輪廻のサイクル ~意外な僕の飲み仲間~
蘇生対象が生きていたという事で、わずかな時間が生まれている。
迎賓館の一室。
簡易的な酒場に堂々といるのはこの僕と、女海賊を彷彿とさせる姿で整えている女傑。
現在、北部ではソレドリア連邦を滅ぼした大戦犯とされている元大統領のドナ。
彼女は氷竜帝たる僕からの話を聞いて、露骨に眉間に皺を作り。
「は? あんた、自分が乗っ取った国が別大陸からどう思われてたのか知らなかったのかい!? それでも職業詐欺師って、ちょっとどうなんだい、それ?」
ごもっともである。
だが! 僕は貴賓のための、高級ソファーにドンと座りながらも開き直りの構え!
『そーはいうが、こっちは外の世界からやってきてるんだし。人間ってのは、どーも自分が常識だと思っている部分を疑わないからな。てっきり全員が僕も認知してると勘違いしてたんだよ』
「はははは、なんだいそれ! じゃああんた、自分がどう言われてるかも」
『ま、だいたい想像はつくけどな』
神にターゲットにされているドナとしては、僕のそばにいた方が逆に安全。
そして神に狙われていたせいか、もはや自暴自棄を突破して開き直っている。
僕も極端な話、この女の扱いに困ったら消しちゃえばいいと思っているし……相手もそれを察している。だからこそ結果的に腹を割って話せる、変な関係となっているのだが。
ドナは僕が持ってきたドンペリ酒のグラスを傾け、口を潤し。
「あんたの評判ねえ、善悪とかそういう問題より先にくるのはまあ恐怖だろうね」
そりゃあそうだろう。
言い伝えにある獣王とは神が人類を疑ったときに現れる存在と思っていい。
ドナは指の中のグラスを遊ぶように揺らし、波紋に反射する照明を眺め。
「ついに悪の魔導王国に神からの罰が下ったとする者もいりゃあ、逆にさ。神が人類に警告するために魔導王国に獣王を降臨させた。人類は今、獣王による剪定の最中にある――なんて話も聞く。なんでも過激な国じゃあ、あんたを討伐したらどうだって話まで出てるらしいが、まあ直接調べたわけじゃないからね。情報の責任はとれないよ」
『うちのスナワチア魔導王国も、最初僕を討伐しようとしてたしなぁ』
「ふふ――魔術の悪用の範囲がこっちじゃあ分からないからね、んで、国なんて大きな組織を維持するためには少なからずの魔術の悪用は黙認されている。愛する自国の民と利権を守るため、神の遣いであろうと滅ぼそうとする国家が出ても不思議じゃないって話だろうね」
しかもだ。
『獣王の降臨なんて神話の世界の話みたいなもんなんだろう?』
「ああ、あたしだってはじめはあんたの降臨を信じちゃいなかったからね」
『あるかどうかも分からない神の逸話に怯え続けるわけないし、僕の存在どころか、神々の存在すらも疑わしいと思っている国家もあるだろうしなあ』
たぶん、そーいう国には女神たちも辛辣だろうし……。
これ、よその大陸がウチに攻め込んできたら面倒なことになりそうだな。
まあ、水と海の神殿にはダゴンからの神託が下っているので、その辺りの神殿の勢力がまともに機能している場所はうかつな行動はとらないだろうが。
『なあ、実際。よその大陸がウチに攻め込んでくる可能性はあると思うか?』
「そうさね……あんたが何度も放っている咆哮やら、ほら、この間の女神ダゴンとの戦いで発生した天と海の境で起きた”超規模魔力爆発”は絶対に観測されているはずだろう? だったら、調査には来るんじゃないかい。そしてすぐに来ていないってことは、相手もナニかやばい存在がいるとみて戦力は十分に整えてくる。違うかい?」
『だよなあ……』
ある意味で自分で蒔いた種なのだが。
チビチビとジュースをすする僕にドナが言う。
「それで、バニランテ女王の想い人の件はどうするつもりだい」
『今、裏取りしてるんだがこれもまあ面倒そうな話でな。はぁ……本当は関わりたくないんだが、そーいうわけにもいかなそうでな』
「ん? あたしとキンカンの渡した情報じゃ場所の特定ができなかったのかい? だって、相手は――」
実はその相手の特定はできたのだ。
できたのだが。
ブスーっと面倒だなぁ……という顔を隠そうともせずに僕は言う。
『その相手が問題なんだよ』
「あんたに恩もあるんだ。直接会わせてお涙頂戴したら解決だろう」
『おまえなあ……女王が相手の死を確認したのに、なんで相手が生きてると思う?』
「そりゃあ戦場で探したんじゃあ半狂乱で、確認ミスも……って、さすがにあり得ないって言いたいのかい」
『生きていると思い込むことはあっても、死んでるって思いこむことは実際に少ないらしいからな。そりゃあ欠損してたりしたら話は別だろうが……今回のケースは違う。たぶん一度死んだ後に、何らかの力が働いていたってことだよ』
僕は女王の逸話を思い出す。
『当時まだ王女だったバニランテ一世は雷撃の魔女王ダリアが暴れた後の船の墓場で、想い人の遺骸を発見した。そして月が反射する夜空の下で、復讐を誓ったんだろう?』
「あたしもまあそう聞いているが」
『月に向かい復讐という願いを心の底から訴えながら、人類としては最上位の戦士を海に流した。それはたぶん一種の魔導儀式として世界に認識されるだろうからな』
言いたいことを察したのだろう、ドナは口元に手を当て。
「月に対応する女神っていうと」
『ああ、月と狩猟も司る夜の女神だろうな。そして僕は月の女神の加護を知らずに持っていた男で、かつて優秀な戦士だった存在を知っている』
「分からないねえ、知り合いならやっぱり会わせれば解決だろう? なにを、うへぇ……僕がなんでこんなめんどーなことをしないといけないんだ、みたいな顔をしてるんだい」
実際、そんな顔をしている僕は言う。
『おそらくバニランテ女王が神に願い誓ったのは、復讐。その代価に支払ったのはおそらく全てだ』
「全てってあんたねえ、魔術の悪用といい神っていうのはなんでそう曖昧な表現が好きなんだい」
『僕に言われても困る。ただ、その全てってのが問題でな。文字通り、女王は復讐のために自分のすべてをイケニエとして差し出した。その中には将来の縁もある……』
「将来の縁? 悪いが、ちょっと意味が分からないね」
そーだな、と。
羽毛から紙とペンを取り出し、僕はキュキュキュ。
図式として示して見せ、ドナに分かりやすく表示してやる。
この世界の転生の仕組みの解説でもある。
悪いことをすれば死後……畜生道に落ちるというが、この世界ではおそらく魔物や魔獣となる、そして魔獣や魔物は狩られることで浄化され――人類へともう一度転生できる。
こんなサイクルの繰り返しが行われていると、僕は推測していた。
世界に魔術を発生させてしまった時点で魔獣や魔物を組み込み、こういうサイクルに変更したのだろう。
魔物や魔獣が増えること自体が、世界に悪人が増えている証拠であり自業自得ともいえるのだが。
まあそう考えると……。
魔獣の王として誕生した僕は、悪いことをした魂扱いなのだろう。
まあ、詐欺師だったからなあ……。
『こんな感じでこの世界のサイクルは回っている』
「……こんな情報始めてみたよ」
『まああくまでも僕の推論だからな。で、だ。転生を繰り返すわけだから、人類ってのはいつかは、前の人生で出会った存在と再会できる可能性があるんだよ。けれど、イケニエとなった男はおそらく月の女神の使徒として蘇生させられた。つまりは転生のサイクルで出会うことも、もう一生できなくなったわけだ。ありとあらゆる再会できる可能性を対価にして願いを叶えたのが、女王のあの復讐の力ってわけだ』
僕はバニランテ女王の縁の部分に、バッテン印を引き。
『おそらくは、未来永劫、どれほどに転生してもバニランテ女王がその男と再会することはない。そして女王の狂気と力の正体はルナティック、ようするに月による狂気。それは夜の女神の加護であり恩寵であり、呪いだ。僕にも簡単には解除できない』
ドナがしばし考え。
「女王が想い人と一生出会えないって情報はいいけどさ。転生の……こんな、世界の秘密みたいなネタは神殿長やらも知らないだろう? 情報をあたしに話しちまってよかったのかい」
『いやあ、世界の秘密を読み解いても内容が内容だけに、安易に言うわけにはいかないだろう? 誰かに語りたかったんだがさ!』
「ああ、そうかい。ある意味でどーでもいいあたしには言えるって話か」
ドナのジト目に僕は肩を竦めて見せる。
「しかし、未来永劫出会えないって相手は生きているんだろう? ここに連れて来たらどうなるんだい」
『実は転移魔術が使えるアランティアに呼びに行かせてるんだが、何故か相手とすれ違いばかりが起こって拾えていない状態にある。偶然が起こりつづけて、出会えないように運命が改変されるって考えるのが妥当だろうな』
「それじゃあ無理じゃないか」
『だから反応に困ってるんだろう。まさか、夜の女神にケンカを売るわけにもいかないし』
「あんたにしては珍しいね、女神ダゴンにケンカを売ったばかりだっていうのに……そんなに強い女神なのかい?」
女神の強さで言うのならば、無礼を承知で告げると最下位らしいが。
『夜の女神様って、こう……なんというか、普通にまともな神なんだよ。できたらケンカを売りたくない』
「まともな神がイケニエを要求するのかい?」
『夜の女神は狩猟の神でもある。彼女のイケニエとなれば来世で魂の質が上がるし、悪人であっても浄化されて人類として生まれる可能性が高い。夜の女神にとっての狩りは救いの手、人によっちゃあ今の人生を捨ててでも女神に狩られて導かれたいって思うやつは結構いるだろう? 今、目の前にいるヤツみたいにな』
皮肉にドナは苦笑し。
「それで、なんだかんだでお優しい獣王様は結局どうするつもりさね」
そう、それが問題なのだ。
アランティアに捕まえられないなら、僕が直接行くしかないとは思ってるんだが……。
実際、この国のためにそこまでやる必要があるのかって問題がある。
僕個人としては同情しなくもないが、女王の復讐は神との契約でもある。
神との契約の一方的な破棄にどんな代償が生じるか……。
正直どーなるかわからない。
「はは、いろいろと考えてる顔だね。いい気味さね」
『言ってろよ……まあ、でも……もし別大陸からめんどーなのが来るなら』
「ああ、対外的には神聖で公平な国扱いなこの聖王国は、なにかと便利に使えるだろうね。あたしならまあ、大きな運を売るだろうとは思いますよ、ペンギン閣下」
そう、ここで女王を手駒にできると滅茶苦茶便利なのだ。
同情も打算もある。
とりあえず、アランティアには無理でも僕なら運命改変を捻じ曲げ会えるかもしれない、と。
女王の想い人、その終の棲家ともいえる酒場へと向かう事に決めた。