大地獣ベヒーモスvs人類連合軍、その3
氷海エリアでの獣王との戦闘。
ハリモグラのようなベヒーモスを倒す方法として、僕が提示したのは集金。
ここに集う、二つの大陸の戦力から所持金の一割を提供して貰う事だった。
まあ僕とて、この状況でこれはどーかと思う。
なので誰かが突っ込んでくるはずなのだが。
動いたのは、だいたいどんな時でも物怖じしない、僕の残念な側近アランティアである。
さすがのアランティアも、はぁ!? っと眉を尖らせ。
改良された砂漠騎士の鎧をカタカタと揺らし、振り返り。
うわぁ……。
といった顔で。
「は!? え? あの、マカロニさん!? さすがにこの状況で強請はちょっと……ドン引きなんすけど」
『誰が強請り集りだ!』
「いや、だって絶対断れない状況で金を要求するって外道の極みっすよ!?」
『あのなあ、僕が私利私欲に走ってるなら一割なんて言わずに”五割”は要求してるだろう?』
納得したようだ。
「じゃあなんなんっすか、いきなり……」
『……何を勘違いしてるのか知らんが集めた金で、そこのニャイリスからベヒーモスを倒すのに必要なアイテムを買うんだよっ!』
ニャイリスとは打ち合わせ済みだったので、こちらも問題なし。
というか、共犯である。
商魂たくましいネコの行商人ニャイリスは、にひぃっとネコ手で手揉みをし。
毛艶をキラキラとさせて告げる。
『おぉぉぉぉ、さすがは氷竜帝! ニャーのアイテムを頼るとは、お目が高いニャ! で! 何が欲しいんだニャ? 爆弾かニャ? 細菌兵器かニャ? 核とかなら魔術をぶっ放した方が早いにゃ?』
……ファンタジーな世界でそーいう単語は聞きたくなかったが。
ともあれ。
『ニャイリス、おまえは外の世界とこっちを自由に出入りしてる行商人だろ?』
『そーだニャ?』
『だったら外の世界の神々についての逸話が刻まれた魔導書も、取り扱ってたりするんじゃないか?』
『ニャニャニャルほど! あっちの商売を取り仕切ってるキツネの店からの取り寄せならできるニャ! 代金を転送すれば即納品の便利屋ニャ!』
仲介手数料は貰うニャ!
と、ニャイリスはご機嫌でモフ毛を輝かせている。
今知ったという顔で、マキシム外交官が悪人顔ではなく文官の顔で。
「なるほど――そういう意図でありましたか、さすがは陛下」
「あー、ふーん。そういうことっすか……」
アランティアもかつての師匠のマキシム外交官の反応で、仕込みだと気づいたようだ。
だがこちらの仕込みを壊す気はないらしく。
はぁ……とこちらにジト目を向けていた。
その目は如実に、先に言っておいてくださいよと語っているが……。
僕とマキシム外交官は同じ顔で。
同じ目線を返していた。
――いや、おまえ……知ってたら絶対やらかして漏らすだろ、と。
僕とマキシム外交官、そしてアランティアの中では以心伝心。
後で覚えておいてくださいっすよと、無言のやりとりが続く中。
月光で強化された斧を地面に突き立て、月の女神の力を借りた<結界>を発動させ続けている流星のバシムが吠えるように言った。
「だぁぁぁぁ! そっちだけで漫才なんてしてるんじゃねえ」
『えぇぇぇ……、漫才のつもりはないんだがなあ』
「うるせえ! こんな時に金を惜しむ気はねえが、てめえらっ! オレたちにも分かるように説明しやがれ! 一回倒しても他の獣王の魂であと二回よみがえってくるなら、時間がねえっ。オレの結界もそんなにもたねえぞ!!」
ちなみに戦士殿のこれは仕込みではない。
誰かが質問するだろうとは考えていたが、彼だったか。
例の話もあるし、あんまりバシムを動かしたくないのだが……。
彼の問いかけに、作戦を理解しただろうアランティアが言う。
「簡単に言うと外の世界にある魔導書を買って、その魔術でぶっ飛ばすって事っすね」
「外の世界の魔導書だぁ?」
ネコの行商人が異世界から行商に来ているのは、この世界の人類ならば常識。
外の世界の存在自体は知っているようだが。
アランティアはしばし考え――。
「んー……なんつーか。あたしたちが使う魔術やスキルって基本的に、六柱の女神の力を借りてるじゃないっすか? で、マカロニさんが使っている名前が決まっていない、<創作魔術>やら<創製魔術>に該当するオリジナル魔術はたぶん、主神の力を借りた魔術なんっすよ。で! 六柱の女神にも、創造神にも該当しない系列の魔術なら獣王に効くんじゃないかって理論っすね」
魔術を発生させた光る指で、大空にカキカキカキ。
アランティアは神々の系図を空に描き。
「ベヒーモスはいわば<人類キラー>持ち。ほらドラゴンキラーって特性を持ってるとドラゴンに有効だったりするじゃないっすか? あれと一緒っすね、獣王はこの世界に対する特効をもってますからねえ。あたしたちの魔術じゃあ獣王に効きづらいんすよ」
「お、おう……」
「あれ? 伝わってないっすか? そもそもあたしたちの用いる魔術は、この世界を創った神々の力を借りて、魔術式を形成、その式に従って世界の法則を書き換えてる感じっすからねえ。獣王を倒すためにはこの世界の神々じゃない力を借りた方が楽、効率がいいって事っす! どうっすか! 分かりやすく説明しましたよ!」
なにやら解説し始めた。
上位の魔術師は理解し、アランティアの見識の深さに驚嘆したようだが……。
戦士であるバシムを筆頭に、ふつーの人類は話についていけていない。
それよりも。
『おい、なんでおまえが僕すらも知らないオリジナル魔術の原理を把握してやがるんだよ。主神の力を借りた魔術なんて、初めて知ったぞ?』
「ぷぷぷー! 魔術式を見て理解できないなんて、マカロニさんもまだまだっすねえ!」
『おまえ、無駄なところで妙に天才だよなあ……』
「は!? 無駄ってなんすか、無駄って!」
『まあこいつが言った通りだ、ニャイリスが取り扱える<異世界の魔導書>からベヒーモスを退治する魔術が扱える魔導書を買おうって作戦だよ。まあついでに僕が人間に戻れる魔導書や、元の世界に帰るために必要な魔導書をチェックさせてもらうが。まさかおまえら、世界のためなのに金を惜しむだなんてバカなことは言わないよな?』
そう! 獣王ベヒーモスを倒しつつ、僕の目的を果たそうという二重作戦なのだ!
グググ、グペ、グペペペペペペ!
邪悪な顔をする僕にドナが言う。
「あんた……そんなことを言ってる場合じゃないって状況を利用して、エグイことするね」
『エグイも何も――ぶっちゃけ、僕や僕が知り合った人間だけを生き残らせるなら、創造神に媚びて空中庭園に避難すればいいだけだし。本当なら見ないフリが一番楽なんだし。全財産寄こせなんて言ってないし、所持金の一割で世界が存続するなら安いもんだろ。そもそもだ』
僕は言葉を区切り。
『獣王が暴れてるってことは、この世界はたぶんもう魔術の悪用をしちゃってる判定なんじゃないか? それを獣王たる僕が義務を放棄して助けてるんだ、この時点でかなりの譲歩だろう』
間違ったことは言ってない。
いわゆる正論パンチである。
海から、モコっと顔を出した毒竜帝メンチカツがジト目で人類に告げる。
『あぁ……なんつーか、てめえらはあんまり知らねえだろうが、相棒は……結構ドライだからな。関係ねえ、払えねえって言うなら、たぶんガチで関係者だけ回収して天に逃げちまうぞ。それにニャイリス。おめえも外の世界の猫だから、商品をタダで提供する気はねえんだろ?』
『これでもこの世界はお得意様、安く販売している方ニャ。ギリギリ特価なのニャ! そもそも外の世界でも<神様の逸話魔導書>とされる、いわゆる<グリモワール>は高いし貴重なのニャ! 取り寄せとはいえ、それを足跡銀河の向こう側の世界から持ち込んでるだけでも、ニャーとしてはかなり危ない橋を渡ってるのニャ?』
嫌なら買わなくてもいいニャ?
と、ニャイリスの方も引く気はない。
商売人としての一定ラインの線引きがあるのだろう、なかなかに商売ライクな対応である。
麓町カルナックにいたギルドの若者連中とドナの残党が、僕を見上げ。
共に声を上げる。
「一割ならべつにいいっすけど――」
「で、でもよおペンギンの旦那。集金している間、リーズナブルさんへの強化はどうするんすか」
「そうっすよ、強化の詠唱って慣れてねえからけっこう集中しないとマズいんすけど」
たしかに、尤もな意見である。
『それもそうか――なら、おいリーズナブル、少し休憩だ』
「よろしいのですか?」
『ああ、集金中は僕が引き受ける』
言って、僕は動く玉座を召喚しよじ登り。
砦の頂上から氷の道を作り、玉座でスライダー!
ズシャァァァァっと空を駆けて、空中で緊急停止!
ベヒーモスの頭上で、フリッパーを鳴らしてみせた。
その次の瞬間――。
嘴を開け、僕はドラゴンのようにブレスを発動!
『女神のアホー!』
僕のクチバシから発生したのは、悪口と同時に展開された<氷竜帝の輝く吐息>。
ドラゴンが口からビームを放つ、アレである。
ベヒーモスは避けようとするが、鳴らした僕のフリッパーから発生していた氷の魔術に足を取られ転倒。
倒れたベヒーモスの半身を海中に沈めると同時に、僕は氷を操り黄金の飾り羽を風に靡かせる。
周囲の魔力を操作したのだ。
転倒ベヒーモスがそのまま氷海の氷に囲まれ、圧迫されていく。
鋼と氷が擦れ合う、嫌な音が流れる中。
絶叫が、戦場に響き渡った。
『ググググッグ――ッ、グモモオォオオオッォォオ――ッ!』
雄たけびを上げたベヒーモス。
海に半分沈むその体は、完全に凍り付いていた。
状態異常の一種。
<氷結状態>である。
続けて氷漬けとなっているベヒーモスの状態異常を維持するべく、僕は百を超える数の氷柱を投擲槍として召喚し――。
ズジャジャジャジャジャジャ!
<氷柱の投擲槍>による、無限攻撃を披露して見せていた。
僕単騎で、足止めすることに成功である。
とりあえず僕の力を見せて、本当に倒せることもこれでアピールできただろう。
『ほら、これなら大丈夫だろ? さあ、世界を救いたいと願う者達よ、僕にお金をよこすんだ!』
「詠唱解除! 賛同者は今のうちに財布を掲げな! 嫌なら構わないがね! たぶん、ここで賛同しない連中は魔術の悪用に対するチェックが少し厳しくなるとか、そーいう地味なペナルティをつけるだろう。このペンギンはそーいう露骨な性格だよっ!」
ドナが休憩時間とばかりに強化詠唱を停止させる中。
ぜぇぜぇぜぇぜぇ。
斧に身を預けるように肩を落とし、結界維持の疲れを休めるバシムが唸っていた。
「は!? おまえ、結界内では状態異常が発生しないんじゃねえのか!?」
『ああ、実際平気だったろ?』
「じゃあなんでベヒーモスが氷漬けになってやがる! おかしいだろう!?」
『あのなあ、この結界内のルールを設定したのは僕だぞ? 自分に不利なルールには抜け穴を作るのが常識。僕だけは状態異常が使えるように結界を組んでるに決まってるだろ?』
「やりたい放題だな……」
談笑しながらも僕はフリッパーを上下左右に、指を動かすようにクイクイクイ!
その度に発生する回転する魔法陣が、氷の刃を召喚。
氷結状態を解除しようと蠢くベヒーモスを攻撃し続けていた。
『どーだ、見たか人類共! これが魔術の正しい使い方ってやつだ! ハーハッハハッハ!』
なかなかに壮観な氷の雨である。
怪力自慢のベヒーモスを覆う分厚い氷は、ギシギシと白い線を作り始めているが――それでもまだ拘束の維持はできる。
ついでとばかりに、僕は魔術を操作。
ベヒーモス本体にダメージを与えるべく、天と地と海の魔法陣を同時に三つ展開。
人類が現在届く領域にある中で、それぞれで最強魔術とされている攻撃魔術をセット。
そのまま僕は恐竜のような瞳を細め。
キィィィィィィンと赤い魔力の残影を瞳から流し。
ペペペペペ――!
『<――天より降りて地を育み、海を刻むモノ――!>』
最強魔術による三連攻撃の無限ループ状態を維持。
ベヒーモスを包む氷の中で、最強魔術のぶつけ合い。
プラズマすら発生する魔術爆発を展開させ続けていた。
しかし、これでも倒せない。
そう、今現在の人類の最強魔術を何度ぶつけてもこれは倒せない。
異世界の魔導書に頼るしかない! というアピールでもある。
戦闘に参加していた者達は僕の腕を認めたようで。
前向きな声が聞こえてくる。
これほど強力な獣王が協力してくれているのならば。
ほんとうに異界の魔導書を買う代金さえ用意すれば――。
勝てる、勝てるぞ!
と、どんどん声が上がっている。
かなりの戦意高揚、士気上昇だろうが。
僕の魔術を眺めて、「えぇ……なんすか、この複雑な式は……」と。
本気でドン引いているアランティアが……ぼそり。
真理を突くように言う。
「てか、もしマカロニさんが獣王本来の役割を果たそうとしたら、あたしたちってこれに勝たないといけないわけっすよね?」
あ、どうやら気付かなくてもいいことに気付いたようだ。
実際、魔術に長けた者ならば僕がやっている足止めを見て、思う所がありまくるのだろう。
汗をだらだら流して怯えている。
おそらく、こんな獣王に異界の魔導書を渡して大丈夫なのか? という、純粋な危機感だろう。
うん、ごまかそう。
僕は集金袋を掲げ、宣言する!
『んじゃ、賛同する人だけでいいから財布を掲げて貰おうか! ああ、一割払っちゃうと薬が買えなくて家族が困る! とかいうパターンなら控除ってことで、スルーでいいぞ。恨まれたくないしな!』
無限に入る集金袋に、次々と金が集まっていく。
北部と南部で通貨が異なるが、ニャイリスは全ての通貨に対応している異世界魔猫、問題なく支払いに使うことができる。
集金しつつ、ベヒーモスの相手をしながら僕は商品をチェック。
目の前に異界の魔導書の一覧が並んでいるのだが。
……。
よく考えたら僕は、異界の神様なんて知らない。
ひとつひとつチェックするしかないが、そこまでの時間はない。
とりあえず発動できる魔術を流し見で確かめながら、どれを買うか悩んでいるのだが。
僕は一番高級な魔導書を眺め――。
『なあ、ニャイリス』
『なんニャ?』
『このアホみたいに値段の桁が違う”黒猫がドヤってる魔導書”……。最高額なのに、なんで使用できる魔術が魚の骨を抜く魔術だったり、肉を柔らかくする魔術だったり……すげえくだらない効果ばっかりなんだ』
『それは魔猫王の書だニャ。我らの王で猫の神様の逸話魔導書、グリモワールなのニャ!』
あーなるほど。
ネコの王だから忖度で値段がバカみたいに高くなっているだけなのだろう。
きっと、本人はそれほど強くない神だと判断し、これはパス。
僕は実戦向きな魔導書と、僕の姿を治せそうな魔導書。
そして、空間転移が可能そうな魔導書を購入。
ニャイリスに仲介手数料を支払い――商談は成立。
いざ! 試し打ちじゃぁぁぁあああ!