観測者問題~心があるし、真実はいつでも一つとは限らない~
話を聞き終え、紅茶を一服。
クッション代わりにしている日記帳がうるさいので。
ぎゅーっと羽毛ヒップで押して眠らせた賢きペンギン、氷竜帝マカロニこと僕は考える。
女王の力の源が復讐ならば、騎士団はイケニエ。
たしかに、騎士団とその関係者全員が事情を把握し国のための犠牲となっているのならば、裁定も覆る余地はあり……。
そして同情できる話ではある。
だが。
残念ながら、この事情を正確に把握しているのはごく一部だろう。
その辺りを看破するように僕は言う。
『なあ――その話、他の騎士の全員が知っているのか?』
「公文書として残されているわけではありませんが、入団の際にはそれとなく伝わっているかと。貴族の中でも暗黙の了解となっておりますので、国のため、騎士団に子息を入れることが血族の出世に影響したりも……」
うわぁ……。
ようするに人身御供か。
『なあ――若くて強い青年が、なぜか貴族の名家に急に認められて、いきなり養子にされる事件とか起こってないか?』
ハーゲンくんの肩が、一瞬だけ揺れる。
図星だったのだろう。
それでも。
「騎士団で名誉ある死を遂げた者の関係者には、それなりの金銭が支給されます。そして、その受取人は死者の意思が尊重されます。たとえ貴族の養子となったとしても、かつての家族に送金することもできる……とだけはお答えできます。ご不快でしょうか」
『よそ様の文化に口を出すつもりはないさ。魔術の悪用でもないからな』
つまり、騎士団の連中はこういう扱いになると分かっていたのだ。
覚悟ガンギマリである。
国のためを思うならば、僕の裁定は余計なお世話だったと言えなくもない。
まあ、それでも魔術の悪用を裁く存在の僕には関係ない。
関係ないが……。
僕は、ん~……と考え、話題を切り替えるようにジトォォォォ。
『だいたい、その流れじゃあ蘇生させちゃったらアウト。女王の復讐心がなくなってどっちにしてもこの国は維持できないだろ』
「ええ、ですので……マカロニ陛下。どうか、その後に我が国を属国として支配していただけないでしょうか!」
まーたアホなことを言い出した。
この世界の存在は女神を含めて、どうも他人に責任を投げがちである。
まあ女神の性質をわずかに引き継いでいるという可能性もあるが。
僕が思うに、この世界の住人の価値観の根底にあるのは、最終的にはどうとでもできてしまう力。
ようするに、なんでもできてしまう”魔術と呼ばれる現象”がある世界のせいで、僕と価値観がズレているのかもしれない。
いっそ、魔術のない世界の方が健全、人類に責任感が生まれるのかもしれないが。
……。
そもそもこの世界の神話にある魔術の始まりは、魔術が封印された箱を猫がひっくり返したことにある。
神話と同じ名の神が実在しているのだ、おそらくは真実なのだろう。
つまり、本来ならば魔術はこの世界には不要とされていた概念だという可能性がある。
仮に魔術がない前提で創世された世界ならば……魔術の存在はイレギュラー。
創造神たちは魔術に対しての何らかのブレーキをかけるために、三匹の獣王を用意していたと考えるのが妥当か。
そしておそらく獣王をわざわざ用意した理由は簡単だ。
”自らの手で人類を滅亡させるのは気が引けるから”。
かつての世界では、穢された地上を洗い流すために神が大洪水を起こす逸話があったが、あれと似ているか。
獣王や竜帝の名を冠する存在は、世界に対する大洪水。
リセット装置として設計されていたとしても不思議ではない。
神が世界を愛し維持することを義務としているのならば、世界を穢すモノを容赦なく取り除くだろう。
人間とて、他のミカンを守るためには腐ったミカンを取り除く。
捨てるのはなんとなく嫌な気分になるが、取り除かないと他のミカンも腐ってしまうし、最終的には段ボール全部が腐ってしまう。
腐敗は魔術で、ミカンは人類、そして段ボールは世界。
もし、僕がこの世界に呼ばれた理由が偶然ではなく必然だったとしたら――。
……。
アシュトレトは間違いなく気まぐれな女神だ、けれど主神はおそらく違う。
あくまでも第三者の視線と立場で、この世界を裁かせようとしているという可能性も……。
いや、しかし。
僕は部外者だし。
仮に仮定が正解だったとしても、ぶっちゃけ僕にはどーでもいい。
人類をどうこうする気などない。
勝手に神がやってくれればいい。
『ま……僕が気にすることでもないか』
「え? なにか?」
『いや、すまないな。ちょっと別のことを考えていたんだ』
僕は思考をこちらに戻す。
魔術の悪用の罰として女王の力が戻らないのならば、それはそれで国の終わり。
女王の初恋相手を蘇生させたとしても、復讐心が消え力を失い、どちらにしても国の終わり。
結果は変わらない。
ならば、騎士団の罪滅ぼしとして女王の狂気を解いてやりたい……そう考えての発想だろうが。
結局は僕に投げようとは、不届き千万!
僕は露骨に足を投げ出し。
ジト目を更にじとぉぉおぉぉおぉおお……。
『この国を属国にねえ……それ僕にメリットないし。それどころか、正義の国聖王国バニランテを滅ぼし占領した悪の王国扱いにされるだろ? さすがに御免だな』
「で、ですがスナワチア魔導王国はついに世界のすべてを手にするために、動き出したと聞いておりますが」
は?
『何の話だ?』
「そ、それに……恐れながら陛下――貴国がいまさら我が国を吸収、支配したところで……スナワチア魔導王国の評価は変わらないかと。メリットのほうも……できうる限り、貢献できるようにいたします。我ら騎士団ははじめから既に女王陛下のための贄といえる存在でしたし、そうです……我ら騎士団の命をイケニエとして使っていただいても!」
『待て待て待て! だから、どーいうことだよ!』
この世界にまだ慣れていない僕との価値観や思考の相違か。
どうも話が合わない。
は? は? は? と頭上にハテナの魔力を浮かべる僕の後ろで、気配が動く。
「陛下、発言よろしいでしょうか?」
暴力装置一号のリーズナブルである。
『何か知ってるのか?』
「我らのスナワチア魔導王国はその……離れた大陸からは最も邪悪な強国、世界最大の悪の魔導王国として評価されておりますので。外の大陸から見れば、そう勘違いされている場合もあるかと」
……。
『は? 悪の魔導王国?』
「ハーゲン団長は、マカロニ陛下が世界征服をするつもりなのではないかと、そう考えておられるのでしょう。そのための魔導儀式のイケニエ……触媒として騎士団の命を捧げてもいい。それがメリットになると、そう言っておられるようです。確かに騎士団は高潔な存在が多いとされています、あくまでも儀式的な意味合いとしてですが……ニエとしての価値はあると自負するのもおかしな話ではないのです」
世界征服? イケニエ?
と、ペンギンなくちばしを僕は蠢かし。
『はぁぁぁぁああああぁぁぁぁあああ!? どーいうことだ! なんでそんな話になるんだ! 僕はまだ、そんな風に思われるほどには、表向きはそこまで悪いことはしてないぞ!』
多少のやらかしはしているが、全て完璧に隠しているはず。
いや、まあそれも褒められたことではないが。
「違うのです、陛下。マカロニ陛下の治世が問題視されているのではありません」
『じゃあなんだってんだよ!』
「陛下のせいではなく、もっと昔からの話ですわ。そもそもマキシム外交官が王権を直接狙っていた、つまり中身が老体なあの方がまだ若輩者だった時代から既に……悪の魔導王国として認知されておりますので。遡ればもっと前の時代、人間の文化が育つ前の戦乱の時代から既にスナワチアは一般的には危険な大国。かつてのスナワチア王朝では世界の半分ほどに進軍をしたという過去もありますし……」
あぁ……。
あぁぁあぁぁぁぁ!
それはこの世界のものならば誰でも知っている常識だったのだろう。
そして僕が主に歴史の参考にしていたのは、スナワチア魔導王国の書物とスナワチア魔導王国を所有者とした”周囲の情報を刻む魔導書”の情報。
観測者が偏ったら、当然情報は偏る。
外の大陸からスナワチア魔導王国を客観的にみた場合……。
ペンギン化した僕の思考の癖なのだろう。
んー……と考えるたびに、黄金の飾り羽はぴょんぴょん跳ねていた。
ハッ! と目を見開き、それはすぐにジト目になり。
『そーいや……おまえら、魔導船で僕を消そうとやってきたぐらいだったしなあ』
美貌の最高司祭殿は、長い耳先をぽっと赤く染め。
「お懐かしい出会いでございますね」
『あぁぁぁぁあぁぁ! なるほど……っ、そもそものはなし魔術で暴れてないなら、わざわざ僕を討伐する必要もなかった。それに、根回しがあったとはいえ僕の討伐が承認される筈もない。スナワチアの八代目が病んでああなる程度には、強国としてやらかしまくってたってことか!』
おまえらなぁ……! と突っ込む僕はちょっとだけ御立腹だ。
だいたいだ。
相手を詐欺にハメるならば、自分の置かれた状況と情報はしっかりと把握しておく必要がある。
今後は多少の修正が必要だろう。
「先代の王が、スナワチア魔導王国の王となる……その重責に耐えられずに折れてしまった事は知っておられたので……。あたくし、てっきり、我が国が別の大陸からどのような目で見られているのか陛下も既にご存じだとばかり。すみません、確認を怠りましたわ」
『まあ、悪の魔導王国扱いも、それはそれで使えるから構わないがさあ……』
うげぇ……厄介な国を乗っ取っちゃったなあ、と。
思わなくもない。
しかし、そんな国と一時期同盟関係にあり、今も新しく同盟関係となったあの帝国も……。
『なあリーズナブル。もしかしてダガシュカシュ帝国も』
「はい、他の大陸からすれば悪の帝国扱いですわね」
あぁぁぁぁ、やっぱり。
「そもそも我らがスナワチア魔導王国のある大陸自体が、別の場所からは魔大陸の蔑称で呼ばれておりまして……。血で血を洗う恐ろしき大陸としての認識が一般的、世界全土の恐怖の対象となっておりますが。まさかそれも」
『初耳だって……』
なーんか妙にダリアとかの暴れ方やら、他国からの資料を見ると……悪の幹部が登場したみたいな扱いだったから、変だとは思ったのだ……。
まああのアシュトレトを信仰してるような大陸だからなあ。
天の魔術は極端なほどに攻撃魔術が多い、だからこそアシュトレトを崇めるものは攻撃に長ける傾向にあるのだろう。
これ、下手すると……ドナも外の大陸から見ればまとも。
恐ろしき魔大陸からの侵攻を防ぐために搦め手を用い動いていた女傑、扱いになっているんじゃないだろうか。
まあ結局は人類同士の争いなので、どちらが正義だ悪かなどと決まる問題でもないだろう。
……。
しかし、海の女神ダゴンが悪の魔導王国の王を獣王として認めたって。
外の大陸じゃあどんな扱いになってるんだろ……。
ドナやここを使い、別大陸から見たウチの国についての文献をかき集めてみるか。
僕は騎士団長ハーゲンくんに目をやり。
『事情は分かった――そうだな、どっちにしろ回復魔術を覚えたばかりの僕だとレベルが足りない。蘇生対象外だからな。悪いけど、自分でこっちのメンチカツと交渉してくれ』
「交渉で、ありますか……」
なぜか困った顔である。
僕はハーゲンくんの目線を追い……
っておい、こいつ……話が長すぎたから寝てやがる。
スゥスゥぐぅぐぅ……、コミカルに鼻提灯を膨らませてるカモノハシの頭上に僅かな水を生むべく、僕特製の魔術を展開。
『<”水よ、あほカモノハシを起こせ!”>』
呼び出した水はメンチカツの鼻提灯を破壊。
べしゃっとその間抜け面に水を直撃させていた。
『うぉ!? あ? なんだ!?』
『おい、メンチカツどうする?』
『あぁん!? なにがどう、どうするなんだ!?』
『はぁ……一応、ちょっとは同情できない部分もないこともなかったんだが、女王の大事な人とやらの蘇生をするかしないかの話だよ』
僕は<かくかくしかじか>を発動させ、事情を説明。
毒竜帝メンチカツ。
海の女神ダゴンがこの世界に呼び出したもう一匹の獣王は、しばし考え。
じぃぃぃぃぃ。
騎士団長ハーゲンを見下ろすように、実際にはカモノハシサイズなので見上げ。
『できねえことはねえが、本当にいいのか?』
「いいのかとは、ど、どういう意味でしょうか。我らが女王にされた仕打ちは、たしかに辛いモノではありましたが……もとを正せば!」
『あぁん!? ちげえよ、オレがいいたいのはそーいうことじゃねえ』
まるで腕を組んで相手を睨むヤクザのようなしぐさを作りつつも、愛らしいカモノハシフォルムのメンチカツが言う。
『――んなポンポン蘇生させちまったら世界の価値観が変わっちまうだろ?』
「そ、それはまあ……」
『だろ? 簡単に蘇生できるってなったら、これからどんどん人類は人を殺しちまうようになるんじゃねえか? ふつうなら、二度と生き返ることがないから歯止めってもんが効くんだろうが、そーいうのが全部ぶっ壊れちまってもいいのか? ”その責任を取れるのか”ってオレは聞いてるんだが――って、なんだ相棒、その顔は……』
『おまえのくちからまともな言葉が出るから、うわぁってなっただけだ。気にするな』
『ちっ――……てめえは、あいかわらずオレをバカにしてやがるな――まあてめえだから許すが』
どうやら前回の事件で僕の幻影とイイ感じに戦ったせいか。
こいつは僕を友と勝手に認定したようで、前よりは協調してくれやすくなっている。
ともあれ、メンチカツさんの意見もまともだ。
僕はメンチカツをフォローするように、悪い顔をして。
人類を見渡し。
『言い方とかはともかく――こいつが言ってる通りだ、僕たちはあくまでも部外者だからな。今回の蘇生で発生する今後の影響に関して、全ての責任を放棄させてもらうぞ。一筆もしてもらう。言っちゃ悪いが責任を取る気は一切ない、後にこれが魔術の悪用とされた場合でも僕たちではなくそっちの責任ってことだ。それでもいいならって感じだが。メンチカツもそれでいいだろ?』
『ぶはははははは! まあ! そーいう頭脳労働はてめえの仕事だろうからな、任せるぜ!』
騎士団長ハーゲンは皆と相談してくると、今度こそ退出。
騎士団を含め、大臣やらお偉い方と相談しているようだが。
神殿長たちは関わる気はないようで、僕とメンチカツの接待を続けていた。
しばしの間の後。
戻ってきた騎士団長ハーゲンくんの要請により、女王の想い人を蘇生させることになったのだが。
メンチカツさんは、複雑怪奇な魔法陣を組み。
カモノハシ言語で、クチバシを刻み。
モコモコモコっと獣毛を膨らませ、毛先の一本一本に魔力を蓄え。
くわ!
魔術名を解き放つ。
『<仄暗き海底の揺り籠>――!』
回復魔術で負けてるのは悔しいので、真似しようと思ったのだが。
グワグワて……。
ペペペペの詠唱と魔術名の僕も人のことは言えないが……
僕は魔術をじっと観察。
ようするに、海底をあの世に見立て、船を引き上げるサルベージのように魂を引き上げる、そんな原理の魔術なのだろう。
魔法陣の中にアンカーが穿たれていた。
アンカーを中心に回り拡大する魔法陣は膨大な力を発揮し、輪廻を辿り対象を検索。
該当人物を選出し、そして転生されていないことを確認した後に蘇生の式を展開させている。
まちがいなく、これで蘇生されるだろう。
……。
……。
……。
あれ?
なんか……。
ぶしゅぅっとでているあれは、魔術が不成立だった時に発生する煙に見える。
いやいやいや。
さすがにあれだけ言い切ったのだから、蘇生はできるはずだ。
そのはずなのだが。
なんか……。
これ……完全に失敗している気がするが。
……。
蘇生の危険性や、世界の価値観の話をした後にこれって。
僕は、クチバシの根元をヒクつかせ。
『って、おい! おまえぇぇぇぇええ! あれだけ偉そうにしといて、失敗か!』
『あぁん!? 失敗じゃねえって! てめえ、ハーゲンつったか!?』
蘇生魔術を切り上げ、怒り心頭なメンチカツさんはペタペタペタ!
騎士団長ハーゲンくんの、胸部分の鎧を破壊し掴み上げ。
『ダチの前で恥をかかせるたぁ、どーいうことだ!?』
「な、なんのはなしでしょうか!?」
『転生の項目に該当してねえところまでは成功したのに、対象の条件でエラーがでやがった。つまりはそいつ、まだ生きてるんじゃねえか!』
ああ、たしかに……もし対象が生きているなら蘇生魔術は失敗する。
成功でもしたら、それはある意味で一回殺してここに蘇生して呼び出した状態になってしまう。
だからこそ、メンチカツの魔術式には対象が生きている場合は失敗するように安全装置がついていたようだが。
それよりも。
おい。
僕はハーゲンを睨み、ジトォォォォォ!
『おまえらなぁ……僕たち獣王をこれだけ使っておいて生きてるって、バカにしてるのか?』
『なあ相棒、やっぱこの国そのままぶっ飛ばしても良かったんじゃねえか?』
その方が話が早かったと、そう思いつつ。
神殿長の爺さん婆さんがいるので怒りを抑え、僕は肩を落とし。
『とりあえず女王にそう言ってきたらどうだ?』
まあ、この後のパターンはだいたい読めている。
どーせ、生きているならその相手を探して欲しいとかいうのだろう。
僕は別途の報酬をどう告げるかを計算しつつ――。
北部の事情ならドナやコークスクィパーが詳しいだろうと、既に魔術通信を開始していた。