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ほんとうはおそろしい無償提供 ~侵略じゃないよ、ほんとだよ~


 中央大陸の主要都市、商業も栄える都会デモモシア。

 肥沃な土地だけあり整備された道であっても、緑は豊富。

 樹々に止まる小鳥の囀る音が、風に乗って周囲に広がっている。


 とても穏やかだ。


 文化レベルは僕らの大陸とそう変わりはない。

 魔術がある世界として発展した影響で、僕が元居た地球とは異なる発展を遂げている。

 あのうさん臭い主神の影響か、妙にモフモフを推す要素は多いが……ともあれごく普通に剣と魔法の世界を想像すれば、そう遠くないだろう。


 そんなデモモシアの町に少しの変化が現れていた。

 巨大な噴水が特徴的な区域を歩くのは、黒と白の羽毛の天然タキシードを纏う一団。

 鑑定すると表示される種族名は、マカロニ隊。


 昼時のペンギン散歩。


 魔力を流し補強された”赤レンガ”で舗装された道を、ペタペタペタ。

 可愛いと評判なペンギンの群れ……その先頭を歩くのは個体名が存在するアデリーペンギン。

 ”もんじゃ焼き”だった。

 商業ギルドを出入りするようになった彼らマカロニ隊は、今や町の人気者である。


 彼らの仕事ぶりを見るべく、僕は町娘に変装しているアランティアと怪しい兄ちゃん。

 いや、おっさんか?

 ともあれ、怪しいスーツマント伊達男のゲニウスと町の様子を探りに来ていたのだが。


 ゲニウスが商売人特有の値踏みするような顔で。

 ふむ、とわざとらしく息を吐き。


「マカロニ隊、でしたかな。彼らは随分と住人と馴染んでいるようですが、何か秘訣が……?」

『まああいつらは殺されないように愛らしく進化した魔物だからな。人に取り入るのが上手いんだよ』

「人に取り入る、でありますか」


 説明を受けたゲニウスが瞳に鑑定の魔力を流し。

 デモモシアの住人に<ペンギン印のウォーターサーバー>の広告用紙と、その試供品の水を配る姿を見て。


小生しょうせいにはなにやら怪しい魔術を使っているようにしか見えないのですが、はて。ご説明願えますかな?」

『ああ、よく分かったな。あいつらが得意な魔術やスキルは<魅了チャーム>系列。ああやって人畜無害な顔で近づいて魅了を掛け、判断力を低下させてるんだ』

「……もはやそれは犯罪では?」

『人聞きが悪いことを言うんじゃない。あくまでも相手が勝手に魅了にかかっているだけだ』


 マカロニ隊は人の好さそうな人間の前で、わざと転んで。

 ジタバタジタバタ!

 起き上がるのを親切な人に手伝ってもらい、パァァァァっとペンギンスマイル。


 起き上がらせて貰ったお礼にと、試供品の水を提供する。

 実に愛らしくもほほえましい光景である。

 だが……、またしてもゲニウスは元CEOの眼力で一連の流れをチェックし。


「小生には水を飲ませる小芝居にしかみえないのですが?」

『お、よく分かるな。さすがは腐っても元商業ギルドトップ。ああやってあいつらは確実にウォーターサーバーの需要を広げる役目を担ってるからな』

「はて、水を飲ませることがそこまで重要とは思えませんが……」


 どうやらこちらの能力を探っているようだ。


『あのなあ、例の踏み倒し女のカマイラ=アリアンテ……だっけ? あいつのギルドにウォーターサーバーを設置させたいって言いだしたのはおまえだし、水を飲めばどうなるか、どういう状態になるのか……もう気付いているんだろ』

「それはまあ、はい。陛下のご指示は速やかに冒険者ギルドの主要人物に”例の水”を飲ませることでしたから、だいたいは……」


 ゲニウスは考え。


「おそらくはあの水を摂取すると、一種の状態異常になる。あるいは、そうでありますな、一時的にあなたの魔術の効果範囲にいれることができる……等でありましょうか」

『んー、結構違うな。そうか、こっちの連中の魔術体系はうちの大陸とは微妙に異なってる可能性があるな』

「おや、では違う効果なのですか。小生としてはできればそろそろ、詳細を教えていただきたいかと存じます。なにしろあの水の詳細を知りませんので、あなたさまの作戦の意図を読み違える可能性があります故」


 まあたしかに、作戦の意図を読み違えて勝手をされても困るか。

 こちらに損になることは契約で縛っているのでできないが、意図しない行動ならばできてしまう。

 そういった契約の隙をつく事もわざとできるだろうが、真実を知らせていればそれもできなくなる。


 ゲニウスとしては水の情報開示請求は一挙両得。

 この男の本質はおそらく善性。

 この大陸を守ろうと動いているのは確実。なので水の情報を手に入れると同時に、契約の裏をついて裏切ることはしません……つまりは味方でいると意思表示を示しているのだろう。


 ウォーターサーバーの水を配りまわるマカロニ隊を眺めながら僕は言う。


『じつはあの水、一度でも口にするともう二度と他の水を飲めなくなるんだよ』


 告げた僕をじっと見て。

 しばし沈黙。

 その後ゲニウスはぶわっと汗を肌に浮かべ。


「二度と、でありますか?」

『ああ、あれってかなりおいしい水だろう? 体と本能が他の水を否定するようになる。ああ、もちろん縛り付けて無理やり飲ませるとかはできるし、死ぬほど喉が渇いたらさすがに他の水も口にはするだろうな。ま、その後にあの”ウォーターサーバー”がどうしても欲しくなって半狂乱になるだろうが。って、おまえ……汗やばいことになってるぞ、大丈夫か?』


 もはや王手済みだとようやく悟ったようで。


「あぁあああああぁぁ! なんですか、それは! いやいやいや、ないないない! もはや魔術の悪用でありましょう!? あなたがたは魔術の悪用を禁忌としているのではないのですか!?」


 なにやら元気に吠えているが、アランティアが風の結界を張って音を遮断しているので外部には漏れていない。

 うちの秘書もなかなかに優秀である。


『人聞きの悪いことを言うんじゃない! これはあくまでもおいしい水を飲んだ反動であって、魔術の悪用じゃないからな! そうだなあ、生活レベルを一度上げるともう元には戻せない、の最上級バージョンって考えるのが的確だと思うぞ』

「しれっと世界征服の直前ではありませんか!?」

『いや、死にはしないし……だいたい、ちゃんとうちの商業ギルドのエントランスに無償提供の水を置いてあるだろ? ちゃんと全国に配置されてる商業ギルドで会員登録をすれば誰でも飲めるんだ、はい、セーフ! 人道にも反してませーん! 僕はみなさまに美味しい水の味を知ってもらっただけでーす! まったく問題なしだな!』


 尾羽をパタパタしつつ、ガァガァガァガァ!

 フリッパーでセーフとアピールする僕に、ゲニウスはぐぬぬぬぬっと歯を剥き出しに唸り。


「放置したらなにをするかわからないからこそ、内に囲って入り込みっ、この大陸の被害を最小限に食い止めようとしていた小生がアホみたいではありませんか!」

『ゲニウス。おまえ、ただ札束ビンタに負けただけのくせに……よくそこまで言い訳を作れるな』

「それはそれ、これはこれ。金に負けたのは事実でありますが、小生がこの大陸の未来を憂いているのも事実! なにひとつ、恥じる気はありませんぞ!」


 私欲と使命感を同居させるタイプなのだろう。

 なかなかどうして、恥ずかしいやつである。


『まあ、この大陸をどうこうする気はないから安心しろ。ただ、まあ……獣王がこの大陸に向かっていて、”魔術の悪用に対する裁き”を行おうとしてるのは本当だ。そんな状況で冒険者ギルドの連中に変に動かれても困るからな、いざとなったら水で脅す保険をかけておきたいんだよ』

「して、本音は?」

『ネコの行商人ニャイリスから”異界の魔導書グリモワール”を買いつけるための資金が欲しいってのもあるな!』


 こちらでもやはりネコの行商人ニャイリスは有名らしい。

 明らかにゲニウスの内面は揺れているようだ。

 まあ一見すると、片眉を少し跳ねさせただけだが――。


『どうやら、こっちにもネコの行商人が来てるって話は本当のようだな』

「はぁ……隠す気もないのでお伝えしますが、その通りです。ですが、その方がニャイリスという名かどうかは存じておりません」

『ん? 商業ギルドなのに取引してないのか?』

「なにしろネコの行商人は気まぐれですからな、近頃……ここ数十年は中央大陸にあまり寄らなくなっているのですよ」


 ふむ、できたらこちらでも魔導書をチェックしておきたいのだが。


『なるほど、この辺りから女神信仰が薄れつつあるのはその影響なのかもな』

「どういうことですかな」

『あいつらは主神にフリーパスを貰って外の世界から行商にやってきてる、つまりは主神と謁見できてるわけだ。あいつらネコは神の逸話の語り手。僕らの大陸での話だが――女神の逸話や主神の逸話の語り部としての役割も持っているようだし、つまりこっちはその逆。ネコの行商人が寄らなくなってるから神々の逸話も薄れて消えかけている……そんな可能性があるんじゃないかって今思っただけだ』


 魔術の基本は神を知ることにある。

 その逸話を読み解き、逸話に応じた魔術式を組みあげることで、実際に世界の法則を書き換える”魔術”としていると考えられる。

 逸話を知らずとも魔術自体はなくならないが、その強さやランクは確実に低くなる。


 それ自体はまあ問題にはならないが、致命的なのは神話の消失か。


 だって、なあ。

 魔術の悪用を禁じる契約を交わしたっていう神話が消えるという事は、魔術の悪用を禁忌としなくなるという事。

 そりゃベヒーモスも激おこになる。


 神話を信じない連中に、魔術の悪用をしすぎるとどーなるか。

 それを説明するのはかなり厄介そうだ。


 プランとしては、まず僕がこの大陸を実質支配。

 氷竜帝マカロニの名を世に広め。

 その後に正体を明かし、獣王の恐怖と魔術悪用を咎める声明を、両ギルドから発信する。

 これが平和的なプランである。


 平和じゃないプランもあるのだが。

 どーやら、その平和じゃないプランに話が進みそうな状況が近づいているようで。

 アランティアが張っている風の結界に、衝撃が走る。


 魔術による遠隔攻撃だった。


 相手の攻撃を結界で防ぎつつ、スカートを靡かせながらアランティアが言う。


「攻撃されてますけど。どーしますマカロニさん」

『おそらく冒険者ギルドの連中だろ。たぶん、飲ませた水の性質がバレはじめてるな』

「今はまだ反撃はしない方が良いっすよね?」


 ま、こーいう流れになるかと僕は隣のゲニウスを見上げ。


『なあ、ケンカを売ってきた相手を吹っ飛ばしても無罪になる法律とかあるか?』

「相手を骨折させる程度の正当防衛なら、まあ認められてはおりますが……相手は冒険者ギルド。その辺りを捻じ曲げて、こちらが襲われたのにこちらが逮捕という可能性もそれなりにはあるかと」

『そんなことをしてる連中なら、町の連中からの評判も悪そうだな』


 僕はしばし考え。

 ニヒィ!


『アランティア、結界を解除して怪我をしたフリをする僕に駆け寄れ――』

「ははーん、そーいうことっすね」


 僕らは悪い顔で以心伝心。

 僕の隣で、元CEOの男は深いため息をつき始めた。

 アランティアとセットでなにかをやらかすと悟ったのだろう。


 僕らは行動を開始した。


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