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詐欺師の想定外~ああ、まあ……この世界ではたぶんもう大人なんだし~


 突然だが、僕は詐欺師だ。

 いや、そりゃあもう知ってるって――。

 と突っ込まれるだろうが、言葉や仕草、ニュアンスや先読み……まあ多くの要素を読みきり、仕入れた手札を使って、相手を騙すことに長けている。


 氷竜帝マカロニたる僕の目の前で唸る、この中年男。

 かつて王女だったバニランテ女王と、多くの冒険を経験した流星のバシムを先導し、女王と会わせるように仕向けることも可能だった。


 けれどだ。

 僕はあえて、ただ事実と状況だけを説明した。

 女王はもしかしたら生きていた彼と再会したいと願うかもしれないが、この男にとってはどうだろうか?

 はたして再会を願っているかどうか、僕にはわからなかったからだ。


 判断を相手に委ねた。

 あるいは、こっちの責任を軽くしたとも言うが……。


『――ってわけで、聖王国バニランテを知ってるだろう? あそこの女王様が、あんたが死なせてしまったと思ってた王女様だよ。まああんたはおっさんに、あっちはおばさんになるぐらいの時が経ってるからな。会う会わないはそっちに任せるが、会わないなら一筆ぐらいは書いてくれよ。無責任で悪いが、こっちは”女王のために動いた”って事実が欲しいだけでもあるからな』


 男が終の棲家と決めたはずの例の酒場にて。

 説明し終えた僕に言葉が降ってくる。

 斧を握るための筋力が目立つ腕に、ぎゅっと力強い血管を浮かべ……。

 男は綺麗に清掃された酒場の床に言葉を落としたのだ。


「そうか……。マジなんだな」


 バシムとしては顔を見られないように、姿勢を倒して言葉を落としたのだろうが。

 生憎と僕はマカロニペンギン。

 人間と比べると小さい。

 椅子にも座っていなかったので、むしろ顔が間近にある状態である。


 ペンギン用の椅子も用意されていたのだが、そこではマカロニ隊での個体名第一号”もんじゃ焼き”が命名されたことの祝いとばかりに陣取り。

 ペペペペペペ!

 さきほどまで流星のバシムと共に魔物退治をしていた面々、ギルドの若い連中とドナの残党を引き連れ大宴会。

 酒を交わしているという、なんとも珍妙な状態になっているのだ。


 あちらはコミカルだが、こちらはなかなかにシリアス。

 言葉を選ぶように瞳を閉じ、額を大きな手で覆う男は言う。


「オレと女王が会わないと、おまえの立場がまずくなるってことは」

『特にないだろうな。おそらくはあんたの生存を確認しただけで、アレは僕に少しは協力するだろうしな。そもそも僕が欲しいのはあくまでも肩書だけ、対外的には公平で、ついでに清らかで世界の調停者っていうイメージがある聖王国の威光だけだ。あの国はもう僕に頼るしか道がない、どう転んでもその肩書は使えるんだ。それが女王自身が協力するか、僕が勝手に使うかの差しかない』


 バシムは覆っていた顔を上げ。


「そういや――なんで聖王国の威光なんかが必要なんだ、この辺りでもうおまえに逆らうバカな国なんてないだろう」


 ああ、そういえばそこまで話してはいなかった。

 女王の実情や騎士団への復讐やら、女神の恩寵のろいは説明したが……。

 僕は僕のオリジナル魔術にあたるはずの<かくかくしかじか>を発動しながら、こほん!


『――と、まあ”かくかくしかじか”、たぶんそのうち別大陸の連中がこっちにやってくるからな。一応は建前とか、肩書とか、そーいうのを用意しておきたいんだよ』

「ようするに、おまえさんがまた暴れた影響じゃねえか」

『いーや、違うね! 僕を暴れさせたのはこの世界の人類だ! 僕はただ、獣王としての役割を果たしているに過ぎない。そう言い切る自信はあるぞ? 心の底からそう思ってるから、真偽を判定する魔道具の判定もすり抜けるだろうしな』


 胸の羽毛を膨らませてのドヤ顔をしてやった。

 あっちでもんじゃ焼きが僕の真似をして、ドヤ顔をし酔っ払い共の拍手を招いているが……うわぁ、あんな偉そうなのか。

 しかもどうやらあの個体名一号たる”もんじゃ焼き”は内心は腹黒。

 どうです? 下等なる人間を魅了してやりましたぜボス! みたいな顔をしてチラチラと、褒めて欲しそうにこっちを見てるし……。


 なんならリーズナブルから預かってる<入信手続きの書類>を渡しまくってるし……。

 よく見るとこの入信書類には、いつのまにかペンギンのマスコットが刻まれてるし……。

 ジズの大怪鳥としての僕を前面に出し、天の女神信仰を広めようとしているのだろう。


 こりゃ、このもんじゃ焼き……入信させた数に応じて、リーズナブルから報酬やらマージンを貰ってるな。


 まあ天の女神を信仰すれば攻撃魔術に能力補正が得られ、ついでに魅力値も上がる。

 魔術の威力を上げられ、なおかつちょっと美形になれるのは事実。メリットとしてはそう悪くない信仰といえるので、止める必要もないか。


「おい……あのペンギン止めなくていいのか?」

『どの神を信仰するのも信者を勧誘するのも制限されてないなら自由だからな。止める理由もないだろう。それに、天の女神が信仰されるならついでに僕も信仰されて、たぶん能力が上昇するからな。いつか女神の横っ面を叩きたい僕にとっては、能力上昇も重要なんだよ』

「ん? どーいうこった」

『実はこの世界の神って存在は、信仰された分だけ能力が上昇するんだ。そもそも魔術ってのは人の心を源にしてるだろ? 信仰も結局は心だからな、心が集うんだからそれはもう強化魔術を受けてるようなもんだ。たぶんそれが<神性>って形でステータスに反映されるんじゃないか?』


 訝しむようにバシムは鼻梁にしわを刻み。


「おいおい、説明しておいてなんで疑問形なんだよ」

『仕方ないだろう――僕も信仰され始めてるが、まだそこまで反映されてない。あくまでも僕が獣王だから、さほどの能力上昇にならないって可能性もあるが……ようするに未知の領域なんだよ』


 僕は玉座を召喚し、ペタ足でジャンプ!

 目測を微妙に誤り、じたばたじたばたしながら登り。


『なあおまえ、かつては英雄って呼ばれた戦士なんだから情報とか持ってないのか?』

「<神性>に関する情報なんてねえよ。だいたい、それは称号なのか? スキルなのか魔術なのか、その辺は人類には伝わってねえだろうさ」

『この辺りの人類にはな。もしかしたら外の大陸なら研究が進んでる可能性だってあるだろう?』

「そうか……?」

『ざっとサーチしてみたんだが、この世界は広い。北と南で争ってるこの大陸だって、広い世界のごく小さな一部に過ぎないんだ。外に目線を向ければ可能性は無限大。人の心を集めることが神性の取得条件なら、もしかしたら人間で神性を取得している存在もいるかもしれないからな!』


 玉座に鎮座し説を告げる僕に連動し、マカロニ隊が召喚され。

 わっせわっせ!

 王たる僕に尽くそうと、アデリーペンギンたちが新鮮なアジとサバを並べ始めているが……。

 さすがに生でそのまま出されると……。


 ……。

 僕は何故か、じぃぃぃぃぃいっと生のお魚さんを眺めていて。

 ……。

 カカカカ――っ!


 僕の瞳はペンギンの本能に目覚め、サバではなくアジを選び!

 クチバシで挟み頭から丸のみ!

 アジを運んできたマカロニ隊が、サバを運んできたマカロニ隊に勝ったぁ!

 とアピールし、グペペペペペペ!


 アジをついばむ僕にバシムが言う。


「そーしてると、本当にペンギンなんだな……おまえ」

『……はっ!? 悪い悪い、どーもペンギンに精神が引っ張られることがあってな、ちょっとやばいんだ。できたら完全にペンギンになる前に人間に戻りたいんだが……なあ、なんか人間に戻れる情報とか掴んでないのか?』

「んな情報があるなら、とっくにおまえさんに高く売ってるよ」

『だよなあ……』


 僕は出されたサバを風魔術で刻んで、刺身の盛り合わせを作り。

 ちゃんと食器を使い、モグモグしながら言う。


『――やっぱり外の大陸と接触するしかないのかもなあ。人間でありながら信仰され神へと昇華する、そんな<現人神>みたいな存在と取引がしたいんだよ。そしていつかは神をも超えてやる! 待ってろよ、無責任どもが!』


 神の横っ面にフリッパーアタックを決めるのが目標だ!

 と、刺身をむさぼりつつ吠える僕に呆れつつも男は言う。


「おまえさんに、またペンギン化の恩寵を施した女神と話をつけるんじゃ、ダメなのか?」

『特定できてないんだよ。そっちの件も手駒を使って動かしてるが、まあ同時進行した方が確率は上がるからな。正直、今回の件を長引かせたくなくもある。言いたいことは分かるだろう? 結局! 女王に会うのか会わないのか、どっちなんだ!』


 おそらくどちらでも僕には問題ない。

 会わせた方が多少は有利になるかもしれない程度だ。

 だから後はこの男の心次第なのだが。


 誰もいない厨房に目をやり、少し困ったようにバシムが言う。


「……会っていいもんかどうか、悩んでるんだよ」

『あっちも歳を取ってるわけだし、あんたは年より若く見えるし。老けた事は気にしなくてもいいとは思うがな』

「見た目の問題じゃねえよ。なんつーか、その……。この間の事件の後、ちょっと色々とあってな」


 色々とあった。

 はて、北部に大きな事件は起こっていなかった筈だが。

 ハテナの魔力を頭上に浮かべる僕に、悩める男は口を開く。


「実は看板娘だった嬢ちゃんに、ガキができた」

『へえ、それはまあおめでとうだが。何か問題があるのか? 僕は転移魔術を使えるし、アランティアも使える。いつでもどこでもってわけにはいかないが、一時間もあれば行き来はできるからな。少し酒場を休むだけですぐに帰れるぞ』

「……オレとの子だ」


 ああ……。

 ……。

 あぁぁぁぁ……。


 まだ、おなかの中にいるという事だろうが……。

 ……。


 人間という存在の本能は、存外に動物と似ている部分がある。

 危機的状況に陥った時、傍にいた人間に恋愛感情を刺激されることがある。

 心臓の鼓動を恋心と誤認したりする、アレというか。

 いわゆる吊り橋効果だ。


 こういった心理状態を利用するのも詐欺の一種なのだが、詐欺と言い切れない部分もある。

 看板娘エリーザが実は、本人もあまり自覚していない部分でこの男に仄かな恋心を抱いていたとしたら。

 そして、若い娘を守りたいと必死に動いていたバシム自身も、かつて守れなかった王女と看板娘を重ねていたとしたら。


 吊り橋効果の影響は絶大。


 そりゃまあ、前回の事件ではかなり危機的状況が続いたわけで。

 そこに若い女と若くはないが頼りある精悍な中年男。

 無事を確認し、平和に戻った後に……酒を飲んだりして、互いに目が合ったりしてだ。

 少し、男と女であることを意識してしまったとしたら。


 そーいう一夜を過ごしてしまうこともあるだろう。

 そして、その一夜が、こう……なんというか的中したとしたら。

 ……。


 僕は詐欺師だが、恋愛面に関しての心理を読むのは不得手。

 そもそも恋愛感情とは本人ですら操作も計算もできない、数値化できない不安定な要素なのだ。

 詐欺が失敗する時は、だいたいこの部分が原因だったりするわけで……。


 このパターンは完全に失念していたし。

 想定していなかったのだが……。

 ああ、どーすんだ、これ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] これは…女王様の脳が破壊されてしまう…w
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