歴史に刻まれしこの日 ~これはぼくのモンだからな!~
想定以上に威力が出過ぎてしまった僕の魔術。
異界のペンギン神の力を借りた異世界魔術の荒れ狂う力を止めたのは、一人の男。
おそらく僕以外の瞳には、煌々と輝く光しか見えていないだろう。
いや、光を見る事すらできていないか。
皆が皆、圧倒的な魔力に押され、顔を上げずにいられないでいる。
自己強化が終わっているリーズナブルでさえ、長い耳を落とし。
その耳先に汗を滴らせ、聖杖にしがみつくのが精いっぱいという様子だ。
銀杏ですら平伏しているので、絵面は半分ギャグとなっているが。
……まあ、そりゃ主神が降臨したらこうなるわな。
ただ僕の瞳には見えていた。
おそらくはこのペンギン大王の魔導書を入手したことにより、僕の基礎能力が大幅に上昇したのだろう。
それも永続的に。
魔導書を片手に、僕は玉座に座ったまま天を見上げる。
どうやら主神の種族はエルフ、或いはハーフエルフのようだ。
温和で柔和。
すらりとしたエルフの皇族といった外見だが、異様なのはその美貌だろう。
異常に気付いた毒竜帝メンチカツが海から緊急浮上。
圧倒的なプレッシャーに潰されかける人類とは違い、薄目で光を眺め。
『な、なんだぁ!? この光は――!?』
『おや、あなたはダゴンの……お久しぶりですメンチカツさん』
『は!? てめえ、その声はあの天の世界にいやがる”うさん臭い野郎”か! とっととマカロニの呪いを解除して、オレと一緒に元の世界に連れ帰りやがれ!』
あいかわらずのメンチカツさんクオリティーである。
魔力を操った僕はメンチカツさんを海面付近から引き上げ、空に浮かべた氷塊に着地させる。
助けたのではなく、いざとなったら人類を守る頑丈な盾にするつもりなのだが。
『おまえなあ……よくアレにケンカ売れるな』
『あーいう輩にははっきりと言ってやらねえと、のらりくらりされるんだよ!』
『お前の生前、どんな生活を送ってたんだよ……』
『あーいう輩はとりあえず一発ぶんなぐってから話さねえと、あっちのペースにもってかれっぞ!?』
こいつもこいつで、まじで生前にヤクザな商売をしてたんじゃないだろうか。
まあいいけど。
『って、まあお前の過去はどーでもいいが、おい! あんたもあんたで自分で自己紹介したらどうだ! みんな困ってるだろう!』
対する主神は、ははははは!
と、やはり鷹揚で少し鼻につく微笑である。
皇族姿の主神は胡散臭げな糸目を細め――。
『おっと、失礼しました。我が世界の我が子らよ。私はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。この世界を創りし神性。あなたがたが最高神や主神、創造神と呼ぶ者です。敵ではないので、どうかご安心ください』
さりげなく名乗ったが、おそらくこれは人類にとって初の情報だろう。
主神レイドの声を聞いたせいか――。
ゾクゾクゾクっと、音が鳴りそうなほどの波ができていた。
人類の背が、揺れたのだ。
メンチカツが、あぁん? とカモノハシの眉間をぐにゅっとさせ。
『おい、相棒。なんでこいつらこんなにビビってるんだ』
『おまえがどこの世界から転生してきたのかは知らんが、ゴジラを知ってるぐらいなんだから地球っぽい場所なんだろう? あそこが仮に神が実在する世界で、その神が降臨してきたらどう思う』
『そりゃあまあ、まずは動画を撮るだろうな』
だめだこりゃ。
いや、まあ僕がいた場所も同じ価値観だろうが……。
神が実在する世界の価値観を、このメンチカツが理解できないのも仕方ないか。
僕らのやり取りを撮影しつつ。
主神レイドはにっこり。
『さてマカロニさん――どうか書を閉じてください。私はこの世界全てを愛すべき存在ではありますが、優先順位はどうしても生まれてしまいます。あなたがこのまま魔導書を発動させ世界を揺らすというのならば、私はあなたを止めなければなりません』
言葉が魔力となって僕の行動を戒める。
が。
僕は主神からの言葉の戒めに逆らい、魔導書を眺め。
じぃぃぃぃぃ。
開いたり閉じたりを繰り返し、実験を開始。
『なるほど、どうやら僕の基礎能力は上がったままっぽいな』
『あの、本当に世界が揺れているのでそれぐらいに……といいましょうか、異界の魔導書がこちらの世界に入ってきていること自体がそもそも禁忌なのですが』
『僕はちゃんと正規な取引で商品を手に入れたんだ、文句は販売者に言って欲しいな』
そして販売者はネコの行商人ニャイリス。
ニャイリスは相手が主神であってもモフモフ特権で威圧を受けていないのだろう。
四足の猫モードになり、おなかを見せるように転がり。
『許して欲しいのニャ~!』
『……はぁ、仕方ありませんね』
あ、許しやがったよ。
メンチカツさんが、あぁん……? と眉間にギザギザの皺を刻み。
『なあ相棒……こいつ、ほんとうにどーしようもねえぞ? おい』
全くもってその通りだが、この書が危ないのはまあ事実だろう。
『なあ主神様。素直に閉じてもいいんだが、先に質問に答えて貰ってもいいか?』
『答えられる範囲なら構いませんよ』
『ぶっちゃけ、今の人類ってあんたの魔術の悪用判定だとどうなってるんだ?』
人類側に緊張が走る中。
僕は過去の事件を映像として空に投射し。
『僕ら獣王がこの世界に転生する前にも、それなりに魔術の悪用があったようだし。そもそも、ベヒーモスは明らかにこの世界の”魔術の悪用を裁く動き”を見せていた。人類が生まれたときに魔術による被害を忌避し契約したのならば、なぜ契約を履行しない』
き、忌避? 履行?
と、メンチカツさんが頭上にハテナを浮かべているが無視。
苦笑した主神レイドが、絶世の美貌に声を乗せていた。
『逆にお聞きしますが、マカロニさんもしばらく王様を続けてみて――彼らに少し以上の愛着が湧いたのでは?』
『まあ、そうだな――つまりは本来なら魔術の悪用ラインは越えているが、滅ぼしたくはないってことか。じゃあ魔術の悪用を禁じるって契約を破棄したらどうなんだ? できないこともないんだろう』
『私は魔術そのものを失くしたいと願っておりました。魔術が世界の法則を書き換える現象である以上、どうしても不安定ですからね――』
やはり神話の裏を読み解いた通りか。
『世界創世神話の一節……ネコが魔術が封じられていた箱をひっくり返し、世界には魔術が広がった。あれってマジだったってことか』
『ええ、まあネコがしたことですので、私は全てを許しますが』
『あんたなあ……そのネコ狂いはどうにかならないのか?』
主神はふっと、全てを魅了する絶世の美形エルフオーラを発動させ。
『ネコ以外も好きですよ? マカロニさん、メンチカツさん。私はあなたがたも気に入っている――どうです? 共にこのまま空中庭園、我々の天上世界で暮らしませんか? 歓迎しますよ』
うげ!?
これ、女神ダゴンと同じくガチの勧誘だ。
僕は慌ててペンギン大王アン・グールモーアの魔導書を開き、クワ!
ページをバサササ!
『必殺、魚ガード!』
僕とメンチカツに魅了防御の結界を展開。
僕らの前に、魚のアジの形をした<水の壁>が顕現していた。
結界を張っていなかったら、たぶん影響を受けていただろう。
『油断も隙も無いな、あんた!』
『ふむ、私の魅了をレジストとは本当にその魔導書とあなたは相性がいい。その”アン・グールモーア”はよほど同胞を守りたいと願っているのか……。あるいはペンギンの滅亡を防ぐ守護神としての力を持っているか。そしてペンギンであるあなたと呼応したか。ともあれ、通常の数十倍の補正が働いているのでしょうね――』
『言っておくが、これは僕が買ったアイテムだ! 渡さないからな!』
僕は羽毛の脇に魔導書を挟んで、ガァガァガァ! と威嚇。
これほど便利な書を手放す気はない!
なんか、ペペペ以外にも、ガァガァが追加されたあたり……ガァガァと発音できるようになった事が、能力上昇につながっている気もするが。
ともあれ。
『分かりました、けれど申し訳ないのですが――もしあなたがその力を暴走させ世界を破壊してしまった場合、私も動かないといけません。それだけは御留意ください。それと魔術の悪用は引き続き禁止です、あなたはうまく全ての悪用判定をすり抜けていますので、大丈夫だとは思いますが』
チェックは厳しくなりますよと、主神レイドによる警告を聞き。
僕は、ガァ? っと首を傾げ。
『ん? このまま持ってていいのか? 随分と甘いじゃないか』
『あなたも既にこの世界の命、私の愛すべきモフモフですからね。基本的に我々創世の神はこの世界に直接的な介入をしない。それがルールでもあります。正当な取引ならば徴収もできないでしょう』
こいつ、単純にモフモフに甘いだけだな。
さて、と主神は神としての聖なるオーラをペカーっと発し。
『人類の皆さん、此度はうちのバアルゼブブが呼び出してしまったベヒーモスが失礼しました。ですが、彼ら契約の獣、天と地と海の力を受ける魔獣王は罪なき世界では暴れたりはしません。あの子が暴れたという事は……そうですね、多少以上の魔術の悪用判定がされているのは事実です。基準はあえて設定しませんが――魔術を使う際はどうか、お気を付けください』
神の言葉に、人類は皆頭を下げたまま。
一歩も動けずにいるが。
アランティアが言う。
「あのー、それでベヒーモスはどうしたんすか? 消えちゃってますけど。あと一回倒せないと消えない筈なんじゃ」
一人だけ怯まず、空気も読まず。
頬をポリポリするアランティアクオリティーである。
主神レイドも、彼女を眺め――。
『あなたは――……いえ、そうですね。あのまま倒されてしまうのは可哀そうでしたし、回収が終わっております。討伐されたわけではないので、再び顕現するでしょう。場所は……おそらくは、こことは別の大陸かと。あちらもあちらで魔術の悪用が日常的に発生していますからね』
「え!? じゃ、じゃあここが無事だっただけで」
『ええ、契約の獣としてのベヒーモスは近いうちにあちらで暴れるでしょうね。ここはマカロニさんとメンチカツさんがいるので、もう襲ってはこないでしょうが――このままではあちらは滅んでしまうかと』
あちらは、あちらはと妙にアピールしつつ。
じぃぃぃぃぃ。
なぜか、主神の胡散臭い糸目が僕を眺めている。
『これは私の独り言ですが、ギルドの皆さん。人質などの卑劣な手を使ってマカロニさんを動かそうとしたら、さすがに私がガッカリしますので。どうかお気を付けを』
それでは、と主神は指を鳴らし。
揺れた世界の影響を一瞬で再生。
全てなかったことに遡り、世界を元に戻して退散。
いつのまにか、その姿を消している。
リーズナブルやドナが、消えた圧迫感に地に汗を垂らし……息を整える中。
アランティアが言う。
「あれって、マカロニさんにどーにかして欲しいって意味っすよね、たぶん」
『ま、そーいう事だろうが……』
「どーするんです? ぶっちゃけ、魔術の悪用ってけっこうなレベルじゃないと判定されないみたいですし。すでに悪用判定がでてるなら、かなりやらかしてるってことっすよ?」
んーむ。
まあこちらに別大陸からのギルドのスパイが入り込んでいるので、あちらにも情報は伝わるだろう。
そしてベヒーモスの再臨は間違いなく起きる。
超、めんどうなヤツじゃん。
腕を組んだメンチカツさんが、空を見上げ。
ぼそり。
『てか、あの野郎。依頼料を払わずに、相棒にあっちとやらの対処を依頼したようなもんじゃねえか?』
あ。
……。
ああぁあああああああぁぁぁぁぁ!
『やられた!? この僕が!?』
魔導書を守れたので油断していたが。
まさにこいつの指摘通りだ。
こ、この僕が……っ。
ググググ、っと僕は玉座を踏みしめ。
天を見上げ。
『ガガガガガァァァァグワァァ! 覚えてろよっ、このテキトー主神がぁあああああああぁぁぁぁぁ!』
氷竜帝の咆哮を発動するのであったが。
……。
さて、ベヒーモス問題はとりあえず解決してしまった。
となると……待っているのは、例の案件。
このまま有耶無耶にできればいいのだが。
バニランテ女王の御付きの騎士、ハーゲンくんが言う。
「マカロニ様、その……これからと、今後について女王陛下が謁見を希望なさっておりまして。お時間を少しいただけないでしょうか?」
ま、こうなるよね……。
嫌なことを先延ばししても仕方がない。
僕は観念し、グペェと大きなため息を漏らしたのだった。