろうし、これも除外。残ったのは昼の女神ってことになる』
複数の名を持つらしいが……神話に記されている名は、ブリギッド。
北欧系の流れをくむ、お菓子や料理を作る竈やらを司る家庭的な神。
その筈なのだが。
この世界での昔話、神話の書を見る限りは遊戯の神としての側面もあるらしい。
ゲニウスが手駒だと思った理由は単純。
女神ならばメンチカツや僕のような存在……直接介入できない代わりに間接的に介入する駒を、絶対に送り込んでいるはず――。
そう判断したのだ。
そこで気付いたのが、前回のバニランテ女王の事件。
あの中の女王派に一人、ん? となる違和感のある存在がいたからである。
そして似た気配を、どことなくゲニウスからも感じていた。
この女神は動く人工生命体を人形のように操り、各大陸に送り込んでいたのだろう。
まあここが主神の世界である以上、その妻たる女神たちも従順……悪事そのものはしていないだろうが。
どこまで俗世に介入していたのだか。
僕は天を見上げ。
『で、どーなんだ! やっぱり昼の女神さまとやらが黒幕なのか!』
『はぁぁぁぁ!? ふざけないで欲しいのよ! 黒幕なんかじゃないわよ! ただこの大陸であなたと遊んでやろうと思っただけじゃない! なのにこっちは直接手を出せないしっ、そっちは直接手を出せる! こんなのハンデ戦もいいところなのだわ!』
はい、正解。
女神案件である。
しかし、魔術の悪用で滅びかけている中央大陸を使って遊びとは。
なかなかどーして、女神というのはどーしようもない連中ばかりである。
困った顔でゲニウスが言う。
「あの、女神様……もうこれぐらいでよろしいのでは?」
『なんでよ!』
「このペンギン陛下の実力は確か、たしかに単純な力量では女神さま達には遥かに劣るのでしょうが……事、権謀術数においては紛れもない”本物”だと確信しております。直接介入できないあなたさまがどーこうできるとは……」
『黙りなさいゲニウス! あたしはハンデを負った状態でこの生意気なペンギンの鼻をペンとしてやりたいの! アシュトレトのあの偉そうなドヤ顔をへし折ってやりたいの!』
やっぱり女神同士の児戯でやがる。
本当の意味では敵対していないだろうというところが、なんとも平和な世界であるともいえるが。
我儘を堂々と神託の形で垂れ流す女神であっても、女神は女神で上司なのだろう。
僕とこの中央大陸の利権を争い、色々と動く予定だったらしいゲニウスが言う。
「とはおっしゃいますが、あなたさまが動く間もなく次から次へと重要人物を落とされておりますし……冒険者ギルドが乗っ取られるのも半年後という予想ではありませんでしたか? こちらも無駄に人が死なぬように、あなたさまの命には従っておりますが限度がございます」
板挟み状態なのだろう、ゲニウスは中間管理職の顔を捨て。
「ぶっちゃけ、負けですし。もうやめにしませんか?」
『嫌よ! それじゃあ面白くないもの! だいたい! そこのタヌキはなんなのよ! 主人の命を最大限に解釈していきなり国家転覆状態とかおかしいでしょう!? チートだわ、チート! 勝負が始まった直後に詰んでるって、こんなの勝てるわけないじゃない!』
まあそれは僕もそう思う。
初めての神との対話がこれって、なかなか哀れな中央大陸の連中を憐れみつつ――。
僕は言う。
『で、具体的にあの女神。なにがしたかったんだ?』
「はぁ……それなのですが」
ゲニウスは女神との話を語りだし始めた。