協力者~この大陸には信仰心が足りない~
中央大陸の各町には二つのギルドが存在している。
魔物退治を基本的な生業とし、戦いに重きを置く冒険者ギルドという名の何でも屋。
そして、もう一つは流通や金銭的な取引に重きを置く商業ギルド。
冒険者ギルドには面子やプライドというものがあったのだろうが……。
商業ギルドの方はそうでもなかったらしい。
その証拠に、僕こと氷竜帝マカロニが簡単に乗っ取ることもできたわけで――。
中央大陸の拠点とするべく乗っ取った、商業ギルド本部の最奥。
悪趣味な金の調度品を片付け、僕の執務室とした場所。
一番いい部屋の一番いいソファーで、ペペペペペ!
マカロニペンギンな僕はペタ足を投げ出し!
頭上に輝く一対の黄金色の飾り羽を輝かせ!
商業ギルドに所属する職員全員が提出した魔導契約書をまとめ、勝利のポーズ!
ではなく、ジト目の構えである。
転移が使えるという事で共にやってきているアランティアが、壁を透けさせる魔術で外の景色を眺め――いつもと違う町娘の姿で言う。
「あのぅ、マカロニさん? なんつーか……こんなに簡単にこっちの組織を乗っ取れちゃっていいんすか……?」
『まさか、札束ビンタが効くとはなあ……』
呆れる僕たちが眺めるのは、テーブルの向かい。
中央大陸の主要都市デモモシア、その商業ギルドを束ねていた男である。
名はゲニウス。
元最高責任者の男は貴族崩れの細面。
装備と姿は異質。
隙のない高級スーツに身を包み、その上から魔導アイテムだろうマントを身に着けた――珍妙な恰好の、長身の伊達男である。
そんな長身マント男が、ソファーに座る僕たちの前で、ニコニコニコ!
まるでネコの行商人ニャイリスのような手もみの姿勢で、ニコニコニコ!
「いやはや! あなたさまが只モノではないとすぐに分かりましたので、いや、これは逆らうのは無謀であると考えていたところに、買収のお話。は! これを断るのは商機を逃すと一緒! 千載一遇のチャンスを逃すほど小生も愚かではない! そう思い、全面協力をさせていただいただけでして」
よく喋る口である。
目の前にあるのは商人特有の底の見えないスマイル。
正直、めちゃくちゃ胡散臭い。
アランティアが言う。
「マカロニさん、このひと、絶対信用できないタイプっすよ」
『分かってるよ。だが、まあ一応魔導契約したからこいつも僕らの不利になることは絶対にできない。その点だけは信用できる。できるんだが……』
平気でCEOともいえる座を明け渡した重鎮は、僕たちの苦言に動じる気配はない。
三十路でなおかつ、主婦に評判になりそうなそこそこの顔で、随分とまあご機嫌であるが。
「どうか、このひとやこいつではなく、ゲニウスとお呼びください陛下」
『で、おまえに頼んであった』
「ゲニウスとお呼びください!」
さすがは商業ギルドの元トップだけあり、強引な男である。
自分の名を何度も告げることで相手に覚えて貰う、これも商売や詐欺の手口だったりするのだが。
まあ商売人と詐欺師は紙一重で手法が被るときもあるか。
『はぁ……ゲニウス。<ペンギン印のウォーターサーバー>の方はどうだ? うちの狐長を貸して欲しいって事だったが、うまくいったのか』
「それは、ええはい! 他者に化ける能力といざとなったら単騎で逃げられる能力がある部下をお貸しいただいたのです、失敗などございません。とりあえず冒険者ギルド幹部全員に水を飲ませることには成功、ギルドの傲慢な女幹部と評判の小生意気なアレのギルドに至っては、既にギルド内にウォーターサーバーを設置済み。全ては順調に進んでおります」
その証拠にと差し出された画像を眺め、僕はジト目で言う。
『ゲニウス、おまえが優秀なのは分かった。神の実在や獣王の存在、それにベヒーモスの襲来を信じようとしない連中を納得させるには権威がいる、一応は一般人にも信頼されている冒険者ギルドも乗っ取るってプランには僕も賛成だ。だがなんでこの女を最初のターゲットにしたんだ、そこにどんな理があるのかちょっと分からないんだが』
ソファーに座る僕の目の前には、魔力で浮かぶ調査書の数々。
冒険者ギルド幹部の鑑定情報だ。
そして今回最初のターゲットに選ばれたこの女の名は、カマイラ=アリアンテ。
趣味は煙草収集という愛煙家。かつてそれなりに大きな迷宮を完全攻略しその地位を確立させた女性冒険者らしいが。
僕たちの前に座るゲニウスは、テーブルに向かい前屈みになり……。
顔の前で指を組み、なんかそれっぽい深刻そうな顔で言う。
「マカロニ陛下……あなたさまには真実をお話しましょう。カマイラ=アリアンテ、ギルド幹部にまで出世したやつめは、傲慢になり果てました。やつこそが……この小生の大切なモノを奪った……仇なのでありますよ」
たぶんこの語り口に騙される人は多いだろう。
だが僕も詐欺師でアランティアも無駄に本質を見極める能力にたけている。
僕らは、じぃぃぃぃぃぃぃ。
相手の深刻そうな顔を見ても、半目で疑いのまなざし。
『で? その大切なモノってのは?』
「駆け出しだった頃のあの女が、小生のギルドから借りた金をいつまで経っても返さないので――返済を促すために回収した”借金のカタ”にございますが?」
『確認するが、一応は正式な手段だったんだよな?』
ゲニウスは嘘はありませんという顔で、こほん。
「ええ、後から問題となるのは嫌でしたのでね。全て証文付きの、正式な手続きで回収させていただいたアイテムでありますよ。なのにやつめはっ、ギルド幹部となり武力と権力を振りかざし小生から強引に”カタ”を奪っていったのです! 借金も踏み倒したまま! これはけして許されていいことではありません!」
アランティアが言う。
「えーと、ちなみにそのカタっていうのは……」
「カマイラ=アリアンテ。やつの亡くなった家族の形見ですが?」
うわぁ……。
なんつーか。
「どっちもどーしようもない感じっすね……」
『借金を踏み倒そうとするのもどーかと思うが、回収するために家族の形見を人質にするのもどーかと思うし。なによりもまずは女幹部を落とすって流れが、完全に私怨じゃないか』
両腕を掲げたゲニウスはバサっとマントを靡かせ。
「私怨でけっこう、コケコッコー!」
「え、いや。なんて?」
「アランティア嬢! ここは笑う所でありますが! いかがでしょうか!」
珍しくアランティアが引いている。
「マカロニさーん、あたしこの人苦手なんすけど……別の協力者探しません?」
おまえも”たいがい”だろうとは思いつつ。
『そーはいうが、贅沢も言ってられないだろ。神と近い距離にあったスナワチア方面とは違って、こっちの連中は神話とか神の存在を御伽噺だと思ってるからなあ。そもそもベヒーモスが顕現するって話を信じるヤツがいそうにない』
「魔術が発動するんだから創世の女神さまも現実に存在するって、魔術士ならふつーに分かると思うんすけど」
放置されていたゲニウスがマントをバサっとしたままの状態から、着席し。
「我らの中央大陸でも神への認識は分かれておりますが……大きな論はやはり一つ。六つの属性に分かれた、少なからず”魔術発動の元となるナニカ”が存在するということ。つまりは魔術の発動の因となる存在があることは信じられておりますがね。それが神なのか魔道具なのか、あるいは魔道具を神と擬人化したか……そういった分野の研究は進んでいないのでありますよ」
「それなのによくあたしたちを信じましたね」
「仕方ないでしょう」
ふと、まじめな顔でゲニウスが言う。
「あなたがたを前にしていると、震えが止まらないのです。これは恐怖と呼ばれる感情でしょう、つまりは――まあ小生はこの身の毛がよだつような直感を信じたのであります。長い物には巻かれよ、と。マカロニ陛下、あなたはいったい何者なのでしょうか」
本当にまじめな顔なので、こいつもこいつなりに色々と考えているのだろう。
『少なくともスナワチア魔導王国の現在の国王ってことは確かだ。それでいいだろう?』
ゲニウスにはまだ僕が獣王本人だとは伝えていない。
信じるかどうかも分からないし、なにより手の内をそこまで明かす必要はないだろうと判断したのだ。
ま、こいつの性格ならば僕のことを調べてはいるだろう。
少なくとも既に冒険者ギルドの主要人物に僕が支配する水を飲ませたのだ。
それは僕が放っている例の無駄に美形な密偵からの情報通り。
裏取りもとれていて、なおかつ本人からの報告も正確。
商業ギルドの元CEOゲニウス。
この男の、その腕だけは買ってもいいだろう。