マカロニ劇場 ~ガマの油とか売ってた人はたぶんこんな感じの演技を(以下略)~
風の結界で攻撃を防ぐ音が、静かな街並みに波風を立てていた。
こんな衆目の中。
街中で堂々と襲われたということは、おそらくこちらの目論見はバレている。
目論見とはもちろん、世界平和のための世界征服!
とりあえず中央大陸全土に僕のウォーターサーバーを設置し、最終的に魔術の悪用をやめないようなら水の供給を断つと脅すため。
そう、この大陸の安全のため!
僕はこの地の水の利権を全て確保するつもりなのだ!
つまり、僕は全く悪くない!
が!
風の結界解除のタイミングを計るアランティアが言う。
「まあ、マカロニ隊がかわいいからほとんどの人が気付いてないだけで、これ、ふつーに街中に大量の魔物が入り込んで商業ギルドを乗っ取っちゃってますからねえ」
『だからってなぁ、一般人を巻き込む可能性のある場所で攻撃してくるか?』
「冒険者ギルドは悪いうわさが多いみたいっすからねえ……」
たしかに、魔術悪用の大半は冒険者ギルドのようだが。
それは彼らの中から”魔術の悪用”を禁じる伝承が失われつつあるせいでもある。
ふとアランティアはなにやら思いついたようで。
「どうします? いっそのこと冒険者ギルドを乗っ取る方針じゃなくてぶっ飛ばす方針にしちゃえば、後の魔術悪用も減りそうっすけど」
『途中で面倒くさくなったら、そうするか。吹っ飛ばしたあとで全員治せば人死には出ないし』
こちらの作戦を聞いていた長身伊達男のゲニウスは困った様子で、ぼそり。
「あのぅ……一応小生はこの大陸の安全のためにあなたがたに従ってる部分もあるので、なるべく穏便にしていただけるとありがたいのですが。いかがですかな?」
『それは相手次第だろうな。じゃあ、アランティア、次の遠隔攻撃が一瞬途絶えたタイミングでいくぞ』
「了解っす――とりゃ!」
アランティアが壊されたように偽装しながら風の結界を解除し、キャァァァ! っと悲鳴を上げ。
ついでに僕はわざと吹き飛ばされた振りをして。
ズザザザザ!
植え込みの中に顔を突っ込み、ジタバタジタバタ。
こっそりと僕は地の女神の力を借りたペイントの魔術で傷を偽装!
同じくアランティアも同じ魔術で自らの頬に傷を偽装!
僕は何とか植え込みから顔を出し。
曲がったように幻影魔術で偽装したくちばしを押さえ、ガァガァガァガァ!
一般人にも聞こえるように大げさに鳴きまねをして見せる。
傷だらけのアランティアが慌てて僕に駆け寄り。
「ひどいっ! だれですか! なんでこんなことをするんですか!」
僕を抱き上げ、周囲を睨み――涙目になりながら叫んでいた。
マカロニ隊もおびえた様子の演技をしてみせ、一カ所に固まり震えている。
通りすがりの住人達も、酷い……と同情のまなざしである。
だが僕らを狙っていた男がやってきて、周囲を威圧。
トントンと長い獲物を肩で遊ばせ――冒険者らしき男がギザ歯を尖らせ。
威嚇するように吠えていた。
「誰が酷いじゃ、ボケカス侵略者ども! ワイらの縄張りで怪しい商売してるそっちの方がよっぽど悪いわ!」
若い男のようだ。
僕はぐったりしているので、アランティアが町娘の演技をしたまま気丈に相手を睨む。
どうやら一人のようだが……。
既に逃げてレンガの隅に隠れているゲニウスに目線をやると、彼は空中で文字を書き……サラサラサラ。
どうやら相手はやはり冒険者ギルドの腕利きとのこと。
僕がぶっ飛ばしていいか念波を飛ばすと、ダメ、絶対にダメ!
と、胸の前でバッテンを作り猛反発。
仕方ない、とアランティアに目線で合図したのだが――。
こいつ……大丈夫かな。
傷ついた僕を抱いたままのアランティアがギザ歯男に叫ぶ。
「な、なんなんですかっ、あなたは……っ。言いがかりは止めてください!」
「何が言いがかりだっ、おまえらがやってきた詐欺の数々は、この侍傭兵ギルダース様がばっちりみっちり目撃してたのじゃからな!」
「あたしたちはただ、ペンギンさんをお散歩させていただけですよっ?」
「なーにがペンギンじゃ! ありゃあ魔物やろう!」
変な喋り方の男だが、まあその通りである。
アデリーペンギンたちを指差した男はそのまま僕を指差し。
「そこなペンギン! おまえもなーにを傷ついたふりをしてやがるんじゃ! おまえも魔獣の類じゃろう!」
『ペペペ……ペペェ』
必殺、言葉なんてわかりません攻撃!
僕は怯えるふりをしながら周囲の同情を買う鳴き声を発し、更にアランティアの腕の中に隠れてみせる。
周囲からは――酷い。なにさまのつもりだい。またギルドの連中が弱い者いじめをしてるのかい? と、不穏な声が上がりだす。
「ひどい、あんまりですっ、これ以上、この子を虐めないでください!」
「いいからそこなペンギンをよこさんかい! 姉ちゃん、あんたもこいつらの魅了にかかってるのやもしれん! はよう解除しないと、ペンギンの僕にされちまうんじゃ!」
こいつ、けっこう鋭いなあ。
だが図にするとケガをした可愛いペンギンを守る美少女と、なんか高圧的で無精ひげを生やしたギザ歯男。
周囲がどちらの味方をするかというと……。
「ちょっと、だれか急いで衛兵さんを!」
「ひでぇことをしやがる」
「冒険者ギルドの連中め、オレたちが手を出せないのを良いことに……あんないたいけな女の子とペンギンを……」
さすがに周囲の非難に気付いたようで、男はギザ歯を開き振り返り。
「違っ! おまえらの目は節穴か!? こいつらが売っていた水は一度口にすると」
「そんな根拠のない難癖であたしたちを襲ったんですか!?」
よーし! アランティアが良い感じに一番バレてはいけない情報をごまかした。
周囲の目に耐え切れなくなってきたのか、ギルダースを名乗った男がぷるぷると震えだす。
「だ、だいたい! 風の結界を張れるようなやつがそんな怪我をする筈がないじゃろう!」
正論には、女の子の武器で対抗するつもりか。
アランティアはこっそり水の魔術で頬を濡らし。
「意味分からないこと言わないでくださいっ、ひどい……っ」
「泣きまねなんてしても、いや、違う! ワイは怪しい水を売ってる連中をとっちめようと……なんじゃあ! おまえら、ワイが悪い言うとんのけ!?」
町の人たちの視線は非常に冷たい。
可愛いペンギンに攻撃を仕掛けて怪我をさせる、そんな鬼畜外道な輩にしか見えないのだろう。
まあ、彼が言っていることは全部事実なので、彼はむしろ正義の味方タイプなのだが。
んー、どうしたもんか。
こっちもこっちで、どうにかしないとベヒーモスが中央大陸を襲いに来る。
事情を説明したとして、信じて貰える保証はない。
悩む僕であったが、動きはやってきた。
転機は騒動に駆けつけてきた、町の衛兵さんたちである。
彼らの上司はこのデモモシアを治める領主、冒険者ギルドとは別組織。
冒険者と領主の関係が良好ならばこちらもピンチなのだろうが、生憎と冒険者ギルドの評判はすこぶる悪い。
その流れでおばちゃんたちが事情を説明。
騒動の最中に連れてきたのは、コンビの衛兵さん。
銀の槍を装備する軽装の衛兵達が、僕らとギルダースを眺め。
「騒ぎを起こしていたのはおまえたちか」
天の女神の加護下、信仰圏内で生まれたおかげだろう。
見た目だけなら美少女なアランティアが言う。
「衛兵さん、助けてください! いきなり難癖をつけられて、あたしもこの子もこんなに……」
「おう、どっちが悪いかはっきりさせたろうやないけ!」
「見ていた皆さんに聞いてくださいっ、ほんとうに、あたしたちもなにがなんだか……分からなくてっ」
町の人たちは、侍傭兵ギルダース氏のせいで起こった被害。
遠隔攻撃で壊された噴水の土台を指差し、それぞれにガヤガヤガヤ。
衛兵たちに事情を説明。
衛兵は顔を見合わせ。
よっこいしょ、侍傭兵ギルダース氏の両脇を固め拘束。
まあ、こうなるわな。
「は!? なにするんじゃ! 捕まえるべきは怪しいあいつらの方じゃろうが――っ」
衛兵は露骨に顔をゆがめ。
「いや、おまえあのギルダースだろう? 無銭飲食の嫌疑もかかってる刀使いで有名な……」
「はぁぁあぁぁ!? あれは将来の英雄たるワイに貢献させてやろうとじゃな。だいたい、あの食堂店には悪鬼が住みついておってワイが定期的に祓ってやらんと!」
「強請り集りの類か、ったくこれだから冒険者ギルドの連中は……」
ちっと舌打ちしている衛兵に、ギザ歯男はぐぬぬぬぬ!
「ワイのことはええからっ、そこの女をちゃんと調べろや! そいつらを放置したら、この町は終わりじゃ!」
「分かった、分かった。詳しくは詰め所で聞く。お嬢さん怪我の方は大丈夫かい?」
連行されていく男を背後にアランティアは頷き。
「はい、ありがとうございます。傷の方もその、商業ギルドで販売されているこの<ペンギン印の高級ポーション>を使用すれば、傷跡一つ残らず治りますので」
言って、アランティアはこくりとポーション瓶を傾ける。
ペイントの魔術を僕がすかさず解除。
周囲の目から見れば本当に傷一つ残さず完治したように見えるだろう。
アランティアはそのまま僕にもポーションを飲ませ……。
指先で魔術印を刻み、僕にかけられている魔術を解除。
幻術とペイントが解除され!
曲がったくちばしも完治したように見える!
僕は元気に立ち上がり、ガァガァガァガァ!
おおっと周囲から歓声が上がる。
新商品の宣伝であるが、もちろんこのポーションにも僕の支配する水を使っている。
効果は本当にちゃんとした高級回復薬なので、詐欺でもない。
問題があるとすると、これも一度口にするともう二度と他の水を口にしたくなくなるところだが、デメリットはその程度である。
衛兵たちが終わったから散れと指示し、この場は解散となった。
ま、侍傭兵な彼には悪いがまだ時期が悪い。
ちゃんとウォーターサーバーを設置するまで、あまり公にはしたくないのである。
こちらがしていることを見抜きやってきたのだから、優秀なのだろう。
実際、僕たちが本当に悪人ならば、止めなければ世界が詰む。
だが。
周囲を巻き込んで遠隔攻撃をしてきた点はかなりのマイナスなので、半分は自業自得でもある。
◇
その後、僕たちも商業ギルドに戻り。
一階の受付に<ペンギン印の高級ポーション>の特売所を設置し、ふぅ。
一息をついて、長蛇の列を作る販売所を遠目で観察していた。
ポーションが詰まった瓶を運ぶマカロニ隊を眺めた後。
ジト目でゲニウスが言う。
「あなたがたはいつもこんなことを……?」
「いつもじゃないっすよ、マカロニさんが金策に走ってるのはマジなんで――あたしもちょっと協力してるだけっすから」
「つまりは、商業ギルドを買収したあの金額よりも儲けるつもりなわけですな」
ほぼ費用もかけず作れる高級ポーションを量産しながら僕は言う。
『いいだろ、別に。このポーションの品質は本物だ。なんなら千切れた四肢だって飲めばくっつくし、値段も良心的な価格になってる。正直、ボランティア価格だぞ、これ』
「まあ効果も値段も優れているのは認めますが……」
『なんだ、その顔は』
「やはり一度口にするとアウト。例のウォーターサーバーを設置せずにはいられなくなるのは、いかがなものかと。いえ! 悪いという意味ではないのですが」
僕は引っかかった言い方に振り返り、ブスーっとクチバシを動かした。
『何が言いたいんだよ!』
「あなたの目的は元の姿に戻り、元の世界に帰ることにあると聞いておりますが」
『それがどうかしたのか?』
「いや、あなたが供給する水がないと多くの人類が困る状況で帰ってしまうのは、いささか無責任かと」
あー、そういう懸念か。
『言っただろ、この世界にはちゃんと創世の神々がいるって。もし僕が帰還できたときの打ち合わせは一応はできてる、その辺は心配する必要はないから安心しろ』
平気平気とフリッパーでペタペタ手を振る僕も、おそらくは可愛いだろうが。
なるほどと言いかけたゲニウスは、しばし考えこみ。
「ん? 神との打ち合わせでありますか?」
『あれ? 言ってなかったか? そもそも僕がこの中央大陸に来たのは、主神に依頼されたようなもんだからな。どっちかっていうとここを助けに来てやったことを感謝して欲しいぐらいなんだが、はぁ……冒険者ギルドの連中もまだまだ難癖付けてくるだろうなあ』
主神からの依頼!?
そんな叫びを喉から出しかけていたゲニウスだが、その言葉が飛び出す前。
爆音が、商業ギルドを揺らしていた。
特設の販売所から、なにやら大きな物音がしたのだが。
はて……。
僕たちは顔を見合わせ、在庫整理をマカロニ隊に任せて現場に向かった。