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『領主の貫禄』―厄介な客人―


 【SIDE:領主デモモシア=アシモンテ公爵】


 デモモシアの街を中心とし、中央大陸の五分の一ほどを管轄とする領主デモモシア=アシモンテ公爵。

 アシモンテ公爵は商業ギルドを束ねる男ゲニウスを信頼していた。


 ――ヤツは度し難い変人だが、根だけは善人。金儲けしか頭になくとも人道に反することはしない。金さえちゃんと支払い、人道を欠く依頼でなければどんな仕事でも成果を出して返してみせる。


 そんな男が先日、変な手紙を寄こしてきた。

 商業ギルド代表の座を明け渡すのだという。

 だがそれは攻撃的な買収などではなく、相手も少し変わっているが信頼もでき、なおかつ世界平和のための交渉なので、どうか権利の移譲を認めて欲しいとの内容だった。

 世界平和とは大きく出たなと、公爵は日々の内政で疲れる心をわずかに癒した。


 当然、返事は了承だった。

 ヤツは変わり者であり必要な時には嘘もつくだろうが、信頼を裏切ったりはしない。

 ヤツは相手が裏切らない限りは、決して自分からは裏切らない。

 そんな直感が公爵の観察眼には刻まれていた。


 変化があったのは新しく商業ギルドの代表となった存在と、その行動だった。

 公爵ともなると調べずとも勝手に情報は集まってくる。

 なんでも新しい代表はマカロニペンギンと呼ばれる鳥類の魔獣だというではないか。


 狡いぞゲニウス! とアシモンテ公爵は齢四十を過ぎているにもかかわらず、不貞腐れた。

 アシモンテ公爵は鳥類が好きだったのだ。

 専門家ほどの知識があるわけではない、研究に勤しむほどの情熱はない、けれどただじっと眺めていたくなる……そんな緩い情を鳥類に抱いているのである。


 それからしばらくは特に大きな変化はなかった。

 だが小さな変化なら漏れ聞こえるようにもなっていた。

 なにやらいつものように冒険者ギルドがやらかしているので頭を悩ませていたのだが――。

 今回ばかりはどうも様子が違っていた。


 謎の魔獣が各地の冒険者ギルドを破壊して回り、進軍。

 冒険者ギルドもその謎の魔獣を討伐対象とし、莫大な懸賞金を追加したというのだ。


 なぜ冒険者ギルドが次々に襲われたのか――。


 好き勝手やっていた冒険者ギルドに、ついに天罰が下ったなどという話さえ浮かんでいたが。

 ゲニウスから届いた最新の手紙を開封し、アシモンテ公爵はその謎の答えを知ってしまった。

 魔獣の正体も。

 何故商業ギルドの代表の座を明け渡したのかも。

 全てが記されていて――アシモンテ公爵が取った行動は迅速なアポイントメント。


 すぐにでも自らが商業ギルドに足を向けないといけない。

 その筈なのに。


 ――どぉぉおおぉぉぉして、もうすでにっ、彼らは我が屋敷についておる!


 公式での会合が躊躇われるとき、いわゆる密会に使われる屋敷の前に突如として現れたのは二人と二匹。

 一人は知っている、わざと奇人のような恰好をし道化を演じている賢しい男ゲニウス。

 アシモンテ公爵はニコっと営業スマイルを作り、ついでにゲニウスに目配せをする。


 ――この手紙の内容は、その……、マジなのか?


 と。

 ゲニウスは優秀な男だ、目配せに気付き――非常に重い息を漏らしながらこくりと頷いていた。

 手紙の内容から公爵は察していた。

 彼ら二匹こそが神話にある契約の獣、人類が魔術を悪用した際に出現する審判と裁定の魔獣であり獣王そのひと――今、この中央大陸は神話にある神の裁きに遭おうとしている、と。


 わずかな目配せだったのだが、どうやらペンギンの方の獣王は知恵に長けた性質らしく。

 ん~? っとわざとらしくアシモンテ公爵を見上げていた。


「これは失礼いたしました、我が名は領主ロードデモモシア=アシモンテ。王族とは別席の公爵の地位にある者であります。以後お見知りおきを」

『ふむ。これは失礼したね、どーやら打ち合わせが完了する前に来ちゃったようだが――出直しても構わないが?』

「いえ、とんでもございません!」

『いやいや、僕も相手が貴族だという事を失念していたようだ。これでも僕も異国の王にしてまだ若輩の王族、公爵と謁見するならばそれ相応の土産でも用意しておくべきだったと反省しているんだ』


 これは巧妙な交渉術。

 自分の方が優位だと分かっているのに、わざと下手に出ているのだろう。

 どうしたものか、一瞬悩むアシモンテ公爵だったが――その悩みはすぐに解消されることになる。


 従者と思しき少女が、なんとペンギン獣王の後ろ頭にベシっとチョップを入れているのだ。


『って! おまえっ、いきなりなにするんだ!』

「マカロニさぁん……さすがにそれは性格悪いでしょう。おじさん、困っちゃってますよ?」

「お、おじさん……」


 実際に四十も過ぎればおじさんだが、さすがに領主に向かい面と向かっておじさんと言う者などいない。

 思わず声を漏らしてしまったアシモンテ公爵に、なにやら勝機を見たのか。

 ペンギン魔獣が、ギラーンと赤き目を輝かせ。

 クワ!


『なんだアランティア! おまえのほうが失礼だったみたいじゃないか! 僕のことを言えたもんじゃないな!』

「はぁ!? 返事を確認した途端にいきなり転移で訪問したマカロニさんの方が失礼なんすけど!?」

『時間がないんだから仕方ないだろう!』

「はーい、詭弁ですねえ。一分一秒を争うってほどの状況じゃない筈ですぅ」


 なにやら夫婦漫才のようなことを始める彼らだが。

 その横で珍獣カモノハシのような格好をした魔獣が、ペタペタペタと平たい足でロードの足元に近づき。

 間抜けな顔に似合わぬ、人すら殺せてしまいそうな眼光で。

 ギロリ。


『あの馬鹿どもはいつものことだ、気にすんな。それよりも領主様っつーぐらいだから、いい酒ぐらい持ってるんだろう? とっとと案内しな、話を聞いてやるのはそれからだ。酒が美味かったら話を聞いてやる、マズかったら帰る。分かるな?』

「すぐに用意させますので、どうぞ中に――」

『ああ、それと――こっちに来て酒を飲みたいって言いだしたのはオレだ。だからあんたらが来る前に相棒が転移魔術を発動させた。つまりは、この突然の無礼は相棒のせいじゃねえ。分かるな?』


 どうやらこのカモノハシはあのペンギンを相棒と呼び、そしてかなり友好的な関係を築いているようだ。


「承知いたしました。やはりまずは酒を用意させましょう」

『ふっ、良い心がけだ――ああ、だが相棒を困らせることはするなよ? 変に面倒な問題を押し付けてきやがったら、オレがあいつに代わりここらのもんを全部ぶっ壊す。分かるな?』


 領主であり公爵とまで呼ばれる男は思った。

 こいつら、めんどくせーと。


 よほど苦労していたのだろう、振り回されるアシモンテ公爵を見てゲニウスは安堵の笑みを浮かべている。

 その瞳は語っていた。

 おまえも仲間にとりこんでやる――と。


 ひとまず彼ら一行を貴賓室に案内し、その合間を縫ってアシモンテ公爵はこの屋敷で最も優れた護衛に問う。


「あの方々の実力がいかほどか――正確でなくともよい、我に告げよ」


 この護衛、見るものが見れば思わず声を上げるだろう男だった。

 冒険者ギルドに嫌気がさしたからと消えた、元最上位の冒険者である。

 その腕を買って、公爵が密かに雇いあげたのだが――。


 問われた護衛は震える体を必死に抑えるように、強く、血が滲むほどに唇を噛み締め。

 そして言った。


「私は多くのバケモノを見てまいりました。この大陸以外での魔物も目にしております。彼らはいままで見た、そのどのバケモノよりも……恐ろしい存在でありましょう」

「異なことを言う、あの娘もか?」

「魔獣の方は力の差が分からぬほどの差です。あの娘の方ならば力の差が分かるほどの差でありました……」


 公爵は貫禄ある眉を曲げて言う。


「つまりは、あの若さでおぬしに届きうる存在であるということか」

「公爵閣下は勘違いしておられますっ」

「なんだ、言うてみよ」

「差というのは、そうではないのですっ。違うのです。あの娘は……っ、私よりも強い……っ、そういう意味での差であります」

「そうか――なるほどな」


 珍しく気を動転させている元冒険者トップの男、その怯え顔を見て。

 公爵アシモンテは改めて感じた。

 ……。


 ――ゲニウス、おぬし……すんげえ大変だったんだろうな。


 と。

 公爵ともなると肝が据わっているのか、厄介ごとではあるがどこか楽しさを見出し始めていて。

 貫禄あるその姿が高潔に映るからだろう。

 護衛達からは多少以上の畏怖の念が、公爵に送られることになっていた。


 本人は、さてどの酒ならば距離を詰められるかと、どこかが上機嫌。


 領主デモモシア=アシモンテ公爵。

 彼もまた、大物と呼ばれる部類の存在だったようである。


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