不正なき不正~《僕はマカロニ》《僕はマカロニ》《僕はマカロニ》~
獣王たる僕の魔術にて建て直された、デモモシアの冒険者ギルド。
たった一時間で冒険者ギルド内に設定されている”ランク”のトップ、<ギルドマスター>にランク上げを終え――僕は勝利を確信。
これはその更に、数時間後。
そろそろ夜ご飯も食べたいなぁとなってくる時間である。
おそらく世界最速でギルドマスターになった僕、氷竜帝マカロニは緊急会議の席に堂々と座っていた。
緊急招集された各支部のギルドマスターが、円卓を囲んで行う会議なのだが、とても異様な空気に満ちている。
しかし、どーしてファンタジー世界の会議ってこーいう円卓が多いのか。
まあ……大学の講義のような空間もなんか嫌だが。
ともあれ、僕は後ろに受付のお姉さんとついでに帰宅途中だったギザ歯のギルダースを部下のように引き連れ、はん!
僕は悪の大幹部のように両手を広げ!
告げる――!
『さあ、会議を始めようじゃないか!』
バサササっとマントを風に靡かせているイメージなのだが、今はマントは装備していない。
返事もないし、ノリの悪い連中である。
他の幹部連中が、僕を睨み困惑しているようだ。
ちなみに――会議の議題だが。
デモモシアの冒険者ギルドで不正を働き!
たった! 一時間で!
最上位ランクまで冒険者ランクをあげたマカロニという名の魔獣をどうするか!
である。
当然、ゲニウスが敵視していた女幹部にして愛煙家。
迷宮踏破で出世したというカマイラ=アリアンテも参加しているのだが。
彼女は敵意を剥き出しにした瞳で僕を睨みながら、キセル煙草をフゥ……。
赤い口紅を炎の揺らめきで輝かせながら言う。
「で? どうしてその不正者のあんたがいるんだい?」
『どうしてって、これはギルドマスターが集う会議。僕こそがデモモシア冒険者ギルドのランカーにしてギルドマスター。つまりはギルドシステムを管理する魔道具によって”マスター”として選ばれたペンギン! 最もポイントを保有する冒険者! このギルドの代表としてその名が刻まれた存在だ!』
決めポーズを取ったので、僕は円卓から椅子に降り。
よっこいしょと、円卓にフリッパーを乗せお座り。
『ああ、言っておくけどあんたたちよりもランク上位だから――ちゃーんと平れ伏せよ!』
「言っておくけれど、あなたは渦中のペンギン魔獣で、ここに集っているのは、”実力で”ギルドマスターにまで昇級した英傑たちばかり。はっきりと言って不正は不快、最低だわ」
他のギルドマスター達も同じようだが。
しれっと僕は言う。
『へえ、そうなのか? じゃあ聞きたいけど、自分たちの腐敗や、驕り高ぶり、下位冒険者のチンピラみたいな行動は好きなのにどうして不正は嫌うんだ?』
「腐敗? ペンギンちゃんはどうやら大きな勘違いをしているようね、これは自分の力に対する誇りよ」
子供をバカにするような。
嫌な女教師のような顔で、カマイラ=アリアンテは続ける。
「冒険者は命を懸けて魔物を退治する、ろくに戦いもしない雑魚たちのために身を削って”倒してあげてる”のよ。少しぐらいの我儘は許されていいんじゃないかしら?」
『ま、それでこの中央大陸が成り立っているのなら別に僕も構わないと思うがな。なら、どうだ。魔術で一般人を脅したり、攻撃したり、なんなら殺しちゃったりさ。そーいうのはやめにしてくれないか? ウチの上司の上司が怒りそうなんだ』
「上司の上司? はは、なにそれ。ロイヤルペンギンでもいるっていうの?」
まあいいわ、と女は勝ち誇ったように大きな胸の前で指を組み。
「我ら冒険者ギルドはデモモシア冒険者ギルドのギルドマスター、登録名<氷竜帝マカロニ>を不正者と認定。その権限を没収。懲罰にかけることに決めているのだけれど、どう?」
『では僕はデモモシア冒険者ギルドのギルドマスターとして、その判断に反対する』
「不正者が、黙りなさい――」
おー、こわいこわい。
全員で僕を不正者扱いである。
『だいたい、何を以って僕を不正者だって決めつけるんだ? ああ、これはそこの偉そうな女だけじゃなくて、無駄に私腹を肥やしていそうな他のマスター連中にも言ってあげてるんだが、どうなんだ?』
「はぁ……何が言いたいの?」
『そうやって人を不正者扱いにしたってことは、不正ができるシステムだって知っているってことだ。なにしろこの冒険者システムは神話時代の遺物を流用した、不安定な魔道具。もしかして、この中にも不安定なシステムを利用して、不正でギルドマスターになった連中がいるんじゃないか、そう思っただけだ。他意はない』
まあ他意しかないのだが。
『今ならまだ自白扱いにしてやってもいいぞ』
僕は優しいからなっ、と煽るように言ってやる。
「バカバカしいわね、だいたいギルドのシステムが神話時代の遺物だなんて、何を根拠に」
『ん? 違うのか? これ、設定されているランクやら冒険者ポイントやらを自動で計算する魔道具だろう? 銀行代わりにもなるし身分証明書にもなるし、悪くないシステムだがさすがに流用し続けるのは無理がある。そろそろ新しいシステムを自分たちで作ることを僕は勧めるね』
垂れた髪を胸の谷間に絡めつつ、カマイラ=アリアンテは言う。
「意味が分からない、システムが魔道具だなんて。バカなの?」
『……まさか中央大陸はそれすらも分からない無能しかいないのか』
僕がギルドマスターになる前、ようするに半日ぐらい前はまだギルドマスターだった女……学園長との渾名が似合いそうな初老のおばさんが、眼鏡を輝かせ。
「もうよいでしょう、カマイラ=アリアンテ。このペンギンには何を言っても無駄」
「そのようですわね」
「ところで、少年の姿が見えないようですが――」
少年とは会議に参加していたまだ若いギルドマスターのことだろう。
『ああ、さすがに子供を糾弾するのは気が引けたんでな。事前にご両親に迎えに来てもらったよ、今頃はギルドマスターになったことで驕ってしまった部分をパパとママから説教されてるんじゃないか。って、なんだ元ギルドマスターのおばさん』
「また嘘ですか、彼のご両親は四年ほど前に既に亡くなっております」
『ああ、そのようだな――四年で助かったよ。ウチのカモノハシに頭を下げるのは嫌だからなあ』
不慮の事故で亡くなった両親を蘇生させ。
説教させに行く……。
効果は抜群すぎるので、ここに未成年はいなくなった。
後は――糾弾する前にと、僕は身の潔白を証明するべく後ろに仕えているギザ歯のギルダースに目をやり。
『僕が不正をしていないって証明は彼がしてくれるはずだ』
「ギルダースじゃない、あなた衛兵に捕まったって聞いていたけれど」
「……まあ、ワイにもいろいろあるんじゃ。それよりも、きさんら――とっとと降伏することじゃ。言っとくがこのペンギン、本当に不正はしとらんぞ」
なんでワイがとブスっとしているギルダース氏の言葉に、カマイラ=アリアンテは眉を下げ――くすりと微笑。
「ふふふ、やだあなた。そこのペンギンに洗脳でもされちゃったの? それとも貧乏だから買収されちゃったのかしら?」
「誰がじゃボケ女!」
「異国から流れてきてやったあなたを拾ったのは誰だったか、もう忘れたの?」
「いちいちと恩着せがましい女じゃのう」
モフ味のある髪を掻き掻きしつつ、冒険者ギルドに所属する冒険者としての顔でギルダースが周囲を一瞥し。
「誓って、このマカロニは不正はしとらん。それは断言させて貰う」
「証拠は?」
「見てみい、これや――」
言って、ギルダースは自分の冒険者カードを提示。
カードから投影される情報は、膨大な数のクエスト達成の処理情報。
全て正式な依頼であり、達成度はオールS。つまりは完全達成。
「な!? ありえないでしょう!? 一時間でよ!?」
「それがありえるんじゃ、冒険者カードは再発行できるじゃろう?」
「え、ええ……けれど、それがどうしたって言うのかしら」
「このペンギン、冒険者カードを再発行させ続けて、本来なら新規冒険者が一個しか受注できない依頼を複数受注。同時に依頼を複数受注できて、上位ランクの依頼も受注できるワイと形式上はパーティを組んで、別行動。全部並行して、山ほどのクエストをこなしおったんじゃ」
僕はその証拠とばかりに無数の冒険者カードを並べて見せる。
これらのカードは全て、冒険者ギルドシステムのデータベースを参照しているので、全て同じ内容が記入されている。
「語るに落ちたわね――再発行は一度しかできないでしょう? それって不正じゃない?」
「いんや、規則でそう決められちゃおらん。ただ二回目以降は再発行にアホみたいな金がかかるってだけじゃ。短期間での再発行自体は可能っちゅー事じゃ。もちろんシステム上も問題ないってのは、この受付の姉ちゃんが確認済み。ま、メリットもほとんどないし今までやるバカはおらんだけだった。そういうことじゃ」
僕は、トランプのようにカードを見せびらかし。
『そんなバカがここにいたってことだな!』
このギルドカードに刻まれる実績は、申告式ではなく自動でのカウント式。
虚偽の討伐や虚偽申告を防ぐためだろう。
カードを所持していれば自動的に倒した魔物の種類や数をカウントし、依頼の成功や失敗を判定する。
そして報酬の計算に至るまで――全て自動で更新、申請、計算してくれる便利なカードでもある。
逆に言えば、カードを持っていなければどれだけ倒しても加算はされないという明確な弱点もある。
カードを未所持で倒したことに気付き、後でカウンターに素材を持っていって倒したといっても申請は通らない。
まあ、一応……。
ギルドの受付にて、お姉さんやお兄さんが手打ちで入力すればカードに情報を刻めるらしい……これはよくある不正の手段のようだ。
ここにいるギルドマスターの何人かはそれに該当するだろう。
ともあれ、このギルド運営に使われている技術はもちろん、魔術を用いた魔道具。
つまりは”自動的に魔術式と情報を収納する魔道具”である。
魔物討伐の数をごまかすことができないのも、自動的にこのカードが計算するおかげであり。
報酬の支払いの際に、不当に金額を下げたりできない仕掛けになっているのも、このカードによる自動計算の効果であったりもする。
非常に利便性に優れており、不正防止用に自動で計算までしてくれる高度な技術が用いられているのだが。
……。
逆に言えば、機械的に計算するので――不正にも似た現象も可能な魔術式なわけで。
僕はそこを利用した。
実際、僕のデータを受付システムから眺めると、受注数の部分の表記が文字化けしてバグっているらしいし。
だが、これ自体は不正ではない。
システム側の不備だ。
「だ、だからといってギルドマスターにまで上がれるのはおかしい! 不可能よ! 昇級にモンスターの討伐依頼が必要な場合だって」
「このペンギン、なんやしらんが転移魔術っちゅーありえんもんを使えるようじゃからのう。ワイもパーティを組んでる関係上、カードに記載されちょるが――間違いなく討伐をしおったとカードは証明しとる」
事前に、上位ランク冒険者にパーティ申請を多重に送信。
カードを再取得。
申請したパーティ申請を相手が承諾すると、重複送信した分がすべて反映され……大量のパーティが同時に組める――あとは簡単だ。
受付のお姉さんにちょっと頑張ってもらい、受注と納品で”納品依頼”をこなす。
細かいポイント稼ぎはそれで済まし。
大きなポイント稼ぎは伝説の蘇生アイテム、あるいは蘇生魔術を求めた”とある少年冒険者”の依頼だったりをこなし達成。
それらの流れが分かるようにカードを見せ。
『全て正規の手段だ理解できたか?』
「ありえないといっているでしょう! たしかにこの手ならば不可能とは言わないけれど、さすがに一時間は絶対に無理。本人以外にやらせたに決まってるわ!」
『そっちで目を泳がせてるギルドマスターみたいにかな?』
おそらく、腕利き冒険者を使い”そーいう不正”を働いていただろう存在を揶揄してやったのだが。
どうやら当たりのようだ。
カマイラ=アリアンテは挙動不審なマスターを振り返り。
「あなたっ、まさかそんなことを!? ……って、話をそらさないで、彼の不正とあなたの不正は同じでしょう! こんなの、本人が分身でもしない限り無理じゃない!」
『ああ、そうだな。分身でもしない限りは無理だ、じゃあなんで分身の魔術がないって思ったんだ?』
言って僕は、一冊の異界の魔導書を顕現させる。
それはペンギン大王アン・グールモーアと呼ばれる異界のイワトビペンギンの逸話が記されたグリモワール。
この書の力、この書の魔術を用いた異界の魔術にて僕は彼らの目の前で<分身>。
実体を伴った分霊を横に並べて、まったく同じ仕草で言う。
『正解は分身して、本当にちゃんと依頼をこなした、だ』
……。
まあ、答えが分かるわけもないか。
僕もまさか異界の魔導書で、”ペンギン限定の分身魔術”とかいう意味不明な魔術があるとは思ってなかったし……。
ようやくちょっとは信じてくれそうになったようで、カマイラ=アリアンテは声を震わせ。
「分身魔術……なんて。あなた、それほどの使い手だというの?」
「逆らおうなんて思わんことじゃ、こいつは公爵閣下とも既に話をつけちょるようじゃき。そっちも調べとったらしいがのう。獣王やら神降臨やら、大事件が起こっておった魔大陸の”あのスナワチア魔導王国”の現王様じゃそうだ」
「っ――!?」
ん? このギルダース、そんなことも知ってるのか。
まあそれはそれとして。
ちゃんと少しは話が通じそうなので、分身状態を解除し一羽に戻り。
周囲を見渡す限り、話を聞く姿勢はできている。
さすがに信じるようになったようでなにより。
『さて、そうだな。改めて自己紹介をしようじゃないか』
演出魔術を発動!
ラスボスっぽいオーラを放ち!
周囲に絶対零度の氷を発生させ!
凍てつく空気の中で、凛と告げてやる。
『僕はマカロニ、氷竜帝マカロニ。天を司る女神アシュトレトの眷属にして、ジズの大怪鳥を軸とした女神の作りし獣王の合成獣。リヴァイアサンとベヒーモスを内包セシ鳥の王だ』
よろしく頼むよ、人類諸君と。
良い感じに演出を決めて、僕は内心ざまぁみろ!
脳内で勝利のペンギンタップダンスを踊っていた。