大地獣ベヒーモスvs人類連合軍、その2
魔術の悪用を裁く獣王。
ベヒーモスとの戦いは進んでいた。
戦術は人類最強リーズナブルが単騎でベヒーモスを引き付け、タイマン。
そして彼女と獣王を囲うように、天を衝くほどの銀杏が氷海の地部分に根を張り――固定化。
戦闘ダメージが外に漏れないように、周囲を覆っている。
更に僕がその周囲を氷の結界で囲み、ペペペペペ!
地の獣王の戦いの余波が大地そのものを壊さないように、世界を維持している。
僕が結界を張っていなかったら今頃はアウト、多くの都市で大地消失現象が起こっていただろう。
僕らは氷海エリアの砦の頂上。
人類軍もただ見学をしているだけではない。
全員が全員、瞳を閉じて詠唱する。
魔力の風が、溶ける氷の香りを運んでくる戦場にて。
指揮官であるドナが銃の代わりに剣を掲げ。
宣言――!
「それじゃあ、あたしの合図で第一陣だ。せーので、行くよ!」
告げながらもドナは指揮官としての統率スキルの構え。
<大統領の先導(魔術・スキル)>が発動される。
効果は<集束>。
パーティーメンバーが詠唱する魔術やスキルが同じ系列なら、一つに収束させることができるのだ。
今回ならば、それは<強化>を軸としていた。
全ての効果を同時に発動させることが可能な指揮官の技でもあるので、バフのタイミングを調整できるのである。
三分割された北の大軍のうち、その三分の一の魔力を誘導するドナが慎重に流れを操作し……。
更に、宣言。
「束ねる性質は、<強化>――捧げる神性は夜! 女神よ、夜を司るキュベレーよ、どうか我らに輝きを! さあ、人類最強! あんたに強化をぶちかますよ! いつでも言いな!」
剣を掲げたままで構えるドナ。
その待機時間に強化魔術を詠唱し終えた人類は、魔力回復薬を使用。
ネコの行商人たちが、毎度ありニャ~と薬を配る中。
第二陣が強化魔術の詠唱のための、事前詠唱を開始している。
魔術が途切れないように軍を三分割させ。
断続的に、そして計画的に発動できるようにスペルキャスターを配置する。
まあよくある手である。
声を受けたリーズナブルが僅かに思考し――。
聖杖でベヒーモスの針飛ばし攻撃を払いながら告げる。
「それでは、三十秒後に咆哮の第二波が襲いますので、その五秒後に!」
「任せな――!」
リーズナブルの戦闘センスはかなり高い。
既にベヒーモスの戦闘パターンを解析し、スケジュール管理ができているのだろう。
そしてベヒーモスの咆哮に怯み効果のほか、対象にかけられた<強化>に該当するスキルや魔術を解除する、なんとも面倒な性質があると把握したのも、彼女だった。
ようするに本来ならば強化解除を強いられる戦いなのだが。
その対策こそが、この三分割強化。
これならば強化解除されても、強化を維持できる。
全体の時間管理を担当しているマキシム外交官が、手の中の懐中時計を巨大な幻影として空に投射。
時間を確認したドナが、ベヒーモスの咆哮の五秒後ぴったりに。
掲げた剣を、ぶん!
「受け取りな、最強女!」
強化を受けたリーズナブルはそのまま、受けた強化をパーティーメンバー全体に配る聖なる結界を展開。
祈るように片手を握りつつ、けれど空いた手で聖杖を握りベヒーモスの接近を捌き。
戦場を囲う銀杏に向かい――聖なる波動を放つ。
「主よ、天の女神アシュトレト様よ。我らに導きを!」
右手と左手のマルチタスク。
攻撃を担当しながらの同時詠唱である。
監視者としての役目もあるらしいギルドの連中がまともに顔色を変え。
「あんなバケモノとほぼタイマンしながらの並行詠唱だと!?」
まあ、実際こいつらが驚くのも無理もない。
それだけ器用な立ち回りであり。
常識はずれの技術を披露した戦いをリーズナブルは継続しているのである。
物理攻撃をしながらの大魔術はなかなかに難度が高いが、リーズナブルの練度ならばその頂に届くのだろう。
リーズナブルの詠唱判定は成功だった。
天から降り注ぐ淡い光、アシュトレトの陽光を受け銀杏にも強化が転写される。
人類側の前衛はリーズナブルただ一人。
けれど、それは彼女一人に強化を集中させる作戦であり、そしてその強化は彼女の仲間……。
つまり銀杏全員に共有される。
強化を受けた銀杏が、ベヒーモスの背後左右から<銀杏の実アタック>の構え。
強化された銀杏マシンガンがベヒーモスの硬い皮膚に、確実にダメージを与えていた。
……。
まあ見た目は銀杏を引き連れた聖女が、なんかでっかいハリモグラをどついている……という、なかなかにシュールな景色なのだが。
ともあれ。
時間管理と相手の観察を担当するマキシム外交官が告げる。
「二分四十秒後に氷海の底を割り逃亡を図るでしょう。メンチカツ殿、どうか海中から牽制を」
『おうよ! 任せな!』
マキシム外交官に合図を受けた毒竜帝メンチカツが、カモノハシの本領を発揮。
海中から逃亡しようとすることを読んだ外交官の指示に従い、海中で待機。
ベヒーモスも正面からメンチカツと戦う気はないのか、グモモモモモっと唸りを上げて突撃。
僕の氷結界を割ろうと、爪の先に圧縮された魔力を乗せる。
円錐型の五本の爪に五種類の強化魔術を乗せ、自らの破壊力を上げる気だろう。
しかし――。
そこにリーズナブルのサマーソルトキックが直撃。
ベヒーモスの足爪を破壊しながらも、彼女は再び攻撃をしながら並行詠唱を開始。
戦いを観察していたアランティアが、じぃぃぃぃっと瞳に魔力を流し。
「ねえ、マカロニさん」
『なんだよ、僕は結界の維持で忙しいんだが? 頑張ってるんだが?』
「いや、あれ……マカロニさんは三分の一って言ってましたけど、ちゃんとジズとリヴァイアサンが混ざってません?」
なにか阿呆なことを言い出したが、実は正解である。
ベヒーモスだけを降臨させたなら、おそらく毒竜帝メンチカツを見て、もっと真剣に逃げ出していてもおかしくなかったのだ。
だがベヒーモスには余裕がある。
つまりはあくまでも魂が乗っていないだけで、こいつも三匹の獣王の合成獣なのだろう。
しかし、アランティアは勘が鋭すぎる。
こいつの発言は素っ頓狂だが、ほぼ正解のことが多い。
そういうスキルや特性でも持っているのかもしれないが、言われて仕方なく僕は瞳を細めたフリをし……。
鑑定を発動。
『うげぇ、ほんとうにジズとリヴァイアサンの器も使ってるみたいだな。よく気付いたな、おまえ』
「ふっふっふ! 褒めてくれてもいいっすよ!」
『あー、はいはい。そーいうのはいいから、しかしまずいな。いくらリーズナブルが優秀でも獣王一回分を倒すぐらいしかできないだろうし。たぶん、倒しても二回は自動で復活するんじゃないか、これ』
「まあ……キメラって、三つ分の命を持ってるようなもんっすからねえ」
『さて、残りの三分の二をどうするか』
月の女神の力を発動させているバシムを横目に、バニランテ女王が事務的に僕に言う。
「マカロニ陛下、あなたでは倒せないのですか?」
『んー、まあ倒せるっちゃ倒せるが』
バニランテ女王の御付きの若き騎士団長ハーゲンくんが怪訝そうに眉を顰め。
「なにか問題が」
『まず相手の強さは理解できてるだろう?』
「え、ええ。それはまあ――」
『魔術の悪用を裁く能力があるあいつが暴れてるのに世界が壊れていないのは、僕が同じ獣王としてこの結界を維持してるからなんだよ。で、だ。実はあのベヒーモス、鑑定で発見したんだが本来なら状態異常攻撃を得意としているらしい』
状態異常攻撃と聞いて、騎士団の顔が緊張に歪む。
毒とかマヒとか魅了とか、あーいうのを想像しているのだろう。
『さて、問題だ。そんな危険な攻撃なのに、なんでリーズナブルは動けてると思う?』
「……マカロニ様がなにかなさっているのですね」
『ああ、結界内に状態異常攻撃を生じさせないルールを発生させて防いでるんだよ。完璧じゃないけどな、だからたまに状態異常がリーズナブルに発生している……それを僕は瞬間的に治してるんだが、これがけっこう面倒でなあ』
「では、リーズナブルさまを下げてメンチカツ様に動いてもらうという事は」
それができれば話が早いのだが。
アレが状態異常攻撃に弱いことはあまり知られたくないと察したのだろう、マキシム外交官が口を挟み。
「メンチカツ殿には逃亡防止を優先して貰っております。マカロニ陛下が展開なさっている結界内からアレがでたら世界がどれほどに乱れるか……我らの国家は既に魔術防御の砦となっておりますので安全でありますが、他国はそうもいかぬでしょう。あるいは、別の大陸とてその余波で――」
「状態異常の嵐に包まれる恐れがある、ということですか」
「可能性の話ではありますがな。しかし試した結果我らが国家以外は全て全滅、状態異常で滅びました――と我らだけが生き残った歴史書に刻まれても、寝覚めが悪くありましょう」
この中年男爺さん、あいかわらずよく回る口を持っている。
さて、これで準備は整った。
僕は、戦場にいる全員に届くように声を天の女神系列の、風の魔術で拡張し。
『んじゃ、そーいうわけで! 相手は実はベヒーモスだけじゃなくて、ジズもリヴァイアサンも取り込んでるっぽいからな! あれを倒すのに賛成なヤツは挙手してくれないかー!』
いきなり挙手を求められて、全員困惑。
だが、うちのサクラである人間に化けたタヌヌーアが挙手し始めると、全員が釣られたままに挙手である。
集団心理の悪用であるが、これは魔術の悪用ではない。
『よーし! なら、こいつを倒すために全員、ちゃんと協力してくれるなー!?』
”ちゃんと”のニュアンスに引っ掛かったのか、ざわめきが起こるが。
うちの手駒のコークスクィパーが、人に化けたまま声を上げる。
「協力しないと世界そのものが死んじまうんだろう!?」
「なら、迷ってる場合じゃねえよな!?」
「ああ、あたいはマカロニさんを信じるよ!」
ちなみに、これも全部僕の仕込みである。
アランティアはこーいう作戦には向いていないので、真実を伝えていないが。
ともあれ、全員が協力を約束。
ここにいるのは北と南、ほぼすべての戦闘員。
つまりは膨大な人数となるわけで。
その数こそが最重要。
僕は、再び声を拡張する魔術に言葉を乗せて、発していた。
『じゃあ! 世界のためだ! おまえたち全員の所持金から、一割ほどを提供して貰うからなー!?』
僕が行ったのは、金銭提供の要求である。
沈黙が広がっていた。
まあ想定通りの反応ではある。
みなのもの、財布を掲げよー! と、マカロニ隊が動き始めるが、沈黙は続いたままだった。
こーなることは予想済みではあったが、んーむ……。
ちなみに、勘違いしないで欲しいのだが。
これは集金だけが目的ではなく――本当にベヒーモスを倒すのに必要な準備だったりする。