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第二部、プロローグ ~初手王手~


 【SIDE:中央大陸、冒険者ギルド本部】


 ここは、暮らすだけでも命がけの世界の北端から離れた場所。


 砂漠でもない。

 渓谷でもない。

 肥沃ひよくな大地と資源に恵まれた穏やかな地域。


 歴史においては大きな騒乱はない、平和とされている中央大陸。

 その冒険者ギルド本部での出来事である。


 遥か北方の地にて、繁栄していた悪の魔導王国スナワチア。

 おぞましきエルフの最高司祭が守る地にて、大きな変革があったとされたと情報が入ったのは、およそ二年ほど前だろうか。

 彼らが抱えていた戦力の要たる魔導船、その消失が確認されたのだ。


 聞けばスナワチア魔導王国は衰退しているとのこと。

 遥か北部に存在するとされる人類未踏の地――。

 氷海エリアへの遠征を強行し、そして多くの戦力を失ったのだ。


 悪の魔導王国といえど強国。

 その存在そのものが周囲の治安維持に繋がっていたこともあり、ストッパーとしてのスナワチア魔導王国が衰退したことは極めて危険な状態ともいえる。

 あの”雷撃の魔女王ダリア”を討伐したのもスナワチア魔導王国。

 そんな強国が突如として戦力を失った状態がどれほど危険か……。


 だからギルドはリスクを覚悟してでも情報収集を行った。


 魔海峡を挟んだ北と南で争い続けているあの魔境は、まともな人類はほぼ住めぬ地。

 当然、ギルドは衰退している。

 各地のギルドが冒険者ギルド本部の傘下組織という当たり前の概念もなく、ほぼ互助会と化している。


 安定した中央大陸とは違い、冒険者ギルド本部の威光が通じない。

 それも危険視されているからこそ、優秀な諜報員を派遣した。

 ……。

 筈だった。


 中央大陸の更に中央となる座標――。


 冒険者ギルド本部の会議会場。

 厳重な魔導結界が張られる影響で、魔力脂の香りが強い個室にて。

 互いの顔を秘匿する中で行われる幹部会議に集うのは、英傑。


 各地のギルドマスターの頂点。


 実力主義なのだろう、老いも若きも男も女も揃っているが……そのリーダー格は老年の魔術士だった。

 上がってきた資料を眺め、幹部であり大魔術士の男は幹部たちを一瞥。

 老熟を感じさせるずっしりとした声音で告げていた。


「神話にある獣王が降臨しスナワチア魔導王国を乗っ取り、伝説の種族タヌヌーアを回収。返す刀で魔海峡の悪魔蛸・ザ・ミレニアムを討伐し……スナワチア西方に長く栄えた悪の砂漠帝国ダガシュカシュに進軍、事実上の制圧を果たし新皇帝の傀儡を擁立」


 そのまま報告書のページをめくり。


「北部に植物生命体を送り込みほぼ壊滅状態に追い込んだ後、権威を失った大統領プレジデントドナを洗脳し手駒にし。プレジデントと繋がりのあった伝説の種族コークスクィパーを内に取り込み、顕現した新たな獣王を説得し合流……。それら全ての勢力を手下のように使い、更に目覚めた最後の獣王ベヒーモスと交戦。最終的には主神が降臨なされ、その主神に向かい怒声を吐き捨て唾を吐いた……と」


 読み上げて幹部の男は確信した。

 丁寧にまとめられた報告書という名の怪文書を、ボフ。

 火の魔術で焼き捨て。


「哀れな、恐ろしき地に潜入したことによる弊害。精神汚染で錯乱したか――」


 他の幹部たちも同じ結論に至ったのだろう。


 幹部はそれぞれに勢力を有している。

 今、燃やしたのはギルド本部としての正式な調査員による報告書だが――他の幹部が独自に持っている情報もほぼ同じであったようだ。


 幹部の女が気だるそうに唇を光らせ、幹部の大魔術士に告げる。


「ほぼ全員が同じ報告書を上げてきている、あんたのところも嬢ちゃんの所もそうでしょう? ま、集団催眠の一種でしょうねえ」

「獣王の降臨だけならばありえなくはないと思われますが、主神の降臨ともなると……いささか話を盛り過ぎではありますな」


 誰の言葉かも確認せず、女幹部がふぅ……っとキセルの先から煙を発生させ。


「そもそも神の存在など証明されていないわ。まあ、力ある何かがこの世界には存在して……その六つの存在から力を引き出し魔術としているのは確か。けれど、神だという証拠はどこにもなくってよ」

「六つの魔道具ともされておるが、はてさて」

「なのに、主神が降臨しただなんて。ふふ、この集団催眠を使った魔術師は三流ね。まだ神の存在を信じているなんて、さすがは隔離された辺境北部といったところかしら」


 まだ幼さが残っている他の幹部が顔を上げ。


「神がいるかいないかなんてどーでもいいよ! それよりも問題なのはこのベヒーモスの報告さ。報告者の全員が全員、中央大陸に向かってくることを示唆しているんだろう?」

「それも催眠よ」

「そりゃあそうだが、万が一ってこともあるだろうさ!」

「やだやだ、地方のギルドマスターだか何だか知らないけど、新人が元気にはしゃいじゃって。そんなに幹部になれたのが嬉しいの?」


 ふふふふっと、女はわざと煙を吹きかけ微笑。

 大魔術士の男が言う。


「やめんか――」

「あら、優しいのね。昔は新人いびりなんて呼ばれていたのに、人間、歳をとると変わるのね」

「ふんっ……ともあれ、向こうのギルドは既に我らとは縁が切れていると思ってよい。そして諜報員に洗脳と精神汚染を施す技量があるのも事実。やはり、あの地は恐るべき強国がひしめく魔境。安易に手を出すべきではないだろう」


 穏健派だろう大魔術士の言葉に、女幹部が挑発的に声を上げていた。


「ジジイになるとやはりダメね。あんな地域はもはやロートル。こちらの中央大陸がどれほどに発展しているのか理解もしてないのでしょう」

「虎かも知れぬ猫の尾を、わざわざ踏むこともなかろう」

「じゃーさー、とりあえずベヒーモスがくるかもしれない、その対策だけはした方が良いんじゃねえのー」


 新人幹部の声に他の幹部たちは同意したようだ。

 大魔術士も頷き、他の幹部が肯定するならと女幹部も納得し。

 一同は出された飲み物を口にする。


 女幹部が目を見開き。


「あら? なにこれ、すごい美味しいじゃない」

「ほんとだ! すげえうまい!」

「ふむ……まあ悪くはないな」


 それぞれに水の美味しさに感動し、それを運んできたキツネ目の執事を向き。

 新人が言う。


「おいおまえ! これ、どーしたんだよ!」

「ええ、はい――さすが幹部の皆様はお目が高い。実はこちらは<飲料水を無限に生み出す魔道具>から生成された水でして」

「ああ、最近噂になっているこれかしら」


 女幹部が<広告用羊皮紙>を胸の谷間から取り出し。


「ええ、ええ、そちらです!」

「けど、これ結構高いんじゃなかったかしら。まさか経費で?」

「いえいえいえ、とんでもない。実は新しく就任なされた商業ギルドの最高責任者の方が、冒険者ギルドとも仲良くやりたい……と、そう提供してきた品でして。全て、タダでございます」

「そーいえば商業ギルドの連中、最近忙しそうにしてるって噂があったもんなあ。あぁ、ついに世代交代したんだ」


 大魔術士が言う。


「やつらは所詮、商売人。戦いを是とする我らとは敵対したくないのであろうな」

「弁えてるならいいじゃない。この水、本当においしいわ。ねえ執事さん、ちょっとウチのギルドにも”無償”で提供するように脅しておいてくれないかしら」


 キツネ目の執事が困った顔で、頬を掻き。


「脅し、でありますか――当方はただの執事なので、そのような乱暴事は苦手でありまして……」

「大丈夫よ、ウチの国のギルドの名を出せば相手が勝手に忖度する筈だから。ね?」

「分かりました、それではそのように――」


 キツネ目の執事は糸目の隙間から僅かな光を発し、頷き。

 サササササ!

 手続きの書類を女幹部に差し出す。


「それではこちらにサインを。あとはこちらでやっておきますので、はい」

「なるべく急いで頂戴ね。待たされるのは嫌いなのよ」


 新人幹部が言う。


「おいおい、いいのかよー。そんなに簡単にサインしちゃって」

「ウチを騙すバカなんて中央大陸にはいない、そうでしょう?」

「そりゃそうだが……はぁ、商業ギルドだって無償提供させまくったら、さすがに機嫌悪くするんじゃねえか」

「できるはずないでしょう? あいつらは冒険者ギルドに逆らえない、絶対にね――」


 サインをし終えた女幹部が、書類を眺め。

 薄らと唇を開く。


「ところで、なーに、このトサカみたいなのが生えたペンギンは」

「なんでも<ペンギン印のウォーターサーバー>と呼ばれる魔道具らしいので、そのマスコットだそうですよ」

「ふーん、生意気そうな顔ね」


 つまらなそうに女幹部はいって、指先でペンギンマスコットを弾き。

 書類を投げ渡し、会議は終了。

 幹部たちはそれぞれウォーターサーバーの広告を持ち帰り、帰還していく。


 中央大陸は既に罠の上。

 彼らはまだ、獣王の恐怖を知らない。


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― 新着の感想 ―
[一言] あ〜あタイトルの通り初手王手やん…… 絶対に飲んではいけない水 そして絶対によく読まずにサインしてはイケない紙にサインしちゃった…… ヴァカめ!これで中央大陸は終わりじゃ!!
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