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『外交官の懸念』―老いたる男は知っていた―


 【SIDE:マキシム外交官】


 あれから一か月。

 水を支配した商売人マカロニこと謎の獣王は、既にわが家とばかりに占領した迎賓館……。

 通称マカロニ御殿に滞在中。


 その身を四十代に保ったまま、中身を老体とするマキシム外交官は迎賓館の近隣に潜み建てた拠点にて、爪を噛みたい衝動に駆られていた。

 焦っていたのだ。


 匂いにより存在感を隠す道具に囲まれた空間は、住居に向いているとは言えない。

 極めて悪辣な魔物から絞り出した魔力脂の匂いも酷く、香りから場所が特定されたら元も子もなく換気もできない。

 それでも彼マキシム外交官はここに潜む必要があった。


 ――分からぬ、このワタシの智謀をもってしてもアレの意図がまったく、分からぬ。


 実年齢はともかく肉体年齢相応の中年の野心を持つ、かつて異業を成した魔術師はこれでも王族の端くれ。

 まだ権力欲というモノが存在した。

 だから間抜けな隣国で属国の元王女アランティアの潜入を敢えて許し、国家転覆を企んでいた。

 全てが上手くいっていた。

 馬鹿な元王女は言動を誘導されているとも知らずに、それぞれの勢力に働きかけ、そして生誕しつつある審判のケモノ討伐を提案させた。


 マキシム外交官は知っていた。


 討伐は失敗すると分かっていた。

 魔導船という武力を大きく失うとは分かっていた。

 けれど千載一遇のチャンスだった。


 そもそも現国王スナワチア魔導王国の王、スナワチア陛下はただ第一王位継承者だからと、流れによって王になった王。

 本人にも野心は薄く、どちらかといえば研究者としての性質が強い……武官よりも文官向きな存在。人は良いがそれだけの王だった。

 あれではいつか国を衰退させる。


 無論、戦争に勝利しつづけている魔導王国たるスナワチアにとっては、その衰退も選択肢の一つ。

 過ぎる野心は持たず、安定を望む王が悪いというわけではない。

 だが。


 ――ワタシは違う。


 スナワチア魔導王国はもっと大きく育つはずの国だ。


 かつて彼がまだ若き魔術師だった頃。

 政争に負け。

 反乱という名の王となる道を妨害され、内々に処断……罰としてその足の腱と共に王位を断たれたときから、ずっと、ずっと玉座を眺めていた。

 それに、あの王は王になることを望んではいなかった。


 彼の野心が膨らんだのは現国王のせい。

 その心の不安定さが大きいだろう。


 マキシム外交官は知っていた。

 現国王が狂王と呼ばれるようになっているのも、なりたくもない王の重責に耐え切れず酒に溺れているせいだと。


 マキシム外交官は知っていた。

 清らかなる水から生まれし神酒とて、過ぎれば体に毒。

 あのドンペリと呼ばれる酒のせいで、王は狂い始めているのだと。


 そもそもまともな王ならば、魔導船によるあの氷海への遠征を否定していた筈だ。


 つまり、陛下はあの日、遠征の話に頷いてしまった時点で王失格。

 そうさせたのはマキシム外交官自身だが。

 失望を隠せなかったと言えばウソになるだろう。


 野心持つ、かつて若者だった老体は知ったのだ。

 もはやこの王は傀儡にすらなれない、終わる王なのだと。

 だから、切るしかない。


 ――そう、それしかない。


 老体の脳裏には王になどなりたくないと、帝王学の講師を困らせていたまだ若き王の姿がある。

 そして。

 その講師はかつての老体じぶん


 小僧がなりたくないと望む王位モノは、かつて自分が欲した宝。

 老体はずっと、燻ぶり続けていた。

 まだ若き頃の王を知っていた老体、かつて王になることを望んだマキシム外交官は、消さなくてはならない、捨てたはずの野心を滾らせていた。


 それほどに王が嫌だと言うのなら。


 ――おまえが捨てたいと願うのなら、ああ、それをワタシに寄こせ。小僧。酒に溺れて狂ってしまうほどに嫌ならば、その座から降りよ。今、すぐにでも。


 だから。

 前代未聞の魔力波動、神馬の嘶きの如く咆哮を撒き散らしていた魔獣討伐へと世論を誘導させた。

 もはや王にそれを拒絶する理性などなかった。

 酒に溺れた王など不要。

 その酒をドンペリーニョネクタルと称し齎している聖職者たちも問題だ。


 いつか彼らは国を壊す。

 故に。


「ワタシが動かねばならぬ……この国のためにも、ワタシのためにも、なによりも」


 民のためにも。


 そして、あの日遠征は行われた。

 あの魔力と存在感は間違いなく審判のケモノ。

 海の支配者リヴァイアサン。

 そしてあの咆哮こそが神からの天命、神託だと感じたのだ。


 ――いまだ、さあ民のために一度この国を壊せ……そう、このワタシにこの老体マキシムにアレは告げた、あの咆哮はそう告げていたに違いない。


 そしてアレは氷の海よりやってきた。

 おそらくは、この国を罰するために……。

 その筈なのに。


 いまだにこの国は健在。

 魔導船を失い軍部は無茶な作戦を立案しなくなり。

 更に水が綺麗になり経済も安定、むしろ平和が継続している。


 今までで最高の安寧といっていいだろう。

 ではあのペンギンはなにをしにやってきた?


「分からぬ! 分からぬ、分からぬ! どぉおおおぉぉぉぉぉーしてこうなった!」


 あのペンギンがやることが理解できずに、冷静なはずのマキシム外交官は憤怒とも違う困惑に混乱していた。

 そんな最中。

 隠れ家ともいえる拠点に気配が現れる。

 密偵だ。


 主人の叫びを聞かぬフリをし、冷徹が服を着こんだような空気の密偵は、その美貌を隠したフードの下で薄い唇を動かす。


「ご報告に――お時間は」

「構わぬ、申せ」

「は!」


 監視対象たる獣王に関する報告書が積み上げられていく。

 外交官は瞳を細め。


「量が多いな」

「……それがあの魔獣はどうもせわしなく動くもので……必要でないのならば、料亭や酒場に顔を出したなどの報告は割愛いたしますが……」

「ならぬ! これがあの狡猾なるペンギンの作戦だと気付かぬのか!?」

「作戦でありますか?」


 そう。

 あのマカロニは毎日毎晩、稼いだ金で豪遊。

 スナワチア魔導王国の首都の食べ歩きを行っているのだ。

 そして料理を提供する全ての店を回り行ったのは、あの神の水の完全なる無償提供。


 速読の魔術で報告書を眺め、目を魔力光で輝かせながらマキシム外交官は告げる。


「本当に気付かぬか?」

「恐れながら……」

「あやつめ、首都の全ての飲食店を既に網羅。そして自らが浄化した謎のアイテム<ペンギン印のマカロニウォーターサーバー>なる魔道具をやはり無償で設置し回っている」

「それがいったい」

「たわけ! 路地裏にひっそりとあるような隠れた店にまで浸食し、首都全ての店を完全網羅しておるのだぞ!? 我が国の兵糧の半数はあれらの店で賄っておるのだ、我らは既に飲料水だけではなく有事の食糧さえ握られているという事でもある!」


 もし明確な意図があり動いているのならば。

 あのマカロニがしようとしていることは、国家転覆。


 そして狡猾にもあのペンギンはほぼ全ての店の店主やオーナーと意気投合。

 商会ギルドなるよく分からない組合を立ち上げ、迎賓館内に人を集め受付カウンターまで作り始めている。

 本来なら独立し、協調などしない商人や経営者を集めてなにやら怪しげな集会をし始めているのだ。


 密偵が言う。


「わ、わたくしには己の私欲……迎賓館近くで好き勝手に買い物できる場所が欲しいだけの……ただ利便性のために協同組合を作っているだけにみえますが……」

「利便性のためだけに首都の商売人、全てを牛耳るバカがどこにいる!」

「し、失礼しました」


 主人の動揺ぶりに密偵も困惑を隠せないが。

 すぐに冷静に戻ったマキシム外交官は一息の後。

 すまぬと眉間に寄せた皴を緩め、詫び。


「して。アランティアとは連絡は取れたのか?」

「そ、それが……あのマカロニの影響下にあるのか、魔術による通信は……」

「できぬか。既に裏切ったと思ってよいであろうな」


 密偵も同意見なのだろう。

 そこに否定はない。


「あのペンギンめ、道化のふりをし一体何を企んでおるのか。しかし分からぬ、たかだか二十歳にも満たぬ世間知らずの元王女を擁立しはたして、なにを――」


 言葉が途中で途切れる。

 気配がしたのだ。


 隠れ家となっているこの拠点は迎賓館のすぐそば。

 窓の外。

 子供たちにも人気の高いペンギンが、ふつーに道を歩いていたのである。


『おらおら、ガキども! 簡単に僕に触れると思うなよ! 必殺! トリートあんどトリート! このマカロニ様の御恵みだ! 受け取るがいいさ!』


 ペンギンさんに触りたい子ども対策に、あのペンギンは袋に詰めたお菓子をバラ撒き。

 猛ダッシュ!

 子供もペンギンに触りたい欲求よりも、見たこともない甘露のようなお菓子に飛びつきヒャッハー!


『ペペペペペペ! ちょろいちょろい! 僕にかかれば子供を操作するなんて朝飯前! って! こら! もう拾い終わったのかよ!』


 黄金の飾り羽の手入れをかかさぬマカロニペンギンは飾り羽を死守し、キラリ!

 更に加速し向かう先は。


「あやつめ、今度は教会に向かうのか……確かあの狂信者リーズナブルが水の浄化を行う時間であったと思うが」


 なにやら起こす気か。

 密偵は瞳に忠義を込め。


「追いますか?」

「気づかれぬようにな――」


 命令に従い影に消える密偵を見送り。

 マキシム外交官は肝と背筋を冷やしていた。

 この国は既にあの得体のしれないケモノを懐に入れてしまっている。


「いや、ヤツが図々しく入り込んでいると言うべきか――」


 かつて王位に憧れた老体は確信した。

 あのマカロニの行動の裏には何かがある。

 そして――アレは既に国民の心を掌握しつつある、と。


「しかし、さしもの獣王もあの狂信者には敵うまいか。なにしろあやつは紛れもなく人類最強の一角。あの女が防波堤というのは気に入らぬが、まあ存分に働いて貰おうではないか」


 しばしの猶予はある。

 その間に対策を練るしかない。

 そう計算し、一息をついたマキシム外交官が古傷を気にしながら座った途端だった。


 密偵が、フードを乱し猛ダッシュで戻ってきて。

 くわっと間抜けに口をあけ!


「マキシム様! い、一大事にございます!」

「なにごとだ!?」

「そ、それが――あんたの所の酒は違法魔術によって作られた神酒。魔術の悪用にあたるから成敗すると、マカロニ殿が殴り込みを仕掛けにいったようで」

「殴り込みだと!? ど、どこに!?」

「で、ですから! 教会に御座います!」


 他の密偵も飛んできて――。

 氷竜帝マカロニが天の女神の教会に抗議し突入。

 殴り込みを開始したと報告が上がったのは、この直後の出来事であった。

 

 騒動の連鎖は続く。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何やってんのよマカロニ氏!∑(OωO; ) [一言] 裏で糸引く外交官君よ。(-ω-;) マカロニ氏の行動は多分、部下の見立てであってるよo(^▽^)o
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