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水面下の戦い~お役御免だって言ってるだろう!~


 ――此れは神託じゃ、格好いいから名乗り上げはこうせよ!

 ――良いな? 今回ばかりは確実に命に従って貰う。

 ――構わぬな?


 と、珍しく女神の念押しが入った勅命が下ったので、一応従ってやったのだが。

 僕は会議場の天を見上げて、じぃぃぃぃぃぃい。


 これ、絶対に主神の趣味だよなあ……。


 義務は果たしたと、いつもの調子で僕は言う。


『とまあそんなわけで、僕が神話にある獣王の一体だ。これで商業ギルドと冒険者ギルド、両方を押さえたことになる――ああ、正規の手段で乗っ取ったんだから返せって言うなら、ちゃんと対価を払ってもらうからな』


 僕の言葉に反応するのはやはり、カマイラ=アリアンテ。

 一応は実力でちゃんと出世したらしい彼女は、不正で出世した仲間を見て。


「マカロニさん、でしたっけ? あなたがちゃんと実力でギルドマスターまで上り詰めたのは本当……そういうことでよろしいのかしら?」

『ギルダースとこっちの受付のお姉さんが証明してくれるし、なんならアシモンテ公爵のお墨付きを貰ってきてもいい。神に誓うなんて言葉は薄っぺらいからな、金に誓ってもいいぞ』

「そう、ですか――」


 ふぅ……っと大きな胸と髪を吐息で揺らしながら。

 ようやくまともな口調で語りだす。


「不正者扱いしたことは謝りましょう。そしてこちらの不正者を暴いてくれたことにも感謝しております。ただ……」

『ただ、なんだよ』

「こちらを驕り昂ぶりとおっしゃいますが――多少の誤解がございます。危険を代償に依頼をこなす冒険者が、今まで軽んじられていた事実をあなたは知らないでしょう? ここ最近の魔物増加で冒険者の地位が向上するまで、我ら冒険者の命は非常に軽い扱いを受けていた」


 ま、そーいうこともあるだろう。

 魔物が少ない状態では冒険者ギルドの需要は少ない。需要が少ないならば、そこで働く彼らへの対応も軽くなる。

 なにをするにも、需要が少ない者への辛辣さが目立つだろう。

 よーするに今の驕りはその時の反動、そう言いたいようだ。


 そしておそらくそれは事実だと僕は確信している。

 だが!


『あのさあ……それ、今の僕や今回の件と何か関係あるか?』

「正当防衛も許さないみたいなことをあなたが言ったんじゃない」

『ん? ああ、僕が禁じたいのは”魔術”による弱き者への攻撃だけだ。極端な話、魔術でさえなければどーでもいいぞ? そりゃあ剣による悪事だって悪いことには違いないが、それを取り締まるのは衛兵たちの仕事で管轄だ。獣王ぼくの領分じゃない。人類同士、好き勝手に殺し合ってくれてもそれが魔術の悪用じゃないのなら、僕は一切気にしない』


 ラスボスっぽい演出をやめて、ふつーに円卓に座る僕をジト目で見て。


「え? いや、それはそれでどーかとあたしは思うのだけれど……」

『僕はあくまでも”魔術の悪用を禁じる神の意志”に従わされているだけだ。上の連中がまた面倒なことを言いださないようなら、おまえらがどーなろうと、この国や大陸がどーなろうが、本気でどーでもいいんだよ』

「か、神って言うけれど――」


 そうだ、中央大陸の連中は神の存在を信じていないのだった。

 神話の語り部でもあるネコの行商人が出入りするようになってくれれば、状況も変わるのだろうが……。

 はぁ……ここで他の魔導書を買える可能性がある事も考えると、少し種をまいておく必要もあるか。


 でもなあ……。

 こいつらに説明しても通じるかどうか。

 ま、一応義務だけ果たすか。


『おまえらだって魔術が大きな六つの枠、六つの属性に分かれてることは知ってるんだろう?』

「当たり前でしょう」

『じゃあその六つが女神で創造神の妻で、くっそ面倒な連中だってことだ! 以上! はい説明終わり!』


 終了!

 と、フリッパーで話を切ってやったのだが。


「ほ、本当に神様がいるって……ことよね!?」


 くそ、こいつ。

 話に食いついてきやがった。

 先ほどまでは人を不正者扱いしてきやがったくせに、現金なやつである。


『神様というか、ステータスとして<神性>を所持してこの世界をゼロから作った存在がいるってのは確かだ。で、そのうちの一人が僕の上司、美を司りし天の女神アシュトレト。世界を創った存在を神と定義するなら、間違いなく神だろうな』


 僕の説明に大きな胸の前で手を握ったのは、カマイラ=アリアンテ。

 その姿はまるで英雄に憧れる少年のようだった。

 まあ実際は、おばさんに足を踏み入れかけているギルドマスターなのだが……。


「素敵ね、そう……じゃあ消えかけてるあの神話って本当なんだ」

『中央大陸のおまえたちだって昔は信じていたみたいだぞ。周囲の情報を記録する僕の魔導書ザブトンにも、そんな感じのことが書いてあったからな』

「なぜ失伝しかけているのかしら」

『ネコの行商人がこの地に寄らなくなったからだろうな、<創世神話>についてはあいつらが暇つぶしに語ってくれるようになってるみたいなんだが――神話が気になるならネコの行商人が寄り付くようにしてみるといい』


 さりげない誘導には成功したようだ。


『さて、僕の疑いも晴れただろうし僕もあんたらが”魔術の悪用を禁じる”神様との契約を思い出してくれたのならそれでいい。僕はそろそろおいとまさせて貰うよ』


 これでとりあえず主神の依頼は達成ということでいいだろう。

 ベヒーモスが到着しても、魔術の悪用という罪が弱まっているのならそれほど強敵ではない筈。

 既に二回分倒していることもあり、この大陸の皆がちゃんと力を合わせれば討伐できる筈。


 そう、あくまでも確信ではなく筈どまりだが、それは僕には関係ない。

 後は、冒険者ギルドマスターとしての地位と商業ギルドCEOの地位を、誰かに売却するなりして退散する手もある。

 だが――。


 ジト目をする僕の前――。

 円卓を離れたカマイラ=アリアンテが、なにやら僕の前で跪き始め。

 すぅっとまともな声で口を開き始める。


「今までの無礼、大変失礼いたしました神の御使いマカロニ陛下」


 こーいう状況で、この態度。

 絶対に面倒なことを言う流れだ。

 僕は円卓をよじ登り、ペタペタペタ。


 反対側に降りて、退散しようとするのだが――なぜか目の前には回り込んで跪いた彼女がいる。


『おい、なんのつもりだ』

「陛下が本当に獣王たる存在だとしたら、魔境とも呼べるあの大陸に送り込んでいた斥候たちの報告は本当だということ。つまりは――獣王ベヒーモスが我らが大地を破壊しようと動いている。そうなのですね」

『ああ、そうだ。だからちゃんと全組織で協力して頑張ればなんとかなる――って! なんだおまえら!』


 がっつりと、跪きながらも僕のペタ足をぎゅっと掴んだカマイラ=アリアンテが言う。


「本当だって分かったなら逃がすはずありませんでしょうがっ!」

『それが分かってるからこっちはとっとと逃げようとしてるんだろ! 空気を読め、空気を!』

「空気を読んだからこうして恥もメンツも投げ捨てて跪いているんでしょう! あなたっ、本気で見捨てていくタイプでしょう!」

『見捨てるも何も古の契約を忘れたそっちのせいだ、僕は知らん!』


 もし引き剥がそうと――掴まれてる足で本気キックをしたら、地獄絵図。

 この場がちょっとしたお肉屋さんになってしまうだろう。

 さすがにそれは気分が悪い。


 それが相手にも分かっているようだ。

 魔力を込めた手で必死に僕の足を掴みつつ、女は他の面子に命令する。


「全員であたしに防御デバフを早く!」

『あっ、こら、おまえ! 卑怯だぞ!』


 自分の防御を下げて、わざと死にやすくしやがった。


『ふざけるなっ、僕は蘇生魔術も使えるからいざとなったらここの全員を吹っ飛ばしてだな』

「神様! 聞こえてるならそれが魔術の悪用判定になるか教えてもらえないかしら!」

『は!? おまえ、ふざけるなよ! あいつらなら面白がって肯定するに決まってるだろうが!』

「だったら協力して頂戴! こっちの非礼も冒険者ギルドの腐敗もちゃんと調査するって誓うわ! でもその前にベヒーモスに破壊されたんじゃあ終わりでしょう!」


 こいつっ、間違いなく不正野郎どもと違って実力でギルドマスターになった口だろう。

 戦略的勝利を掴むためのやり方に躊躇がない。

 仕方ない、相手から断らせるか――あるいは。


『分かった、分かった。話だけは聞いてやる、だからとりあえずその手を放せ』

「逃げたりしたら、あなたの上司の神のことを罵倒するわよ。それもあなたのせいって名目で」

『魔導契約してもいいから……ほら、放せ』

「ちゃんと話を最後まで聞くって契約したら放すわっ、そーでもしないと、どーせ口約束は無効とか言いだすつもりでしょう!?」


 ちっ、読まれたか。

 少し舐めていたかもしれない。

 仕切り直して、会議は議題を変えて続行となった。


 ◇


 ベヒーモスについて語る前に、僕は不正を働いていなかったギルドマスター達を一瞥し。

 何故か議長っぽい立場を押し付けられつつも言う。


『現状はおまえたちが精神汚染だって病院送りにした連中が作った、あの報告書の通りだよ。マロン、キンカン、そこにいるんだろう? こいつらにもベヒーモスの資料を出してやってくれ』


 呼ばれたマロンキンカンはそれぞれ、柱の影と執事姿からドロンと元の姿に。

 獣人の姿で僕に礼をし。


「畏まりました、陛下――」

「このような下等な存在にも慈悲をおかけになる、いやはや、我が君は心が広い。当方、大変に感服しております」

「ちっ、相変わらず調子のいい狐だ」

「おんやぁ、舌打ちですかな? よもや嫉妬でございますかな? タヌヌーア殿。まあ、柱に化けるあなたと違い当方はちゃんと内部に入り込んで掻き回しましたので、あなたさまが嫉妬なさるのも無理はない」


 タヌヌーアとコークスクィパーはそれぞれ睨み合い。


「貴公が知らぬところで既に我らは動いているだけだ」

「はて、それをここで漏らしてしまってもよろしいのですかな?」

『それを主が望むのならば――』

「マロン殿はいささか勝手に動き過ぎる部分もありますからなあ、本当に主が望んでいるか、もう少し慎重になられた方がよろしいかと具申いたしますが」

『言われたことしかできない、愚かな部下にはなりたくないのでな』


 バチバチと睨み合う二人の間に、ものすごい魔力の渦ができている。

 こいつらはやっぱり、両方同時に使った方が互いに競い合っていい仕事をする。

 こいつら結構似た者同士だからか、たまに似たような言葉を使った嫌味を言うし……、互いに下劣やら狡猾やらを罵ってるし。

 逆に仲がいいんだよなあ。


 カマイラ=アリアンテが叫ぶ。


「どういうことよ! まさか、あなた! 冒険者ギルドにこんなスパイを……っ」


 既に初手で水を飲ませたから、もうとっくに詰んでいるとは思っていなかったようだ。

 まあ敢えてバラすつもりもないが。


『こいつらは僕の部下で、タヌヌーアとコークスクィパーそれぞれの長だ。こっちの大陸では伝説扱いらしいが、まあうちの大陸ではちゃんと生きてるってわけだ』


 タヌヌーアとコークスクィパー。

 その単語に、ひぃっと恐れをなした声が響く。


「戯れに人の世に入り込み、君主の首を取り……その皮を剥ぎ姿を借り、遊技するかのように戦争を始める恐るべき獣人タヌヌーア。そして、人の弱みに付け込みどこまでも陰湿に、狡猾に人類社会を乱して回るコークスクィパー。絶滅されたと言われている二大害獣がなぜ……っ」


 酷い言われようである。

 が。

 たぶん、昔は本当にそうだったのだろう。


『言われてるぞ、おまえら』

「否定はしません、我が王よ――先祖がそうであったという事実は事実として、吾輩は受け入れております」

「おんやぁ。またイイ子気取りですか、タヌキはこれだから面白くない」


 キツネは開き直った顔で、糸目をつぅっと開き。


「当方らはあくまでも生き残るために必死だっただけ、戦争や騒乱といった危機こそが安寧。この能力故に常に人間に狙われ、道具とされてきた”変身できる者”が生きる処世術。影武者用の駒として捕縛され続けた我らが生き残る唯一の術だったのでありますから」


 人間社会で利用された時期があるという主張だろう。

 まあ、誰にでも化けられる能力を欲しがる王族は山ほどいる……その能力を利用するために、タヌヌーアとコークスクィパーが捕縛対象にされた時期があっても不思議ではない。

 そんな恨みが、彼らのあの悪癖……人間社会を乱す習性を作りだしたともいえるが。


『悪いが僕は外の世界の存在だ、どーいう経緯があろうとおまえたちが今の僕の役に立つなら全部が不問だ。試すようなことをされても反応に困るだけだから、やめろよな』


 タヌキとキツネは頷いているが。

 僕は、ぬーんっとジト目未満の微妙な顔を作っている。


 こちらの様子を、じいいいいいい。

 困惑した様子で眺めていたカマイラ=アリアンテが言う。


「ねえ、もしかして……彼らの仲間が他にも入り込んでいるのかしら」

『さあな、こいつらはある程度自由に行動させているから、僕も全部を把握しているわけじゃない。お前たちのことだ、一応、王族の方にも手をまわしてはいるんだろ?』


 問われたマロンは頷き。

 獣人としてかなり美形らしい彼は、あっさりと告げてみせる。


「既に王は吾輩の手駒と入れ替わっておりますので、ご安心を」


 ……。

 あっさり告げるな。

 しかも、なんか誇らしげに褒めて欲しそうに尻尾を振ってやがる。


 そーいやこいつ、スナワチアを名乗っていたときは……、ふつーに王と成り代わって国家転覆を成功させてやがったのだ。


 だがこのタヌキのことだ。

 王を既に入れ替わらせていたとしても、その命や精神を尊重していることは間違いない。

 驕る冒険者ギルドの騒動やなんやらで精神的に不安定になっていた王に、休暇を作ってはどうか、とかそーいう言い回しで影武者と入れ替わらせているのだろう。

 いつでも、本当に入れ替われるようにして――。


 カマイラ=アリアンテが、ものすごい顔で僕を振り向き。


「あなたっ、まさか既に国家転覆を……っ!?」

『どーやらできるようにはなっているみたいだが、勘違いはするなよ。本当に悪意はないし、僕も二つ以上の国を持つ気はない。保険としてはとてもありがたいけどな――、というわけでご苦労だった、おまえはよくやってくれたよマロン』


 うわ、顔は冷静イケメンなのに、犬みたいに尻尾をブンブンさせてるし。

 優秀過ぎる部下も考えものであるが、微妙に釘を刺しにくい。

 そー考えるとコークスクィパーの長キンカンがいるのは、大変都合がいい。


 優秀ゆえにやりすぎる可能性のあるタヌヌーアに対する、ある種のストッパー的な役割を担ってくれるだろう。

 単純に言えば、僕以外で釘を刺してくれる存在がいるのはありがたい。


 ともあれだ。

 多くの大陸でタヌヌーアが滅ぼされかけた理由について……。

 まあ、なんとなく分かってしまったような気もしつつ。


 僕はカマイラ=アリアンテからの依頼について、話を進めることにした。


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