オワリのハジマリ~派生イベントにしては重過ぎるんじゃないか?~
恋愛感情とか痴情の縺れとか。
そういった分野は正直苦手な僕は、どよーん。
とりあえずバシムにどうするか考えておいて欲しいと言い残し、緊急転移。
相談相手に選んだのは、深淵の海底。
直接会うことのできる女神ダゴンだったのだが……。
海底なのに、なぜかすごい明るい。
清楚なダゴンの横には、なぜかキラキラと輝く光がニコニコ微笑んでいる。
ジト目で僕は言う。
『僕は腹黒だけど理知的な女神ダゴン”様”に用があるんだけど、なんであんたがいるんだよ』
『これ! 恋愛相談だという面白そうな話に妾を呼ばずしてどうする!』
そう、なぜか”あの”美の女神にして天の女神のアシュトレトが待ち構えていたのだ。
それも、超ご機嫌で。
表情も読み取れるようになってきたし、相手のシルエットは見えていることからすると……レベル差による認識阻害は軽減されているということ。
つまり僕のレベルは順調に上がっているようではあるが。
僕はジト目のままアシュトレトの光を眺め。
『悪いんだけどまじめな話なんだ。帰ってくれないか?』
『なーにを言うておるか! 帰らぬ、帰らぬ、妾は帰らぬ! だいたい、そなた! 最近、他の女神どもと接点を持っているようじゃが、そなたの主人は妾であるのだぞ! もっと頼りにせい!』
膨らむ胸に指を乗せ、ドヤ顔の猫のように、ふふん!
胸を張っている光のシルエットに、はぁ……とダゴンが気だるい息を漏らし。
『アシュちゃんがそんなだから……マカロニもあたくしの所に相談に来たんじゃないかしら』
『妾のなにが”そんな”なのじゃ!』
『普段は世界の行く末は人類やこの世界の命に任せる。放置主義を隠れ蓑にダラダラとこの子の観察をしてるだけなのに……恋愛が関係したら急に出張ってくる。そーいう所がやはり、享楽主義と思われても仕方ないとは思わない?』
言って欲しいところを言ってもらえて何より。
しかし女神アシュトレトは挫けないしポジティブ。
『恋愛とは生の理。男女の心と体の交わりとは、生命循環に欠かせぬ儀式。豊穣を司る妾が顕現せずして誰が顕現する。そう! 妾はけっしてどう転んでも面白くなりそうだからと飛んできたわけではないのじゃ!』
『あ、あのねアシュちゃん……この状況でどう転んでも面白くなりそうとか言えちゃうところがダメなんだと、あたくしは思うのよ?』
天の女神アシュトレト……。
他の女神すらも振り回しているとは思っていたが……ここまでとは。
『だいたい! 他の女神どもも興味津々に眺めておるのじゃ! 妾だけが下げられる謂れはないぞ』
『は? 他の女神もって』
『なんじゃ、マカロニよ。まだまだそなたも未熟よのう、ほれ、そこらにおるではないか』
告げて女神アシュトレトは光を纏う指を鳴らす。
それは詠唱も魔術名も必要としない索敵魔術だったのだろう。
光に灯され顕現したのは……休日のホームセンターにいそうなヤンキー姿の女神、夜の女神だろう。
『あ、こらアシュトレト! てめえっ!』
『覗き見とは感心せんぞ』
『バーロー! てめえの前に姿を晒すなんて無謀をするわけねえだろう!? だいたいっ、だいたいって言いてえのはこっちだぜ。オレは狩人なんだ、隠れてなんぼ。ふつう勝手に場所をばらすか!?』
『たわけが! 狩人ならば魔術士たる妾の索敵ぐらい防げんでどーする、修行不足を妾のせいにするでない!』
夜の女神は切れ長の瞳を細め、頬をヒクつかせ。
『あぁぁぁぁん!? てめえの索敵を防げるのは大将ぐらいのもんだろうがっ』
『それが慢心というのじゃ、ほれ、バアルゼブブはちゃんと対抗を成功させておるではないか!』
『は? マジかよ!?』
驚愕する夜の女神が周囲を探ると、見学していた僕の背後が、不意に……。
ゾゾゾゾゾゾゾゾ!
一瞬で邪悪な気配を察した僕は、慌てて緊急転移をしようとしたのだが。
『な、なんだ!? わっ、こら、なにしやがる! グエ!』
思わず僕はグワっとクチバシを開き叫んでいた。
僕の影から湧き出たナニかが、ガシっと僕の体を抱き寄せていたのだ。
それもかなりの剛力で。
流れからすると女神らしいが。
締まるっ、絞め殺される!
ホールドから抜け出そうとするも敵わず、詠唱もできずに暴れる僕だが……その耳に、深くゆったりとした、まるで地獄の底から這いずるような声が響きだす。
『えへへ……へへ。は、はじめまして……マ、マカロニちゃん』
『これ、バアルゼブブ。その者のレベルは妾らに比べるとまだ低い、そのように抱きしめては胴体が引きちぎれてしまうぞ』
バアルゼブブ!?
それはこの世界の六柱の女神、たしか地の女神として崇拝されている存在。
こんな場所に四柱も集っているという事は……。
……。
こいつら……。
他人の恋愛沙汰が大好きなのだろう。
ほんとうに、どーしようもない。
バアルゼブブと思われる声が響く。
『引きちぎれる? ……どうして? ぼ、ぼくは、あ、あたしは、手加減してるよ?』
『おぬしは相変わらずじゃのう……こと腕力や接近戦に関しては妾とてそなたには勝てん。そのおぬしが、そう、ぎゅっとしたら普通なら真っ二つじゃ。我が眷属だからこそペンギンの解体ショーになっておらぬが、そやつが顕現したばかりの状態であれば、殺しておったぞ』
呆れ声のアシュトレトに続き、女神ダゴンがくすりと微笑み。
聖職者の服の隙間から、触手のような闇の塊を這わせ――ぶじゅぅぅぅぅう!
僕を回収し、回復魔術の波動を輝かせながら、にっこり。
『ごめんなさいね、彼女に悪気はないし、とっても良い子なのだけれど――ちょっと抜けてる子なの』
ダメージを回復して貰った僕は、けほけほっと息を漏らし。
ペペペペッペエ!
おそらく僕を殺そうとした女神だろう、海底で揺らめく闇に吠えていた。
『おいおまえ! 僕を絞め殺す気か!?』
『……? 抱っこした、だけだよ?』
『抱っこじゃなくて圧迫だ、圧迫!』
海底に這う闇が、こてんと首を横に倒し。
断続的に声を漏らす。
『もしかして』
『キミ』
『弱いの?』
ナチュラルに煽ってきやがる。
どうやら複数個体が集合した、特殊な女神のようだが……。
夜の女神が面倒くさそうにガシガシと髪を掻き。
『蟲みてえにどこでも沸いて、蟲みてえに忍び寄ってくる馬鹿力女にサバ折りされたら、オレでも死ぬっての。ったく、こんだけ女神が揃ってるのに、朝と昼の野郎はきてねえのかよ』
フォローしてくれるところをみると、本当に夜の女神はイイ女神である。
もし僕がこの世界の住人だとしたら、間違いなく彼女を信仰していただろう。
バアルゼブブがやはり断続的な声を漏らす。
『ふ、ふたりは……こんなときだけ、で、でてくると』
『ひ、品性を疑われるから』
『で、でてこないって』
バアルゼブブ本人はともかく、発言者としてみれば、こんな時だけでてきた女神アシュトレトに対する嫌味だったのだろう。
だが、当の本人は嫌味と気付いていないようで。
『それよりもじゃ! のう、マカロニよ! どーするつもりなのじゃ! 妾は気になってしょうがないのじゃ!』
相手は乗り気だが――。
僕は真顔で言う。
『あ、いえ。相談なら女神ダゴンと女神キュベレー様だけで大丈夫なんで』
はっきりとノーサンクス。
この二柱以外への信頼度は正直低い。
だが夜の女神が言う。
『ま、気持ちは分からんでもねえが。こっちの蟲野郎とはちょっと話しといた方がいいぜ?』
『えぇ……初手でいきなり殺しに来る女神さまは、ちょっとな』
『まあそう言うなって、こいつに悪気がないのは本当なんだって。そうだろバアルゼブブ』
言われた地に這う闇は、コクコクと頷き。
『だ、だって』
『みんなばっかり、可愛い子と遊んでて』
『ズルイ……んだよ』
僕はしばし考え。
『いや、悪気がないからって殺されたら嫌なんだけど?』
完全拒否な僕に、なぜか地の女神は、パァァァァっと光を放ち。
『この子』
『ぼくたち、あ、あたしたちをみても』
『逆らえるんだね、へへへ、えへ、す、すごい……ね』
なんとも意味の分からない反応であるが、解説するように女神アシュトレトが肩を竦め。
『バアルゼブブもそうじゃが、妾らは外の世界においてもそこそこの強者でな。こちらが格上と知っていてもなお喚く者など、そうそうはおらぬ。元気に羽毛を逆立て歯向かってくるそなたが面白くて仕方ないのじゃ』
『趣味悪いな、あんたら……』
『じゃが、キュベレーも言っておったがこやつとはちゃんと話しておいた方がよいぞ。なにしろ、仲間外れにされるのは嫌じゃと、そなたが自分に会いに来るようにと、”ペンギン化”状態の呪いをかけたのはこやつじゃ』
……。
は?
『はぁぁあああああああぁぁぁぁ!? あの時の呪いの犯人はおまえだって!?』
憤怒に瞳を赤く染めた僕は、グワワワワ!
地団駄と共に女神が埋まる海底に連続キック!
こちらは海中補正で三倍速なのだが――。
スカスカスカ!
全てミス判定。
ハエたたきを避けるハエのような動きで、全てを闇の中で防いだバアルゼブブはしばし考え。
『えへへへへ、そんなに喜んでくれるんだね~』
『どこをどーすると喜んでるように見える! ガチギレだよ、ガチギレ!』
『えぇぇぇ? でも~、ペンギンの方が可愛いよ?』
こいつといい主神といい、本当に話を聞かない連中である。
『可愛いとか可愛くないとかじゃないだろう! 許可なく勝手に呪いをかけるとか、神々のコンプライアンスはどーなってるんだよ!』
『ああ、やめとけやめとけ。こいつらにそういうのを求める方が間違い、時間の無駄だって。いちいちガチギレしてると神経もたねえぞ』
心底疲れた様子で告げる、夜の女神さまのありがたいお言葉である。
そのまま夜の女神は地の女神バアルゼブブに目線をやり。
『おいバアルゼブブ、どうしたらこいつの呪いを解いてくれるんだ』
『ぼ、僕と遊んでくれたら、解いてもいいよ?』
『だ、だって』
『みんなだけ、ズルイから……構ってくれないと不公平』
構ってくれないから呪いをかけた。
これまたどーしようもない理由である。
僕の中での評価はやはり、夜の女神様がトップの人格者で次に打算的だがダゴン。
後は問題外枠で、その他だ。
女神ダゴンが苦笑しながら、菩薩のような笑みで自らの頬に手を添え。
『それで、バアルゼブブちゃんはマカロニさんとどうやって遊びたいのかしら』
『あ、あたしもアシュちゃんやダゴンちゃんみたいに』
『獣王を、顕現させたんだよ』
なるほど。
僕はジズとリヴァイアサンとベヒーモスの合成獣みたいな存在だ。
そして、毒竜帝メンチカツもリヴァイアサンとベヒーモスとジズの合成獣。
ならば、ベヒーモスとジズとリヴァイアサンの合成獣を召喚したという事だろう。
どうせ毒竜帝のような、ギャグみたいな転生者の魂を移植した筈。
それをぶっ飛ばせばいいのか。
僕はそう思っていたのだが、アシュトレトがふと眉をひそめたような声で。
『おぬし、いつの間に流れてきた転生者を見つけたのじゃ? 妾もダゴンも偶然に流れてきた、哀れな魂を拾ったことからこうなったのじゃが……』
『転生者……? みつけてないよ』
『じゃが、獣王を顕現させたと言っておったではないか』
地に潜む影が、こてんと首を横に倒し。
『顕現させたよ?』
『ん? どーいうことじゃ?』
会話が通じていないのだが。
海の女神ダゴンが、はっとした様子で瞳を開き。
『ちょ、ちょっと待ってバアルゼブブちゃん。あなた、もしかして何の細工もせずに、普通に獣王を顕現させちゃったなんてことは、さすがに』
『え? ふつうに顕現させただけだよ?』
夜の女神も、は!? と目を見開き。
『おい、おまえ!? まさか魔術を悪用した人類を滅ぼすアレを、そのまま呼びやがったのか!?』
『そーだよ?』
『ばばばば、バカ野郎! こいつらは獣王の素体に魔術合成……彷徨う人間の魂を合成させることで即座に破壊には移らない、裁定者としての役割を持たせたんだぞ? そ、それをしないでそのまま呼んだら……っ』
ボカーンと爆発のモーションをしてみせアシュトレトが言う。
『やっちゃうであろうな』
『おい、待てこら女神ども。やっちゃうであろうな、なんて可愛い言い方をしてるが、これって』
『うむ、細工なしでベヒーモスが顕現したらそのまま世界を破壊するであろう。そなたを動かすことで軽減させようとしていたが、人類による魔術の悪用はだいぶ酷い。もとより、獣王はそのために作られておるのだからな』
あああ、あぁぁああああぁぁ!
これ、本当に世界の危機じゃないか!
『どーするんだよ!』
『まあ、獣王による破壊が起こった後には再生が起こる。ベヒーモスの場合ならば全てを蹂躙した後に、食らう対象をなくし餓死。そして餓死したベヒーモスの遺骸が魔力を生み、その魔力から新たな人類が生まれる……筈じゃ』
『そーいうどーするじゃない! あそこには僕の国があるんだぞ!?』
乗っ取ったのが無駄になるし。
徐々に世界全土を覆い始めている”ペンギン印のウォーターサーバー”も無駄になる。
そんなの僕の正義が許さない。
『ふむ、ならば誰かが動くしかあるまい。妾らは直接動けんからな』
ん? ん? 誰が行くのかのうとアシュトレトは状況を楽しんでいるが。
その横で女神ダゴンが、頬に怒りマークを浮かべつつも。
にっこり。
『さすがに笑い事じゃないでしょう……?』
『う、うむ、そうじゃな。だからマジギレはなしじゃぞ、ダゴンよ。ほ、ほれ! バアルゼブブ、そなたが元凶なのだから謝らんか!』
『で、でも……アシュちゃんが最初に獣王を使ったんだよ?』
夜の女神が言う。
『だぁあああああぁぁぁ! うるせえ馬鹿ども! 起こっちまったもんはしゃあねえだろう。おいペンギン、例の女王と戦士の相談は後回しだ。おまえは地上に戻って事情を説明してこい、サポートはしてやるがオレたちが直接手をだせねえのはマジだ。今の人類の戦力レベルを考えると、おまえの手でなんとかするしかねえ』
まあ……そーなるよなぁ。
それにしてもと僕は思う。
マジで、夜の女神さま以外。
ろくなやつがいねえ……。